第四章 自己/精神
last Thursday→
「ああ、そういえば申し遅れました。私の名前はウェンズデイ。改造人間ウェンズデイ――それが、これから貴方がたを『遣う』者の名前です」
「止めたいんだ、その人を。僕にはその人を元に戻すことはできないだろうけど、せめてその悪事を止めさせたい」
「しっかし、心配されるってーのも久しぶりだな。まーあれだ、むず痒いがそんなに悪かねえな。お陰様でやる気も元気も湧いてくるってもんだ」
「服、ボロにしちまって悪かったな」
あらかた片付いてから、『彼』――サーズデイが最初に言ったのはそんな言葉だった。
「……はあ。どうせ、そろそろ処分しようと思っていたものですし……」
個人的には、いいとこ資源ゴミ行きだったトレーナーを血塗れにしたことよりは、めちゃくちゃになったキッチンや床でのびている男たちに言及してほしかった。
まあ、食器なんて百均ショップでも揃えられるけれども。
「よっと」
などと考えていたら、サーズデイは倒れている男のうちの一人に、段差に腰掛けるように腰を下ろした。男は「うぐっ」とかすかに呻いたが、目覚めた様子はない。
「お前も座れよ。疲れただろ?」
サーズデイが私の近くに倒れている男を指しながら言う。あいにく私は人間を椅子扱いする趣味はなかったので、普通に床に座った。
「………………」
訊きたいことが沢山ある。あまりにも多すぎて、どれから尋ねればいいのかわからない。
「ケッ、なんだよそのツラ。何がなんだかさっぱりわかんねー、ってとこか?」
「……ええ、まあ」
たった十数分間に、私の常識を越える出来事が立て続けに起きたのだ。
何がなんだかわかってたまるか。
「ケケケ。訊きたきゃ訊きゃあいい。どうせもう隠すのが面倒になってきたとこだ。訊いてスッキリ答えてスッキリしようじゃねーか」
サーズデイはギザギザした歯を剥き出しにして笑う。本当に、成上さんと同一人物とは思えない。
「……貴方は成上さんなんですか?」
「あん? ……ああ、確かにさっきまでの『僕』は『成上遠流』だがな。今の『俺』は『サーズデイ』だ」
わかるようなわからないようなことを言う。
「まあよーするにあれだ。『二重人格』って奴だよ。『サーズデイ』と『成上遠流』は同じ人間なんだが、なんつーか……心が違う。思考が違って嗜好が違う。『成上遠流』のときにしたくないことが『サーズデイ』のときはやりたくなったりする。わかるか?」
私がわかったのは、サーズデイは説明が下手だということだけだ。
冗談はさておき。
「二重人格、ですか……」
「厳密に言えば違うらしーがな。『俺』も『僕』もどっちも『自分』だって自覚はあるし」
つまり、『人格』というより『性格』が二人分ある、ということだろうか。
いわば、二重性格。
「おお、そっちのがわかりやすいししっくりくるな。おし、今度からそう言うか」
「まあ、その辺はわかったんですけれど」
本当はまだよくわからないところもあるが、それは置いておこう。
「『改造人間』……って、どういうことですか?」
「説明するまでもねー。そのまんまの意味だよ」
サーズデイは右手で自らの頭、左手で自らの足を指して言った。
「頭のてっぺんから足の爪先! 脳臓器筋肉骨格皮膚神経血液! 僕こと成上遠流はその昔、全身の隅から隅まできっちり弄くり回されたんだよ。その結果、不死身で無敵な俺こと改造人間サーズデイが爆誕したってわけだ」
改造人間。
仮面ライダーとかサイボーグ009とか、そういうのはテレビの向こうのお話だとばかり思っていたが。
だとすると、あのときチンピラに斬られた傷は――
「ああ。ちょっとした傷ならすぐ治るぜ。骨折ったり内臓傷つけたりは少し時間かかるが」
「便利そうですね」
「そーでもねーよ。お前怪しんでたろ、傷がなくなってたの」
気づいていたのか。傷だけに。
……いや、今のは自分でも寒いと思ったので、どうか許してほしい。
「お前もなかなか頭ブッ飛んでるよなあ。普通こんな怪しい奴、たとえ命の恩人だろーと礼もそこそこに逃げ出すもんだろ」
「いやあ、それほどでも」
「価値だか無価値だか知らねーが、てめーの身体くらい大事にしろよ」
スルーされた! 渾身のボケがスルーされた!
「……まあ、メシと風呂はありがたかったな。それは感謝する」
サーズデイが頭を掻きながらそっぽを向く。
「いえ。私も久しぶりに誰かと一緒に夕飯が食べられて楽しかったです」
あのときは嘘のつもりで言ったが、実際本当に楽しかった。
「………………マジでブッ飛んでるぜ」
「……今、何か言いました?」
サーズデイが今、小さく何か呟いていたような気がする。
「いーや、なんにも言ってねーよ」
そう言って、サーズデイは立ち上がる。
「おら、いつまで寝てんだよ」
そして、さっきまで腰掛けていた男の頭を蹴飛ばした。
「うーん、むにゃむにゃ……」
「………………」
起きなかった。
いくらあれだけ派手にのされたからといって、踏まれて蹴られてそれでも起きないとは大したものである。
「…………ケッ」
次にサーズデイは、男の顔面に足を乗せ、煙草を揉み消すように踏みにじった。裸足とはいえ、見てるこっちが痛くなってくる光景だ。
「――いててててぇ!? なっなっなんだ!?」
起きた。
これでも起きなかったらサーズデイは次にどんな暴力をふるうのか内心わくわく……もといどきどきしていたが、しかし男は飛び起きた。
残念だなんて全然思ってないんだからね。
「あ! お、お前らは、あのときのJKとヘタレ野郎!?」
男は私たちを見ると、驚いたような、そして忌々しそうな顔をする。
……ああ、そうか。どこかで見覚えがあると思ったら、夕方絡んできたズッコケ三人組だったのか。
「あぁ? 誰に向かってそんな口きいてんだぁ?」
と、サーズデイは不機嫌そうな顔になり、男の腹を蹴った。「うぐ!?」と男は腹をおさえてうずくまる。
……今更ながら、どうやらサーズデイは相当『足癖』が悪いらしい。
「誰もっ、てめーのっ、話なんざっ、訊いてねえんだっ、よっと!」
「いぎっ! うぐぅ! あがっ!」
余程腹が立ったのか、サーズデイはさらにサッカーボールをリフティングするように男を蹴りまくる。そんなに『ヘタレ』と言われたのが気にくわなかったのだろうか。
「す、すいませんでしたぁ!」
「わかりゃいーんだよ、わかりゃあな」
数分後、そこにはサーズデイを前に許しを乞う男の姿が!
「いいか。これからてめーにいくつか質問する。答えられなかったら一蹴り、関係ないことを喋ったら二蹴り、嘘を吐いたら三蹴りだ。わかったか?」
「は、はい!」
サーズデイは腕を組み、這いつくばった男をこれでもかと見下す。右足はいつでも男の鼻っ面を蹴られるようにスタンバイしている。
「最初の質問だ。お前、なんで今ここにいるか覚えてるか?」
「えっ……お、覚えてません!」
「らあっ!」
本当に覚えてなさそうな男に容赦なく蹴りを入れるサーズデイ。
「ぐぅ……ほ、本当です……」
「……ケッ。質問その二。『ウェンズデイ』って名前の男は知ってるか?」
ウェンズデイ。そういえば、まだそのことについて訊いていなかった。この様子だとどうやら人物らしいが……。
「ウェンズデイ……あ、はい! さっき、そう名乗ってた奴に逢ったような……!」
「マジか? じゃあこれで最後だ。そいつに逢った場所を教えろ」
男は、しばし考えて、この近くにある雑居ビルの名前を言った。
「確かそこの屋上で……」
「本当だな? 嘘だったら蹴り殺す」
「ほ、本当です!」
嘘をついている様子はない。もっとも、嘘をついていたとしても今のところ確かめる方法はないのだが。
「そうか。今の俺は機嫌がいい。一分やるからその間に仲間起こしてとっとと出てけ」
いーち、にーい、さーん……とサーズデイはカウントダウンを始める。男は慌てて仲間を起こしはじめる。
「むにゃ……なんだぁ?」
「ギャハ、超ねみぃ……」
「いいから早く起きてくれ!」
「にーじゅう、にーじゅいち、にーじゅに……」
サーズデイが五十七まで数えた頃、男たちは割れたガラス戸から逃げていった。そういえば、このガラス戸どうしよう……。
「ケッ、間に合いやがったか」
サーズデイが舌打ちした。鬼か、この男は。
「そう思うんなら止めりゃいーだろ。なんで黙って見てんだよ」
「私、できないことはしない主義なんです」
相手は人間を越えた運動神経を持つ改造人間のサーズデイ。張り合うだけ無駄だ。
無駄は無意味。無意味は無価値。
「ケッ、まーいい。ところで、俺のライダースーツはどこにやった?」
「兄の部屋に吊るしてありますが……」
でもいいのだろうか。なんだかんだでまだ肩のところが破けたままだ。
「いつものことだ。それより、こんな服じゃ外出られねーからな」
まあ確かに、ずたずたで血塗れのトレーナーよりは目立たないだろうけど。
それよりも。
「外、出るって……」
「あん? 決まってんだろ、ウェンズデイの糞野郎をぶちのめしに行くんだよ」
あいつは本当にロクなことしでかさねー。サーズデイが忌々しげに呟く。
「ウェンズデイって、どんな方なんですか?」
「……さっき話した『にいさん』のことだ」
成上さんが止めたいと言っていた『おにいさん』。
それが、ウェンズデイ……。
「あれは『成上遠流』のときの話だがな。今の『サーズデイ』には関係ない。俺にとってのあいつは、憎むべき悪で、倒すべき敵だ」
「『敵』……」
「ああ、敵だ」
サーズデイは断定する。しかし、私にはそれが本心からそう言っているようには聴こえなかった。
泣きながら。叫びながら。精一杯の強がりでそう言っているように聴こえた。
「……まあそーいうわけで、お前とはここでお別れだ。迷惑かけたな」
「何を言ってるんですか? 私も行きますが」
瞬間。サーズデイの人一倍大きな黒目が点になったように見えた。
「――はああ!? 何言ってんだてめーは!」
「何って……そのまんまの意味ですけれど」
サーズデイがウェンズデイをぶちのめしに行くのについていく。そう言ったのだ。
「ばっ馬鹿かてめーは! こっから先はてめーにゃ関係ねーんだよ! ガキは布団被って寝てろ!」
「いいえ。関係なくありません」
私は割れて破片が飛び散ったガラス戸を指した。
「大事な我が家に押し入られ、あまつさえ扉まで壊されたんですから、私にはそのウェンズデイさんに弁償金をふんだくる権利があります」
「………………!」
サーズデイは閉口し、私をまじまじと見つめた。
「…………お前、本当にブッ飛んでるよな」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてねえ!」
今度はスルーせず、ちゃんと突っ込んでもらえた。
これでこそボケ甲斐があるというものだ。
……いや、ボケてないけれど。正真正銘、本気だけれど。
∞∞∞∞∞∞∞∞
とあるビルの屋上にて。白い男――ウェンズデイは電話をかける。
『……もしもし?』
「もしもし。私ですよ、チューズデイ」
『そんなの番号見りゃわかんだよ。なんの用だ、こんな夜中に』
電話の向こうの人間は寝ていたのか、いらいらしたように問いかける。
「サーズデイに見つかってしまったので、迎えに来てくださらないでしょうか。場所は――――というビルの屋上なのですが」
『………………』
チューズデイはしばし沈黙する。
『あのさぁ、前々から訊こうと思ってたんだけどさ』
「なんでしょう?」
『お前は人をなんだと思ってんだよ?』
「うくく……呼べば頼れるどこでもドア、といったところでしょうか?」
『ああそうかいそこで待ってなマッハで駆けつけて蜂の巣にしてやんよ!!』
チューズデイはぶちキレたようにまくしたて、そのまま通話を切った。
「……ふう。これでよし、と」
ウェンズデイは携帯をポケットに戻し、考える。
サーズデイの『性格』の参考になった通り、チューズデイは単純で扱いやすい。
だがそれでは駄目なのだ。直情的で裏表のない性格では、ウェンズデイの求める『改造人間』にはなり得ないだろう。
「健全な精神は健全な肉体に宿る……逆にいえば、凶悪な肉体は凶悪な精神の持ち主にしか得られないわけです」
改造された成上遠流の肉体を、しかしそれを成上遠流自身には扱えなかったように。ウェンズデイが作り上げた『サーズデイ』の人格があって初めて、彼が『サーズデイ』たりえたように。
「さてさて。あれにははたして、『肉体』を持ちえるだけの『精神』があるのでしょうか……?」
もうすぐやってくるであろう『彼ら』の姿を思い浮かべ、ウェンズデイはうくくっ、と口角を吊り上げた。
∞∞∞∞∞∞∞∞
next Thursday→
「そうでしょう、累?」
「……ケッ。完璧、してやられたぜ……」
「それが今の私の『目的』なのですから――そのためなら自らの手を汚すことすらいとうつもりはありません」