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第三章 暗躍/豹変

last Thursday→


「……だったら、私の家に来ませんか?」


「もうちょっと、自分を大事にしようよ」


「大切なんかじゃなかったのに、大好きなんかじゃなかったのに……」



 ∞∞∞∞∞∞∞∞



 夜。とあるビルの屋上にて。

「やれやれ……あの娘はどうも、嘘をつきすぎる」

 白い男が、飛び降り防止用フェンスにもたれて立っていた。

 ファーのついたコートは白。下に着こんだ燕尾服も白。革靴もシャツも蝶ネクタイも、右目を覆う眼帯も白。こうなると、襟足を伸ばした黒髪を白く染めていないのが不自然に感じられるくらい、その男は白色だった。

 男は、持っていた携帯(説明するまでもなく白だ)を折り畳んでしまうと、右目を眼帯ごと手で覆い、左目を閉じた。

「……ふむ。なるほど、サーズデイと……これは面倒なことになりましたねえ」

 困ったような口振りで、しかし男は微笑んだ。ただ口角を吊り上げ、目を細めただけの表情を『微笑み』と呼べるなら、だが。

「どうしたものでしょうか。サーズデイが来ているのは知っていましたが、まさかあの娘と出会っているとは……」

 右手を眼帯から顎にやり、思案するような顔を作る男。

「……いつも通りにするとしましょう。ちょうど、あの娘もいることですし」

 男の方針が決まったところで、屋上の出入り口からどやどやと三人のチンピラじみた男たちが入ってきた。

「あ? んだテメェ」

「ここは俺たちの指定席だぞコラ」

「財布出してとっとと帰んな! ギャハハハハ!」

 チンピラたちはナイフを取り出し、白い男を取り囲む。しかし、白い男は気にもせず、「ああ、ちょうど良かった!」と両手を上げた。

「人手が足りないなと思っていたところなんですよ――まさか貴方がたから来てくださるとは! うくく、渡りに船と言ったところでしょうか? まさしく絶妙なタイミングです!」

「あ? 何言ってんだ?」

「俺らが怖くて頭おかしくなっちまったかー?」

「入院費だけ残して残りは全部差し出しな! ギャハハハ!」

 白い男の態度に疑問を抱きながらも、チンピラたちは一笑に付した。白い男もまたおかしそうに肩を揺らし、再び眼帯に手をかける。

 ただし、今度は押さえるのではなく、眼帯をむしり取った。


「――っ、ふう……」


 男は気持ち良さそうに左目を閉じた。代わりに閉ざされていた右目を開く。

 白。その瞳もまた、白かった。虹彩を縁取る輪郭と瞳孔がわずかに黒いのを除けば、男の右目は白目黒目関係なく真っ白だった。

「な、なんだその眼……」

「し、白っ!」

「ど、どうせカラコンかなんかだろ!? ギャハハハハ!」

「いえいえ。これは正真正銘私自身の瞳の色ですとも。ところで皆さん、『魔眼』ってご存知ですか?」

「はあ?」

 口角を吊り上げ、左目を閉じ、右目だけを見開いた奇妙な表情で、男はチンピラたちに語りかける。

「私、こう見えて『改造人間』でして。普通の方には出来ないような、いわゆる超能力を使うことができるんですよ。この右目で」


「そう、たとえば――こんな風に」


 薄暗かったビルの屋上が、突如光に包まれる。光源は男の右目。蛍光灯より眩しい光が、男の右目から放たれる。

「う、うお――!?」

 チンピラたちは思わず眼を閉じようとしたが、目蓋が動かない。釘付けにされたように、男の右目から視線を逸らすことができないのだ。

「ああ、そういえば申し遅れました。私の名前はウェンズデイ。改造人間ウェンズデイ――それが、これから貴方がたを『(つか)う』者の名前です」


 忘れないようにしっかりと、海馬に刻んでおいてくださいね?


 男が言い終わるのと同時に光は消え、チンピラたちは崩れるように倒れていった。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞



 過去。過ぎ去ったこと。終わったこと。

 未来とは違い、現在からは介入できない不可変の事実。

 だから、それを今さらどうこう言うのは無意味だ。

 無意味は無価値。つまり、過去は無価値だ。

「というわけで成上さん。さっきのことは水に流しましょう」

「う、うん」

 寝間着に着替えた私は、リビングのソファに座る。テーブルを挟んだ向かい側には成上さんが座っている。

「まず訊きたいのは、さっきの停電は、貴方が原因かどうかです」

 さっき、『帯電体質』がどうとか言っていたような気がする。確認してみたが今日停電したのはうちだけのようで、ブレーカーにも異常はなかった。

「あ……うん。さっきも言ったけど、僕、帯電体質で……」

 成上さんは語る。リビングの電気を点けようと思ったら、静電気を溜めてしまっていたのか一時的にショートさせてしまったという。

「他の部屋の電気も消えたんですけど……」

「そ、そうだったの!? ごめん……」

「いえ、謝らないでください。実害もないみたいですし」

 強いて言えば電気代に影響が出てるかもしれないが、そこに突っ込むのは野暮だろう。

「……なんだか本当に、迷惑かけてばかりだね……」

 成上さんが項垂れる。いや、私が無理矢理家に連れ込んで色々世話しているだけで、成上さんには罪はないだろう。さっきのこと? あれはノーカンだ。

「やっぱり、泊まるなんて申し訳ないよ。僕みたいな駄目人間には野宿がお似合いなんだよ……」

 ますます項垂れる成上さん。沈み込みすぎて、端から見てる分には逆にリラックスしているように見える。

 それにしても、なんていうか、どうもこの人は自虐的だ。言動が弱々しすぎる。初登場時のあの格好良さは本当にどこにいったんだろう。

 とりあえずそれはさておくことにして、他に訊きたいことを訊こう。

「成上さん。貴方が探している人ってどんな人なんですか?」

「探してる人?」

 成上が首をかしげる。

「あれ? 成上さん、人を探してここまで来たんですよね?」

 確かあのとき公園で、そんなことを言っていたはずだ。

「あ、ああうん。そうだよ」

 何故か焦って頷いている。なんか怪しいなあ。

「えっと、その人は……僕の、『おにいさん』みたいな人なんだ」

「『おにいさん』?」

「うん。本当の、血の繋がった兄弟ではないんだけどね。小さいときからずっと同じ場所で暮らしてて、僕にとっては優しいおにいさんだったんだ」

「『だった』……ってどういうことですか?」

 人の言葉尻をとらえるのは好きではないが、引っ掛かったので訊いてみる。

「……うん。その人はもう、変わってしまったんだ。なんていうか……『悪い人』になってしまったんだ」

「昔はそんな人じゃなかったのに……他人を利用したり、人をおかしくしたり。なんの罪もない人たちを『(つか)って』、悪いことをするようになったんだ」

「止めたいんだ、その人を。僕にはその人を元に戻すことはできないだろうけど、せめてその悪事を止めさせたい」

「もう、にいさんが悪いことをするのを、見たくないんだ……」

 成上さんの黒目がちな瞳が潤む。

 ……『にいさん』、か。

「……すいません。なんか、言いたくないこと、言わせちゃったみたいですね」

「あ……ああいや! こっちこそ、さっき辛いこと話させたし……!」

 さっき? ああ、家族のことか。別に辛くなんかないのに。

 ていうかなんだこの謝り合戦は。やってて自分でもどうかと思った。

 とりあえず空気を変えよう。

「成上さん、ココア飲みます?」

「えっ?」

 しまった。唐突すぎたか。まあいい、淹れてしまえ。

 私は立ち上がってキッチンに向かった。

 といっても、キッチンはリビングのすぐ隣で特別隔てられているわけではないのだが。

 二つのマグカップに牛乳を注いでいると、ふと庭から妙な気配を感じ、ガラス戸を見やる。


 その瞬間、外側からガラス戸が粉々に砕かれた。


「――――!?」

 散ったガラスの破片を踏みしめ、三人ほど男が入ってくる。ナイフやガラス戸を破るのに使ったであろう金属バットを持っていて、明らかに危険人物だとわかった。

 ……あれ。この人たちの顔、どこかで見たことあるような……?

 見覚えがある顔だったが、思い出している暇はない。武装した男たちは私を見つけると、こちらへ大股で迫ってくる。

「な、なんなんですか、貴方たち……」

 逃げようと思ったが、足が凍りついたように動かない。私は男の一人に胸ぐらを掴まれ、羽交い締めにされてしまった。

「うう……っ!」

「累ちゃん!」

 成上さんが異常に気づいたらしく、キッチンに来た。が、私の様子を見て足を止める。

「オ 前が 『サーズデイ』 カ?」

 バットを持った男が成上さんを見て、合成音声みたいにでたらめな発音で喋る。よく見れば男たちはみんな眼の焦点が定まっていない。ドラッグでもキメているのだろうか?

「……! お前たち、ウェンズデイの『(つか)い魔』か!?」

「答エ ル 必 要は ナイ」

 『サーズデイ』? 『ウェンズデイ』? 木曜と水曜がどうかしたのだろうか。そして『遣い魔』……? 意味のわからない単語が飛び交う。

「その娘は関係ないだろ! 累ちゃんを放せ!」

「関 係アル カナイ カはオ 前 が決 メル コ トで はナ イ」

 三人目の男が、成上さんの首目掛けてナイフで斬りかかる。成上さんはとっさに避けたが、刃先がかすったのか首から血が一筋垂れる。

「つっ……!」

「成上さん!」

 思わず身を乗り出すが、男にがっちり掴まれていてまったく動けない。

 なんなんだ――一体何が起こっているんだ。何故成上さんが襲われている? この男たちはなんなんだ?

 成上さんは私が捕まっているせいか、思うように動けないようだった。そうしている間にも男たちは成上さんに襲いかかる。一人がバットで殴りかかり、もう一人はナイフを振り回す。成上さんはなんとか避けているが、動きが段々鈍ってきている。

 そして、ついに――バットがもろに、成上さんの頭に命中した。

「うっ、ぐぅ……!」

 成上さんは呻き、床に膝をつけた。男たちは追い討ちをかけるように殴り、斬りかかる。

「な――成上、さん」

 このままでは――このままでは成上さんは。成上さんは――

「……い、いや」

 私はもがく。一刻も早く、成上さんに駆け寄りたい。しかしどんなに暴れても、男の力が弱まることはなかった。

 なんで私は非力なんだ。せめてもう少し力があれば……!

「いや、いや、いや――」

 もういやだ。これ以上何かを失いたくない。

 誰かに死んでほしくない――!


「死なないで、成上さん――!」


 私の叫びは届いただろうか。もうほとんど這いつくばっていた成上さんに、とどめのバットが振り下ろされた。


「あァん? 誰が死ぬってぇ?」


 ばちん――それはスイッチが入った音だったのだろうか。何かが弾ける音が鋭い閃光と共に現れる。

 振り下ろされたはずのバットの先端が――高熱で焼き切れたように、折られている。

「ケッ――まったく、余計なお世話だっつーの。俺がこんなゴミカスの寄せ集めにやられるとでも思ったか?」

 ゆっくりと、成上さんが立ち上がる。

「しっかし、心配されるってーのも久しぶりだな。まーあれだ、むず痒いがそんなに悪かねえな。お陰様でやる気も元気も湧いてくるってもんだ」

 いや――彼は本当に『成上遠流』なのだろうか。確かに見た目も声も同じだが、それ以外の何かが圧倒的に違っていた。

 黒目がちを通り越し、もはや白目が見つからないひたすら漆黒の瞳。前髪をかき上げた赤毛。犬歯を剥き出しにした凶悪な笑み。全身を取り囲む、バチバチ唸る火花。

 彼は一体――『誰』なんだ?

「な、成上さん……?」

「あァ? 全然ちげーよ。『俺』はそんな名前じゃねえ。いいか、ちっせー耳かっぽじってよーく聴きやがれ」

 再び斬りかかろうとする男をさっと蹴倒しながら――『彼』は颯爽と名乗る。


「俺の名前はサーズデイ――改造人間サーズデイだ」


next Thursday→


「二重人格、ですか……」


「………………マジでブッ飛んでるぜ」


「健全な精神は健全な肉体に宿る……逆にいえば、凶悪な肉体は凶悪な精神の持ち主にしか得られないわけです」



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