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第一章 危機/邂逅

 複数の男が一人の女の子を囲っているのを見たとき、貴方はそれをどんな場面だと思うだろう。

 フォークダンス? かごめかごめ? そんな答えが出たとしたら、貴方は相当に純粋無垢な人間だということになる。

 正解はこちら。

「キミ可愛いねえ〜アイドルになってみない?」

「十八禁コーナーにあるビデオの主演女優になってみない〜?」

「なんなら俺たちのアイドルになってみない? なんつってギャハハハ!」

 これらの台詞で貴方が感じとったもの、それが正解だ。

 というのは冗談で。

 私は現在、三人のいかにも頭の悪そうな顔をした男たちに囲まれていた。

 時刻は夕方。場所は人通りのない廃工場前。

 絶体絶命のTPOだった。

「でぇどうする〜?」

「大人しくすれば優しくするぜぇ?」

「痛くはしちゃうかも、なーんつってギャハハハハハ!」

 ……どうしよう。

 いかにも頭は悪そうではあるが、相手は三人、しかもナイフを持っている。少なくても護身術の心得もないただの一介の女子高生には相手取れない。

 助けを呼ぼうにも、周りに人気はまったくない。携帯電話は圏外だ。逃げるにしても、私の足は学年の一、二を争う鈍足だ。

 つまり、絵に描いたような大ピンチだった。

「ほらほらぁ、黙ってないで何か言ったらぁ?」

「沈黙は銀、雄弁は金って言うじゃん?」

「口は災いの元っても言うけどなぁ! ギャハハハハ!」

 頭は悪そうに見えたが、意外とそうでもないらしい。ていうか三人目がうるさい。

 うーん……。

 何も打つ手がないのだし、いっそこの三人に身を委ねてしまおうか?

 こんな所で貞操を捨てるのはいささか不本意だが、抵抗してもろくなことにならなそうだし、覚悟を決めてしまえば浅い傷で済むかもしれない。

 どうせ今の私には、失うものなどないのだし――


「――待て」


 横から声をかけられる。誰もいない、と思っていたが、いつの間にか人が来ていたらしい。

 人影は廃工場をバックに立っていた。細く引き締まった、長身の青年だ。黒いライダースーツに白いマフラーをなびかせ、風が吹いているのがよくわかった。

「その娘から離れろ……」

 人影がゆっくりと近づいてきて、その顔がだんだんはっきり見えてくる。美形と言える程度には整った造作だった。髪は赤みを帯びていて、前髪がやや長い。黒目がちな瞳がやけに大きく、何故か虫を思わせた。

「あ? なんだテメェ」

「やんのか? あ?」

「俺たちはヤるところだったけどなァ! ギャハハハハハハ!」

 一度は見せた知性を完全に封印し、ナイフを構える男たち。ていうか三人目がウザい。

「その娘から離れろと言ってるだろう……!」

「テメェにゃ関係ねえだろ!」

「意味わかんねーんだよォ!」

「とっとと引っ込め、ギャハハハハ!」

 もはやただのチンピラのような振る舞いで、男たちが青年へと向かっていく。青年は男たちを睨んだまま、一向に動かない。

「に――にげ、」

 逃げて、と言おうと思った。だが、どうなのだろう。この青年は、いかにもヒーローのようにかっこよく登場した。もしかしたらこの青年は、こんなチンピラ三人衆など簡単にいなせる腕前を持っているのだろうか?

「おらァ!」

 とそのとき、男の一人がナイフで青年の左肩を斬りつけた。ライダースーツが裂け、血が噴き出す。

「――いっ、」

 対して、青年は。

「いってぇええええええええええ!」

 青年は、叫んだ。

 泣き叫んだ。

「い――痛い! 痛い痛い痛い! 痛い痛い――ごめんなさい! ごめんなさい、僕が――僕が間違ってました! ごめんなさい! 見逃してください! ごめんなさい、すみませんでした――」

 …………………………。

 えええええ。

 正直――これはない。これはひどい。

 ないわー……。

「ごめんなさい、僕が間違ってました……」

「お、おう……」

「わ、わかりゃいいんだよ……」

「ぎゃ、ギャハハ……」

 三バカさんたちもドン引きのご様子だ。構えていたナイフを下ろし、呆然としている。

「痛い……痛いよ……うう……」

 青年は傷口を抑え、よろめきながら近づいてくる。さっきのはともかく、確かに本当に痛そうだ。手当てでもできないかと思い、私は青年に近寄った。

 すると。


「――今だ」


 青年が傷口から手を離し、私の手を取った。

「……え?」

「走って!」

 私の手を掴んだまま、青年は走り出す。それに引きずられるように私も走らされる。

「えっ、ちょっ、えっ!?」

「てっ、テメェ! 何してんだ!?」

「騙しやがったな!?」

「待て、止まれよ、ギャハハハハ!」

 三バカたちも追いかけてくる。だが、青年の足は速い。私という重りをものともせず走る。それに付き合わされる私は堪ったものではないが。

「待てぇ!」

「待ちやがれぇ!」

「待てっつってんだろ、ギャハハハ!」

 三バカの声がだんだん遠くなっていく。

 こうして私は、謎の青年に貞操の危機を救われたのだった。



「離してください」

 青年が私を公園まで連れてきたところで、私は言った。

「あ、ああ、ごめん」

 慌てて青年は手を離す。やれやれ、しっかり握られていたので赤い痕がついてしまっている。

 夕方の公園は、大人こそいないものの小学生くらいの子供たちが何人か遊んでいた。

「ええと、さっきはありがとうございました」

 とりあえず頭を下げる。彼の言動はどうあれ、この青年に助けられたことは事実だ。

「あっ、えっ!? そ、そんな、当然のことを、しただけだよ……」

 お礼を言われただけなのに、青年は慌てふためいている。礼を言われるのに慣れていないのだろうか。

「では……私は急いでいるので、これで。何かお礼もできず、ごめんなさい」

 青年にもう一度頭を下げ、私は歩きだす。特に用事などなかったが、あまりこの青年と関わりたくなかった。

「ま……待って」

 と、青年が引き止めてくる。なんだろう、何か気に障ることでもしただろうか。

「なんであのとき……『諦めた』の?」

「……はい?」

 私は改めて青年の顔を見てみた。整った顔ではあるが、どこかおどおどした、意志薄弱な印象を受ける。

 彼は、それでもはっきりとした『意志』を持って私の顔を見つめていた。

「君が『諦める』のはわかる。君は多分非力で、あの男たちに抵抗する術を持っていなかったんだろう」

「でも……なんだか『諦めてしまう』のが早すぎる、そう思ったんだ」

「君はその……危うく『襲われる』ところだった。男たちに乱暴されて……大切なものを奪われてしまう……」

「……女の子にとって、それは何より屈辱的なことだと思う。それなのに、君は早々に『諦めて』しまった……」


「まるで、自分に大切なものなんか、なんにもないみたいに……」


「……いつから、見てたんですか?」

「最初から、じゃないよ。たまたま、少し近くを通りかかったら、ナイフを持った男たちが君を追っかけてるのが見えたんだ。慌てて駆けつけたけど、間に合ってよかった……」

「………………」

 屈辱的。

 大切なものを奪われたわけではないが――とてつもない屈辱を味わわされた気分だ。

 何も知らない赤の他人にすべてを見透かされた――ひょっとすると、『乱暴』されるよりも悔しかったかもしれない。

 こんな、名前も知らない男に――!

「………………」

「……あ、えっと、気分悪くさせちゃった、かな。その、ごめん……」

「……側杖(そばつえ)(るい)

「え……?」

 聞き返す青年に、私は一文字一文字をはっきり発音して、名乗った。

「側杖累――苗字は『右側』の『側』とステッキの『杖』、名前はの『累計』の『累』で――側杖累。それが私の名前です」

「えっ、えっと……どういう意味、かな」

「気が変わりました。私を助けた貴方の名前が知りたくなりました」

 嘘だ。本当は、私をここまで見透かした男の名前を知りたくなったからだ。

「僕の名前――僕の名前は、成上(なるかみ)遠流(とおる)、です」

「なるかみ、とおる」

「うん。『成り金』の『成』と『上』で成上、『遠く』に『流れる』と書いて遠流。成上遠流」

「成上遠流……」

 私はその名前を、忘れぬようにしっかりと頭に刻みつけた。

「これからよろしくお願いします、成上さん」

「え? えっと、うん、よろしく……」

 三度頭を下げた私に釣られ、成上さんも頭を下げた。

 そのとき、先程男に斬られた肩の傷口がちらりと見えた。

 いや。見えなかった。

 『なかった』のだ――左肩の、三バカの一人にライダースーツごと斬られてできたはずの傷が――跡形もなく。

 最初からなかったのか? いや――私は確かに見た。肩を斬られ、傷から血が吹き出たところを……!

「……? どうかしたの?」

「い、いえ……なんでもありません」

 …………………………。

 わからない。

 一体この男は何者なのだろうか。


next Thursday→


「えっと、なんていうか、その――『人探し』、かな」


「――もう、失うものなんてないですから」


「僕たち初対面……だよね? どうしてこんなに良くしてくれるの?」



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