読書?:図書館にて
ちょっと暴力描写で酷い……かもしれない。
「うーん、ちょっと素材狩りに行きたいんだよね。 誰か手伝い頼めるかな?」
「……!」
「俺も行こう」
メッシュマウトのお誘いに、ピコピコ点滅しながら手を上げるサンテンイチヨンイチゴー(以下略)。 本日の鎧は何故か水玉模様、クールビズを表しているらしいが現実側はまだ春だ。 こっくり頷いて了承を示すのは真っ黒い竜人族。 これまた真っ黒な全身鎧の各所に様々な剣を取り付けたくりーむちーずギルドの一員、『狂剣』のワラバンシである。
「ケーナが居てくれると楽なんだけど、今日は来てない?」
他にも数人のメンバーがいるギルド拠点内部を見渡すメッシュマウト。 ハンモックで寝そべって午睡と洒落込んでいたエペローペ(何時も通りのあられもない格好ですが誰も突っ込まない)が、欠伸をかみ殺しながら答えた。
「あふ……、あの子なら、今頃は……、図書館でしょうよ。 今週は読書週間だーって、超特急ですっ飛んでったわよ」
「ああ、図書館実装って今日だったっけ、じゃあ後衛役にタルタロス……、は居ないか」
「我も付き合おうぞ」
「オプスがケーナと一緒じゃないって珍しいね。 まあ、ありがと」
今まさにINしてきたオプスが実体化するなり、同行を申し出る。 どこに何をしに行くのか聞いてはいないハズなので若干不安ではあるが、そこはスキルマスターが一人、状況対応は随一だ。 かくして四人の猛者が魔界へ突撃し、他に潜っていたプレイヤーをも巻き込んだ総力戦を繰り広げるのだが……、それもまたいつもの光景である。
────図書館。
この度、リアデイル大陸の青の国首都に実装された地上二階、地下階数不明という建物である。 クエスト等を受けられる図書館はまた別に在り、今回実装されたのは『リアデイル中央総合図書館』と名付けられていた。
この『リアデイル中央総合図書館』はゲームを配信している所の親会社、鏡グループと協賛している出版社からの提供により、現実側で販売されている本が全て納められていると言う謳い文句である。 ある意味その辺りの図書館と蔵書は変わらないが、絵本から専門書までの中には、漫画やライトノベル、十八禁のアダルト系(プレイヤープロフィールからの年齢制限有り)まで含まれると知ったプレイヤー男性陣が殺到した。 だがしかし、そこにはリアデイルならではの困難な道のりが隠されていたのである。
今現在、図書館の入り口である人が四人くらい横並びで通れそうな大扉の前に、十数人のプレイヤーが集まっていた。 その顔は数時間前の開館と同時に突撃した時の楽しそうな笑みはなりを潜め、皆一様に悲痛や残念な表情に支配されていた。 そしてまた一人、担架に乗せられたプレイヤーが中から運び出される。
「どうだ?」
「ダメだな……」
何かの粘液がべっとり塗りたくられたプレイヤーが担架上で呻き声を上げる中、付き添ってきたプレイヤーに待っていた者達から質問が飛ぶ。
「やはり地上側にあるのは絵本や児童書、図鑑や新聞とかだろう。 新書も置いてあるようだが、似たようなもんだ」
「やはり地下に行くしかないか……」
館内に入る者がまず目にするのは、本棚にズラリと並ぶ白い背表紙だ。 これが何かと言うと本であって本でない。 本は一度本棚から取り出した後、【調べる】を選択し、更に本から現れるモンスターを退治しなければ読むことが出来ないという。 嫌がらせの権化のような仕様である。 お陰でここにいる面々は――――。
「デカいナイフとフォークを持った二匹のネズミに料理された……」
「俺なんか赤い傘を差した幼女に……」
「俺は達磨だったぞ」
「僕は凄い角を持った山羊にバラバラにされました」
「羽根の生えたクジラと猫が……」
……と言うような感じである。 現れるモンスターも絵本や児童書の挿し絵にあるようなそのもので、コテンパンにされると更に腹が立つ。 それが倒し易ければまだましなのだろうが、手にしたプレイヤーと同等レベルのモンスターが現れるのだから始末に負えない。 魔界や神界等の特殊エリアを除く一般エリアでは、最大脅威は六百レベルが上限となっているので、それを超える者にとってはさほど脅威ではない。
一斉に溜め息を吐いたプレイヤー達の視線は、粘液の棺に押し込まれた者へ向かう。
「こいつはどうしたんだ?」
「例の門番に挑戦してこの有り様だ」
「誰だよ、あんなもん置いてった奴」
「さっきまでいたハーレム野郎だな」
「ああ、女三人侍らせた黒フか」
憤りを八つ当たりに替えて、開館と同時に中へ踏み込んだある四人パーティーを罵る男性陣。 彼等は読書目的のプレイヤーと一緒になって地下へ向かったらしい。
「おい、さっきの奴らハイエルフコミュの連中だぞ」
「「「「ぶっ!?」」」」
しかし、その情報に一斉に噴き出して口を噤んだ。 ハイエルフと聞いたプレイヤーが思い浮かぶのは例の悪名高き『魔女』である。 随分前に公衆の面前で散々その『魔女』を罵倒した者がいた。 その時は戦争期間でもなかったので、『魔女』は無表情無反応を保ち去っていった。 しかし、戦争期間になった途端、関係のない『策士』やハイエルフコミュの仲間一同とコアなファンが一緒になってその馬鹿を追い掛け回したのである。 魔法で吹き飛ばし、武技で打ちのめし、召喚獣で焼き尽くし、蘇生魔法で生き返らせ、再びそれを繰り返す。 何故かプログラムのバグでログアウトすら出来なくなったそのプレイヤーは、二日に亘り追い掛け回され、最後には泣いて土下座したと言う。 最終的にはプレイヤーから苦情が出たため、発端となったケーナが追跡者集団を鎮圧する羽目になったのは言うまでも無い。
兎も角、図書館の一階から地下へ降りる場所には門番の司書がいる。 通過する為には司書と戦う他に、パーティーメンバーを一人、門番に提供するかを選択しなければならない。 なので彼等より前にそこを通った男性ハイエルフ一人、女性ハイエルフ三人を含むパーティーは、トロピカルスライムを召喚し、それを置いていったのだ。 召喚獣はパーティーメンバーに含まれるので、これも有効な策だ。 問題は置いていかれたのが【物理攻撃半減】のスキルを持つ魔界のモンスターだというところだろう。 全高ニメートルのカップ型、体内に丸い核を持ち、青・緑・白・茶の色素がそれぞれに対応する魔法を行使するという七百レベルのモンスターだ。 唯一の弱点は火炎系魔法なのだか、悲しいかな、場所が場所だけに館内は火炎系魔法が発動しない仕様となっていた。
「くっ、この程度の妨害で俺達の歩みを止められるものか! 行くぞお前等、パーティーリンクだ!」
「「「「おおおおおお――――っ!!」」」」
煩悩を原動力に変え、悪乗りした男達が雄叫びを上げる。 一応街中なので関係の無いプレイヤーから何事かと注目を集めるが、すぐに「恒例のバカ騒ぎか」と興味を失う。 全員が一丸となり困難な目標へ突撃して行く様は立派な行為であろう、それが欲望丸出しでなければ。
そいでもって後日。
「ケーナ、図書館どうだったー?」
「室内フィールドだった。 山あり谷あり河あり、読み放題だけど目当ての分類探すのに少し骨が折れるかも。 まあ片っ端から本棚当たって、なんとか見つけた」
上機嫌で装備を整え出掛けようとしているケーナをメッシュマウトが呼び止めた。 実装と同時に『総合リンク掲示板』の方にはスレが立ち、図書館の使い方について一言や苦情などが上がっている。 地下部分についての詳細は数少なく、おそらくは突入したであろうケーナの発言にギルド員の興味が集まる。 新しい実装物に関してはこの反応はいつもどおりなので、自分の見たまま聞いたままに話すケーナ。
「地階に入るにはパーティーメンバーを一人提供制、いつも通り召喚獣でも可。 本棚から本を出せばモンスター化するから倒せばその本は読めるようになっている。 あ、これは一度通過しちゃえば誰でも読めるようになるし、出てくるモンスターも表のフィールド上限までね。 経験値はあるけどアイテムは無し。 地下は野外フィールドでさっき言ったとおりで水の中にも本棚沈んでたなー。 もしかしたら探せば本棚のダンジョンとかもあるかも……」
「うん、だいたい分かった。 後から行けば面倒な手続き無しで読めるんだね。 それが分かれば充分さ」
「!!!」
「……えーと?」
「『風景画集とかはなかったのか?』と言いたいんじゃない?」
確かにメッシュマウトが言うとおり先行する者がいれば後の者は楽だろう。 サンテンイチヨンイチゴー(以下略)がビシッと手を上げて、四角く切り取った背景に風景画を幾つか表示させる。 首を捻ったケーナに代わり、言いたいことを伝えたのは、天井からぶら下がる忍者装束のエルフ女性、エボニーだ。 彼女の言葉にブンブンと上下に首を振るサンテンイチヨンイチゴー(以下略)。 顎に手を当ててケーナは考え込む。
「たしか、地上階部分は児童書とか絵本とか図鑑とかあるってスライムまみれの人達が言ってたなあ」
「……スライムまみれって、なんだ?」
よせばいいのについ突っ込むタルタロス。 暗い笑顔を浮かべたケーナは、メンバー提供に『トロピカルスライム』を置いてきた事を伝えた。 趣味の悪さに頭痛を隠しきれないタルタロス。 なんでそんなものをケーナが使用したかというと、前日に誘ったリオテークに『トロピカルスライム』がいかに可愛らしくて美しいかというのを延々と語られた影響からである。 ちなみにサンテンイチヨンイチゴー(以下略)はケーナの『図鑑とかある』発言の『と』の部分でギルドを飛び出していった。
★エボニー:くりーむちーずギルドメンバーで比較的常識人に分類される、エルフ女性。忍者装束に身を包み、天井に張り付いてたり壁に張り付いたり何も無いところから現れたりする趣味の人。その実体は『火遁の術』『土遁の術』という名称を表向きとする攻撃魔法や、『口寄せ』という隠れ蓑で召喚魔法を使いこなす純後衛、バリバリの魔法使いである。
★ワラバンシ:くりーむちーずギルドメンバーの黒い竜人族。鎧も黒い盾も黒い剣も黒い、真っ黒クロスケである。全身のあらゆる所に剣を装備し、剣で戦うことに拘り、剣を馬鹿にされるとマジギレする変人。優秀な前衛なのだが、取り扱い注意のレッテルを貼られていて、通り名は【狂剣】。史実に存在した剣術モーションから、痛い名称のオリジナル剣術モーションまでをも取り込んだ剣の人。ゲーム内友人は少ない。