天界までの途中:仙界にて
───ホォウオォウオォオオオオォ
「ホウホウじゃねーっつーの!」
「それはなんかアホノ子みてー」
鋭い犬歯を備えて吠えたんだが威嚇したんだか、猿の頭部を持ち虎の胴体と四肢を大きく振り上げて尾の蛇が鎌首を上げる。 敵対者を吹き飛ばそうと空を打つ黒い翼から放たれた風圧に逆らい、下から飛んだ氷系魔法が上半身を一瞬で氷漬けにした。
【魔法技能:氷結固定】
【戦闘技能:衝突撃破】
【戦闘技能:収束光裂斬】
すかさず高速で接近した白影が衝撃波と実刀で手足を切り落とし、続いた黒影がモンスターを唐竹割りにした。 一瞬のノイズと幾つかのアイテムを残して、このエリアの中堅モンスター鵺は倒された。
「ナイス連携」
「このくらいはな、容易いの」
「いえ、此方で決められるような物を選ぶべきでしたね」
「ちょっとー、僕はなんもしてないんだけど……」
身長程もある弓を片手でクルクルと回しながら右目に片眼鏡を掛けた青い軍服姿の少年、九条が文句を言う。 それに応えたのは 銀色の甲冑に身を包み、片刃の直刀を峰合わせに連結した二艘直刀(長さ四メートル程)を装備する。 丁寧な喋り方の世にも珍しい、おそらくはこのゲーム内では牛柄配色をした竜人族、名を京太郎と言う。
「このくらいであれば僕等だけで問題ないと思いますけれどね」
「いえちょっと今のは一匹だけじゃなくて十匹くらい居ませんでした?」
「何を今更、全部アイテムに変わっているのだから問題ある筈がなかろう」
九条に同調するのはハイエルフの女性。 長いプラチナブロンドをかき上げて呆れた表情で戦場、──この場所は竹林であったが──、を見渡す。 あちこちに黒い羽だの石だの武器や防具だのが落ちていて、ゲームでなければモンスターの死体がごろごろ転がっていたという名残を感じさせる。 色々な意味で人気が無いために希少種族となっているハイエルフの女性Exsetを、鼻で笑った黒ずくめの男性。 コメカミから伸びた天に向かう捻れた角、浅黒い肌に竜人族と匹敵する高さの背。 黒いコートで全身を覆い、ピンと立てた襟で口元を隠している魔人族の彼は、オペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバー。
「あ、二人は大丈夫? HPとか減ってない? 減ってたら言ってね、すぐ治すから」
「だ、大丈夫です。 ポーションもありますし……」
「は、ははは、凄過ぎて役に立たないわ、私ら……」
高レベルメンバーの真ん中に縮こまるのは、黒色と茶色の違いを除けば容姿の同じな猫人族。 聞けば血縁関係で参加しているとか言うプレイヤー。 黒い方がアクネ、茶色い方はブライネと言う。 戦闘が終わるたびに二人に声を掛けているのはこのPT内の専業術士。 ハイエルフの少女、ケーナだ。
現在のエリアはペットボトルの様な形であちこちにそびえ立つ山や、それを縫うようにして蛇行する大河、上空を覆う霧とも雲とも言えない曇天、時折竹林から飛び出す先程の鵺などのモンスター。 ドキュメンタリー番組で見る中国奥地に似た風景が広がるここは、仙界エリアと呼称されていた。
「行けども行けども鵺ばっかり、偶にはパンダ出ろー」
「へ、へー、パンダいるんですかー」
「うん、サイズ3Lだけど」
「「………………」」
アイテムをあらかた回収して再び歩み始めた七人PT。 前衛職である京太郎とオプスに挟まれた位置を歩くケーナが腕を振り上げて不満を述べる。 聞こえた言葉に動物園の見世物筆頭を思い浮かべたアクネが何とか明るい声を搾り出すも、返って来たとんでもない事実に言葉を失う。 ゲーム内モンスターの大きさはS、M、L、2L、3Lという基準に分けられるが、これは公式にはないプレイヤー側独自の解釈だ。 先程の鵺はアフリカ象くらいでL、雑居ビルくらいの大きさ(五~六百レベルクラスドラゴン)を持つのが2L、全長二十メートルを超えるサイズの超皇帝ペンギン(二十話参照、怪獣クラス)が3Lに当たる。 愛玩を通り越した恐怖を与えるパンダ像にアイネとブライネは抱き合って震えた。 とても自分達の攻撃が通じる相手ではないと、周りを歩く超豪華メンバーを見渡して溜息を付く。 なんで自分達はこんな所にいるんだろうと誘ってくれやがった友人エクセットを軽く睨む。 ところが彼女はそれに気付かず、恋する少女な顔でケーナを見て頬を染めていた。 諦めて開き直った方がよさそうだと、二人は悟った。
「しかし九条君、鵺のドロップ品はいらないんですか? そこそこの剣が何本か出ましたけど」
「うーん、目的は天界産だからねー。 鵺の羽は素材露天で偶にあるしー」
「九条は戦闘よりは生産職だからのう。 レアアイテムの方が魅力的であろうな」
「アクネさんかブライネさんは剣要る?」
「いえ、レベルが足りなさ過ぎて持てません」
ケーナとオプスと京太郎は限界突破メンバーで、九条は七百オーバーだ。 エクセットはなんとか戦闘についていける五百レベルだが、アクネとブライネはまだ二百レベルである。 それでも仙界エリアに着いてから此処に至るまでの幾らかの戦闘回数で二十程のレベルアップを果たしているものの、ドロップ品の武器防具を装備する必要な数値には程遠い。
「仙界エリアってのも初めて来たけどさー」
空を横切るモンスターに向けて連射を放った九条があっけらかんと言う。
「あれ? 前に天界エリアまでお爺ちゃんと行ったんじゃないの?」
「あれは隠れ鬼さんの【転移】事故だったね。 行ったんじゃなくて強制追放?」
「あららら」
「ゲートの位置も分からずに良く抜け出して来れたものよのう?」
「いや、もうどうしたらいいか分からなかったんで、ちんだ」
「ブッ!?」と噴き出すエクセット、アクネ、ブライネ。 勿論七百レベルクラスがどうにもならない所に向かわなきゃならんのかという驚愕からである。 【転移】事故とはその名の通り、時折発生する運営もお手上げの事故である。 目的地とは関係ないところに飛ばされてしまうが、プレイヤー達には「偶のアクシデントがあってこそ!」という能天気な同意で受け入れられている。 この場合九条達は帰り道が分からなかった為に、仕方なく死亡してHPに戻る道を選んだ。 エクセット達は七百レベルでにっちもさっちも行かない所と勘違いをしている。
「あううう、お姉様~。 天界ってそんな怖い所なんですか~?」
「大丈夫。 死んでも蘇生魔法の使い手が四人もいるから」
「私が死んだらお姉様が絶対掛けて下さいね!」
「うん、それは構わないけど」
「「「「「そーゆー問題かっ!?」」」」」
それだけでうっとりする百合妹に残りの五人が突っ込んだが、そんなことは歯牙にもかけない彼女だった。
「しかしまあ……、久しぶりに会ったら京太郎さんが牛になっていて驚きました」
再び歩き出した一行。 九条が話題に出したのは、初期に白色竜人だった京太郎が牛柄に変わっていた件についてである。 本人は「他の竜人との区別が欲しかったので、ペイントツールで塗ってみた」らしいのだが、変わった直後に出会ったケーナなどは唖然としたものだ。 誰が好き好んで牛配色に塗る者がいただろうか? ギルドの皆は笑って迎えてくれたというが、「「それってもう笑うしかなかったのでは?」」とケーナとオプスは思った。
「ええ、最初はゼブラかホワイトタイガーか、どちらにしようか迷ったんですがね」
「どっちにしろ縞々になるしかないんじゃ…………」
腕を組んで思案する京太郎に、事情を知ったアクネがボソッと呟いた。 尚、この会話の最中に後ろからこっそり忍び寄ろうとした豚型モンスター、個体名:猪八戒が居たのだが。 九条の【弓連撃】によって百本以上の矢を受けて矢達磨になり、あっさり倒された。
「天界エリアって【転移】とかで行けないんですか?」
「公式攻略ページ見れば書いてあるんだけど、上位エリアって色々と複雑なんだよ、ブライネ」
疑問を口にしたのは未だにゲームを始めて日が浅いブライネだった。 答えたのは敬愛する姉の手を煩わせるモノではないと考えたエクセット。 天界エリアと魔界エリアは互いに行き来出来るが、両エリアに行く為には仙界エリアか獄界エリアのどちらかを通らなければならない。 まずはケーナの場合を例にすると、仙界エリアに通じるための扉を開くクエストを受け、任意の場所にそのプレイヤーだけの扉を固定。 仙界エリアを通ってから天界エリアまで移動して、獄界エリアを通って大陸エリアまでの道を開ける。 同じ事を繰り返して魔界エリアへの道を開ける、と言う非常に面倒臭い作りとなっている。 図にすると……。
天界
↑
大陸⇔仙界⇔■⇔獄界⇔大陸
↓
魔界
……と、言った具合である。 その扉は開けた者が同伴であれば通れるが、また個人で行くとなると自分専用の扉を作らなければならない。 エリア内での【転移】は全て無効で、帰るためには一々自分の足で移動する必要がある。 七人の入ってきた扉は九条の物で、扉は青の国の民家の一軒を借りている。 彼は仙界エリアでしか開けていないので、天界エリアまで道を繋げるのはこれが初めてだ。 なので頻繁に行き来しているケーナとオプスの手を借りたと言う訳だ。 京太郎は丁度近くにいたのでPT募集に飛びついた。 エクセットもケーナに釣られて友人を巻き込んでやってきたのである。
熱弁を振るうエクセットとそれに聞き入るアクネとブライネは気がつかなかったが、脇を流れる大河の中より虎視眈々とPTを狙っていた河童型モンスター、沙悟浄がいた。 しかし、ケーナの放った【火砕轟流】により溶けて固められ、川底を彩るただの石になったのは些細な出来事である。
「さて、そろそろ天界エリアの門があるけれども、門番が居るんだよね~」
「スキルマスターが四人も居るのだから、ビクつく必要もあるまいて」
「「ブッ!?!」」
うんざりして顔で至玉の杖を取り出すケーナの頭を小突いたオプス。 が、その中に入っていたとんでもない単語にアクネとブライネが噴き出した。 九条とケーナと京太郎とオプスが不思議そうな顔をする横で、エクセットは今思い出したというようにポンと手を打った。
「あ、ゴメン。 お姉様達が熟練者だって言うの忘れてた」
「「聞いてないわっ!?」」
自己紹介は名前だけしか聞いてなかった二人には青天の霹靂であった。 改めて所属ギルドも含めた自己紹介をされた二人は”くりーむちーず”メンバーが二人も居る事実に凍りついた。 逆にケーナは初心者にも知られる自分達のギルドに首を傾げる。
「ねえ、オプス。 最近ウチのギルドってなんかやってんの?」
「お主、最近辺境に篭りっぱなしだったからのう……。 小技の違反者で百人くらい垢バンにしているからであろうて」
「へー、クラックも教えてくれればいいのにぃ」
「ケーナさんは有名人ですからねえ。 『銀環の魔女』とか、私の耳にも入ってきましたよ。 ウチのギルメンが貴女を見たら即刻逃げ回るでしょう」
「京太郎さんは戦争時でもないのに不吉なことを言わないでくださいっ! ほらっ、もう門番がすぐそこなんですから、皆真面目にやりましょうよ! オプスは口走った責任とって特攻してきて!」
「やれやれまったく、人使いが荒い奴だのう……」
大剣を二本抜き放ったオプスは一本を肩に引っ掛け、もう一本を腰溜めに構える。 全員がエクセットの使用した防御上昇魔法によって蒼いオーラを纏う中、向かう方向を見たアクネとブライネは身長二十メートルクラスの岩猿が同サイズの棍を振り回し、「ケキャアアアァッ!!」と叫んでるのを見て、盛大に顔を引きつらせた。
「な、……なんですか、アレ……」
「天界エリアの門番で孫悟空って言いますよ。 七百レベルなんで二人は防御に集中していたほうがいいですね」
京太郎が優しく説明し、得物を構えてオプスと並ぶ。 補助魔法をエクセットが受け持ち、弱体魔法と攻撃魔法をケーナが引き受ける。 九条は弓からドデカいハンマーに持ち替えて前衛と合流した。
「さてさて、今回はどのくらい持つかしら?」
「二分くらいですかね?」
「四人も居るし、一分あればじゅうぶんじゃないかと僕は思うね」
「普段は二人でも一分はかからんぞ。 三十秒ではないかの?」
勿論、相手の耐えられる時間がである。
後日、アクネとブライネはこの戦闘を見た感想を「ただの弱い者イジメだった」と、語ったという。