待ち合わせ:青の国にて
―――19:02 青の国
天気は快晴。 と言っても雨や雪が降るなんてのは特定のエリアに限られる。 街や村は基本的に朝から晩まで日がな一日晴れだ。
青の国とは言うものの、別に街が青一色に染め上げられている訳ではなく。 建築物は高くても二階家程度で、赤身が掛かったレンガで作られた円筒形で屋根は円錐形。 漂う雰囲気は牧歌的な感じがあり、道は石畳で覆われている。
とは言え道の端にはプレイヤーがびっしり座り込んでいて、大半が『露天:ラインナップ//』と書かれたフキダシが頭上に浮いている。 フィールドやモンスターから得たアイテムを自由に売買する形式だ。 道や道でも無い所を行き来している大半はプレイヤーだけれど、頭上に英語・漢字・ひらがなカタカナで名前が表示されているのはNPCだ。 英語で表示されているのはゲーム配信当初から居た者で、それ以外は里子システムで配置された者達になる。
只単に会話で時間を潰す者、PTの募集をする者、数人で固まり思い思いの楽器を持ち寄って楽団となってこの場のBGMを流す者達、ひとつひとつ露天を見て回る者。 雑多な、それでいて慣れた者には無くてはならない騒ぎが満ちる界隈の中、街の中心部とも言えるメインストリートが交差する近辺。 他と違って白いレンガで建てられたサイロにも似た家、この街の行政府で様々なクエストが発生する場所。 この裏手だけはぽっかりと空いて、人の立ち入らない一角があった。
とりわけ誰が決めた訳でもなく、いつの間にかプレイヤー同士の暗黙の了解でもってこの場所を利用するメンバーは決まってしまっているのだ。 そこに居るのは二名。 目視で教室ひとつ分くらいあるスペースを使っているのはたったのそれだけである。
片方は魔人族の男性。 クオーラル装備という胴体・腕・脚が揃った、着ているだけで既にレベルがとんでもないと判明してしまう。 天鵞絨基本色の生地に金糸の刺繍がふんだんに散りばめられた儀礼装だ。 飾り立てる装備であって、実戦には紙の如くである。 胡座をかいて建物を背に、手の中にある本に視線を落としていた。 VRMMORPGリアデイル内有名ギルドくりーむちーずの一員、悪意と殺意の館の主人、スキルマスターNO.13、オペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバーである
片方はハイエルフの女性。 通常エルフは横に突き出た耳をしているが、ハイエルフの場合は精々髪から耳の先端がちょっぴり出る程度。 ゲーム内全域で十人も居ない為、実に珍しい存在だ。 此方も翠色のスモック調な服に身を包み、左腕には弓を格納した手甲、脚部は足首に虹色のリングのついたロングブーツ。 どれも中堅程度では入手も出来ない高レベル装備だ。 頭にちょこんと乗っているちんまい王冠がメルヒェン。 彼女の方は目を瞑って体育座りをしたまま身動ぎもしない。 オぺ(略)と同様のギルドメンバーで、NO.3のスキルマスターのケーナである。
―――19:47 同場所
相変わらず魔人族の男性は本を読み、ハイエルフの女性は座り込んだまま。 時折初心者らしい基本装備で固めたプレイヤーがそこを突っ切ろうとすると、境界線ギリギリにいた別のプレイヤーが引き止める。 声を潜めて何事かを囁くと、ビックリした顔の初心者は逃げ出すようにそこを離れて行く。
「あー! お姉さまだー!」
いきなり甲高い歓喜の声が上がり、周囲の者が止める暇もなくハイエルフの女性がズカズカと専用エリアに入り込む。 読書をしていたオプスは、声の主に対し本を開いたままジロリと睨み付けた。 それで怯むようなら話は簡単なのだが、図太い精神を持つ(と男は決めつけている)彼女にそんな脅しなんぞ効くわけもない。
彼女の最愛のお姉さまであるところの、座り込んだままのケーナは数度の呼び掛けにも反応せず沈黙を守っている。 そこまでになってからようやっと彼女の状態に気付いた乱入者側のハイエルフは、残念そうに肩を落とす。
「お姉さまは離席中ですか? オペペさん」
「残念ながらの」
伏し目がちな見上げる視線と見下ろす視線が交差、周りでハラハラしながら見守っていた人達には中央の空間にノイズが走った気がした。
「出直すがよいぞ、いーえっくすせっと」
「Exsetです!!」
わざとらしいオプスの間違いに怒鳴り返すと大股で歩き去り、人混みの向こうでオロオロとしていた仲間と合流。 オプスに向かってあかんべーと舌を出し、仲間に引きずられる形で見えなくなった。
「いい加減学習した方がよいと思うのだが……」
再び本を読み始めたオプスは呆れた感じで呟いた。
―――20:22 同場所
読んでいた誌面に人影が落ちて初めて、対面に人が立っているのに気付いたオプスは顔を上げる。 青一色の一般的な織服装備に身長の倍程もある弓を背負い、片目眼鏡を右目に付けた十歳くらいの少年が文章を覗き込んでいた。
「や、オプっちゃん、おひさ。 それ紺武社の新刊?」
「九条か、フィールド以外で出会うのも珍しいの。 インする前にデータで買ってまるっと落としてきた」
舌足らずな声でビシッと敬礼して挨拶を交わす少年に、拍子抜けした顔で返答するオプス。
「いやいや、オプっちゃん、結構青の国の露天は素材が充実してるんよ。 ケーナっちは離席かな?」
未だに身動ぎもしないケーナのアバターを覗き込み、頬を突つこうとして伸ばした手はオプスに掴まれる。
「お? もしかして痴漢対策?」
「触るな厳禁となっておる。 今日は凶悪なのが控えておるぞ」
離席中に無防備なプレイヤーは他のプレイヤーに遊ばれやすい。 少々アバターに干渉する程度で済むが、暫くは消えない落書きアイテムなどが出回っている。 GM側が取り締まってはいるものの、捕まえても捕まえても無くならないので正式アイテム制限が付くんじゃないかと噂が流れている。
それは兎も角、離席中に接触してくる者対策に自動迎撃型の召喚魔法が封じられた装備が最近は一般的になっていた。 通称、痴漢迎撃と呼称される。
「今度は何?」
「レッドドラゴンLV9ぞ」
「只のテロじゃんか!?」
「ぶっ」と噴き出した九条がケーナの傍より慌てて飛び退いた。
召喚魔法の欠点に対象無差別と言うのがある。 PT戦闘中に喚び出された召喚獣はPTメンバーと同じ扱いとされ、召喚主の命令に従う。 が、それ以外の別プレイヤーにとっては攻撃する事が出来るフィールドモンスターと同じ扱いになる為、格好の餌となる。 それでも召喚主に対して他プレイヤーが攻撃する事は出来ない、戦争期間中を除いて。
自動迎撃で喚び出された召喚獣はちょっかいを掛けようとしたプレイヤーを攻撃し、召喚主が離席状態で有れば『攻撃しろ』命令のままフリー状態だ。 フィールドなら兎も角、街中であれば対象プレイヤー選び放題で傍迷惑この上ない。 それがまだ平均プレイヤーで対処出来るレベルで喚び出されるならまだしも、カンスト直前の九百九十レベルで放置されては堪らない。 この場合被害にあった周囲のプレイヤーの非難は、ちょっかい出して喚び出す羽目になった者に集中する。 周りの目が厳しいこの場では犯人の特定は早そうだ。 嫌な悪寒を感じ取った九条は、挨拶もそこそこに離れて行った。
「まあ、仕方あるまいな」
―――22:03 同場所
今まで沈黙を保っていたケーナがぱっちりと目を開き、身動ぎをする。
「お、やっと戻ったかの?」
「んむ、見張りありがとー。 看護婦さん達との話が長すぎた」
「リアル看護婦じゃと!? 妬ましい妬ましいのう」
「反応する所そこっ!?」
ずびしぃと突っ込もうとしたケーナの手をひょいと避けるオプス。 双方とも座ったままだというのに実に器用なやり取りだ。
「他人に手を出す前にその頭の自動迎撃をどーにかせんか」
「おっと危ない、あやうく死屍累々の惨事に」
頭装備の王冠をアイテムボックスに放り込むケーナ。 ドラゴンが放たれれば、先ず真っ先に襲われそうなのは魔人族のオプスである。 彼はホッと安堵した。 ケーナは自分のツール画面を全部開き、着信メール類の確認に入る。
「あれれ、くじょーから素材狩りのお誘いが入ってる。 天界かあ、前衛がいるな」
「さっき来とったぞ。 用件も言わずに退散しおったが」
「まーたオプスがいじめたんでしょー。 ダメだよ、くじょー苛めると幼児虐待みたいに見えるから」
「中の人に子供も大人もあるかい……」
「病人と老人はいるけどねー」
ココの広場の周囲だけケーナが戻り出した頃から喧騒が増えたのを見て、オプスも苦笑する。 ギルドで集まっていた時にメンバーの誰かがケーナに接触したおかげで高レベル精霊が開放されてしまい、阿鼻叫喚の地獄絵図になったのは記憶に新しいからだ。 その時に対処可能だったギルメンが真っ先に逃亡した為、被害が収まるのが遅れたのは余談である。
目が覚めているケーナであれば、自動迎撃も動かないと周囲も判ってるので、先程までビクビクしていたプレイヤー達も安心したのだろう。
「あとEXも来おったな」
「エクちゃんも? メール無いけど狩り中かな、出すだけしておこう『さっきはごめんね』と」
テケテケテケーとメールを打ち、ひと通り見終わると周囲をグルッと見渡してからオプスの方を向いて首をコテンと傾げた。
「襲撃あった?」
「ないのう」
「あれ? 今日の天気予報はハズレかなあ」
「いつぞやみたいに23:59とかではなかろーか?」
「むう、あと二時間もあるのかあ。 何する?」
「とりあえず今度は我が離席するから、ちょっと見張っておれ」
「うわ、ずっるー。 二時間も何してろと言うのさ?」
返答は無かった、早々に退去したらしい。 残った物言わぬアバターに対してぷっくりと頬を膨らますケーナ。
「あーあ、誰か知ってる人来ないかなー」
手に持っていた本を奪い取り、ペラペラと読み始める。 顔見知りの者がやってきたのは22:47の事だった。