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正式版:海にて

 潮を含んだ風が自身の髪を服を揺らして行く。

 生活の糧を得るために数日引き篭もって、心に溜まった澱みまで洗い流されるような爽快感に彼は目を細めた。


 眼前に広がる風景は、寄せては返す波と根源たる海。 刻々と表情を変える砂浜、その上を覆い尽くす青いグラデーションの雲一つ無い空。 ほぅ、と息を吐いた彼は水平線に再び視線を向けて、背にした小舟にぐんにゃりと寄りかかった。

 この時だけは残っている大量の仕事を忘れたい……。 脳内に広がったCD(コンパクトドライブ)のラベルを、ゆったりと流れる潮風で消し飛ばし、久しぶりのバカンスに微睡(まどろ)んだ。





 しばらくのんびりしていた彼の心のオアシスな風景に、唐突に数条のライトフレームが走った。

 瞬間、2Dから3Dへ形を変化させた立体構造(グリッド)は、その場へ彼以外の人物を生み出した。

 くすんだセミロングの金髪にやや尖った耳を持つ少女。 グリーンの上半身を覆う上掛けの下には銀の装飾が目立つ革鎧。 ホットパンツの回りを幾重にも飾るチェーンには小杖(ロッド)(カード)などが幾つも取り付けられている。 足を膝まで覆うのは白い毛皮のロングブーツ。


 彼に背を向けて出現した彼女は、目の前に広がる光景に両手を大きく広げて感動の言葉を叫んだ。 すなわち……。


「うううううぅ―――みいいいいいいぃ───―――!!!」


 呆れて突っ込む気力さえ失せた彼は、砂浜に力無く倒れ込んだ。 背後のそんなことすら気付かない彼女は波打ち際を右に左にと走り回る。


「わーい! 海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だうーみーだあああああっ!!!」


 更には濡れるのも構わすぴょんぴょんと白波を飛び越え、盛大に水飛沫をあげ始めた。


「わーいわーい! 波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だ波だなーみーだああぁー!!」


 更に助走をつけて砂浜でアクロバティックな前転を繰り返し、フィニッシュに三回転捻りで綺麗に着地してポーズを決めた。


「いぇーい! んんーっと! 頑張れーぃ、にっぽ……んぶあっ!?」


 何か言い掛けていた彼女が途中で痛々しくなった彼は、土手っ腹に渾身のヤクザキックを叩き込んだ。 種族の威力的な問題から真横に錐揉み回転しながら海の上を転がって行った彼女は、勢いが失せた所で波間に飛沫だけ残して、姿を消す。


 静けさを取り戻した風景に満足し、よしよしと頷いて先程までのんびりしていた場所に戻ろうと踵を返した彼の背後、海面が盛り上がると波を突き破り、文字通り”飛行”してきた彼女の綺麗なライダーキックが彼を背後から強襲した。


 今度は砂浜を横錐揉み回転しながら飛んだ彼は小舟の山にストライク。 盛大な騒音を響かせて、そこに埋没して見えなくなった。 残心を取って止まった彼女は、びしょ濡れでサムズアップを太陽に捧げた。










 数分後、砂浜には互いの傷を癒やす為の回復魔法の光に包まれる、彼と彼女の姿があった。


「いきなり本格稼働初日から死ぬかと思ったわ! ヤクザキック一発でHPの六割を持って逝かれるとか洒落にならないわよ、オプス……。 つーか、いきなりプレイヤーキラーの可能性があるじゃないの。 GMに苦情コールかしらねえ」


 耳の上部からミクラスのような角を持ち、浅黒い肌に朱い瞳の魔人族。 胸部のみの革鎧に黒いインナー、黒い光沢をもつヘビ革のズボン。 腰に差しているのはノーマルのブロードソード。 VRMMORPGリアデイルで初めての友人、オペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバー。 通称オプスは、呆れた表情で憮然とした彼女に言い返す。


「お主のさっきの行動、βテストの時に初めてINしたとなんら変わる所がなかったではないか……。 繰り返すのはギャグの基本だとか言うんではなかろうな? ケーナ」

「あの時は街中だったじゃないの! 今度は海よ海。 海なんか実際目にするの何年振りだとおもってるワケ?」


 拳を振り上げ力説するハイエルフ族のプレイヤー、ケーナ。 初めてβテストで出会った友人は、リアルでは自分の意志で寝返りすら出来ぬ状態だとか。 日がな一日天井を見上げ、言葉を交わすのは同じく入院患者である老若男女と医者と看護婦。 その不自由さから開放されたハイテンションっぷりに、頭痛を押さえる仕草で理解不能を示すオプス。


「もう少しこう淑女らしく振舞えぬのか、みっともない……」

「従姉妹の亜子ちゃんみたいなことを言うのねオプスは。 淑女らしく振舞ったって私にゲームん中でも大人しくしろとでも言うつもり? 解き放たれた私にどんなお説教も馬耳東風よ。 すなわち、フリイイイイィダアァアアム!!!」

「叫ぶな!」


 どちらにしろコノ手の会話を続けていても平行線になるのは分かりきっている。 話題を変える為に、オプスはケーナの稼動初日にしては随分と充実した装備を追及した。 それに対してのケーナの返答は実に簡単なもので。


「ああ、これ? うん今日昼間のうちにオフラインモードが大体終わったから」

「なんじゃと!?」


 そういえばこの小娘は一日二十四時間ニートだったと思い出し、そうなっても不思議で無い境遇にあるのに思い当たった。 β版から思っていたが、このゲームにつぎ込む情熱が半端無いを通り越して廃人過ぎていた。

 つい可哀想な気持ちになったオプスはケーナの頭をポンポンと撫でた。


「ちょっ!? ナニナニ? いきなりなにしてんの!?」

「愛しさと切なさに心を突き動かされたのだ。 気にするな」

「気にするわっ!!」


 これが二年ぐらい後に、二つ名をゲーム中に轟かせる事になる性悪コンビの初日であった。






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