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エッセイ  作者: きい
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纏う香り




 汗の匂いと湿布の匂いは夢の匂いだ。

 十年前に通った高校の部室の匂い。月に何回かしか洗わない汗だくのジャージと、次の日への疲れを最小限にするための湿布、それにマッサージに使うクリームの匂い。マッサージクリームといってもエステで使うような物ではないから、匂いなんて湿布のとほとんど変わらない。自分達では気が付かないかも知れないけれど、僕達は汗臭さと湿布臭さ、それと小便臭さをまき散らして電車に乗っていたことだろう。

 今はそれぞれ違う電車に乗って違う場所へと向かう。一人は作業着を着て油臭くなり、一人はその帰りを赤ん坊とみそ汁の匂いにまみれながら待つ。一人は手までがコンディショナーとヘアカラー剤の混じり合った匂いに染まり、一人は脂汗で香水の匂いを落としながら商品を売り込む。

 そして一人はバイトを決めて一人暮らしを始めた。そのアパートは小さく、隣の部屋からも上の部屋からも容赦なく音が響いてくる、質素な1K。

 彼がそこへ住み始めて何ヶ月かしてから部屋に遊びに行った。久しぶりだね。最近はどうだよ。調子はいいか? そんなことを話しながら最寄りの駅から歩く。彼の家は駅からも遠かった。僕は、こうして誰かと話しながらなら歩けるが一人で毎日は辛いなと感じたが、口には出さなかった。

 ここが俺の家だよと言って指差すアパートは、台風がきたら飛ばされてしまいそうな佇まいだった。昼間でも暗ったく、洗濯機が置いてある通路を歩き、立ち止まる。彼は鍵を差し込みドアを開いた。狭い玄関に靴とサンダルがあっちこっちに向いて置いてあり、その脇にはボクシンググローブとヘッドギアが綺麗に並んでいた。そこからは遠いあの日に嗅いだ夢の匂いが出ていて、目が少しだけ潤みそうになった。

 彼だけじゃない。きっと誰もが、汗の匂いと、その仕事の匂いと、夢の匂いを漂わせている。いま僕はいったいどんな匂いがするのだろうか。

 彼は照れくさそうに僕を部屋に招き入れた。



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