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エッセイ  作者: きい
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甘く淡く香る匂い




 英語の授業が大嫌いだった。

 教師が黒板にミミズみたいな文字を書く。僕達はそれを書き取る。教師が日本語で英語を話す。僕達もそれに習って日本語で英語を話した。何人かで組を作って茶番劇みたいなことをしたりしても、英語を話せるような気にはならなかった。窓を開けて外を眺めると、透明な日差しと澄んだ空気が清々しいのに、甘い芳香剤みたいに漂うキンモクセイの匂いが台無しにしてるなと思った。

 英語の教師が、ないすつーみーちゅう、なんて話している中、僕は国語の教師が言った言葉を思い出した。

「懐かしいと言う言葉は、どの国の言葉にも訳せない」

 その国語の教師自体、他国語に長けているかは怪しいし、たまたま英語かドイツ語あたりで訳せないことを知って、どの国の言葉でも訳せないと大きく出たのかもしれない。試しに机に出ていた自分のと友人の、二つの英和辞書で引いてみた。一つは「I miss you」もう一つは「A good old memory」。ついでに携帯電話でも調べてみたら「bosom」。懐かしいはフトコロじゃないぞと失笑してしまった。

 それから十年の月日が経った。今では僕も都内の客を相手にする小さな会社の営業マンだ。大きな鞄と後輩を引きづりながら繁華街の人波を掻き分けていく。路面にあるクレープ屋の良い匂いでお腹を満たして、せかせかと歩いていく。

 僕は立ち止まる。辺りは繁華街から外れている。どこかで嗅いだことのある懐かしい匂いがした。透明な日差しと澄んだ空気、それとこの甘く淡く香る匂い。必ずこれが合わさらないと感じない匂い。たまに現れては、胸を満たす前にどこかに行ってしまう匂い。けれどそれが何なのかは、いつも分からなかった。

 匂いはもう消えていたが、後輩に何の匂いだったかを訪ねてみた。すると後輩は、そんなことも分からないんですかというように「キンモクセイですよ」と言った。

 静かに目を瞑り、自分のキンモクセイの匂いを胸いっぱい吸い込んでから、僕はまた歩き出した。







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