赤い魔女の店附属、人材斡旋と番問題
手慰み、第数弾でございます。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
平衡世界だか何だか知らないが、この世には様々な世界が存在する。
今まで、地球範囲での事情しか知らなかった分、新鮮で面白いのだが……。
この世界では、人間が少ない。
いや、人間自体はいるのだが、そう呼ばれているのが、自分たちの世界では獣が人化した姿をした者たちで、純粋な人間が少ない。
獣が年を重ねて、若しくは人と交わって知能をつけ、人型をとれるようになる世界と違い、多種族との交流の時のみ、話しやすいように人型になるらしいこの世界で、人材斡旋など必要なさそうだが、そうでもないらしい。
「大体の獣人は、事務作業が苦手なんだよ」
そう、この世界の人間は、少ない分重宝されているのだ。
多種多様の獣人がいる中で、猿の類が存在しないのが、一番の原因らしい。
もし、存在していたら、腕力が劣る分、人間の存在価値は、なくなっていたはずだ。
「実際、事務云々を必要としない種は、人間を奴隷と考えているところも、あるらしいからね」
そんな場所にも店を出している赤い魔女は、その世界の獣の一人に、相談をされた。
「次世代の人間たちの育成を、助けてほしいって」
赤い魔女の孫にあたる銀髪の男は、その相談を受けて動き出したのだった。
その世界に派遣された夫婦は、長年医師として活躍していた女と、その連れ合いだった。
数人の教育者も同行し、各国の責任者に順番に面会していく。
初めに降り立った国で、人間用の獣人よけの物を勧められたが、この世界の獣の本能度数を知るために、受け取らなかった。
「もし襲われたときに、正当防衛で反撃してもいい許可だけ、頂きたい」
元女医師に笑顔で許可を求められ、猛禽類らしき獣人は困惑しつつも頷き、その免罪符の書状を書いてくれた。
これから、鳥系の獣人たちの国から始めて、所謂哺乳類と呼ばれる獣人たちの国に渡る予定で、彼らは行動を始め、直にその効果をもたらし始めた。
人間たちの子供の育成が進み始めた頃から、医師夫婦を中心にした別な活動も始まり、希少種の人間は、保護対象から重大な人材へと姿を変え始めたのだが、そこで弊害が起き始めた。
その弊害は、一匹の竜が獅子の国に訪ねてきたことから始まった。
「……竜? それは、ごつごつ系? つるつる系? それとも、ペタペタ系かニョロニョロ系?」
小柄な女医師の真っすぐな問いに、国の宰相は首を傾げた。
「? あなたの世界では、そんなに種類がいるんですか? 我々は、蛇に似た形と蜥蜴に似た形しか、知らないのですが……」
「あ。私たちのところも、同じです。ただ、その二種類の中でも、鱗の具合が別れる場合があるんです。……お話の中では」
成程と納得した宰相は、最後に付け加えられた言葉を聞き逃した。
そこが一番大事な部分なのだがと、女の隣の男は思ったが、あえて指摘せずに話を促す。
「その竜が、どうしたんですか?」
「……番が、我が国にいるはずだと、主張してきて困っているんです」
その主張は、はっきり言って可笑しい。
何故ならば、今回訪ねてきた竜の年齢ならば、とっくの昔に番に出会っているはずだからだ。
蛇のように細長い、固い鱗に覆われたその竜は、大体二十代前半の比較的若い男で、本来ならば既に誰かと番って、子を儲けている年頃だ。
「あなた方の世界がどうかは知りませんが、この世界の理では、異種族に番が出ることはありません」
勘違いだと、完全に決めつけられる。
「異種族の、しかも卵で産まれる竜族と、ある程度育って出て来る我々では、絶対に番えるはずがないのは、常識でもあります」
黙って頷く夫婦に気が楽になったのか、宰相は顔をしかめて言い切った。
「なのにあの竜は、自分の国では隷属している人間を、その番だと言い張っているのですっ」
「ええー」
女が嫌そうな顔になった。
そんな女に困ったように、宰相は続けた。
「しかも、何を勘違いしたのか、番を虐げた我々の国を、亡ぼすなどと宣っておりまして、慌てて国にととどまらせている所です」
宰相が対応していることからも分かるが、その問題の竜は、国では高位に当たるらしい。
どんなに阿呆な命令でも、押し通せるほどの権威があると分かっているため、国としては足止めするしかなかったのだろう。
だが、いつまでも足止めるわけにはいかない。
「あの竜は、例の人間の身柄を引き渡して、身分証も取り外せと要望しています」
その要望に応えることは簡単だ。
人間本人の希望で、身分証は取り外しできるのだ。
だが、これは、人間を餌と見る獣たちから、身を守るための品で、彼らを隷属させ、時には餌にしている竜の前に立つのに、これを取り外す行為を、本人が望むはずがない。
宰相は出来るだけ下手に、そのような言い訳をしたのだが、竜は番は自分が守るから、大丈夫だと言ってきかない。
頑固に首を縦に振らない獅子に、竜はしびれを切らして言い切った。
「兎に角、番に会わせてくれ。そうすれば分かる。番本人も分かるはずだ。私が自分に対しては無害だと」
かなり自信があるらしいと、宰相は言って女を見た。
「……?」
小柄で愛らしい黒髪の女は、こちらを見つめる獅子を不思議そうに見た。
宰相は、何とも言えない表情になって、言った。
「会ってみて、もらえますか?」
「……は?」
女とその隣にいた長身の男が、仲良く声をそろえた。
面会して思ったのは、でかっ、だった。
完全に、恐怖を覚える大きさだ。
食われないと分かっても、質量で無理だ。
「……そんな……」
萎む大男を見ながら、長身の男は優しく笑う。
その後ろに、女は完全に隠れていた。
賓客用の部屋に宿泊している竜は、訪ねてきた夫婦、というか女を見て顔を輝かせ、大股に近づいてきたのだが、その迫力に慄いた女は、さっさと男の陰に身を隠してしまった。
長身だが竜よりはるかに小さい男は、近づいた大男を見上げながらも牽制し、女の事情を説明した。
「というわけで、あなたの番ではありません」
言い切ったら完全に萎れてしまったが、男は追及を緩める気はない。
「何処を見て、あなたの伴侶と思ったのかは知りませんが、間違いですので国に戻ってください」
「……戻っても、意味がない。私には番が、同族の番はいないっ。なぜなら私は、もともと人間なんだ」
いや、突然、何を言い出す?
怪訝な顔をした男に、竜は情けない顔で続けた。
「私の前世は、人間だったんだ。だから番は、竜ではありえない」
男の顔から、笑顔が消えた。
代わりに、得心と呆れが混ざり合った表情が浮かぶ。
背後にいる女も、ついつい溜息を吐いた。
「……つかれてる」
女の判断に、男も同調してしまったのだった。
そうなると、やることは決まっていた。
獅子の国の宰相は、赤い魔女の店で報告した。
「……長年、人間たちの脅威だった国が、次々と滅びました」
「……」
「そのおかげで、人間たちだけの国を作る事も、可能になりましたので、我が国を含む数か国で、支援することにしました」
魔女は、深い溜息を吐いた。
どうしてこうなる?
魔女の孫の娘婿の片割れである、件の女医師は、竜の番と勘違いされたことが、相当嫌だったらしい。
女の連れ合いである男も、同様に。
そのため、件の竜を焚きつけた。
「人間の番が存在するのならば、探す前に住まいの安全を確保した方がいい」
それは暗に、竜の国の王位を簒奪を推奨していた。
「あんたが王になって、人間を隷属する法を改正すれば、人間の番も名乗り出やすくなるはずだ」
「な、成程」
進言された件の竜は、素直だった。
その返事を聞いた夫婦は、先の疑いを確信に変える。
「……竜の国で隷属されていた、人間の怨霊が、憑りついていたようです」
「……そうか」
長く飼われている人間は、逃げることもできずに諦観していたが、恨みがなかったわけではない。
若い竜に張り付いていたのは、溜まりに溜まった個々の僅かな怨念だった。
一つ一つは小さいが、長年蓄積したそれが、一つの竜個体に寄生できてしまったのだ。
そんな個体が出現した頃に、自分たちが手を伸ばし始めたのは、人間にとっては好機だったと、夫婦はほくそえんだ。
そして、竜を焚きつけたその足で支部に報告し、人員を要請した。
人間に必要以上の害意を持つ獣の国を、この機に全て片付けるために。
竜族を統率した件の若い竜を再び焚き付け、人間に対して害悪な国を攻撃して蹂躙していき、二月ほどで竜族の国に吸収し、解放された人間たちを、魔女の孫たちが保護した。
そして今、比較的人間たちへの扱いが優しかった竜族や、他の獣族はここに集まり、ひっそりと暮らすことを選んだようだ。
「国を作らせるのはいいけど……」
獅子の国の宰相の話を聞き終わった魔女は、溜息を吐いて言った。
「武力は監視した方がいい」
「? それは、どういう……?」
「……あんたたちも知っているように、人間は腕力がない分、知恵を持っている。武力を持ちすぎると、あんたたちにまで脅威になるから。程々でお付き合いしている分には、いい隣人になると思うけど」
宰相は、思わず天井を仰いだ。
意味合いは通じた、と思う。
まさか、派遣された夫婦率いる人間たちを基準に、警戒することはないと思いたい。
あれは、ただの異端な変人どもで、この世界どころか地球でも異質な連中だから、一緒にしてやらないでほしい。
単に、女房を怖がらせたからという理由で、人間を奴隷にしている国は殲滅しようと思い立つのは、自分の血縁位だからと釈明してもいいのだが、自分まで危険分子と思われるのは面倒なので、簡単な忠告だけで済ませることにしたのだった。
魔女の名前を題材にするのは、苦しくなり始めております。
取っ払っても、いいかなと思い始めた今日この頃。
まだまだ、寒いですね……
あ、竜に憑りついていた怨霊は、そのまま憑いています。
除霊して本来の竜に戻られても、面倒ですからねえ。




