第8話『先輩と妹』
リビングに戻ると、夜美先輩はソファに座っていた。
自分の家かよ……。
心愛はキッチンの方に歩いていく。
「いい家ですね。落ち着きます」
「勝手にくつろがないでください」
「そんな固いことを言わずに。将来的には、私の第二の実家になるんですから」
「なりません」
キッチンから帰還した心愛が、氷と麦茶が入ったコップを夜美先輩の前に置いた。ガンッと、わざとらしく音を立てながら。
「どうぞ」
さすが俺の妹。来客に対してのおもてなしを忘れない。敵意丸出しだけど、それはそれ。
「ありがとうございます。妹さん」
「心愛です」
俺が紹介する前に、妹が自分から名乗った。
「心愛さんですか。私にも妹がいるんですよ」
えっ。それは初耳だ。
「仲良くできるといいのですが」
会わせる前提で話を進めないで欲しい。そっちの妹はどうか知らないが、ウチの妹は繊細なんだから。
……ん?
でも待てよ。今になって気づいたけど、心愛のやつ、割と普通に先輩と話せてるな。年齢が離れてるからかな。
敵意剥き出しとはいえ、これも立派なコミュニケーションのひとつ。
不登校の改善に繋がるかも。いい傾向だ。
コロンと氷が鳴る。夜美先輩が楚々とした所作で麦茶を一口。
「美味しい」
「別に普通の麦茶ですけど」
「では、心愛さんが淹れてくれたからでしょうか」
妹の悪態にもめげずに、夜美先輩は微笑をたたえていた。
俺と心愛も腰を下ろす。L字型ソファの短い部分に先輩が、長い部分に俺たちが並ぶ構図だ。
改めて、俺は先輩に聞いた。
「それで、休日になんの用ですか?」
「天宮さんの言葉を借りるのは癪ですが、好きな人に会いに行くのに理由など必要ないでしょう」
「必要です」
「釣れませんね。まあ、今日は確認したいことがあって来ました」
「確認したいこと?」
「天宮さんとは本当になにもなかったんですか?」
「当たり前です」
隣の心愛が観察するように横目で俺を見ている。
夜美先輩は身を乗り出しながら言った。
「本当に?」
「本当に」
「キスとか」
「病人にするわけないでしょう。いや、病人じゃなくてもしませんけど」
俺にそんな甲斐性があるわけない。
「抱き締めたりとか」
「してません」
「添い寝とか」
「してません」
夜美先輩は安心したように息を吐いた。
「そうですか。それは良い心掛けです」
なにが良いのやら。
「しかし油断は禁物ですよ。天宮さん、2年生になってから青鳥くんへの執着がエスカレートしていますし」
同感だけど、俺につきまとうために留年した先輩が言うことじゃない。
「人の振りを見る余裕があるなら、我が振りも直して欲しいんですけど」
「今後はしっかりと対策を練っていく必要があるでしょうね」
普通に無視された。
「まあ、策など講じずとも、青鳥くんに答えを出してもらうのが一番手っ取り早いのですが」
「どっちとも付き合わないって半年前から言ってますけど」
少なくとも10回は言っていると思う。
「そろそろ天宮さんと私、どちらと付き合うか決めていただけませんか?」
本当に話が通じないな……。
よく勘違いされがちだけど、俺は思わせぶりな態度でふたりと接しているわけではない。両方とも丁重にフッたうえで、それでも執拗に好意をぶつけられているのが現状だった。
「あの、先輩。この際だからはっきり言いますけど――」
俺は誰とも付き合う気はありませんと、そう続けようとした瞬間。
――ピンポピンポピンポピンポピンピンピンピンピン!
と、先ほどの先輩なんか比較にならない速度で、インターホンが鳴り始めた。
この勢い。思い当たる人物はひとりしかいない。
「天宮さんでしょうか。全く、間が悪いことこの上ありませんね」
先輩も同じことを考えたらしい。
「私が対応しましょうか?」
「いいですよ。余計に面倒臭くなりそうなんで」
修羅場は勘弁だ。玄関先で軽くいなして、天宮には帰ってもらおう。
――ピンピンピンピピピピピピピピッ!
「ああもう! うるせぇな!」
壊れたらどうすんだよ。先輩といい、なんでこの手のやつらはインターホンを連打したがるんだ。
リビングを急ぎ足で走り抜ける。俺は苛立ちを紛らわすように、乱暴に玄関の扉を開けた。
「こんにちは。要」
無表情の笑顔と凍てついた声色。
玄関前に立っていたのは、幼馴染の依織だった。




