第7話『突撃訪問』
翌日の日曜は、朝っぱらから母さんが騒いでいた。
「今日こそデートするんだから! 絶対よ!」
父さんが疲れた様子で頷いている。
せっかくの日曜休みだというのに、母さんのご機嫌取りに駆り出されることになったらしい。休日出勤より大変そうだ。
「――それじゃあ、要、心愛ちゃん。ふたりとも留守番よろしくね」
リビングでくつろぐ俺と心愛に、母さんは上機嫌に手を振る。父さんは、母さんに首根っこを捕まれながら出ていった。
両親が車で出かけたあとは、リビングのテレビで心愛とふたり、アニメ鑑賞タイムに突入。動画配信のランキング上位作品を流しながら、ソファでゴロゴロする。
心愛は俺の隣にぴったりとくっついていた。ショートパンツから伸びる素足が俺の足に触れている。
「このキャラ可愛いよね」
「まあ、人気あるらしいしな」
「私とどっちが可愛い?」
「二次元と張り合うなよ」
勝負になるわけないだろ。心愛の圧勝だ。
アニメのエンディングが流れる頃には、俺の意識は遠くへと旅立っていた。心愛の体温とソファの快適さに負けた。
――ピンポーン。
インターホンの音で目が覚めた。あのまま寝落ちしてしまったらしい。心愛も俺の膝の上で寝息を立てている。
ピンポーン。ピンポーン。
連打されている。時計は12時半を指していた。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
「うるせぇな……」
誰だよ、日曜の昼間から。
膝の上の心愛をそっとソファに寝かせて、俺は玄関へ。
ドアを開けると、外には夜美先輩が立っていた。
「ご機嫌よう、青鳥くん。本日はお日柄も良く」
ワンピースにカーディガンを羽織った姿。まさにお嬢様といった上品な服装だ。
しかし……どうしてこの人がウチの玄関前にいるのか。
「どうかしましたか? 鳩が吐瀉物を食ったような顔をして」
「なんで俺の家を知ってるんですか?」
「逆に聞きますが、なぜ私が青鳥くんの家を知らないと思ったんですか?」
「教えてないからですけど」
「教えてないことが知らないことの理由になるとは、私は思いませんがね」
駄目だこの人。理屈が通じない。
天宮に聞いたんだろうか。けど、あいつが先輩に教えるとも思えないし。
「お兄ちゃん?」
心愛が起きたらしい。目を擦りつつ、壁から顔だけ出してこちらを窺っている。寝起きで機嫌が悪いのか、鋭い目で夜美先輩を見据えた。
「その女、誰」
声に棘がある。敵意ダダ漏れだ。
「学校の先輩」
「先輩?」
心愛が眉を顰めた。
「女の先輩?」
「見ての通りだけど」
「なんで家に来てるの」
それは俺も知りたいところだ。
「この際、実家を特定されてるのは見逃しますけど、休日になんの用ですか」
「いえ、あなた方が男女の一線を越えてしまったと小耳に挟みまして。これは私も、うかうかしてられないなと」
は?
この人はなにを言っているのか。
「どういうこと、お兄ちゃん」
さささっ、と心愛が俺の隣に来る。
「男女の一線を越えたって。誰かとしたの?」
目が据わっている。本気の目だ。
どう説明しようか考えていると、夜美先輩が口を開いた。
「天宮さんから嬉しそうに自慢されましたよ。青鳥が家に来てくれて、すごく優しくしてくれたと」
あの女……。
依織に限らず、先輩にまで誤解を招くような言い方しやがって……。
「まあ、天宮さんのことです。十中八九、妄言の類なのでしょうけれど、家に行ったのは本当のようですから。交尾していても不思議じゃありません」
「こっ……!」
心愛の前でなんてことを!
「失礼。些か早計な物言いでした。社会的責任を取れない身で、青鳥くんはそんな真似をするような人じゃありませんね。性行為と言い直しましょう」
どっちも大差ねえ!
「妹の前でなんてこと言うんですか! まだ中3なんすよ!」
「お気になさらず。女は男より早く学びますから。野蛮な男と違って、女は知的なんですよ」
男女平等の時代にとんでもないことを言う人だ。つくづく妹の教育に悪い。
「お兄ちゃん。本当なの?」
横からシャツの裾を掴まれた。
「なにが」
「その天宮って女と、そういうことしたの?」
「してない」
「じゃあ、なにしたの」
「昨日言ったろ。ただの見舞いだって」
「ふたりきりで?」
「母親もいた」
嘘じゃない。最初と最後にはいたんだから。
「…………」
心愛がじーっと俺を見上げている。疑いの目だ。兄がそんなことするはずないのに。
夜美先輩は俺たちに構わず、玄関から家の中を覗き込んでいた。
「あら、ご両親は不在中ですか」
「出かけてますけど」
「それは好都合。落ち着いて話ができますね」
「まさか上がる気ですか?」
「当然でしょう。わざわざ来たのですから」
夜美先輩が靴を脱ぐ。
「ちょっと。勝手に」
「お茶をもらえますか? 喉が渇きました」
もう上がり込んでいる。夜美先輩はリビングへと向かっていった。
「なにあの女」
心愛が不機嫌そうにつぶやく。
「図々しい」
全くである。




