第6話『メンヘラの予兆』
薬を飲んだあとの天宮は、落ち着いた顔で眠りについた。
その後、母親が帰宅したタイミングで挨拶を済まして、俺は天宮家をお暇する流れに。
日が落ち切る前に家に帰れたのは助かった。妹との約束を破るわけにはいかないからな。
家の扉を開けると、心愛が廊下で待ち構えていた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま」
「ちゃんと帰って来てくれた」
「なんだそれ」
心愛の目に潤みが帯びる。
「私にはお兄ちゃんしか話し相手いないから……」
はいはい、わかってますよ。
俺は玄関に上がり、安心させるように心愛の頭を撫でた。
「大丈夫だって」
「お兄ちゃんがいなくなったら、私、死んじゃうかも」
物騒なこと言うなよ……。
「いなくならないよ」
「嘘つかない?」
「つかない」
心愛がふにゃっと頬を緩ませる。
満足した様子で、くるりとリビングの方に振り返った。
「じゃあ、私はみんなのご飯作るから。お兄ちゃん、お風呂沸いてるからね」
「ありがとな」
では、お言葉に甘えて風呂に入るとしよう。
服を脱いで浴室へ。
体を洗ってから俺は湯船に浸かる。
熱湯が体の芯まで染み渡っていく中、ぼんやりと温度調整のモニターを眺める。
目を閉じると、瞼の裏に浮かび上がるのは天宮の姿だ。
パジャマの襟元から覗いていた鎖骨。
熱に浮かされた頬。
俺を見つめる、とろけるような瞳。
「……っ!」
なに考えてんだ俺は!
水面に顔を突っ込む。
ブクブクと泡を吐き出しながら、煩悩を洗い流す。
「ぶはっ!」
息を求めるように顔を上げる。
これでは天宮の思う壺じゃないか……。
*
入浴後、心愛の作った夕飯を家族で食べて、俺は2階の自室に戻った。
ベッドにダイブしてスマホをチェック。
案の定、天宮からのメッセージが大量に溜まっていた。
文面こそ違えど、内容は全部『ありがとう』と『大好き』の無限ループだ。
既読だけつけて返信はしない。キリがなくなるから。
――ブーブー。
と、天宮のメッセージを確認していたところで別のメッセージが届いた。
『要』
『ちょっといい?』
依織だった。連絡が来るのは週に一度あるかないかの頻度で、大体は『今なにしてる?』とか『テスト勉強してる?』みたいな当たり障りのない内容だ。
今日はなんだろう。
トーク画面を開き、『なに?』と返信を打とうとする。
瞬間、次のメッセージが届いた。
『今日、来夢ちゃんの家に行ったって本当?』
えっ。なんで知ってんの。
『来夢ちゃん、すごく嬉しそうにわたしに報告してきた』
『青鳥が看病してくれた、って』
『手を握ってくれた、って』
『優しくしてくれた、って』
『あれほど甘やかしちゃ駄目って言ったのに』
『なにしたの?』
『高校生だよ、わたしたち』
『まさか変なことしてないよね?』
ちょ待っ……メッセージ止まらないんだけど……。
『要は昔からそうだよ』
『なんでそうやって誰これ構わず優しくするの?』
『そういうの八方美人って言うんだよ?』
『知ってる?』
『わたしがどれだけ心配してるか知ってる?』
『来夢ちゃんがどういう子か、ちゃんとわかってる?』
『あの子と友達になったのだって要のためなのに』
『だから友達のフリして近づいたのに』
『要を守るために』
『なのに要は自分から来夢ちゃんの家に行くなんて』
『なに考えてるの?』
『あの子に取り込まれたいの?』
トーク画面が異常な速度で流れていく。
『わたし、ずっと見てたよ』
『要が来夢ちゃんに振り回されてるの』
『それで学校で孤立してるのも』
『でも、なにも言わなかった』
『要が自分で気づくと思ったから』
『信じてたから』
『けど全然気づかない』
『むしろ来夢ちゃんに優しくしてる』
『生徒会長さんにも』
……これ、本当に依織か?
『なんで?』
『なんでわたしじゃないの?』
『わたしの方が先に要と出会ったのに』
『わたしの方が要のこと理解してるのに』
『なんで来夢ちゃんなの?』
『可愛いから?』
『美人だから?』
『守ってあげたくなるから?』
『わたしだって守って欲しい』
『わたしだって優しくして欲しい』
ああそうか。
たぶん友達とかと一緒にいて悪ふざけのターゲットに……。
『今、読んでるよね?』
『既読ついてるから読んでるよね』
『無視しないでよ』
『わたし、おかしいこと言ってる?』
『言ってないよね?』
『当然のこと言ってるだけだよね?』
『幼馴染なんだから』
『特別なはずでしょ?』
『なのになんで他の女の子の家に行くの?』
『しかもふたりきりで』
『お母さんいなかったんでしょ?』
『来夢ちゃんが言ってた』
『お母さんが気を利かせて出かけてくれた、って』
『最低だよ』
『信じられない』
『要も来夢ちゃんも最低』
『最悪。みんな最悪』
【依織からの着信です】
「ひっ……!」
思わず悲鳴が漏れる。
出たくない。出られるわけがない。
着信が切れた。
ホッとしたのも束の間、すぐにまた鳴る。
切れて、鳴る。切れて、鳴る。エンドレス着信地獄。
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
【依織からの着信です】
いつまで経ってもスマホは鳴り止まない。
俺は間違えて応答を押さないよう、慎重に依織の連絡先を開いた。
ブロックボタンを押す。
それでやっと静かになった。
……人間誰しも変になってしまうときはある。顔を突き合わせないと真意などわからないし、次の学校でちゃんと話そうと思う。




