第22話『月曜日、すなわち天宮来夢デー』
あれから1週間が経過した。
夜美先輩が用意してくれたマンションは、駅から徒歩5分という立地の良さに加え、オートロック完備の高級物件だった。
間取りは1LDKで、一端の高校生が住むには過ぎた環境だ。
家賃も生活費も全額先輩持ち。完全にヒモである。
ともあれ、先週の準備期間を終えて、今日から本格的に4人のメンヘラ更生プログラムは始まる。
週始めの月曜日。まだ慣れない新居で登校の準備を進めていると、
――ピンポーン。
朝7時にインターホンが鳴った。
モニターに映るのは、オートロック前のエントランスと、制服姿の天宮だ。
「はい」
『青鳥! おはよう! 迎えに来たよ!』
満面の笑みだ。よほど今日を待ち遠しにしていたらしい。
エントランスで数分待ってもらい、急いで支度を終えて外に出る。
登校中、天宮は当然のように俺の腕に自分の腕を絡めた。
「ちょっ。くっつくなって」
「だって今日は月曜日でしょ? あたしの日でしょ?」
「そうだけど……」
「じゃあ問題ないよね!」
全く……。
まあ、どうせ今日はずっと天宮の相手をしなければならない。この程度で文句を言っても仕方がないか。
「あっ、そうだ!」
歩きながら、天宮が通学鞄を開いた。
「青鳥のお弁当作ってきたんだ! お昼一緒に食べようね!」
おお、それはちょっと助かるかもしれない。
ひとり暮らしが始まって、心愛が弁当を作ってくれることもなくなった。先週は学食で済ましていたから、弁当を用意してくれるのは素直にありがたい。
「ありがとう」
「えへへ〜」
素直に礼を口にすると天宮は破顔した。
こんなにも喜色を隠さない顔は久しぶりに見た気がする。
*
昼休み。
俺と天宮は、特別棟の裏手で肩を並べて弁当をつついていた。
天宮の手作り弁当は、ウインナーはタコさんで、プチトマトには可愛らしいピックが刺さっていて、高校生の弁当というより小学生向けのような装飾だったが、味は絶品だった。
おかずの配置も彩りを考えられていて、開けた瞬間に食欲をそそる見た目になっている。
「ねえねえ、青鳥」
「んっ」
「放課後デートしよ?」
「デート?」
「映画! 観たいのがあるの!」
まあ、今日は天宮の日だ。断る理由もない。それに、放課後の映画ぐらいなら健全な高校生活の範疇だろう。
これも更生への第一歩だ。
「いいよ。弁当も作ってくれたことだし」
「やったぁぁぁっ!!」
というわけで、その日の放課後、俺と天宮は駅前の映画館へと足を運んでいた。
キャラメルの匂いが充満するロビーは、カップルやら学生やらで賑わっている。
時刻は17時前だが、こんな時間帯でも意外と人はいるんだな。見たところ、大半が大学生っぽい感じの見た目をしているけど。
天宮とふたり、発券機に向かう。
そのときだった。
「「あっ」」
天宮と、それからもうひとり、すれ違った男子学生が同時に声を上げる。
あちらもこちらと同様に、ふたり組の男女だった。
俺たちとは別の高校の制服に身を通している。電車の中で何度か見かけたことがある制服だ。
男は短髪で中肉中背。整った顔立ちではあるが、どこか軽薄な印象を受ける男子生徒。その隣には、髪をポニーテールにまとめ、派手めのメイクをしている女子生徒。
ふたりは腕を組んでいる。明らかに恋人同士だった。
「……康太」
天宮がつぶやくように名前を口ずさむ。
そこで俺は思い出した。
男子の方はあの日――中学の卒業式で、しがみついていた天宮を無慈悲にフった男じゃないか。
中学は学年300人越えのマンモス校だったから、俺はその男と全く面識はないけど。
「知り合い?」
連れの女子が、康太なる男の袖を引く。
「まあ……ちょっと中学の頃に」
「ふーん」
女の方が値踏みするように天宮を眺める。
それから少し拗ねたような口調で言う。
「可愛い子だね」
「やめろよ。こいつ、マジで頭おかしいんだから」
天宮を顎で示しつつ、男は侮蔑を隠そうともしない。
天宮が辛そうに俯く。震える指先が俺の袖を掴んでいた。
「大変だな、お前も。天宮に目をつけられるなんて」
俺に同情するように男は続けた。
「そんなやつ、さっさと捨てた方が身のためだぞ」
「やめて……」
天宮が小さく声を漏らす。
俯いたまま、唇を噛んでいる。
「逃げるならマジで早い方がいい。じゃあ」
関わりたくないのか、男は好き放題に言ったあと、止めていた歩みを再開した。
たぶん、ある程度は親切心から言ってくれたのだろう。事実、天宮の行動は狂っている。ストーカー行為も、異常な執着もすべて本当のことだ。
だが、それを公衆の面前で、しかも嘲るように語った男の態度が、どうしようもなく俺の癪に障った。
過去に付き合った女を、新しい彼女の前で見下して優越感に浸る。
……気に食わない。
「待てよ」
俺は咄嗟に口を開いていた。
声色には、明らかに敵意が混じっていたと思う。
男が振り返る。
「なんだよ」
「たしかに天宮はおかしいよ。ストーカーまがいのこともするし、常識なんて通じない」
天宮の体がビクッと震える。
「けど、少なくとも俺は天宮と向き合うことを選んだ。あんたみたいに無責任に突き放したりはしない」
「は? なにマジになってんの?」
男の顔が不快そうに歪む。
「天宮だって今は変わろうとしてる。ちゃんと、自分の問題と向き合ってるんだよ」
「笑わせんなよ。天宮が変わる? 無理無理」
「決めつけんなよ」
「まっ、天宮って顔だけはいいからな。ヤリモクの体目当てだろ、お前も」
男の歪んだ顔に、薄ら寒い嘲笑が浮かんでいる。
接すれば接するほど不愉快な男だ。どこまでも天宮をモノ扱いしている。
「やめなよ康太……。行こう」
気まずい空気の中、連れの女が男の腕を引っ張った。
彼氏は軽薄でも、彼女の方はある程度の良識を弁えているらしい。
「ちっ」
男は舌打ちして、彼女と一緒に劇場の方へと消えていった。
天宮は俯いたまま動かない。
肩が震えている。どんな顔をしているのか、俺には見えなかった。
「まあ、なんだ。そう気に病むな。過去の話なんだし、落ち込むことは――」
慰めようと声をかけると、ふと天宮が顔を上げた。
意気消沈していると思ったが、しかし、その顔には涙ではなく、とろけるような恍惚が浮かんでいた。
開いた瞳孔。赤く染まった頬。
マズい。既視感だ。
「はわわぁぁぁぁっ♡♡♡♡♡」
人目も憚らず、天宮が俺に抱きついてきた。
「ちょっ……」
「青鳥ぃっ! 好きっ! 大好き!」
「おい。周りが見てるって……」
「でも我慢できない……! 死ぬほど好き……!」
天宮のテンションが振り切れてしまった。
しまった。ここぞというとき以外、なるべく使わずにするつもりだったのに……。
俺はまた飴を使ってしまったらしい。




