第21話『メンヘラ更生プログラム』
「だから曜日ごとに担当を決めて、対等に過ごす時間を作ろうと思う。月曜日は天宮、火曜日は依織、水曜日は先輩。その日以外、俺に関わることは一切禁止。ルールを破った時点で候補から外す」
「ちょっと待って! それって……それって! 青鳥と一緒にいられるのが週に1回だけってこと!?」
「そういうこと」
「嫌! そんなの絶対に嫌! あたしは毎日青鳥と一緒にいたいの! 毎日!」
「嫌なら嫌でいい。候補から外れるだけだ」
「うぅぅっ……!」
天宮が身悶えするように声を詰まらせる。
「それは私も同じということですか?」
「当然でしょう。先輩も、水曜以外は俺に関わらないでください」
「……承知しました」
夜美先輩は意外にもあっさりと頷いた。この人は頭がいいから、ここで反発しても得がないと判断したのだろう。
次は依織が声を上げた。
「待ってよ。仮にその条件を呑むとして、心愛ちゃんはどうなるの? ひとりだけ要を独占することになるよね? ずるいよね? おかしいよね?」
「それは……しょうがないだろ。家族なんだし」
「心愛ちゃんだけ毎日要と一緒にいられるってことでしょ? 朝も夜も、ずーっと一緒。それって不公平だよね? 全ッ然、対等じゃないよね?」
「そ……、そうだよ! あたしだって青鳥と一緒に住みたい! 毎日ご飯作ってあげたい!」
天宮が依織に便乗する。敵の敵は味方、というやつか。こういうときだけ息が合うのは、ある意味で感心する。
そんなふたりを前に、心愛は勝ち誇ったように口元を歪めた。
「私はお兄ちゃんの妹なんだから。あなたたちとは格が違うんです」
煽るな煽るな……。
俺は心愛の頭に軽くチョップを入れた。
「悪い顔をするな。あと、強い言葉も使わない」
「でも事実」
心愛が不満そうに唇を尖らせる。反省の色はゼロだ。
そんな中、夜美先輩が鼻で笑った。
「幼馴染とはいえ、ここまでくると滑稽ですね。親族という立場に嫉妬して喚き散らすなど、音塚さんと天宮さんも哀れな」
「生徒会長さん知らないんですか? 心愛ちゃん、要の義理の妹なんですよ」
「義理の……?」
「血は繋がってないんです。それでこの有様ですよ? 私のお兄ちゃんだの結婚したいだの」
心愛を指差しながら、依織はその事実を晒した。
「結婚……?」
夜美先輩の声が低くなる。今まで先輩は心愛に対して温かい眼差しを向けていたが、途端、その目つきが敵を見るように鋭くなった。
「義理のきょうだいとはいえ、家族関係に恋愛を持ち込むなど問題があるのでは?」
清々しいほどの手のひら返しであった。
敵になった夜美先輩に、心愛は負けじと反論する。
「ありません! ちゃんと調べたもん!」
「そうだとしても、心愛さんだけ有利になるのは看過できませんね。365日のうち、ほとんど青鳥くんと一緒に過ごせるなど対等とは言えないでしょう」
「だから、最初からそう言ってるじゃないですか」
依織が勝ち誇ったように顎を上げる。
「心愛ちゃんだけが特別扱いなんて、誰がどう見ても不公平」
そうして心愛は防戦一方になった。
「仕方ないでしょう! 私は妹なんだから!」
「いいえ、仕方なくありませんよ。対等を期すために、私が家を用意しましょう」
「「えっ……?」」
俺と心愛が同時に声を上げる。
話の展開が急過ぎる。
「綾倉家が管理しているマンションに空きがあります。私たちにスケジュール単位でチャンスを分けるというなら、青鳥くんにはそこでひとり暮らしをしていただきます」
まさかそう来るとは……。
金持ちの発想は次元が違う。
しかし当然というか、心愛はそれに反発した。
「ちょっと待ってください! お兄ちゃんが家を出る……?」
「ええ。それでこそ全員平等というものです。文句はないでしょう?」
「そんな……そんなの……」
俺と離れるのがそんなに嫌なのか、心愛はオロオロしている。
俺も俺で、別の理由で困惑していた。
「あの。なんかデカい話になってますけど、俺、バイトとかしてないので生活費が……」
「すべて私が支給しましょう。家賃も不要です」
「…………」
他人の、それも女の人の金でひとり暮らし。
完全にヒモじゃないか。
だが、悪い話じゃない……か?
「それでよろしければ、青鳥くんの条件を呑みましょう」
「そうだよ要。対等って言うならそれぐらいしないと」
「あたしも賛成!」
3対1。心愛は完全に孤立していた。
両親への説得は必要になるけど、俺が家を出ることで心愛の依存が少しでも減ってくれれば、学校にも行くようになるかもしれない。
なんにせよ、刺激にはなるはずだ。
「……わかりました。先輩の案に乗りましょう」
「そんなぁぁぁっ!」
心愛が崩れ落ちる。床に膝をついて、まるでこの世の終わりみたいな顔をしていた。
メンヘラの改善もそうだけど、心愛にはひとりの人間として、ちゃんと学生らしい生活をして欲しい。
ここは心を鬼にするしかない。
「じゃあ、改めて確認するけど、月曜日が天宮、火曜日が依織、水曜日が先輩、心愛は……木曜日かな。その日以外、俺への積極的な関与は禁止。その代わり、担当日はデートでもなんでもするから」
「「「なんでも?」」」
「あっ、いや……常識的な範囲で、なんでもな」
目の色を変えた3人を見て、俺は慌てて訂正する。こいつらの『なんでも』は、普通の人間のそれとは明らかに次元が違う。
常識という枷をつけておかないと、とんでもないことになりそうだ。
俺は改めて4人を見渡した。
これから先のルールを、明確に伝えなければならない。
「それで、だ。それと同時並行で、お前らには俺が考えた更生プログラムを受けてもらう」
「更生? あたしがおかしいってこと?」
なに馬鹿なこと言ってるの、とばかりに天宮は首を傾げる。
自覚がないのが一番タチが悪い。
「そうだよ。おかしいんだよ、お前らは」
「他の3人はともかく、私に更生する余地などありませんが?」
「ありまくりです」
夜美先輩にも即答しとく。拉致監禁する人間が正常なはずない。
「要がしてくれることならなんでも受けたい」
依織は素直だった。ちょっと闇を孕んだような物言いだったが……。
心愛は床に崩れたまま、放心状態になっている。今はそっとしておこう。
それぞれの問題点を、ひとりずつ指摘していく。
「まず依織。お前は今後、死を連想させるような言葉を二度と使うな。死にたいとか轢かれてくるとか、そういうのは全部禁止だ」
「別に好きで言ってるわけじゃないけど」
「なんでもいいからやめろ。あと質問責めも禁止」
「……わかった。気をつける」
「前みたいに普通にしてくれれば、俺は依織のことをかなり好きになれると思う。だから頼むよ」
「ほわぁ……」
依織が沸騰した。瞬間、天宮と先輩がギロリと眉を顰める。
地雷を踏んだか……。
暴れ出す前に話を進めなければ。
「次に先輩。今後、俺とアポなしで会うことは一切禁止します」
「えっ……」
「学校で遭遇するぐらいならいいですけど、間違っても勝手に家に来たり、俺を拉致監禁するような真似はやめてください」
「……仕方ありませんね。善処しましょう」
「そこを直していただければ、先輩のことを恋愛対象として考えられるかもしれません」
「ひゃぃ!」
先輩が変な声を上げた。普段の優雅さはどこへやら、完全に乙女の顔だ。
やっぱりこの人、根はウブなんだな……。
「あたしは!? あたしは!? あたしのことはどうやったら好きになってくれる!?」
「天宮はストーカー行為の全面的禁止だな」
「えっ? ストーカーなんてしてないよ?」
「もっと具体的に言うべきだったな……。発信機を仕掛けるのと、俺を待ち伏せするのを全面的に禁止する」
「そ、そんな……それだとあたし、青鳥のことなにも……」
「担当の日に正面から向き合えばいいだろ。俺のことを監視する必要はない」
「うぅ……」
「そこを直してくれれば、天宮のことも恋愛対象として考えられると思う」
「本当!?」
天宮が身を乗り出す。
単純だ。こいつは本当に単純で裏表がない。
だからこそ、更生の余地は十分にあると思う。
「最後に心愛」
心愛はなにも答えない。さっきからずっと膝を抱えて丸まっている。
俺は目線を合わせるように心愛の前で膝を折った。
「俺に依存するのをやめろ。ひとり暮らしを始めたあとは、毎日連絡を取るのも禁止だ」
「そんな……」
「不安なのはわかるけど、心愛もそろそろ変わらなくちゃいけない頃合いだろ? 来年には高校生になるんだから」
「無理だよ……お兄ちゃんがいないと私……」
「無理じゃない。トラブルがあったっていう友達と仲直りして、ちゃんと俺以外の人間関係を築いてくれ」
「でも……」
「それができたら、心愛のことも恋愛対象として考える。義理の家族だから駄目とか、そういうのを度外視してちゃんと考えるから」
心愛が顔を上げた。目を見開いている。
「本当に……?」
「ああ。だから頑張れ」
4人それぞれに課題を与えた。
これで全員が同じスタートラインに立った。
俺は最後の確認を取る。
「以上だ。なにか質問は?」
しばしの沈黙で、4人が顔を見合わせる。
最初に口を開いたのは夜美先輩だった。
「承知しました。必ず青鳥くんを落として見せましょう」
「あたしも! あたしも頑張る! 絶対に青鳥に選んでもらうんだから!」
「わたしだって負けない。要は、わたしが幸せにする」
「私も……頑張る……」
4人がそれぞれ決意を口にする。
これが正解かどうかわからないが、今の俺にできる最善策はこれしかなかった。
飴を与え続ける生活は限界だ。突き放すこともできないなら、正面から向き合う他ない。
卒業後の未来――最終的に俺と付き合わなかった3人が前を向いて生きていけるよう、必ず全員のメンヘラを治してやる!




