第18話『恋する乙女は止まれない(side夜美)』
瞼を上げると、天蓋のベッドが目に入りました。カーテン越しに、陽の傾きかけた薄い空が見えます。
いつの間にか眠ってしまったようですね。
まどろみの中、最後の記憶を辿ります。
ええと。たしか杏子に青鳥くんを監禁してもらうよう指示して――。
「…………っ!」
そうでした!
私、青鳥くんとひとつに!
彼とあんなにも深く繋がって!
「うぅぅぅぅぅっ……ッ!」
枕を抱きながらシーツの上を転がり、爆発しそうな喜びを発散させます。
指先に、二の腕に、胸元に、あのときの感覚が鮮烈に焼きついていて……。
生肌の背中に回された腕は、想像よりもずっと硬くて、骨張った硬さをしていました。
あれが男の子の、青鳥くんの手……。
「うひっ……ふふっ……、ふふふふっ……♡」
枕に顔を埋めると、まるで子供みたいに両脚が勝手にバタバタしてしまいます。
綾倉夜美としてはあるまじき、品位の欠片もない姿ですけれど――興奮が収まりませんでした。
もっと、もっと欲しい。
もっと彼を感じたい。
私だけに向けられるあの優しさを、もっと。
「……会いたい」
衝いて出たつぶやきは、次の瞬間、無意識のうちに叫びへと豹変しました。
「会いたい! 今すぐ会いたい! 青鳥くんに!」
パジャマが乱れるのも構わず、ベッドを叩きながら声の限り叫びます。
「杏子! 杏子!? どこにいるの、杏子ぅっ!」
私の側近ともあろう者が、こんな大事なときに部屋に控えていないだなんて!
一分一秒でも早く、青鳥くんの元へ行かなければいけないのに。
「――お呼びでしょうか、お嬢様」
寝室の扉が開いて、完璧な所作でスーツ姿の杏子が現れます。
私の焦りなど微風程度にしか感じていないような面持ちでした。
「遅い! なにをしていたの!」
「10秒でお呼びに参じましたが」
「体感では1時間よ! とにかく、外出の用意よ!」
ベッドから降り、クローゼットへと駆け寄りながら指示を飛ばします。
「すぐに青鳥家へ向かうわ! 準備を!」
「しかしお嬢様。青鳥様を送り届けてからまだ半日も経っておりませんが」
「それが?」
「さしもの青鳥様も、拉致監禁のあとではさすがにお疲れかと。日を改めた方が良いのでは」
「なにを言うの、杏子。だからこそよ!」
杏子は恋の、愛のなんたるかを全然わかっていませんね。
クローゼットの中から制服を抜き取りながら杏子に説明します。
「疲れているときこそ、人肌が恋しくなるものじゃない。愛する人がそばにいる。それ以上に、癒やしになることはこの世にないでしょう?」
「相思相愛であれば、そうなのでしょうが……」
「あら、わかっているじゃない。だからなにも問題ないわ」
「…………」
私たちは繋がった。ひとつになった。あんなにも深く、抱き合った。
だから青鳥くんも私の訪問を求めているはず。
仮に求めていなかったら、それはそれでちゃんと教育する必要があります。
妻を求めない夫など、欠陥品もいいところですから。
「……承知いたしました」
杏子の声には諦観の色が混じっていました。
従者の身分で失礼な、とは思いません。他の使用人なら注意していたかもしれないけれど、杏子とは物心ついた頃からの仲。
姉妹同然の関係なのですから、これぐらいの無礼は許容範囲内。
「最短で準備しましょう」
「当然よ。すぐに身支度を整えて頂戴」
私はドレッサーの前に座りました。
鏡に映る自分の顔は、熱病患者のように火照り切っています。
ああ、これが恋煩いというものなのですね……。
私の背後に立った杏子が、ヘアブラシとメイク道具を手に取りました。
「メイクはナチュラルに。キスをするかもしれないから、グロスも控えめに」
「かしこまりした」
私の要望に応えるよう、杏子は作業を進めていきます。
「うふふふっ……♡」
身なりが整っていくにつれ、また笑い声が漏れてしまいます。
ああ……!
もう限界です!
早く青鳥くんに会いたい。
また、抱き締めてもらいたい。
あの温もりに包まれながら、今度はあわよくばキスを……。
「準備完了です、お嬢様」
メイクも完璧。髪は綺麗に整えられ、ほんのり色づいた唇が妖艶さを醸し出していました。
「素晴らしいわ、杏子!」
鏡に映る姿を最後に確認して、私はドレッサーから立ち上がりました。
「では参りましょう。愛しい愛しい青鳥くんの元へ!」
「お嬢様。最後に申し上げておきますが」
「なにかしら?」
「今回も事前連絡なしの訪問です。あまりしつこく押しかけると、本当に青鳥様に嫌われてしまう恐れも……」
「心配無用よ! 何度も言ってるけど、私たちは相思相愛なのだから!」
あんなに深く抱き合ったのですから、嫌われるなんてあり得ません。
むしろ離れている時間の方が苦痛のはずです。
「さあ、行くわよ杏子。青鳥家に!」
「…………」
固まる杏子を置いて、私は颯爽と寝室を出ました。廊下を闊歩しながら、心の中で青鳥くんへの想いを反芻します。
――待っていて、青鳥くん。
今、人生の伴侶であるこの私が、夫であるあなたの元へと馳せ参じますから!




