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第13話『綾倉家の力』

 「失礼します」


 気絶した夜美先輩を前に途方に暮れていると、地下室のドアが開いた。

 杏子とかいうスーツの女が再び現れる。

 半裸で倒れている夜美先輩を見下ろすと、杏子さんはため息を吐いた。


「お嬢様らしいですね」


 らしいとは果たして。これが日常茶飯事だとでも言うのか。


「学校への連絡は済ませておきました。青鳥様とお嬢様は体調不良により欠席ということになっています」

「……そうですか」


 なら、今から登校しても逆に面倒なことになりそうだ。今日の授業は諦めるしかないだろう。

 杏子さんが、手に持っていた紙袋からスマホと制服を取り出す。


「こちらをどうぞ。データ移行は完璧に行いました。ご安心ください」


 用意周到だな。この人が出ていったときはまだ制服もスマホも無事だったはずだけど。

 事前に示し合わせていた、ということか。


「どうも」


 受け取ってすぐにスマホの電源を入れる。中身を確認してみる。

 アプリの配置、写真、連絡先、トーク履歴まで、すべて元通りになっている。唯一の差異は、天宮と依織の連絡先が消えている点だ。


「お嬢様がお手数をおかけしました」


 頭を下げられる。

 あまりにも事務的で、謝罪の意図など微塵も感じられなかった。

 お手数をおかけしましたで許されることじゃないと思うが……。

 俺はせめてもの抵抗として言った。


「一連のこと、俺が通報したらどうするつもりなんですか?」

「監視カメラを含め、あらゆる証拠が残らないように徹底しておりますので。どうぞお好きに」


 つまり、俺がなにを言っても信じてもらえないということか。綾倉家と比べたら、俺の社会的信用なんてミジンコに等しい。逆らうだけ無駄か。


「お嬢様。お体失礼しますよ」


 杏子さんは夜美先輩の脇にしゃがみ込んだ。そして、信じられないほど軽々とその体を抱き抱える。


「お嬢様を寝室にお連れします。青鳥様も、ご実家までお送りしましょう」

「はあ。じゃあお言葉に甘えて」


 先輩に切り裂かれた制服を脱いで、新しくもらった制服に身を通す。

 地下室の階段を上っていくと、薄暗い空間から一転、眩い電光が目に入った。

 美術館かと見紛うような廊下に出る。床は高そうな深紅の絨毯。天井の照明は煌びやかなシャンデリア。

 はえぇ……初めて来たけど、綾倉家の屋敷ヤバいな。


「あちらを真っ直ぐに進むと玄関です。お嬢様を寝かせてきますので、そちらでお待ちください」

「あの、俺の鞄は?」

「車に用意しております。ご安心を」


 それは良かった。教材を買い直すなど御免だからな。

 杏子さんと二手に分かれ、言われた通りに廊下を進んでいく。

 玄関に辿り着く。そこもまた、豪華絢爛だった。吹き抜けの天井に、2階へと続く階段が両端に備えられている。巨大な玄関扉を前に、俺は杏子さんを待つ。

 その間、今日の出来事を振り返ってみた。拉致され、監禁され、刃物を向けられ、抱かれ抱き締め、先輩は気絶した。

 現時刻は昼前。たった半日でこれだけのことが起きた。今日はもう家でゆっくり休みたい。


「――お待たせしました」


 杏子さんが戻ってきた。夜美先輩の姿はない。寝室に寝かせてきたのだろう。


「では、私がお送りいたします」


 玄関の外には、拉致されたバンとは別の車が停まっていた。セダンの高級車だ。

 後部座席に乗り込む。シートの上には、俺の通学鞄が置かれていた。

 杏子さんが運転席に座り、車は走り出す。窓の外の景色が流れていく。しばらく無言が続いたあと、杏子さんは口を開いた。


「お嬢様は幸せそうでした」


 バックミラー越しに小さく微笑んでいるのが見える。犯罪だから褒められた話ではないけど、この人はこの人で夜美先輩のことを大切に思っているのかもしれない。


「そうですか」


 俺にはそれしか言えなかった。

 綾倉家から20分ほどで自宅前に到着する。平日の住宅街には人通りも少ない。

 普通の人は学校か仕事に行っている時間帯だから当然だ。ちょっと罪悪感があるな。


「本日はありがとうございました。では、またいずれ」

「もうあなたとは会いたくないです」


 別れの挨拶を、皮肉で返しながら車を降りる。

 杏子さんが窓越しに会釈すると、車はすぐに走り去っていった。


「はぁ……」


 どっと疲れた。ただ、依織のせいで心愛とも喧嘩みたいな雰囲気になっているから、家の中でも落ち着けるとは言えないんだよな……。

 そういえば、家に誰もいないときの心愛って普段はなにしてるんだろ。

 玄関の前に立つ。鍵を差し込み、ドアを開ける。


「ただい――」

「要お兄ちゃぁぁぁん! らぁぁぁぁぶぅッ♡♡♡♡♡♡」


 帰宅の挨拶は、しかし2階から聞こえた絶叫に掻き消されてしまう。ややくぐもっていたが、それは間違いなく心愛の声だった。

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