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第12話『監禁してくるヒロインには』

「なにする気ですか……?」


 恐怖で歯の根が合わない。

 先輩はなにも答えなかった。ただ、唇の端を三日月のように吊り上げている。


「ふふっ……」


 えっ。なに。

 俺、マジで殺されるの……?

 いや、いくらなんでもそれはないよな。だってスマホくれるって言ってたし……殺そうとしてる相手に、普通そんなこと言わないよな。

 けど、殺されなくても痛ぶられるぐらいは……だって監禁とか平気でするような女だし、先輩、なんか血とか好きそうだし……。

 えっ。嫌だ。痛いのは嫌だ。

 俺は死に物狂いで身を捩った。


「だっ……、誰かぁぁぁぁっ!」


 だが、鎖が擦れるばかりで拘束はビクともしない。


「動くと危ないですよ。じっとなさって」

「や、やめ……」


 刃が制服に触れる。

 ビリ、ビリリ……。

 下に着ているインナーごと、上半身の衣服が切り裂かれていく。


「ちょっ! 制服が!」

「すでに新しいのを買ってありますから。サイズも完璧のはずです」


 そういう問題じゃない!

 しかし抵抗すると肌を切られそうで、俺は体を硬直させるしかなかった。剥き出しになった上半身が、ひんやりとした地下の空気に晒される。


「先輩……?」


 カッターナイフが地面に置かれた。役目は終えた、ということだろうか。

 その後、先輩は自分の制服に手をかけた。


「えっ……なにして」


 俺の問いには答えず、先輩は脱衣を進めていく。

 肩のライン。二の腕。くびれたウエストに、小さなおへそが露わになる。

 上半身を覆うのはレース素材の下着一枚で、スカートとの境目が妙に生々しい。


「青鳥くん」

「ひぃっ……!」


 胸元までにじり寄られた。猫のように四足歩行の体勢を取ると、先輩は俺の背中に手を回した。

 そして、


「ずっとこうしたかった」


 ギュッと。

 生肌と生肌が直接重なる。下着越しの柔らかいそれが、潰れてしまうほど密着した抱擁。

 温かい。俺は場違いにもそんなことを思った。


「私だって本当はずっとこうしたかったんです。天宮さんばかりいつも……」

「は……、はあ……?」

「青鳥くんの体を、私が自由に」

「怖い怖い怖いっ……!」


 先輩の顎が俺の肩に乗っている。髪が肌に擦れてこそばゆい。


「それより、その……ど……、どうですか……?」


 自分の肩を見るように目線を斜めにすると、真っ赤に染まった耳たぶが視界に入る。

 そこで俺は冷静になった。

 声だけじゃない。夜美先輩は体までブルブル震わせている。


「これでも好きになっていただけませんか……? で、では――」

「いえ、あの」

「ぎゅっ、ぎゅぅぅぅぅっ……」


 それは、好きな人に抱きつくというよりは、怖い物を見たときに咄嗟にしがみついてしまうような抱擁だった。


「…………」


 体はガチガチで、動作はたどたどしいことこの上ない。

 天宮には普段から抱きつかれていたけど、先輩はスキンシップを躊躇する人だった。

 もしかしてこの人、行動力が異常なだけで意外とウブなんじゃ?


「どっ……どうでしょうか……? これで私にメロメロでしょう……?」


 先ほどまでの迫力はどこへやら。こちらから押せば、簡単に言いくるめれそうな気配がある。

 人の好意に漬け込むようで気は進まないが……。

 こちとら監禁までされているのだ。この場を切り抜けるためにはやむを得ない、か。

 ごめん先輩。


「夜美先輩」

「は、ひゃいっ!」


 先輩の体が竦み上がる。


「提案があります」

「て、提案……?」

「この拘束を解く代わりに、俺から抱き締めるというのはどうでしょうか」


 ……どうだ。思い上がりも甚だしい発言だと自分でも思うが、夜美先輩が相手であれば多少なりとも効き目はあるはず。

 ていうか効いてくれなくちゃ困る。監禁生活など絶対に御免だ。

 頼むから効いて……。


「――――」


 先輩は、俺の首元からぐいっと顔を離した。なにやらこちらをパチパチと見つめたあと、ポッと煙が出そうなほどその顔を赤くする。


「本当ですか!? 青鳥くんから!? 私を!?」


 よし。手応えありだ。この流れを無駄にはしない。


「はい。ただし、そのあとはちゃんと家に帰してください。あと、スマホと制服も新しいやつを」

「わかりました! すぐに! 今すぐ解きます!」


 先輩はポケットから鍵を取り出した。両手首と両足首に繋がれた鎖へ、忙しなく身を屈める。


「あ、あら? 鍵穴が……ちょ、ちょっとお待ちになって……」


 焦り過ぎて上手くいかないらしい。


「落ち着いて」

「は、はい! 過去一で落ち着いてます! すごく落ち着いて――あっ、手足が逆でした!」


 過去一で落ち着いていなかった。

 やがて手枷が外れる。続いて足枷も。これで自由の身だ。

 滞っていた血流を慣らすように、その場で立ち上がって手足をぶらぶらさせる。

 自由に動けることがこんなに素晴らしいとは……足るを知った俺であった。

 さて――。

 女の子座りしている先輩を見下ろす。


「あの……青鳥くん……本当にしてくださるんですか……?」


 物欲しそうな眼差しで俺を見上げる先輩。上からだと、余計に谷間が艶めかしく見えた。

 目を逸らす。が、やると言った手前、ハグはしないと。


「一応、約束ですから。ちゃんと制服とスマホ弁償してくださいよ」


 俺は先輩の前に腰を下ろした。なに、海外じゃハグなんて挨拶程度に使われている。さっさと終わらせてしまおう。


「失礼します」

「ひゃいっ!」


 背中に腕を回すと、先輩の体が再びガチガチに固まった。


「あ……あぁ……青鳥くんが……私を……」


 先輩の体温が急上昇しているのがわかる。体を離して顔を見ると、目の奥がぐるぐる渦巻いていた。


「大丈夫ですか?」

「だ、だいじょぶで……、すごく……しゅごくひあわへで……」


 呂律の回らない口調で応じると、先輩はこてんと首を落とした。


「先輩!?」

「ふへ……えへへっ……」


 目を閉じたまま、よだれと鼻血を垂れ流にしている。幸せのあまり気絶。そんなことが本当にあるのか……。

 硬い地面で申し訳ないけど、俺は先輩をその場にゆっくりと寝かせた。

 監禁されて、服を切り裂かれて、半裸で抱きつかれて……最終的に相手が気絶して終わり、か。


「なんだこれ……」


 九死に一生を得たというか拍子抜けというか、感情の整理が追いつかない。

 ただ、この場でひとつ学んだこともある。

 今日みたいな出来事は二度と御免だが、先輩が相手であれば、適度な飴を与えることで危機を切り抜けられそうだということ。

 無論、それは安全の前借りでしかない。飴を与えれば与えるほど、その反動で将来的な危険度は跳ね上がっていくと思うが……今死ぬより未来で死ぬ方がマシなのは当然の話だろう。


「…………」


 ふと思う。これって、天宮や依織にも通用したりするのかな。まあ、さすがにあのふたりも監禁まではしてこないと思うけど。

 ……あれ。

 なんか今、開いてはいけない扉を開いてしまったような気がする。考えてはいけない可能性を考えてしまったような、そんな危うさを俺は感じていた。

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