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京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂  作者: 柳澈涵


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第三話・錦市場・影を食べる少年(一)

 錦市場の一日は、いつだって油の匂いと湯気から始まる。


 長いアーケード街。天井のステンドグラス越しの光が区切られ、看板や暖簾、人の頭の上にまだらに落ちている。干物屋は昆布を店先に高く吊るし、濃い緑の帯が何本も垂れた旗みたいに揺れる。湯葉やお揚げを売る店の前では、木の蓋の隙間から白い蒸気がもくもく立ちのぼる。さらに奥では、店主が声を張り上げながら揚げたての串揚げを網に並べていく。きつね色の衣が肉や野菜を包み、油が鉄板に落ちるたびに、かすかなパチパチという音がした。


 綾女が先を歩いていた。足取りは軽く、無駄がない。今日は昨夜のような場を締める濃い色の着物ではなく、動きやすい淡い小紋に、薄手の羽織を重ねている。それでも彼女は市場の中でよく目立った――服のせいではなく、この場の空気を「自分の部屋みたいに知り尽くしている」ような、こなれた気配のせいだ。


「こっち。」


 彼女が振り向き、手を振る。


 人波の隙間を縫って、劉立澄がやって来る。灰色のコートに、シャツとニットという簡素な格好。肩には布のトートバッグ。ぱっと見はどこにでもいる留学生だ。違うのは、その目つきだけだった。通り過ぎる屋台ごとに、鍋の中をつい覗き込み、それからさりげなく店主の手元へと視線を移す。


「今日は、食べ物で道士を買収するつもり?」


「先生はこの前、小春を助けてくれましたから。」


 綾女は自然な笑顔で言う。「今日はちゃんと、先生にご馳走しないとね。それに……先生、何でも食べて『人を見る』のが好きでしょう? 錦市場は、京都のお腹ですよ。」


 彼女は足を止め、ひとつの揚げ物屋の前に立った。


 店主がちょうどコロッケの新しいバッチを油からすくい上げたところだった。ざくざくしたパン粉の衣がこんがりと濃いきつね色になり、端のほうが少し反り返っている。横には鶏もも肉やレンコンの串揚げが、竹串に刺さったまま鉄網の上にきれいに並んでおり、下に敷いた油取り紙にはじわりと油染みが広がっている。


「コロッケ二つと、串を三本。」


 綾女が口を開けば、もう「いつもの値段」だ。


 揚げたてのコロッケが紙袋に入れられて渡される。熱が紙越しにじかに伝わってきて、指先がじんわりと熱くなる。劉立澄がひと口かじると、まず外側の衣が「カリッ」と音を立てて割れ、中から挽き肉とマッシュポテトの餡が顔を出す。じゃがいもの甘みと肉汁がいっしょになって舌の上に広がった。


 彼は「うまい」とは言わなかった。ただ黙って咀嚼しながら、さりげなく店主の動きを目で追う――男は手を休めずに揚げ物を続けながらも、横目で少し離れた一点をチラチラと見ている。その顔に、一瞬だけ疲れの色が走った。


「……今日は、お客さん少ない?」


 ごく当たり前の世間話のように彼は尋ねる。


「みんな、遠くへ行っちゃってね。」


 店主はため息をついた。「最近は誰も彼も疲れたって言ってるよ。毎日スマホ眺めてぼうっとして、食べる気力もない。お腹が空いたら、やっとのことで何かを買いに来るって感じ。ほら――」


 彼は何とはなしに、通りの奥を見やった。


「あのガキに目をつけられた人が、ああなるんだ。」


 綾女がうまく話を継ぐ。「さっき言ってたでしょう、『影がおいしそう』って言う子。」


 彼女が少し先の十字になった辺りを顎で示す。


 そこだけぽっかりと人の途切れた床があり、その左右に、漬物屋、かまぼこ屋、お菓子屋の屋台が横一列に並んでいた。通り過ぎる観光客の影が、天井から差す光に切り取られ、床の上でいくつも重なり合っている。


 その床の端に、小さな男の子がしゃがみ込んでいた。


 くしゃくしゃになったトレーナーにハーフパンツ。スニーカーのかかとは踏み潰されて、ほとんどサンダルみたいな履き方だ。片手を床につき、もう片方の手であごを支え、じっと人の足元の影を見つめている。


「きみの影……」


 少年の声は小さかった。誰かに聞かれたくないようでもあり、特定の誰かだけに届けばいいと思っているようでもある。


 買い物袋を提げた中年の女性が、彼の前を通り過ぎる。床に落ちた影は、ビニール袋が揺れるたび、輪のように波打つ。その瞬間、少年の目がぱっと輝いた。


「きみの影、すごくおいしそう。」


 女の人はびくりとして、思わず足元を見下ろす。「なにそれ、そんなこと言っちゃダメよ」と苦笑いを浮かべ、そのまま足早に去って行った。


 だが劉立澄には、その刹那に別のものが見えていた。


 少年の背中のすぐ後ろ、床にぴったり張り付くように、もうひとつの黒い影があった。本来の影よりもふっくらと膨らみ、輪郭が幾重にも外側へと盛り上がっている。中に何か詰め込まれているようでもあり、今にもぱんとはじけて裂けそうでもあった。

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