第六章 目に映る景色は?
真っ暗闇の中で鳥の囁き声だけが耳に鳴り響いていた。
もう少し寝かせて……。
それでも夢から引き戻すように聞こえてくる鳥囁き声に、重たい瞼をゆっくりと開けるしかなかった。
見慣れた天井と嗅ぎ慣れた部屋の空気が出迎えてくれた。窓から射し込む太陽がボクの身体を温かく包み込んでくれていた。
身体を起こし、窓を眺めると、そこには昨日の雨が嘘のように空は晴れ渡り、忘れ去られた雲がまだ少し青空に残っている程度だった。
ボクの部屋だ。
そう思った時には自分の最後の記憶と違うことに違和感を覚えた。
「でもどうして?」
ボクは最後の記憶を思い返すように目を深く閉じ、考え込んだ。
薄っすらとぼやけた夢の記憶の奥にママとお話したことを思い出した。
「その後、そのままベッドで寝ちゃったのかな?」
なにか違う気がする。そんな違和感を感じながらも、納得をした。
ボクが目を覚ましたことで、鳥たちの囁きをやめてどこかへ行ってしまったのか、部屋が静かに……ではなかった。ボク以外の誰かが寝息を立てている音がかすかに聞こえてきた。
誰だろう?
ボクは回りをぐるりと見渡すと、ボクのベッドの端に頭を預け、床に座ったまま寝ているママの姿があった。
毛布もかけずに寝てしまっているママは肌寒いのか、時折身動ぎしていた。
「ママ!」
ボクは自分でも信じられないほどの大きな声を上げてしまった。一瞬だけ身体をビクッとさせるとママは目をこすりながら、ゆっくりと身体を起こし、ボクの姿を探した。
「ごめんね。ママ、疲れて寝ちゃったみたい。迷惑じゃなかった?」
自分からは考えられないほどの大きな声を出してしまったことに、顔を赤くさせながら、ママから視線を逸らした。
「お仕事に行くって……」
できるだけ、いつものように振る舞おうとしていたが、なぜか声が高くなってしまう。
今日のボクは変だ。いつもなら上手くやれるのに。
ボクの恥ずかしそうな態度に、ママは目をパチパチとさせ、まじまじとボクを見つめてきた。その視線が背中に突き刺さるようだった。
「……えっと、そうね。昨日お話したもんね。お仕事が思ったより早く終わって、早く帰ってこれたの。でも、ボクくん……」
ママが早く帰ってきてくれたことにボクは胸が高鳴り、無意識にママの顔を見つめると、 見つめ返すような目のママはどこか輝いているように見えた。
ボクの顔になにかついてるのかな?もしかして、ヨダレのあとが?それとも寝癖がついちゃってるのかな?
髪を戻すよう一生懸命に押さえつけると、今度は頬のヨダレを拭き取ろうとした。その時、自分の頬が釣り上がっていることに気づいた。
「やっぱり、笑っている顔のボクくんは素敵よ?ママも、その顔大好きだから」
笑ってる?ボクが?みんなに無表情と言われ、ずっと悲しい思いをしてきたボクが?
頭の中でなにが起きたのか、全くわからない状態で、考えがまとまらなかった。
ママはベッドから身体を離し、ボクの頭をグチャグチャに撫で回した。
頬を膨らませ、頭を抑える様子を見て、ママの表情が緩んだ。そのまま立ち上がると、背筋を伸ばした。
「少し、遅いけど、朝ご飯作るね」
そう言って重たい足取りで、ボクの部屋を後にした。
どうして、急に笑えるようになったんだろ?それに頬を膨らましたりして。やっぱり今日のボクは変だ。
自分に起きた変化に頭を悩ませながら、ベッドから出ると、服を着替えた。
リビングに向かうと、キッチンでママが料理をしている姿が目に入った。ボクはその横を通り過ぎて洗面所へと向かった。顔を洗い、鏡に映るボクの顔を見つめる。
いつもの顔だ。でも、いつもより穏やかだ。
ボクが急に別人になったわけじゃなかった。鏡のボクをじっと見つめる顔は嘲笑や侮蔑のいつもの嫌いな顔じゃない、期待に満ちた、自分を信じる顔だった。
ボクになにがあったの?
鏡を見つめながら、もう一度、思い返してみる。
そう言えば、三面鏡。
ボクは洗面所から飛び出すと、ママの部屋に駆け込んだ。化粧台の前の椅子によじ登り、鏡を見つめる。
普通の鏡だ。そこには一番星の輝きもシャボン玉も存在しなかった。
やっぱり、夢だったのかな?でも、どんな夢だったのか、全然思い出せない。
こめかみを指で抑えながら、夢を思い出そうとしたが、靄がかかったみたいに思い出せない。
諦めてママの部屋を後にすると、料理を終えたママが、机に並べ始めていた。
「晴れているの。カーテン、開けてくれる?」
ボクは大きく頷くと、大きな窓へと駆け寄っていった。青いカーテンに手をかけ、一気に開けた。
……眩しい。
目が眩むようなまばゆい太陽の光がボクを照らし出した。余りの眩しさにボクはたまらず目を閉じた。
『……ボクくん』
不意に背中から声が聞こえた。
聞いたことがあるけど、どこで聞いたのか分からない、懐かしい声。
だ、誰!!
咄嗟に振り返ったボクの後ろには、太陽が作り出した真っ黒なボクの影が伸びているだけだった。
「……影…さん?」
不意に出た言葉が何を意味しているのか分からなかった。でも、身体が覚えていたのか、一筋の涙が、頬を伝った。
なんだろうこの感じ、胸が締め付けられるような、でも身体が軽くなるような。わからない。
『知っているはずだよ?それはボクくんが手に入れたものじゃないか』
誰もいない目の前から声が聞こえてくる。それが頭の中に響く心の声だと気づいた。
手に入れたもの?
『怖がらないで、もう一度、心と向き合ってみて』
言われるがままに、胸に手を当て目を閉じてみた。
黄金色の空に様々な建物の町並み、その奥には真紅の海が波を打っていた。そんな、知らない自分の心に吹き抜ける風がボクを包み込んだ。
そこにはボクが知る白黒の世界は存在しない。まばゆいばかりの感情がひしめき合う世界に様変わりしていた。
グスッ!
嗚咽を鳴らした。それがせきを切ったように涙が溢れ出した。
まるで赤ちゃんのように大泣きを始めたボクにママは右往左往しながら、リビングをさまよいながら、駆け寄ってきた。
「ど、ど、ど、どうしたの?どこか痛いの?何があったの?」
近くにあったティッシュを掴み取り、ボクの涙を拭いてくれたけど、すぐにグチャグチャになってしまう。それでも泣き止む様子がないボクの背中を擦りながら、ママが眉間にシワを寄せながらボクの顔を伺う。
「…………った」
「えっ……」
消え入りそうな声で呟いた声はママに届く前に消えてしまった。同じことをもう一度言うのが恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。
でも、伝えたい!この思いが、この感情が、ボクがママに感じている本当のことだから!!
「寂しかったよ〜」
* * *
泣きじゃくり、感情を剥き出しにしたボクをずっとなだめ続けながらママはずっとボクを抱きしめてくれた。涙が枯れるまで泣き続けたボクは、最後は顔を赤らめながら、ママから顔を隠し、鼻を啜った。
「ご飯食べよ?」
ママに手を引かれながら、机まで連れて行ってもらった。手を合わせ、少し冷めてしまった料理を口に運ぶ。
おいしい。
昨日も食べたママの料理が今はとても懐かしく感じた。
ボクが無言で食べ進める姿を、優しい目でママが見守ってくれていた。
「怖い夢でも見たの?」
食器を片付けていると、ママが声を小さくしながら尋ねてきた。
……夢。
ボクは泣きじゃくる前に聞こえた不思議な声を思い出していた。
そういえば、あの時の声、夢で聞いた声だ。……影さん。誰なんだろう?
太陽の光を浴びて頭の中にかかったモヤが少しずつ晴れようとしていた。
「突然、泣き出したから、ママびっくりしちゃった」
食器を洗う音がいつもより忙しく感じた。
あれは夢だったのかな?もっと現実に近い本当に体験できるようなそんな実感がした。村で、都市で、湖で………………影さん!!
ボクは無意識に椅子から勢いよく立ち上がってずり落ちそうになった。驚いたママが落としそうになった食器を慌ててつかみ取り、目を丸くしていた。
ボクはキッチンにいるママの元へと駆け寄っていった。
「ママ!ボクね、ママがいない間に冒険に出てたんだ!!」
ボクの視線に合わせるようにしゃがみ込んだママは「どんな冒険をしたの?」と声を弾ませながら聞いてくれた。
ボクは抑えきれない気持ちを、爆発させるように矢継ぎ早に物語を語り始めた。
初めは胸弾み、心が躍るような動物たちが開く祭の物語。
次は胸に湧き上がる感情をぶつけ合う人形たちの議会の物語。
うなだれて一人塞ぎ込んでしまったお姫様の初めてのお友達になる物語。
最後には、みんなが笑って踊って仲良くなる物語を。
どれもボクにとって本当に体験した最初で最後の冒険の物語、きっとこの冒険はボクにとっての一生の宝として心の中に大切に飾られた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!
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また次話で、お会いしましょう!




