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第五章 無限の白紙

 光に満ちた扉の先をくぐり抜けると、その先は一面が真っ白で何もない空間が広がっていた。

 空は凹凸のない真っ白な雲に覆われ、大地は一面雪に埋もれてしまったかのようだった。足から伝わる言葉では表現しようがない不思議な感触が、それは雪ではないことを教えてくれた。

「何もない」

 そう表現する以外、思いつかなかった。

「そうさ。だからこそ、この世界はボクくんが一から作るのさ!」

 ボクが作る?そんな事、できるの?

 目をパチパチとさせながら、精霊さんに説明を求めるように見つめ続けた。腕を引っ張られ、視線を向けるとそれは影さんだった。

「ここはね。えっと……。楽しみの世界」

 精霊さんの代わりに影さんが言葉を詰まらせながら答えてくれた。

「楽しみの世界?」

 初めて聞いた言葉。

 ボクここで何を作ればいいの?

 頭のなかに疑問が沸き上がった。

「この世界がどんなふうに見えるの?」

 真っ黒な顔の影さんがボクの顔を覗き込んだ。

 今ならわかる。影さんはボクを心配そうな顔をしていることが。

「……真っ白で何もない」

 見たままの事を伝えると視線をそらせるように影さんは少しうつむき、「そう…なんだ」と消えそうな声でつぶやいた。

「楽しいを忘れちゃったんだ」

 影さんは空を仰ぎながら、独り言のようにそう漏らした。

 初めて見る姿にどう話しかけていいのか、分からず、口が少し開いたまま言葉を詰まらせてしまった。

 「ボクくん! まずはここまで旅を思い出してみて!」

 ボクと影さんのことなど気に留める様子もなく、強引に話を進めようとした。

 眉間にシワを寄せ、精霊さんをじっと見つめ続けると「やってみて」としか答えてくれなかった。

 モヤモヤする気持ちで胸に手を当てながら、ゆっくりと目を閉じた。

 真っ白な世界から真っ暗な世界へ。

 思い出すように目にギュッと力を入れ、振り返ろうとした。

 知らない自分を知りたくて、白黒の世界を変えたくて、だから精霊さんの手を取った。

 真っ黒な世界に夜明けが訪れたかのように黄金色の空が広がり始めると、合わせるように村での出来事が鮮明に蘇っていく。

 イヌさんに連れられて、訪れた村でトリさんに教えられた『嬉しさ』が上手くいかずに諦めかけていた時、小鳥ちゃんに助けられて手に入れることができた黄金色の空。

 まだ自然に笑うには程遠いけど、少しは笑顔をつくれるようになった。

 思い出とともに、心がホッコリ温かさに包まれるとまるで呼応するように、肌に熱を感じ始めた。

 ボクがゆっくりと目を開けると、目を疑うような景色が広がっていた。

 身体から蒸気が立ち上るように黄金色の粒子が天へと立ち昇ってゆき、それは次第に青色へと変わり、最後には澄んだ青空と空を漂う雲へと姿を変えていった。

「すごい……」

 口の筋肉が緩み、ポカーンと開いた隙間からぽつりと言葉を零した。

 精霊さんの言っていた世界を作るという意味を、身をもって体験した。体の内側から熱が湧き上がってくるのを感じた。

 目を輝かせ、立ち尽くすボクに精霊さんは空中で跳ねながら「続けて続けて!」と急かしてきた。

 次はどんなふうに世界が変わるのかな?

 弾む心臓に身を任せ、もう一度目を閉じると、黄金色の空がきらめくのを眺めた。

 今度は足元から真紅の色が染み出るように満ち始め、すぐに大海へと姿を変えた。

 これはオリガミさんとブリキさんが教えてくれたことだった。

 時が止まり、淀んだ空気と機械のように同じことを繰り返す都市。

 村から一変した都市の姿に、あの時は本当に逃げ出したくなる気持ちになったのを覚えている。でも、今では逃げ出さなくて本当に良かったと思う。

 オリガミさんとブリキさんが演技をして『怒り』を思い出させようとしてくれた。初めはみんながボクにすることにとても意地悪で最後には涙があふれて止まらなくなった。けど、ブリキさんやブリキたちが助けてくれたから、初めて怒ることができたんだ。

 頬に熱いものが筋となって垂れていく。

 目を開けながら、頬を手で拭ってみた。それは無意識にボクの目からこぼれ落ちた涙だった。涙が真っ白の地面に落ちると、小さな波紋が広がってゆき、そこから、次第に水が満ちてゆき、水たまりが池に湖に、そして最後には紺碧の大海へと姿を変えた。

 バシャ!

挿絵(By みてみん)

 足に冷たい大海の水がかかった。冷たさが、自分の作り出した世界を実感させた。

「本当にボクが世界を生み出している……」

 笑みを浮かべながら、作り出した世界に目を輝かせた。視界に映る景色に目を奪われてしまう。ずっと眺めていられた。

 そんなボクの意識を現実に戻すように 袖を引っ張られた。

「ぼくも忘れないで」

 まだ、影さんとの記憶が蘇らないままでいると、哀しそうな視線で訴えてきた。

 忘れないよ。だって、影さんはボクにとって……。

 目を見つめて、心の中を吹き抜ける『哀しさ』、澄んだ青色の風を感じながら、思いを伝えようとした時だった。同時にこの世界に風が生まれ、猛烈な勢いの風が吹き始めた。

 あれ?今何を伝えようと思ったっけ?

 冷たい風がボクの考えを運び去ってしまったかのように忘れてしまった。

 影さんを見つめたままたたずむボクの答えを待つように影さんに頬を緩めながら穏やかな表情で答えた。

「この風は影さんがくれたものだよ。忘れるわけないじゃないか。だって影さんとボクが過ごした時間は忘れようもない思い出だからね」

 影さんの雰囲気が落ち着いたものに戻っていた。どうやら、風は影さんの重たくしんみりした雰囲気を吹き飛ばしてくれたようだ。

 ボクが作り出した青い空、青い海、吹き抜ける風を堪能するように精霊さんは頭上を飛び回った。ボクと影さんも一緒になってこの世界を探検するように歩き回った。

「ボクくん、ここからが本番だよ!」

 しばらくすると精霊さんがボクたちのもとまでとんできて告げた。

 本番?何をするのかな?

「まだ、この世界は未完成だ。だって、空と海と風が生まれただけで、真っ白な世界と変わらないからね」

 じゃあ、次はどんなモノが生まれるの!

 高鳴る心臓をそのままに精霊さんの言葉に期待を向けた。

「だから次はボクくんの楽しい思い出はなんだい?それを思い出してみてよ」

 精霊さんの一言に顔が凍りついてしまったように不器用な笑顔のように固まってしまった。



 * * *

 楽しいって何だろう?

 それっていったい、嬉しいと何が違うの?

 ボクの知らないことだった。

 氷像のように凍りつき動かなくなったボクを心配することなく、「見守っているよ」と言い残して精霊さんは太陽に姿を変えてしまった。

 精霊さんがいなくなり、影さんと二人きりになると崩れるようにうずくまり、最後にはおしりが濡れてしまうことも構わず、うずくまるように座った。

 今思えば、ボクはみんなの力を貸してもらって感情を知ることができたんだ。

 視線を上げて、影さんを求めるように見つめると、そこには手の置き場に困っている影さんが視線に気づいて首を横に振っていた。

「駄目。その答えはボクくんしか知らないこと。だから、自分を信じて考えてみて」

 そこには自分の手をキツく握りしめ、震えながらも、しっかりとした口調で影さんが答えた。

 膝を抱え、そこに顔をうずめると自分と向き合ってみた。 

 ボクにとっての楽しいは……。 

 楽しいって何だろう……。

 頭の中をどれだけひっくり返しても答えが見つからない。靄のかかった大海原をさまよい、最後には頭の奥がチクチクと痛み出し、ウーウーとうめき声を上げた。

 ボクには感情を手に入れてもその先に自分は存在しないんだ。

 答えが出せない事で、ボクを嫌いになっていた。そんな時、影さんが肩にそっと手を置いた。

 その手の温もりからは「大丈夫」と語りかけてくるようだった。その温もりが太陽のように大海原の靄を晴らしていった。

 ボクはその先にあった思い出を目にすると、猛烈な風に吹かれたかのように記憶が蘇ってきた。

 無表情でみんなに嫌われそうになった時、大事にしていた玩具が壊れてしまった時、お気に入りの本が濡れてもう読めなくなった時。そんなどうしようもなくなって、もう立っていられずに、身体を小さく丸めて一人の世界に入り込んでしまっていた。でも、そんな時にずっとそばに寄り添ってくれていた人がいた。その人はいつも温もりの籠った手を肩においてくれた。

 世界全体が脈動する。

 ……えっ。ボクはまだ何も……。

 記憶の中で何かをかすめただけで何も感じ取っていないはずなのに、この楽しみの世界に何かが作られた事を不思議に思いながら、うずめていた頭を起こし、前を見据えた。

 そこは影さんの時と同じ。だけど、全く違う家がそこには建っていた。

 ……ここ、ボクの家だ。

「……ママ」

 身体が勝手に動いて玄関へと向かっていく。

 玄関を開けると、綺麗に整頓されていた。リビングの机の上にはママの大好きな花が置かれ、大好きな甘い香りが部屋から漂ってくる。

「きれいな家だね」

 気づくと影さんが後ろから家をのぞいていた。

 照れくさそうに頬をかきながら、影さんを家に招き入れると、影さんは「ただいま」と言って中に入ってきた。

「ママと一緒にいることは楽しいよね。ぼくと一緒」

 始めは影さんの言っている意味が分からなかった。

 でも、玄関に視線を向けるとそこから見える景色は知っている町並みではなく、大海の姿にここが現実ではないことを思い出させた。

 そっか、ここは楽しみの世界だった。ボクがママと過ごす毎日が楽しいって、ちゃんと思っていたからこの世界にも家が作られたんだね。

 遅れて、影さんの言葉を理解すると、胸の中がじんわりと熱くなっていった。

「……楽しい……。うん!ママと一緒にいるとすっごく楽しい!」

 最初は自信がなくたどたどしく口にしたが、それが自分にとって本当に正しい事だと確信がもてた。

 リビングをぐるりと一回りすると「部屋、見せて?」と影さんが前のめりになりながら、いつもより大きな声でお願いされた。

 「もちろん!」

 そう答える時には影さんの手を引きながら自分の部屋へと小走りで向かった。

 部屋の扉を勢いよく開けると二人で部屋に駆け込んだ。

 芝生のような黄緑色の絨毯の上にベッドや本棚、机に椅子が置かれていた。

 影さんは全て真剣に眺めるようにじっくりと眺めながら部屋の中を巡っていった。

 その姿に心臓の音が激しくなり、手足がもぞもぞして落ち着かなかった。

 すると影さんはボクの本棚の前で足を止め、そこをじっと眺めていた。

 そんなに変なモノ、置いてあったかな?

 ボクも本棚に近づくと一緒に眺めた。

 本棚と言っても、収められている十数冊程度の絵本だけで、お絵かき帳や、色鉛筆の詰まった箱や積み木人形が入った箱が置かれている程度だった。

 そこには影さんの家と変わらないモノしかないはずなのにな。

 首を傾げながら、影さんの横顔を眺めると合わせるように影さんもこちらを向いた。

「ボクくんの一番はどれ?」

 一番?

 もう一度、本棚に視線を戻すと、絵本を眺める。

 一番なんて決められないよ。だって、どれも読んでいて胸が躍るものばかり。……でも、もし、影さんに読んでもらう絵本を選ぶとしたら……。

 ボクは絵本の中から何度も何度も読み重ねたせいで背表紙のタイトルが霞んで読めなくなってしまった本へ手を伸ばした。

 絵本に指先が触れた瞬間、今度は絵本との思い出が流れ込んできた。

 本屋さんで見た時、ボクの心を引きつけた絵本だった。ママにお願いして買ってもらった。文字は難しくてずっとママに読み聞かせてもらって、ページが変わる度に、胸が踊ったり、目に涙を浮かべたりしていた。

 今では一人で読めるようになっちゃったけど、それでも、読む度にその心の震えをくれていた。

 なんで、ボクはこのことを忘れてしまっていたんだろう?

 止まった手を動かし、手に取ると、影さんに渡した。

「初めて見る絵本だ。読んでいい?」

 影さんがページを開くとそこで手が止まる。

「ぼくには難しくて読めない。ボクくんは読める?」

 ボクは大きく頷くと、影さんの代わりに最後まで読んであげた。

 最後には影さんは涙を流しながら、喜んでくれた。絵本を元の位置に戻していると、影さんが箱の中から、お絵かき帳を取り出した。

「ボクくんはいつもどんな絵を描いてるの?」

 思い出せない。

 ボクはそう思ったが、なぜか口に出さなかった。

 影さんがページをめくりながら、見ていくと、途中で手が止まった。

「この絵って……さっきの絵本?」

 ボクは横から覗き込むと、光の精霊に導かれる主人公の絵が描いてあった。

「そうだよ。ボクはここが好きなんだ。この子が初めて旅に出るところ。だって、ボクだったら、絶対にワクワクするところだから」

 絵を見ながら、説明すると影さんがお絵かき帳を手渡してきた。

 ボクは躊躇なく、お絵かき帳に手を伸ばした。そうすることで心を燃え上がらせる思い出が蘇りそうな気がしたから。

 触れた瞬間に思い出が流れ込む。そして、大きな地鳴りと共に部屋が大きく揺れだした。

 ボクは窓に駆け寄りベッドによじ登り、外の大海を見つめた。

 しかし、そこにはすでに大海は存在しなかった。

 家を囲むように緑豊かな林が生まれ、更にその奥には街が薄っすらと見えていた。

 じっとなんてしてられない!!

「行こう!」

 ボクはベッドから飛び降りるとまだ、何が起きたのかわからない様子の影さんの腕を掴んで家を飛び出した。

 家の回りの森には穏やかな風が吹き込み、木々のせせらぎを作り出していた。耳を澄ましてみると、わずかに鳥の鳴き声や動物たちの暮らしている音が聞こえてきた。

「この森をボクが作ったの?」

 頭上にはふらつきながら飛んでいる小鳥と寄り添うように飛ぶ鳥が枝に止まり、ボクを見下ろしていた。

 街はどうなっているのだろう?

 影さんの顔を見ると、ボクの気持ちに答えるように頷き、一緒に森を駆け抜けた。

 窓の外から見た街はとても変わっていた。

 積み木で作られた建物や絵本に出てくるような家。一番驚いたのはボクの描いた絵がそのまま家になっているところだった。

 この街でボクはどんな人になれるかな?

 お医者さんなんてどうかな?

 すると服が白い清潔な服へと様変わりし、気づくと目の前に病院が建てられていた。

 目を輝かせながら、影さんを見た。

「お医者さんなら、ぼくは患者さん!」

 居ても立ってもいられない様子の影さんは早口で叫ぶと、パジャマ姿に着替えていた。

 二人で病院に入り込むと時間を忘れて遊び尽くした。

 心ゆくまで堪能したボクと影さんは病院を出ると、その場に座り込んだ。

 病院内を走り回ったにも関わらず、全然疲れが出てこない。

「ボクくん楽しかったね」

 隣で大の字になって寝転がる影さんは弾むような声だった。

「楽しかった!じゃあ、今度は何にする?」

 ボクが尋ねると、飛び起きるように、立ち上がった影さんが「お巡りさん!」と叫ぶと、一瞬にして制服に着替えていた。

「ズルい!」

 ボクも制服に身を包むと、先に走り出した影さんを追いかけるように二人で街をパトロールへと向かった。

 この世界が白一色だったなんて想像できないくらいに変化した世界を。



* * *

 色々なモノになり、流石に疲れてきたボクと影さんは街の真ん中で大の字になって寝転がっていた。

「こんなに楽しかったのははじめて!ボクくんありがとう。一生の思い出にするね」

 上半身を起こしながら話す影さんの声はどこか悲しげだった。

 どうして、哀しそうに言うの?

 ボクが立ち上がると、一緒に立ち上がる影さん。

 胸の内が不自然にざわつき出した。

 影さんはボクの両手を包み込むとボクの顔を思い出に刻むようにじっと見つめた。

「ボクくん。目をつぶって」

 胸のざわつきが大きくなっていく。

 そんな事したくない!だって、そしたら、影さんが!

 自分の意思とは関係なく、ボクの瞼は落ちてゆく。そこには黄金色の空と真紅の海の真ん中でポツンとボクが立っていた。

「今までありがとう。今度はぼくがお返しをする番」

 心の中に響き渡るように影さんの声が聞こえる。何かを伝えようと開く口からは言葉がでてこない。

 コツン。

 額にほんのりと温かく硬いものが当たった感触があった。

「ぼくがあげられるものはこれしかないんだ。でも、きっとボクくんにとって、一番大切なものだよ?」 

 そんなのは決まっている!ボクにとっての一番は!

「本当はこれを哀しみの世界で返す予定だった。でも、すぐに手放すことができなかった……。ごめん」

 ボクの心を置いてきぼりにして影さんが話し続ける。

「ぼくはこれに代わる一生の宝ものを手にすることができたから」

 影さんは告げた。

 「だから、返すね」

挿絵(By みてみん)

 影さんの言葉とともに頭の中に流れ込んできた記憶に心臓は初めて動き出したかのように大きく脈を打つ。

「これは忘れてしまった。昔の好きだよ」

 初めてママに絵本を読んでもらった時、物語よりもママの一生懸命な顔にボクは目が離せなかった。小さな画用紙に、ママの似顔絵を描いた時、ママの溢れんばかりの笑顔に胸が踊った気持ち。初めてできた友達にボクの知らないことを教えてくれてワクワクしたこと。一緒にママゴトをして時間を忘れたこと。

 忘れていた全て、全てが頭に流れ込んだ。一瞬のうちに色々な感情に振り回され、ボクの喜怒哀楽が追いつかなくなってきた。

 影さんから流れ込んでくる思い出が途切れること、そして最後に一言。

「さようなら」

 と告げ、オデコの感触がふぅ〜と消えていた。

「影さん!!」

 自分の意志でやっと動かすことができた瞼を目一杯見開いた。

 そこには沈みかけた太陽が作り出したボクの影が長く引き伸ばされているだけで、影さんの姿はどこにもなかった。

「影さん……」

 目からなぜか涙がポロポロと零れ落ちた。拭いても拭いても止まらなかった。

ずっと泣き続け、太陽が月へと変わった時、目の前に精霊さんがボクを見守っていた。

「お別れは言えたかい?」

 ボクは激しく首を横に振る。

「ボクは最後に言いたかったんだ……。影さんはボクにとっての最高の親友なんだって!!」

 立っていることもできず、その場に崩れ落ち、声を抑えることもせず、ありったけ叫びながら泣き続けた。

「言えたじゃないか!影さんはボクくんの傍にずっといるよ」

 精霊さんの静かな言葉に止まらない涙でぼやける視界で見つめた。

 ……泣かないで

 影さんの声が聞こえてきた。

「影さん!」

 目に溜まった涙を吹き飛ばしながら、辺りを見渡した。しかし、どこにも影さんはいなかった。

 ボクくんが悲しいとぼくまで悲しくなっちゃう。そんなの嫌だ。ぼくは悲しませるために思い出をかえしたわけじゃない。もっと現実を楽しんでもらうために返したんだ。

 影さんの声は心の中から響いてきていた。

「……でも」

 影さんと一緒じゃないと、頑張れない……。

 ぼくはずっと一緒だよ。それは戻っても変わらない。絶対だ!

「絶対?」

 そう絶対!だから、ボクくんは安心してこの旅を終わらせて。

 精霊さんはぼくとボクが話しているのをずっと見守っていた。

 もう大丈夫……な気がする。だって、影さんがくれた思い出があるから。

「もう大丈夫そうだね」

 精霊さんがボクの胸の前まで降りてきた。

「この旅を終わらせるのは、ボクくんの最後の試練だ」

 精霊さんに手を差し出すように言われ、震える手を前に出した。すると、精霊さんは自身を鍵に変え、ポトンと掌に落ちた。同時にまばゆいばかりの光の扉とその中心、一箇所黒い鍵穴が現れた。

 すぐには動けなかった。

 振り返ると、そこには影さんと遊んだ街の姿があった。さらに先の、遠くの水面に佇む家を思い出す。影さんと初めて会って分かりあえた場所。でも、今はいない影さんのことを思うと胸が苦しくなる。

 目に浮かぶ景色が都市へと変わる。時が動き出し、今はブリキたちみんなが自由に暮らしている。

 もし、ボクがこのままここに残ろうと決めたら、オリガミさんやブリキさんはどう思うかな?きっと、ううん。絶対叱る。

 動かなかった身体が次第に動き出していった。

 目に浮かぶ景色が村へと移っていく。ボクと会った事で、今でも村はお祭り騒ぎなのかな?ボクがここに残ろうとしたら、ずっとこのままお祭りをしていられるのかな?

 鍵穴の手前で手が止まった。

 手が震える。

 判断が鈍ってしまう。

 精霊さんはボクにこれは最後の試練って言った。だから、この旅を終わらせる決断をボクがしなければいけない。

 ゆっくりと鍵穴に鍵を差し込んでゆく。

 きっと影さんはボクがこの世界に残る決断をしないように先にボクの前から消えたんだ。

 鍵を回す。

 ガチャリ

 ボクの決断を認めるように鍵が開けられた。

 扉から光が溢れ出す。

 ボクはもう一度振り返る。

「またね!!」

 ワンちゃんにトリさんとコトリちゃんに出会いを感謝するように。

 オリガミさんとブリキさんにボクの決断を示すように。

 影さんへ再会を願うように。

 もちろん!

  みんなが答えてくれたような気がした。

 段々と視界が光に支配されていき、遠くの方でトリの鳴き声が聞こえてきた気がする。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!

長い作品になってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

もし、今回読んで「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークはもちろん、ぜひ↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして、作品に愛の評価をください!

皆様からの応援が、物語をより良いモノへと作り替えて行き、最後には最高の作品になるでしょう。

また次話で、お会いしましょう!

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