表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第四章 雨空と冷たい家

 鳴り響く時計の音から逃れ、身体を襲う浮遊感がなくなると、ゆっくりと目を開ける。

 そこは冷たく静まり返った一面が水に満たされた場所だった。まるで水面の上に立っていると勘違いさせてしまうほど。ここは一切のさざ波はなく、おかげで満天の星空とまん丸なお月様を鏡のように映し出していた。

「きれい~」

 言葉をこぼした。耳を押さえていた手をゆっくりとおろし、この素晴らしい景色をたのしむように、目を見開いた。

 それが合図とばかりに大粒の雨が滝のように降りだした。咄嗟に目をつぶった。またたく間にずぶ濡れになってしまい、景色への思いが霞んでしまった。

挿絵(By みてみん)

 全身の体温が下がるのを感じ、前も見えない大雨の中を当てもなく走り出した。雨が水面を叩きつける音が聴覚を支配した。

 前が見えず、何もない水面でも転びそうになる。手で顔の上に屋根を作り、少しでも目を開け、とにかく走り続けた。

 濡れた服が肌に張り付き、突き刺さるように降る雨が痛い。

 どこかに雨宿りできる場所はないの。

 冷たい手で心臓を撫でられる感覚から逃れるように、さらに走り続けた。

 すると目の前に一部だけ地面ではないところで雨を弾いている場所が見えた。少し落ち着いた鼓動を感じ急いで足をその場所に向けた。

 次第に見えてきたのは、雨の中で霞む一軒の家。

 なりふり構わず、家の軒下へと飛び込んだ。

 バラバラと雨から守ってくれている屋根から音が聞こえた。濡れた頭を激しく振り、服をパタパタと振り水を払った。

「家があって、良かった」

 軒下で身震いしながら身を縮こまらせ、今も激しさを増す雨を眺めた。雨と一緒に視界の端に飛び込んできた屋根に首を傾げる。

「この屋根の汚れって……」

 屋根の端の方に見覚えがあるキズが目に入った。普段からよく目にする模様。視線を落とすと、次に家全体を見渡してみた。

 壁の色、窓の形、玄関の床に扉。見れば見るほど、靄のかかった記憶が晴れていった。

「ボクの家だ!」

 そう思った瞬間、無意識に玄関のドアノブに向かって手が動いた。

 ガチャリ

 玄関に鍵はかかっておらず、ドアノブを少し回しただけで簡単に開いた。

「ただいま!……………えっ?」

 そんなことを気にも留めず家に入り込んだ。

 扉の先はボクの記憶とはかけ離れた光景が広がっていた。

 綺麗な絨毯の上にちょっと高い椅子と机があるリビング。ママがいつも楽しそうに料理する整理されたキッチン。部屋を明るく照らす大きな窓。

 想像していたのはそんな家だった。

 でも……。

 床には服が脱ぎ捨てられ、机に食べ終わった袋が占拠していた。キッチンには洗わないままの食器が放り込まれていた。リビングは明かりを拒むように窓のカーテンが閉め切られていた。

 ママに見られたらまた怒られる。

 靄のかかった記憶から不安が蘇り、全身に鳥肌が立った。

「ボクの部屋は?」

 記憶と現実の食い違いに心臓の高鳴り、床の捨てられた服を踏まないように、前へと進んでいった。



 * * *

 ピチャピチャと濡れた服がしたたる音が静かなリビングに響く中、自分の部屋の前に佇んだ。

 そっとドアノブに手をかけた。

 きっと、ボクの部屋は大丈夫。だって、この世界に来る前は綺麗だった。

 自分に言い聞かせ、ゆっくりと扉を開けた。身がすくむ音と裏腹に心が和む匂いが鼻をくすぐった。

 しかし、扉の先は変わらなかった。

 きれいだった部屋は箱をひっくり返したように散乱した玩具で見る影もなかった。

 確かにあるはずの光景がぐにゃりと歪んだ。濡れた服の袖で何度も目を拭った。

「……なんで」

 ひどいめまいに襲われ身体がふらつきながら、部屋を見渡す。なぜか部屋の突き当たりのベッドだけ玩具が片づけられていた。雨の中に抗うように、月明かりが差し込むベッドには、今にも消えてしまいそうな住人を照らし出していた。

 全身が真っ黒な影の姿をした住人は身体を小さく丸め、背中越しに泣いていた。泣き声に合わせて震える背中からは、乾いた嗚咽が聞こえてきた。

 月明かりに照らされる影さんにゆっくりと近づいた。

 積み木が足に当たる。虚しく鳴る音に影さんは全身をビクッとさせた。

「だ、だれ?」

 跳ね上げるように起こした顔はボクの姿を捉えた。

 見つめ合った顔を見て目を見開いた。

 影を切り取ったように目も鼻もない暗闇のような顔がそこにはあった。驚いたのは、それだけではない。まるでボクのシルエットを切り取ったように瓜二つだ。

 ボクの……影さん?

挿絵(By みてみん)

 慌てて視線を床に向ける。だが、優しく見守る月明かりはボクには届いていない。影は闇と溶け込み、あるのかないのか分からなかった。

 無意識に足が後ろに下がってしまう。

「ぼくを置いていってしまうの?」

 その一言に足が止まる。影さんの不気味さに身体が勝手に反応してしまった。それは今まで会ってきた人たちが無表情を見たときと同じ反応だった。

 ボクは嫌いな自分になろうとしていた。

 下がった足を引き戻すと影さんの顔をまだ慣れていない笑みで向ける。

「置いていかないよ」

 ボクの言葉が影さんにとって意外だったのか、暗闇で表情がない顔がまるで感情を呼び起こされ、わずかだがさざ波のように揺らめいた。驚いているように感じられ、胸を撫でおろした。

 きっと同じことを言われたら、驚いただろうな。

「ボクたち似た者同士だね」

 まるで鏡合わせのようなボクたちはじっと見つめ合っていた。

「でも、ぼくをみんな置いていったよ」

 影さんの暗闇のような無表情を見つめていると、鮮やかな心の中が感情を奪い去るように白黒の世界に引き戻されそうになる。

 笑顔を知らず、誰とも嬉しさを分かち合えなかったボク。

 意思の伝え方がうまくいかず、抑えることしかしなかったボク。

 つらい過去が鋭い針となって心を貫くと心が凍りつき、身体がこわばり、否応なく思いだした。

 見つめる影さんの暗闇に飲み込まれないように、不規則に動く心臓をごまかし、必死で笑顔を作り続ける。

 そうだ!影さんに感情の素晴らしさを教えてあげたい。そうすれば、きっと影さんも素晴らしさをわかってくれる。

 だって、ボクたちは似た者同士なんだから。

 ボクは一歩踏み出し、ベッドの前まで来ると胸を張ってみせた。

 近づいてきたボクに影さんは怯えながら、顔を向けた。

「影さん。ボクたちは一人じゃないんだ!ほら、胸に手を当てて目を閉じてごらん?そこには温かくて優しい黄金色の空が広がってるよ」

 ぎこちない笑みを浮かべながら、どうにか影さんに素晴らしさを伝えようとした。

 ほら!嬉しいってすごく温かなものなんだ!

 しかし、熱のこもった言葉は部屋の寒さに奪われてしまい、影さんの顔は磨かれた氷上のように一切の変化が訪れない無表情ままだ。

 影さんは感情を見せない。きっと何かを伝えたいんだ。

 眉を釣り上げ、眉間にシワを寄せて、怒った顔を作り出した。

 それを見た影さんは肩を震わせボクから距離を取った。その姿に作りあげた怒り顔が虚しく引きつってしまう。

「影さんはなにか伝えたいんじゃない?それなら口にしなくちゃ伝わらないよ。怒っても伝わる思いだってあるんだから」

 引きつった怒り顔に影さんは怯えるだけで、何も話してくれなかった。その瞬間、物音も聞こえない静寂に、影さんとの心の距離が遠くなり、輪郭が不明瞭に感じた。

 伝えようとした言葉をまるで影さんにとっての雑音とばかりに、投げかけた言葉すべてが、氷に弾かれ、闇の中に吸い込まれ消えていった。影さんは肩を強く掴み震えながらその場を耐えていた。

 これでもダメだった。もっと他の方法を試してみよう。今度は出会った人たちの話をしてみよう。

「ねぇ。村で出会ったトリさんとコトリさんの親子のことを覚えているでしょう?コトリさんの頑張る姿と一緒に笑顔の練習をしたよね?初めて大空を舞ったコトリさんを見て、ボクたちは自分のことのように喜んだじゃないか!」

 そんな黄金色の話を聞いても、影さんは暗闇の顔は、氷のように微動だにしない。そんな影さんの姿に思い出の村から色が薄れてゆき、豊かな自然は枯れ果ててゆき、動物たちが姿を消していった。

 このままじゃ影さんに感情の素晴らしさを伝えられない。

 すぐさま話題を変えた。

「そ、それじゃあ、時が止まった都市のことは?始めたオリガミさんに怯えていたボクにブリキさんが勇気をくれたじゃないか!だから、ボクたちは初めて怒ることができた!そうでしょう?」

 深紅に満ちた感情の話を聞いても影さんは一切動じることがなかった。まるで、人形のような様子に体の芯から凍り付くのを感じた。

 影さんが温かな思い出を。鮮やかな心の色を奪ってゆく。

 次第にボ焦りが生まれた。

 冒険で手に入れた思い出が失われつつあることに、動揺を抑えられなかった。昔のように心の中は白黒の世界へ変わりつつあった。胃の底から煮えたぎる熱いものを感じた。

 ボクの心は白黒の世界になることを抗い、黄金色の空は嵐の前触れのごとく黒く淀んだ雲に覆われ、穏やかだった深紅の海は赤黒く染まり嵐のように大波を引き起こした。

 心に呼び起こされ、ボクの全身が醜い感情に支配されてゆく。

「どうして、感情の素晴らしさを分かってくれないんだ!ボクがこんなに頑張っているのに!どうして!!」

 沸々と沸き上がる怒りがついに喉から溢れ出した。叫び声に影さんは逃げ出すようにその場で尻餅をつき、存在を拒絶するように顔を背けた。

 その反応が感情を逆撫でする。

「そんな影さんなんて……」

 頭で考えるよりも先に感情が走り、口から忌まわしい言葉が吐かれそうになった。

「駄目だ!ボクくん。それ以上は言っちゃ!!」

 今まで影さんを照らしていたお月様が、ボクたちの元に近づくにつれて小さくなってきた。目の前まで来た時には小さなシャボン玉と同じになっていた。

「精霊さん?」

 なぜか、影さんを守るように温かみを感じる半透明な膜が、ボクと精霊さんを包み込んだ。不思議なことに膜の外にいる影さんは尻餅をついたまま、まるで時間が止まったように動きを止めていた。

「精霊さん!!どうして今までボクを一人ぼっちにしたの!」

 突然いなくなって、突然現れた精霊さんに言いたいことをぶつけると、精霊さんは一言「見守っていたさ」と姿をシャボン玉のサイズのまま光り輝く太陽に変えて見せた。

 サイズこそ違うが、それは村で見た黄金色に爛々と輝く太陽そのものだった。

「必ずボクくんを見守っていた」

 今度は時計の文字盤へと姿を変えた。議事堂で鳴り響いた鐘の音と共にこの世界に導いてくれた振り子時計の文字盤だった。

「そして、導いてもいた」

 再びシャボン玉の姿に戻ると、ふわりと目の前まで移動してきた。

「今、ボクくんは影くんへ言ってはいけないことを言おうとしたね?それを止めに来た」

 心臓が跳ね上がるのを感じた。

 ボクが口にしようとしたこと?

 ここにきて初めて荒れ狂う感情に耳を傾け、何を口にしようとしたのか、頭が理解した。

 瞬間、胃がひっくり返る感覚に襲われた。

 それは一番聞きたくない嫌な言葉だった。

 影さんに目を向けた。

 そこにはボクと同じ存在なのに、話を聞き入れない我儘な影さんの姿はなかった。それが分かると逃げるように視線を逸らした。

「ボクは……でも、影さんが悪いんだ。分かってくれないから」

 自分の間違いに気づいた。が、どうしてか、そんな言葉が出てしまった。精霊さんは言葉を最後までしっかりと聞き、その意味をしっかりと噛み締める時間を置いたうえで問いかけてきた。

「そうなんだね。じゃあ、影さんの話を聞いてあげたの?知ってあげようとしたの?」

 恥ずかしくなってきた。

 精霊さんは、まるでボクの思いなんて見透かしたように尋ねてきた。

 精霊さんは怒ることはなかった。だからと言って現実から逃がそうとはさせてくれなかった。

 精霊の質問に答えられなかった。恥ずかしい気持ちもあるのと同時に、知ろうとしなかった事実に気づいてしまったから。

「影さんはどうして泣いていたの?どうして家を散らかしているの?どうしてママがいないの?」

 知ろうとしなかった影さんの疑問をボクに精霊さんは突きつける。

 もう目を逸らしてはいけないと言っているようだった。

 影さんと、もう一度向き直る。

 そこには影さんが抱える哀しみがなにか、そして分かち合いたい存在と思える存在だった。

「それに。オリガミ議長から教えてもらった『怒り』をそんな風に使っちゃダメ。そんな使い方は相手を傷つけてしまう」

 初めて注意した精霊さんはおでこにコツンと触れた。

 大丈夫だよ精霊さん。その意味が今は痛いほど分かっているから。

 影さんの哀しみを理解してあげよう。旅をする前のボクがそうして欲しかったように。

 その瞬間、今まで熱くなっていた心を冷やし冷静さを取り戻した。青く澄んだ凍り付く風が心の中に吹き抜けた。

 それが今のボクには懐かしくも心地よかった。

 もう大丈夫。

 今度は影さんに感情を押し付けるんじゃない。今なら、哀しみを分かち合い助け合えるはず。

 ボクの表情を見た精霊さんは、「もう大丈夫だね」と認めてくれた。

「ボクくんはもう答えにたどり着いたみたいだね。間違っていないよ。おいらが保証する!」

 嬉しくなった。

 今まではみんなに導かれ、ここまでたどり着いた答えに、こんどは自分がたどり着くことができたから。

「できるかな?」

 それでも初めてのことに不安が募る。

「必ず、できる。それだけ、ボクくんは多くの物を心に秘めてきたんだから」

 力強く頷くと、精霊さんを通り過ぎ、透明の膜の前に立った。足も手も震えた。最後の一歩が踏み出せない。

 怖い……。

 その時、ふっと思い出が頭の中をよぎった。

 無表情のボクのせいでみんなを哀しませてしまうことを。その時、怖くて誰かが近づくたびに怯えるボクに一生懸命話しかける友達やママの姿を。

 みんな、同じように怖かったのかな?不安だったのかな?

 そう思えてくると自然と震えが止まる。

 できるはずだ。……違う。できるって信じるんだ!

 勇気を振り絞って半透明の膜を超えて、ボクの影と向き合う。

 膜を潜り抜けた瞬間、時間が進み出すかのように、影さんはボクを見て怯えるように後ずさりをした。

 心臓が誰かに握り締められたように痛み出す。みんなもこんな気持ちだったんだ。

 逃げちゃいけないんだ。

 影さんに歩み寄るように一歩、前へ踏み出した。

「さ、さっきはごめんなさい。影さんを怖がらせるつもりはなかったの」

 柔らかい言葉に影さんは後ずさりを止めた。でも、心の距離は離れたまま。

「影さんはどうして悲しいの?本当は最初に聞くべきことだったよね」

 でも、影さんは何の答えもくれなかった。静かで悲しい沈黙が続く。

 締め付ける心臓の痛みに耐えながら、影さんの答えを待った。

「………みんな」

 ボクと影さんの心を隔てる氷の壁が解けていくのを感じた。

「みんながいなくなっちゃうから。もうだれもぼくを見てくれないから」

 影さんが沈黙を破るように話し始めてくれた。

「ママは?ボクには、影さんにはママがいないの?」

 影さんと目線を合わせるように床に腰を下ろした。

「ママは……もうずっと帰ってこないんだ。ぼくはもうママにもういらないって言われたんだ」

 長い間、帰ってこない。ママに見放された。

 思い当たる記憶があった。

 それは感情を抑え込み無表情になってしまったつらい思い出だった。

 今よりも小さかった頃、ママが仕事で長い間、家を離れてしまった。その日ボクは感情のままに暴れ回り、オモチャ箱をひっくり返し、服をまき散らし、お皿を割ってしまった。その瞬間、ママと一生会えないと感じ、家中に響き渡るくらい大泣きをしてしまった。

 そのあと、帰ってきたママはいつも以上に叱りつけた。

 気持ちも知らないで。

 そんなママが怖くて、もう感情を隠そうと決めた。そしたら、一緒に無表情になってしまった。

 影さんはその時のボクなんだ。

「ボクもね、同じことがあったよ。ママに一生会えないと思って、一日中泣いてた。今の影さんもそうでしょう?」

 目を見つめて語りかけるボクに影さんは疑いながらも真剣に聞いていた。

「じゃあ、もうママは戻ってこないの?」

 初めて影さんが質問をしてくれた。その質問に答えるように首を横に振る。

「戻ってくるよ。あの時はママも大変だったの。本当はもっと早く帰りたかったって言ってた」

 今ならわかる。

 どうしてあんなにママが怒っていたのか。

 きっと、ママもさっきのボクと同じで気持ちがいっぱいいっぱいだったんだ。

「でも……」

 先を続ける。

 もし、あの時、こうしていれば、きっとママは嬉しかったんだと思う。そうすれば、今もボクは……。

 影さんの顔をじっと見つめながら、優しく微笑んだ。

「散らかった部屋を見たら、きっとママに怒られちゃう」

 今の影さんに昔のボクと同じ間違いをしてほしくないから。

 震える手のひらを見つめた。

 握りしめた時にできた跡が未だに残っている。影さんに怒りをぶつけようとした間違いの証を自分に刻み込むように、グッと強く手を握りしめるともう一度開いた。

 その時にはもう手の震えが止まっていた。手を差し出した。

「一緒に片付けよう」



 * * *

 影さんと一緒に部屋を片付け始めた。

 初めは、どうしていいか戸惑う影さんの目を引きながら、玩具を箱にしまうことから始めた。

 玩具を手にしても立ちすくむ影さんにボクは「競争しよう!」と持ちかけた。

 それでも始めは動かなかった影さんもボクの箱に玩具が溜まっていくのを見て慌てて片づけ始めた。

 影さんの部屋が綺麗になる頃にはボクと影さんは仲良くなっていた。

 リビングに出ると影さんは「洗濯が分からない」と落ち込んだ。

「大丈夫。教えるよ」

 昔、ママを悲しませないよう覚えたことを影さんに教える。

 家はゆっくりと着実にきれいになっていった。

 ボクらの様子を手を貸すことも口を挟むこともせずにただずっと精霊さんは見守っていた。

 知っている家の姿を取り戻した頃には、外の雨はいつの間にか止んでいた。窓から見える夜空は満天の星空が戻っていた。

「これでママが返ってきても安心だね」

 初めは距離を取っていた影さんも今は横で寄り添って立っていた。

「ママはいつ帰ってくるかな?」

「朝になればきっと帰ってくるよ」

 自然と作ることができた満面の笑みで影さんに答えた。

 リビングで二人で楽しく話していると、今まで見守っていた精霊さんがボク達の前まで近づいてきた。

「そろそろ行こう。次が最後の旅だ」

 最後という言葉に驚き、慌てて精霊さんに顔を向けた。ボクはこの旅は永遠に続くものだと思っていた。

「最後?」

「永遠に続く旅はないよ。ボクくんはもう自分を知りつつあるからね」

 そうだ。ボクは、自分を知るための旅に出たんだ。

 悲しそうに見つめる影さんに顔を向けた。

 行きたくない。

 ずっと影さんと一緒にここにいたい。

 その気持ちが強くなる度に足が重くなった。すると、ボクの腕を影さんがギュッと掴んだ。

「影さん?」

 ボクを見ていた顔は、今度は精霊さんへと向けられる。

「ママが帰ってくるまで、ぼくも一緒についていく。いい?」

 全身が温かくなり、ボクも影さんの腕を強く握り、精霊さんの答えに期待を向ける。

「もちろんさ!」

 リビングを飛び回る精霊さんが玄関の前で止まると、精霊さんの力なのか、ゆっくりと扉が開いてゆく。

 その先に外の一面の湖には繋がってはいなかった。扉の先に見える景色は光が支配している何もない空間だった。

 最後の旅。どこに行くんだろう。

 寂しくもあり、怖くもある。でもなぜだか心が躍っていた。

 この感覚はなんだろう?

 高鳴る心臓の音に不思議ともっと聞いてみたい音だ。

 きっと影さんと一緒に旅をすることができるからだ。

 黄金色の空、深紅の海、淡い青い冷たい風がボクの心の中を埋め尽くす。

 鳴り響く心臓の音と共に影さんの手を握りながら、扉をくぐっていった。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!

長い作品になってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

もし、今回読んで「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークはもちろん、ぜひ↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして、作品に愛の評価をください!

皆様からの応援が、物語をより良いモノへと作り替えて行き、最後には最高の作品になるでしょう。

また次話で、お会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ