第7話 ふるさと
あかりは山に慣れた様子の雪也を見て
「よし!今日はとっておきの場所に連れてってやるよ。
少ししんどいかもだけど、今の雪也なら大丈夫!」
と雪也を雪山へ連れ出した。
そこは山小屋から500mほど進んだ場所にあるらしい。
たかが500m、されど500m。
普通なら10分あれば十分だが、
ここは雪山、しかも周りは雪野原だ。
あかりが前を進み、雪を踏み硬め、足場を作りながら一歩一歩、
歩みを進める。
30分以上かかっただろうか?
どうやら目的地らしい岩場が見えてきた。
「はぁ、はぁ、し、ん、どい、、、」
雪也はなんとか岩場にたどり着き、雪の上にしゃがみ込んだ。
「なんだよ~、もうギブか~?
あとほんの少し、ほら、立って!」
とあかりはまだまだ余裕そうな表情で手を伸ばしてくる。
雪也は少し迷ったが、その手を制し、自力で起き上がった。
ーー起き上がってみると、そこには。
そこには、
雪花連峰の峰々が太陽に照らされて、白銀に輝いていた。
そしてそのはるか麓には、雪花村の家々が広がっていた。
雲がゆったりと北風に乗せられて漂っている。
あかりは上気した頬に、白い息を吐きながら、
「いい眺めだろ?ここから見る山が、空が、村が、本当に心の底から大好きなんだ。」
とだけ言って、ただ景色を眺めていた。
ひとしきり景色を堪能したあと、岩場に二人で腰かけ、
耐熱瓶に入れたコーヒーを二人で啜った。
コーヒーから立ち上る湯気がゆらゆらと揺らめいている。
「一人だったら一生見ることなんてなかったんだろうな。」
ようやく息が整った雪也はそう呟いた。
その雪也の様子を見て、あかりは満足そうに笑っていた。
「わたしはどうしようもなくこの景色が、
この山が、この村が、好きで、大好きで、
ここに居着いちまったんだ。」
「わたしも実は、雪也と同じように外から来た人間なんだ。ここを知らない人生って、いったいどんなだったんだろうな。」
あかりは昔を懐かしむように、そう言った。
雪也はどう相槌を打ったらいいかわからず、
そのまま黙ってじっとあかりが話すのを待った。
「私は、叔父さんに連れられてこの村に来たんだ。」
「この村は不思議と"来る人が決まっている"って言われている。
ほとんどの人は、いつかこの村から出ていって、
それぞれの生活へ帰っていく。」
「でも私は今もこの村にいる。
他の誰でもない、私の意思で。」
あかりは真剣な眼差しで雪也を見て、問いかけた。
「雪也にとってふるさとってどこ?何だと思う?」
雪也はじっと考え込んだ。
幼い頃から育ったあの町だろうか。
遠い昔、仲が良いと勝手に思っていた小春と別れたあの町。
小春の眼差しが今でも脳裏に焼き付いているあの町。
それとも離婚した母に連れられてきたあの町。
会話のないリビングがあるあの家だろうか。
雪也は絶対に違うと思った。
「僕にはわからない。ないかもしれない。」
雪也は悩んだ末、そう答えた。
「ごめんね、少し意地悪なこと聞いちゃったね。
この村に呼ばれたってことは、
いろいろ理由ががあるはずなのにな。」
あかりは目を細めて雪也を見た。
「私は、ふるさとっていうのは生まれた場所じゃなくって、
自分がこの場所を、自然を、人々を、大切にするっていう意思を持って、
動いて、人や自然と触れ合って、
そうやってできるものなんだってそう思うんだ。」
「私はこの村が好き。
少し古臭いかもだけど、
温かみのあるこの村のことが大切なんだ。」
あかりは雪花峰の稜線や村の家々から立ち上る煙突の煙を愛おしそうに眺めながら、
そう言った。
雪也は、さっき、あかりから差し出された手を取らなかった。
拒んだ。
手を取らない選択、
踏み込まない、
距離をとる選択をした。
これまでずっと、
そんなふうに人との境界を、
距離を意識して生きてきた。
踏み込むのが、
そしてその先で失ってしまうのがただひたすらに、怖い。
あかりのように大切なものを手放しで大切にできる存在が、
雪也にはとても眩しく映った。
「大丈夫、雪也にもきっと、
そう思える場所と、人と、きっと出会えるさ。」
あかりはまっすぐな目でこちらを見る。
見抜いてくる。
そうなんだろうか、そうだといいなと、
雪也は一人心のなかでそう思った。
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二人は黙って展望岩場から村の景色を、
動く雲を眺めていたが、あかりはその一点を見つめだすと
「雪也ごめん!すぐ帰らないとまずいかも!」
とあかりは急に言い、そさくさとコーヒーセットをリュックに仕舞いだした。
雪也にはよく状況がわからなかったが、
あかりの気迫に押され、身支度をした。
岩場を降りてすぐ、背後からゴロゴロと雷が鳴り出す音が聞こえてきた。
下りは急な斜面で足を踏み出すのが怖く、
小さな足取りで雪に足を取られながら、
一歩一歩、歩みを進めていく。
あかりは雪也を気遣いながらも、
表情はいつになく真剣で、山小屋への足取りを急いでいる。
山小屋が小さく見えはじめた頃にはぼたぼたと雪が降り出し、風も次第に強くなってきた。
耳元ではゴーゴービュービューと冷たい風切り音が響いている。
小屋につく頃にはすっかり目の前が見えなくなり、
あかりの赤いパーカーを目印に進まなければいけないほど真っ白な世界の中、雪也はただ足を前に進めた。
雪山の天気は変わりやすいとは聞いていたが、
ここまで一瞬で変わるものだとは思っていなかった。
山小屋の扉を開け、吹雪と一緒に二人は玄関に流れこんだ。
「ギリッギリセーフ!あっぶなかったー!」
と緊張から解放されたのか、
部屋に入った暖かさからかあかりは頬を赤く染めケタケタと笑い出した。
その表情の変わりっぷりがまるで雪山の天気のようで、
「まるで雪山みたいだな。」
と雪也は思わず声に出してしまった。
あかりはハテナマークを顔に書いたように「なんのこと?」と首をかしげ、
今度は顔を曇らせていた。
「しっかし困ったねえ。
これじゃ今日は下山できないしここに泊まりかなあ。」
あかりは夕食のカップラーメンにお湯を注ぎながら、呑気に呟く。
窓の外は相変わらずボタボタと雪が舞い降り続けている。
時折、強い風が窓ガラスをガタガタと揺らしている。
雪花村に来て初めての豪雪となった。
素人目で見ても外に出るのは危険だとわかる。
雪也は花月館に連絡しようとスマホを取り出したが
「げ、、、」
電波のアンテナが立っていない。
あかりがスマホの画面を覗き込む。
「あちゃあ、、、まあ腹が減っては戦はできぬって言うし、諦めてさっさと食べよ!」
と苦笑しながら、
湯気をもくもくと漂わせたカップ麺を手渡してきた。
割り箸を割り、麺をズズズと啜る。
凍えた体に塩味の効いたスープが暖かく染み渡る。
せめて真白や雪乃さんには無事を伝えたかったがしかたない。
あかりと二人で一晩ここでやり過ごすしか。
女の子と二人で一晩、、、?
、、、
雪也はこの山小屋が小さく、静かで、
二人だけの空間ということを急に意識してしまい、
まるで外の世界のように雪也の頭の中は真っ白になったのだった。




