第5話 登山少女あかり
また同じ夢を見た。
真っ暗闇の中で「あかり、、、あかり、、、」と私を呼ぶ声が聞こえる。
握っている叔父さんの大きい手がだんたんと力をなくしていく。
私は「ごめんなさい、ごめんなさい」とただ繰り返し泣きじゃくることしかできない。
本当はもっと言いたいことがあった。
本当はもっとありがとうと言いたかった。
でも口から出てくるのはごめんなさいという言葉ばかりだった。
どれぐらい時間がたっただろうか。
病室から見える雪花峰がうっすらと朝日に照らされていく。
いつの間にか私を呼ぶ声はもう聞こえなくなっていた。
握っている手も氷のように固く冷たくなっていた。
そこで夢は唐突に終わりを告げる。
いつものように涙をぬぐい、ゆっくりと起き上がる。
もう一度目を閉じ、彼のことを思う。
もう二度と同じ後悔はしないと、ただ強くありたいと心に誓う。
トントントン という音で雪也は目を覚ました。
炊事場でもう朝餉の準備をしてくれているのだろう、
小気味よいリズムで根菜かなにかを切っている音がする。
雪也は体を起こし、伸びをした。
今日はよく寝れたようだ。
やわらかい朝日が部屋を照らしている。
結露したガラス窓を思い切って開けると、ツンと冷たい空気が流れ込んできた。
眼前にはまばらに広がる民家の向こうに、雪化粧をした雪花峰が朝陽に照らされ輝いている。
服を着替えて食堂に向かうと、野菜のたっぷりはいった味噌汁と、
つやつやに輝いた白米が茶碗いっぱいに盛り付けられていた。
「おはようございます。寒くありませんでしたか?」
女将の雪乃さんが炊事場から食堂へ顔を出した。
「いえ、久しぶりにぐっすりと眠れたような気がします。」
雪花村に来る前はずっと、何かに焦っていたような気がしたけれど、
この村に入ってからはその気持ちが、いや、もはや症状と言ったほうが正しいかもしれないが、
少し落ち着いた気がする。
ご飯は2人分置いてあった。
他にも泊まっている人がいるんだろうか?と思いながら、
温かなお味噌汁をすすっていると、
「おかあさん、おはよ~。」
おおきなあくびをして眠気まなこをこすりながら、真白が入ってきた。
「いや、ちが、、、いや、、、えっと、おはようございます!」
と雪也に気づいたあと、
何もなかったかのように華麗に挨拶をする彼女。
「やはりこの子は少し天然っぽいところがあるな。」
雪也はそう思いながら、一緒に美味しい朝をいただいた。
「朝ごはんも食べたし、どうするかな。」
満腹になったお腹をさすりながら、ぼんやりと考えてみる。
「今日は天気もいいしぜひ雪花峰に行ってみてはどうです?
雪也さんと同じくらいの年のガイドさんがいらっしゃいますよ。」
女将さんが食後の温かいお茶を出しながら、そう勧めてくれた。
特にあてもなかった雪也は登山ガイドに会いに出かけることにしてみた。
---
道中には家の前でせっせと雪かきをする人がちらほらいた。
民家の煙出し窓からはもくもくと煙が上がっている。
観光客がもの珍しいのか、村人たちがこちらを気にしながらも
「お散歩かい?おはようさん、昨晩はよく降ったねえ。気をつけてな~。」
と温かく声をかけてくれた。
焚き火の匂いをかぎながら、
雪国の朝は案外忙しいもんなんだなぁと雪也は思った。
そんなことをぼんやりと考えながら凸凹した雪道を歩いてると
「君!!!!!危ないよ!!!上~~~!!!」
と叫ぶ女の子の声が聞こえた。
見上げると大きな屋根に積もった雪が庇を超えて垂れ下がっている。
急いで飛び退けた束の間、
ドサリと音を立てて雪塊が落ちてきた。
避けた拍子に倒れ込んでしまった雪也の顔を覗き込むように
「間一髪だったね。無事でよかった!」
と短く切りそろえた茶髪の女の子が笑いながら近づいてきた。
「ぶ、無事じゃないかもだけど、助かったよ。」
雪也は彼女の差し出した手を取る。
「足元ばっか見てると、かえって危ないんだぞ?
雪国じゃあたりまえなんだけどね。」
茶髪の彼女は笑いながら雪也の体を引き起こした。
彼女こそが雪花峰の登山ガイド、星野あかりらしい。
「男だと思ってた?大丈夫、安心して任せてくれな。」と彼女は快活に笑った。
「…んで、これはどういう?」
雪也はとてつもなく重いリュックを背負わされ、山道を登っていた。
「雪山は素人がほいほいと立ち入っていい場所じゃないんだ。
まあいわゆる”見極め”といったところかな?だから頑張って!ファイト!」
あかりはまるで先生が生徒をたしなめるかのように雪也を元気づけた。
山道を歩くのはなかなか大変だ。
針葉樹に囲まれていて、雪はそこまで深くはないとはいえ、
どこまで足が沈むかわかりにくいし、力のかけ方を間違えるとズズズと滑ってしまう。
しんとした林の中、二人の足音と、呼吸だけが響いている。
慎重に一歩一歩確実に歩みを進めていく。
休み休み一時間ほど登っていくと小さな山小屋が見えてきた。
「あともうすこし、がんばれー!」と
先に到着した彼女から声がかかる。
ぜえぜえ言いながらも、なんとか小屋の扉まで辿り着いた。
「いやー助かったよ!買い出しのちょうど帰りだったんだよね。
でも君、なかなかガッツがあるね!合格ー!」
それを聞いた瞬間、雪也は
「そんなああああああああ」
と山中に声を響かせその場にへたり込んだ。
山小屋の外にはたくさんの薪が並べてある。
あかりによると、この薪もこの冬の間分くらいしか保たないらしい。
それほどこの地域の寒さは厳しく、長いということか。
山小屋の中に入るとしんと静まり返っていた。
「火つけるから、あったまるまでゆっくりしててな。
小さい小屋だしあんまり見るものもないけど。」
そう言うとあかりはマッチをこすり暖炉に焚べた薪に火を灯した。
玄関にはスノーブーツが二足、
あかりのものと思われる女性用のものと、古びた大きなものがある。
登山客用のものだろうか?
室内には暖炉とテーブルと椅子、簡単なキッチン、
奥まった部屋には寝泊まり用簡易ベットが2つある。
「ここってあかり以外にも使ってるひとがいるのか?」
雪也はふと疑問に思い、あかりに聞いた。
「え、ああ、うううん。今はわたし一人だけだよ?」
となんでもないふうにあかりは答えた。
あかりは声の調子とは裏腹に、
目を少し細めて玄関の古びたブーツを見ていた。
少しの沈黙が流れたあと、パチっと薪が爆ぜる音をきっかけに
「さ!これからこの小屋のお掃除を手伝ってもらうよ!」
とさっきまでの快活さを取り戻し、
雪也は小屋の周りの雪掻きに駆り出される事となった。




