第2話 雪花村と真白
どうもmeibanです。みなさんプロローグいかがでしたか?
真白の無邪気な性格が出ていたかと思います。ヒロインは3人いるのでお楽しみに!
朝食を終えたあと、真白はすっかり張り切っていた。
「さあ雪也さん! せっかくだから村を案内しますね!」
この村には、農家や田舎の直売所のような商店を営む方が多くいるようだ。
真白の話では、年の近い若者が少ないながらも住んでいて、みなよく知り合ってるとのこと。
特に、この村の神社の巫女さんや、ちょうど村の上方にそびえる雪花峰の登山ガイドをしている子と仲がいいようだ。
雪也は逃げるようにこの村にきて、どこか人のぬくもりに触れたい好奇心があった。
その好奇心のなかに、彼女たちが映っている。
雪也は自分の置かれた環境を変えたくて、いや、ただ帰りたくなくて、逃げたくて...
この村で少し休息をとろうと決心した。どうせあの家では誰も気にかけはしない。
彼女に引っ張られるようにして、雪也は花月館をあとにした。
外はまだ雪が舞っていたが、朝の光に照らされた村はどこか幻想的に輝いていた。
古びた家々が並び、道端には雪に埋もれた灯籠がぽつぽつと残っている。
「こっちこっち! 滑るから気をつけてくださいね!」
真白は雪道を軽やかに駆けていく。
その背を追いかけながら、雪也は不意に足を取られそうになりーー
「…危ないですよ」
静かな声が背後から響いた。
振り返ると、階段の上に一人の少女が立っていた。
雪のように白い肌。
長い銀髪が朝日を受けてきらめき、澄んだ瞳がまっすぐに雪也を見つめている。
「わあっ、美琴さん!」
真白が手を振る。
「こんにちはー!ほら、この人昨日来たばっかりの雪也さん!」
美琴と呼ばれた少女は、ゆっくりと雪也の方へ歩み寄った。
その所作は静かで、どこか品を感じさせる。
「…ようこそ、雪花村へ」
短い言葉。
けれどその声には、不思議な響きがあった。
雪也は一瞬言葉を失い、ただその姿を見つめるしかできなかった。
真白のにぎやかさとは対照的に、美琴は凛とした空気をまとっていた。
「雪也さん、こちらは美琴さん。この村の神社の巫女さんをしてるんですよ!」
「…神社、ですか」
「ええ。花月館のこともよく存じ上げてます。困ったときは頼りになりますから」
美琴は小さくうなずき、ふっと微笑んだ。
その微笑みは雪のように儚く、どこか胸をざわつかせるものだった。
「もしよろしければ、神社へご案内します」
美琴がそう告げたとき、雪也は一瞬ためらった。
しかし真白がすぐに笑顔で背中を押す。
「行きましょう行きましょう! 美琴さんの神社、すっごく雰囲気があるんですよ!」
雪に覆われた石段を、三人は並んで登っていった。
吐く息が白く、木々の枝から落ちる雪の粉が時折きらめく。
「わぁー、今日もきれいですねえ」
真白ははしゃぎながら雪玉を丸め、ぽんと放り投げる。
しかしそれは見事に自分の足元へ転がり、彼女はあわててバランスを崩した。
「ちょっ、真白さん…危ないですよ」
雪也が慌てて手を伸ばすより先に、美琴がさっと支えていた。
「…落ち着いて歩きなさい」
「は、はいっ!すみません~!」
美琴は小さくため息をつきながらも、その表情はどこか優しかった。
雪也は二人のやり取りを見て、自然と口元がゆるむ。
やがて石段を登りきると、雪に包まれた神社が姿を現した。
石で作られた鳥居が白一色の世界に鮮やかに浮かび、その奥には古びた社殿が静かに佇んでいる。
「すごいな…」
思わず雪也の口から感動の言葉がこぼれた。
「ようこそ。ここが、この村の白峰神社です」
美琴の声は、雪の静けさと溶け合うように響いた。
鳥居をくぐった瞬間、首のうしろにふっと冷たい風が流れ込む。
それはただの冬の寒さではなく…、どこか、別の世界へ足を踏み入れたような感覚だった。
境内に足を踏み入れると、雪の降り積もった参道の両脇に古い石灯籠が並んでいた。
静寂に包まれた空間で、吐息の音さえ響くようだ。
「ここ、昔から雪花村を守っている神社なんです」
美琴は社殿の前で立ち止まり、静かに手を合わせる。
その横顔は神聖さをまとっていて、雪也は思わず見入ってしまった。
「へぇ~! 私はね、ここに来ると必ず転ぶんですよ!」
真白が元気いっぱいに言い放ち、雪也は思わず吹き出した。
「…それは、もう少し足元に気をつけなさい」
美琴は軽くため息をつくが、その声色はどこか優しかった。
雪也は真白に促され、自分も賽銭箱の前に立った。
硬貨を落とし、鈴を鳴らす。
音が雪の静けさに溶け、境内に澄んだ余韻を残した。
「…何をお願いしたんですか?」
美琴の問いかけに、雪也は少し戸惑う。
「いや…、特には。こういうの、慣れてなくて」
「そうですか。でも、願うことがあるのはいいことですよ」
美琴はわずかに微笑み、雪也を見つめた。
その視線に、どこか見透かされているような感覚を覚える。
「あなたはきっと、ここに来るべき人だったのでしょう」
「え?」
思わず聞き返したとき、真白が横から割り込んだ。
「そうそう!だって花月館も“来る人が決まってる”んですもん!」
「真白…」
美琴は苦笑しながら肩をすくめた。
雪也は二人のやり取りを見つめつつ、胸の奥に小さなざわめきを抱えていた。
“来るべき人”――。
その言葉が、雪景色の冷たさよりも強く心に残った。
参拝を終え、三人は鳥居をくぐって石段を下り始めた。
木々の間から差し込む光はやわらかく、雪に反射してきらきらと輝いている。
「ふぅ~、やっぱり神社っていいですねえ!」
真白は両手を広げ、雪を浴びながら駆け下りる。
足を取られかけては慌ててバランスを直す、その姿に雪也は苦笑した。
「…相変わらず落ち着きがありませんね」
美琴はため息をつきながらも、どこか呆れきれない優しさをにじませる。
そのときだった。
――カラン……カラン……。
背後から、鈴の音が響いた。
さっき参拝した拝殿の方角。だが、誰もいなかったはずだ。
雪也は思わず振り返った。
鳥居の奥、白い雪景色の中に、揺れるように立つ人影が見えた気がした。
「……?」
目を凝らした瞬間、突風が吹き抜ける。
雪が舞い上がり、視界を真っ白に覆い隠した。
「雪也さん、早く!」
真白が手を振って呼んでいる。
気づけば、美琴も静かにこちらを見ていた。
次に視線を戻したとき、そこには、もう何もなかった。
ただ鈴の余韻だけが、胸の奥で鳴り響いていた。
そこからしばらく真白が村の市場などの案内をしてくれた。
村には田舎の道の駅のような古びた建物があり、そこには多種多様な青果や乾物や漬物、お酒などが並んでいた。
それなりに人はいて活気はあるようだが、村の入り口に建つ時計塔の文字盤の針が折れているのが異様に目に留まった。
「村の入り口ともいうのに…、時間がわからないじゃないか」
雪也の腕時計は午前に収まっていたが、そんなわけない。これだけ時間を消費したのだ。
どこもかしこも時計の文字盤を見ると、すべてがぼけて見えてよくわからないのである。
雪也は少し怖さと不安を覚えると、うしろから聞きなじみのある声が聞こえた。
「雪也さん!おまたせしました!!」
すぅーっとどこかへ消えていった真白が、たくさんの食材を抱えて戻ってきた。
「珍しいものを仕入れてきたので、今日の夕食は期待しててください!きっと・・・おいしいですよ~!」
それをみて、雪也は思わず破顔した。
幻の希少なキノコでもあったのだろうか・・・、食べれる・・・ものなのだろうか。
心配になりつつ、雪也は真白のもっていたものを片方持ち、花月館へ戻った。
ーーー
夕暮れ時。
窓の外では雪が静かに降り続き、花月館の中には囲炉裏の火がやさしく揺れていた。
ぱちぱちと木がはぜる音と、漂う薪の匂い。どこか懐かしい空気に、雪也の胸は自然と緩んでいく。
「雪也さん、お茶のおかわりはいかがですか?」
真白が急須を持って駆け寄ってきた。
だが足元の座布団に気づかず、つまずきかけて大きくよろめく。
「わっ、あっぶなっ!」
慌てて支えようとした雪也の前で、なんとか踏ん張った真白は、照れ笑いを浮かべて頭をかいた。
「…セーフです!こぼれなかったのでノーダメージです!」
「はは……」
雪也は苦笑しながら湯飲みを受け取った。
「真白、もう少し落ち着いて運びなさい」
そっと声をかけたのは、傍らに座っていた女将・雪乃だった。
静かな所作で盆を整えながら、娘のドジを見守るその眼差しは、叱責というよりも優しく論しているに近い。
「でも、真白がいると賑やかでいいでしょう?」
女将が雪也に微笑む。
「ええ…まぁ、退屈はしませんね」
雪也はそう答え、思わず笑みをこぼした。
囲炉裏を囲み、三人で交わす他愛もない会話。
雪や不便な暮らしの話題が、不思議と温かな時間に変わっていく。
外の凍える寒さとは対照的に、この小さな空間だけが穏やかで心地よかった。
雪也は湯飲みを慎重に持ちながら、ふと胸が締めつけられるのを感じていた。
自分の家には、こんな時間はなかった。
冷え切ったリビング、時計の音だけが響く夜。
誰もいない食卓に座っていた自分。
もう笑い声を思い出せない「家族」時間
だからこそ、温もりが胸に沁みた。
「あの…雪也さん?」
真白の声に顔を上げると、彼女が心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですよね? もしかしてアレを食べて具合悪くなりました?」
「……いや、何でもない。”アレ”は普通においしかった。見た目は無理だけど。」
思わず笑顔を作ると、真白は安心したように笑った。
珍しいものというのがまさかの昆虫だとは思わなかった。
”アレ”は、食欲が失せる見た目に反して、スナック菓子のような香ばしさに思わず、二回、三回と手が進んだ。
真白のいたずらっこな表情とやわらかい笑顔はあまりに眩しく、雪也の心を強く揺さぶった。
団らんのひとときが過ぎ、雪也は用意された部屋に戻った。
畳に布団が敷かれ、障子越しに淡い灯りが差し込んでいる。
外は相変わらず雪が降り続き、風が窓を震わせていた。
布団に身を沈めると、囲炉裏の温もりがまだ身体に残っているのが分かった。
「不思議な一日だったな…」
小さくつぶやく。
村へ来るきっかけになったチラシ。
猛吹雪の中の温かい灯籠の光。
神社で出会った美琴の微笑み。
そして、天然さ全開の真白。
あっという間の紙芝居のような展開に整理が追い付かない。
胸の奥にいくつもの印象が渦巻きながら、不思議と心は安らいでいた。
瞼を閉じると、雪の音が遠くで子守唄のように響いてくる。
やがて意識はゆっくりと闇に沈み、深い眠りに落ちていった。
ーーー
深夜。ハッと目が覚めた。
この日は早めに就寝し、3時間ほどが過ぎたころか、すっきりと目が覚めている。
外は吹雪で、窓がときおりぎしりと鳴り、廊下に出た雪也は、ふと足を止める。
障子の隙間から、淡い灯りが漏れていた。
10cm以上は開いているだろうか、顔を向けてみると、机に向かう真白の背中があった。
鉛筆を走らせ、紙を埋め尽くしていく。
昼間の能天気な笑顔は消え、唇をかみしめる横顔は真剣そのもの。
「……真白?」
声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせた。
慌ててスケッチブックを隠そうとするが、間に合わない。
「あ、あのっ! これは…」
「そんなに隠さなくてもいいだろ。見せてくれないか?」
観念したように差し出された紙。
そこには、精微に描かれた雪花村の雪景色や、灯籠のデザインが描かれていた。
線は拙いところもあるが、どれも一生懸命で、温もりに満ちている。
まるで、視界の一場面を切り取ったような素晴らしい出来だった。
「君が描いたのか」
「……はい。小さい頃から、絵を描くのが好きで。
本当は……絵描きになれたらいいなって……思ってます」
声が掠れる。
すぐに苦笑が浮かぶ。
「でも、私は宿の娘ですから。夢なんて……持っちゃいけないんです」
その笑顔は、どこか自分を罰するように見えた。
雪也はスケッチに目を落とし、静かに息を吐いた。
―――あの日の自分と同じだ。
僕は裏切られたと思っていた、あの頃。
夢の中で響いた小春の声が、ふとよみがえる。
「雪也くんの笑顔が一番好き」
胸の奥がちくりと痛む。
僕は、きっと自分自身の何かで、小春に、その笑顔を失わせてしまった。
そして自分自身も、笑顔を忘れた。
くだらない妄想ばかりが溢れる。ああ、苦しい。
「持っちゃいけない夢なんて、ないよ」
あの頃の自分へ語りかけるように雪也はつぶやく。
雪也の声に、真白の瞳が大きく揺れる。
返す言葉が見つからず、ただ唇を噛んでいた。
「……雪也さんって、ずるいですね」
「え?」
「そんなふうに言われると……信じたくなっちゃうじゃないですか」
真白は照れ隠しのように笑みを浮かべ、慌てて立ち上がる。
「さ、明日も村をご案内しますからね! 早く寝ないと!」
障子を閉める音が響き、部屋は再び静寂に包まれた。
「僕も…昔は信じていたんだ。僕だけで十分だ…」
雪也は、唇を噛みしめ部屋に戻り目をつぶった。
小春を思い出してしまった。あの時の強烈な別れのシーンが走馬灯のようによみがえる。
そして、温かい言葉を思いだす。それを信じていたのに、僕はいつの間にか…。
ーーー
翌朝。
はっと目が覚めた。ぼんやりとして、心は落ち着いていた。
囲廊下に出たあと広間に着く。囲炉裏の火を囲み、真白が湯呑みを差し出す。
その笑顔はいつも通りだったが、指先はかすかに震えていた。
「昨日のこと……あんまり気にしないでくださいね。
夢なんて、笑い話ですよ」
「ああ…でも、笑い話にできるほど軽いものじゃなかった。
あのとき、すごくなんだろう、真剣だった」
真白は返せず、俯く。
薪の赤が彼女の頬を染めていた。
「僕は…笑えなくなった時期があった。ひとりぼっちだって塞ぎ込んだ時期があった。
でも、君が夢を語る顔は、すごく強かった。正直、その気概というか熱量というか、憧れに近いものを感じたな。」
真白は驚いたように顔を上げ、やがて小さく笑った。
「……やっぱり、ずるいです」
真白はそう言い、館の奥に向かっていった。
雪也には、その迷いを含んだ笑顔がひどく愛おしく思えた。
真白がつくった、お手製のおいしい朝食をいただいた。
今日は真白に案内をしてもらえるとのことだったが、今日は忙しい日らしい。
特にやることもないし、真白の手伝いをしながらこの村を歩いてみることにした。
印象的な夜だったが、よく眠れて心身ともに少し軽くなっていた。




