パーティー募集、その裏で
長いです。
「アミカさん、貴方は良かったのか? 行かなくて」
「ん、なにがだ?」
「カイル君が出した、パーティー募集依頼の件だよ。号外にも出ていたし、昨日の職場でも、その話で持ちきりだったから」
「あぁ、あれな」
昼の酒場。いつもより席が空いてる中、カウンター席で美味しそうに飲んでるセラを見つけて、相席させてもらってる。
人が少ないのは、段々か。カイルの奴が、パーティー募集依頼をギルドに出した。ウィズテーラスとして初めて、それも都市で有名なパーティーからの依頼。都市中の殆どが、今日はそれ目当てで動いてるみたいだ。店を休みにしているところもあったぞ。
「それこそ、アミカさんが頑張っているというのに。カイル君も、もうちょっと待てなかったものか……いや、これは失言だ。すまない」
「構わねぇさ。カイルのパーティーは、ほっとくと従魔が殆どやっちまって、本人達が経験を積めないからな。【魔物使い】なら、その動きで良いんだろうが。今回の募集は、前衛で誰か良いやつがいないかって事だと思う」
「……従魔が強すぎるのも、それはそれで。ということなのか。まぁ、カイル君の中で、アミカさんが入るのは確定している様なものだろうしね」
「……だと嬉しいけどな」
そう言って、酒を一口、飲む。辛さで一瞬顔に力が入るが、その分クセもなくて飲みやすい。
俺から打診させてくれ、今はやることが出来た。カイルにはそう告げて、それから一緒に動いていない。俺自身が、納得できる所まで突き詰めれたら、その時は。胸を張って仲間になりたいと声を掛けよう。そう思ってる。
「アミカさんの方は順調なのか? 以前話した時に教えてくれた」
「あぁ、任意発動型のスキルを、常時発動させるってやつな」
「そうそう」
セラも一口。毎度美味そうに飲むなーー俺のと一緒だろ? それ。
大きな声で言えたもんじゃないが、俺はサキュバスの姉ちゃんにドカンと言われてから、酒場へ来ることが増えた。今は別に、姉ちゃんがどうこうじゃないんだが、事実を言われたのが、まだ頭の中で延々回る時があって。昼、夜、時間は決まってないがふらっと来ちまう。
その時、何日かに一度はセラが居た。それこそ、昼でも夜でも。非番の日は昼から飲んでるってのは、本当だったんだなと驚いたもんだ。
「感覚は掴めてきた、って感じだな。油断してるとすぐに解除になっちまう。自然体で発動し続けてなきゃ、常時発動とは言えんしな」
以前、セラに言われて俺に出来ることを考えた。【重戦士】である俺に出来ることは、そう多くない。今、上手く出来てるのは、敵のヘイト管理と攻撃の受け方くらいだ。職業スキルとして【重戦士】に挑発以外どんなスキルがあるのか。文献には書いてなかった。
そこで俺は、任意で発動していた個人のスキル、不動を常時発動させる事を目標にした。これが出来るようになれば、俺自身の確かな力になる。そう思ったからだ。勿論、初めはキツかった。すぐにへばって息切れは起こすし、油断してるとすぐ解除しちまってた。
何日か継続してようやく、日常的に発動していても身体に異常は出なくなった。なんでもやってみるもんだな、そう感心したもんだ。
誰も、進んで敵の攻撃なんて受けたくないもんな。同業もちらほら居たが、今は殆ど転職したようだ。不遇な職業だよ、全く。
ーーそれでも俺は、この職業に誇りを持っている。
敵の攻撃を、俺一人で受けきって。仲間が防御を気にせず一斉に攻撃する。敵を倒した仲間が、楽しそうにしている姿を見て、俺がいたからその動きが出来たんだぜ? そう思える、この職業でしか味わえないやつってのがあるんだよな。
セラは俺の言葉を聞いて、それなら良かった、だが、と言葉を続けてきた。
「いくらそれを習得する為とはいえ、無茶をしている事は見過ごせないな。アミカさん貴方、医療班の世話になる回数が増えているだろう?」
「うっ……それは、だな」
手っ取り早く習得しようと思って、俺が選んだ場所はダンジョンの上層。あまり奥まで行かず、それでも他の冒険者に邪魔にならない程度の深さ。丁度中間位の順路に潜っていた、単独で。
全方位から攻撃されないよう、立ち位置を予め決めて挑発を発動する。すると、挟み込むようにゴブリン達が出てきやがった。それは予定通り、アイツらの対処は流石に慣れたもんだ。だが、キラーバットも一緒に来ると話が変わってきちまって、無傷の勝利、とはいかねぇ。
傷の程度は軽傷。そうなると、おいそれと回復薬を使うわけにはいかず、医療班の世話になることは増えちまってた。医療班による治療は、冒険者に登録している者なら、余程じゃない限り無償でしてもらえるからだ。
「私が居る時でも、あえて他の人に治療をお願いしている様だが?」
「ぐっ……!」
……一緒に楽しく飲んでる奴に、いらん心配掛けたくねぇんだよな。
「仲間が私に聞いてきたよ。あえて私を避けている様だけど、彼とはどういう関係なんだ、とね。根掘り葉掘り」
「す、すまねぇ」
「ーー私では、嫌か?」
「え?」
セラが、今にも泣きそうな表情でこちらを見ていた。
「私の治癒は拙い。他の仲間と比べれば初歩レベルと言われてもしょうがない。それでも……こうやって、楽しくさせてもらってる人の役に立ちたいなと思っているんだ」
そう言って視線を落とすセラ。俺は残っていた酒を一気に飲み干し、机にタンッ! と置いた。セラがその音に身体をビクッとさせる。
「すまん! 俺が悪かった、この通りだ!」
俺は、セラの方に身体を向けて頭を下げた。
「い、いや! 謝ってほしいとかではないんだ! ちょっとした独り言だと思ってくれれば!」
「いらん心配を掛けないようにと思っただけなんだ、他意はない!」
頭を下げ続けていると、上からクスクスと小さく笑う声が聞こえてきた。顔を上げると、セラが口に手を当てて笑っていた。
「お、おい? どうした?」
さっきは泣きそうにしていたかと思えば、今度は急に笑い出したぞ。なんでだ。女はよく分からん……。
セラは、笑いすぎて出てきたであろう涙を拭っていた。
「いや、すまない。言うつもりは無かったんだけど、私も口が滑ってしまった。多分そうなのかな? まさかな、と思っていたことを、本人がそのまま言ってくれたものだから、つい。おかしくて」
「……そんな分かりやすいか? 俺」
「……貴方が思っている以上に、女は分かっていると思うよ」
なんか……親父に言われた事、思い出すな。女には敵わん、って。親父も多分、こんな感じだったんだろうな。俺は苦笑しながら、セラに提言した。
「その、改めてだが。悪かった。なるべく世話にならない様に気をつけるが、居る時は治療を頼んでもいいか?」
「あぁ、勿論。それが私の仕事であり、役目だからね」
優しく微笑んでくれるセラに、釣られて笑顔になる。
俺達は、そこから酒をおかわりし、他愛の無い話を重ねていった。
そこから少し経ち、酒場の扉が大きな音を立てて開かれる。俺達や、他に食事をしていた住民も、その音の方へ視線を向ける。
入ってきたのは、見覚えのある【戦士】だった。その男は端へ座り、慌てた様子で店員に酒を注文していた。
酒がくるなり、それを一気にあおっている。顔は青褪めて、身体は震えているように見えた。どうにも様子が変だった。
「アミカさん、どうした?」
「いや、知り合いなんだが……様子がちょっとな。少し行ってきてもいいか?」
「構わないよ、ゆっくり話してくれ」
ありがとよ、と告げて席を立つ。
俺が近付くと、【戦士】はとんでもないものを見るような眼で、こちらに視線を向けてきた。
「よぉ、ダンバス。珍しいな、今日は一人か?」
「よ、よぉ……アミカ」
【戦士】であるダンバス。コイツはいつももう一人の【戦士】、ジャークとつるんでいる、いつも二人組でいるやつだ。素行に問題があるが、常に二人で動いており、俺達はC級間近なんだぜ! と豪語してるもんだから、住民は勿論、冒険者達も注意しにくい状況だった。
ギルドや騎士団連中には、上手いこと立ち回ってるって聞いていたしタチが悪い。器用な奴らだよ。そんな粗暴の塊みたいな片割れが、一人で、それもわざわざ隅で飲み始めたのが気になっちまった。
俺は対面の席へ腰を下ろす。
「な、なんだよアミカ。お前、あっちの姉ちゃんと飲んでただろうが。行けよ」
「なぁに、いつもはでかい態度をとってる奴が、隅でコソコソし始めたら気になるってもんだろ。ジャークはどうした? ん、そういえばお前ら……カイルんとこの依頼、受けるって周りに言ってたよな? 『受かるのは間違いねぇから、媚び売るなら今の内だぞ?』って」
それを聞いたダンバスは、途端に顔が青褪めていき額を腕で拭っている。
「依頼の時間って、丁度今頃じゃねぇのか? パーティーにはなれたのか?」
素行は抜きに、前衛だけの実力を見るなら、ダンバスとジャークは実績も力もある。するとダンバスは、突然椅子から立ち上がり、俺へ向かって土下座をしてきた。急な行動に、俺は戸惑ってしまう。
「お、おい。ダンバス?」
「……すまねぇアミカ! 今までお前を馬鹿にしちまってたが、俺達が間違ってた! あ、あんな……あんな化物と、平然とつるんでるお前は凄ぇよ!」
ーーダンバスとジャークが俺を馬鹿にしてたのは、周りから聞いていた。最近の俺を見たら、そう思われても仕方ないしな。知ってたが、見て見ぬふりをしてた訳なんだが……。
「ダンバス、話が見えねぇ。俺はそこまで頭が良いわけじゃないから、順を追って教えてくれ」
ダンバスは顔を上げ、懇願する様に言ってきた。
「あ、あのスライムを、けしかけたりし、しないか?」
「ありゃカイルの従魔だろ。俺にそんな力は無い。いいから座れ」
俺が促すと、ダンバスはゆっくりと席へ座った。丸いのの名前が出て来た……ってことは、何かあったとみて間違いないな。
「ほら、落ち着いて話してみろ」
「あ、あぁ……」
話を聞いていくと、依頼の形式は面談と実技があったらしい。ダンバスとジャークは勿論、実技を希望。実技はカイル、まるいの、それか姉ちゃんと戦い、一撃が入れば合否判定というシンプルなものだった。
ジャークが一番手で、丸いのと対峙した。ダンバスが言うには、月狼に変化した丸いのに、ジャークは食われたらしい。
「……本当か?」
「ジャークを咥えて壁まで一瞬だぜ!? ありえねぇ! そんなのとやってられるかって! 逃げる時に一瞬見たら、ジャークの肩に手を置いてたんだから、ありゃ……食われたに違いねぇ」
……多分、大丈夫だな。魔物相手ならいざ知らず、依頼を出した側が、希望者を殺す。カイルがそれを、丸いのに命令するなんてことは先ず無い。
「俺達、依頼前にオーガキラーと話す機会があったんだ。そん時、ジャークが喋ってもオーガキラーの奴、やけに静かでよ。あの時はただの腑抜けかと思ったが、とんでもねぇ。あいつら化物だ!」
「ジャークの奴、カイルに何か失礼な事言ったのか?」
そうでもしないと、カイルの奴が怒るなんて早々無いぞ。ダンバスは、眼を泳がせながらも口を開いた。
「ジ、ジャークの奴が抜かしてたんだぜ、怒らないでくれよ?」
「なんだよ、早く言えって」
「その、だな。お前の事を俺達より下だっていう言い方をしたんだ。そこからオーガキラーの奴、なんか静かになりやがって……」
「……そうか」
「ジャークの奴が言ったんだぜ!? 俺は関係ねぇから、な!」
「そんな事言ってお前、違いねぇ、見たいな相槌してたんじゃないのか?」
「ぬ……ぐ……っ! そ、それは」
当てずっぽで言ったのに、図星かよ。ほんとコイツらは。俺は頭をかきながら、こう告げた。
「……言いたいことは分かった。カイルには何も言わんでおく。ただし」
「ただし? な、なんだよ」
「ーー最近、お前らの行動に迷惑している奴が多い。やるなとは言えんが、弁えろ。度が過ぎる様なら後は……分かるよな?」
「お……おう! そんな事か! 分かった、言う通りにするぜ!」
首を勢いよく縦に振るダンバス。そしたらゆっくり飲め。またなんかあったら教えてくれと言って、立ち上がりその場を後に。セラのいる場所へと戻った。
「アミカさん、彼……大丈夫なのか? 最近、悪目立ちをしている冒険者の様だったけど」
「あぁ、どうやら改心したらしい。そういう行動も減ると思うぞ」
「どういった話か、耳を立てるのもどうかと聞いてなかったけど……やはり貴方は顔が広いな。流石というべきなんだろうね」
まぁな、と応えたが、今回カイルがしたことが大きな要因だろう。要はあれだ。ダンバスの話を鵜呑みにするなら、カイルが俺の為に怒ってくれた。そう、捉えても良さそうだった。今回の依頼を出したのも、ってのは流石に考えすぎか。
俺が納得できるところまで力をつけたら、その時は飯でも誘うか。カイルの奴が知らなそうな店、見繕わないとな。
酒場は、次第と人が入り始めていた。
「オーガキラーの従魔もそうだけど、本人も強かったな! あいつらが都市にいるだけで心強いぜ!」
「あぁ! あれなら、称号をもらえたのも納得だ!」
「合格者がいないのが少し残念だったが、いやぁ! 良いもん見たな!」
話題は、今回の依頼で持ちきりになっている。知らない者同士であーだこーだと言い合っていた。
ダンバスには、お! 逃げた兄ちゃんじゃねぇか、とか、あの後には……無理よな。俺もだわ。と言った声が寄せられていて、そうだよな!? 分かってくれるか! とダンバスは嬉しそうにしていた。
「アミカさん、どこか……嬉しそうだね?」
「……分かるか?」
「分かるさ。飲み仲間として、そこそこの付き合いになるからね」
顔に出てたかもな。笑顔でそう言うセラに、そうだな、と告げ、酒を一気に飲み干す。
辛口が喉を刺激する。先程とは違い、飲んだ酒はやけに美味く感じた。




