執務室にて
ジュエレール領主宅、執務室にて。扉を開けたルーベル達を、水の精霊が迎えた。
「おかえりなさいませ、ルーベル様。それに、フィデル殿」
「あ、あぁ。ただいま」
そう告げるルーベルは、どこかぎこちない様子だった。精霊はその様子を不思議に思いながらも、辺りを見渡しもう一人がいないことに気付く。
「あの娘は……行きましたか」
「うん。元気よく挨拶をしてくれた。お前にもよろしくと言っていたよ」
「そうですか」
「予想していたのかい?」
「えぇ、あの娘の様子を見てなんとなくですが。気にかけてはいましたが、自分の意思で動けるようになって欲しいと思っておりました」
ーーやはり、アメル様と過ごす時間を優先したか。同じ立場であれば、私もそうする。霧散したとしても、水の間には戻ってくる。その後に外へ出られるかは不明だが……再会の時は労おう、そう思った。
「アプサラスも、こちらに来た時と比べ護り手としても成長しました。水の間へ戻ってきた時は、ルーベル様の分まで労いの言葉を掛けようと思います」
ルーベルはその言葉を聞き、少し難しい顔をして椅子へ腰掛ける。その後、ゆっくりと口を開いた。
「いや……アプサラスは恐らく帰って来ない」
「何故……そう思われるのですか?」
「私も驚いているんだ、本当に色々あってね。順を追って説明するから、少しだけ待ってくれ」
えーっと、ここから始めて、そしてこう、だな。そう言って、ルーベルは事の経緯を説明していった。精霊はルーベルの説明を聞き、驚きをあらわにした。
「ーーアプサラスが、精霊憑依を使えるようになった!? それは真ですか、ルーベル様!」
「うん。アプサラスは嘘を言うタイプではないから真実だろう。カイル君の話だと、従魔になった者には恩恵が与えられるそうだ。アプサラスには、他にも綺麗な水鳥へ変化出来るスキルも手に入ったみたいでね。そのスキルを使っていると、どうやら身体が霧散しない様なんだ」
「なんと……」
そんな話は今まで聞いたことがない。精霊は、開いた口がふさがらなかった。それだけの恩恵を与えることが出来る【従魔士】とは一体……。
「……ネレイス?」
「も、申し訳ありません。驚きのあまり、少し呆けてしまいました」
「私も同じ気持ちだ、全く。彼らが来てから終始驚きっぱなしだったよ」
ハハハ! と豪快に笑うルーベル。今回、カイル達がジュエレールに貢献したことは、今後を考えると計り知れないことになる。
水の祭典が開催できていなかった一番の要因、ルーベルの外傷を治したこと。そして、不況が続いた事で住民の士気が下がっていた所に、追い打ちをかけていた家畜への首狩り事件。その犯人であるキララ、そして手配書に載っていたニスイの確保。そしてーー
「まぁ、また来てくれた時は盛大に歓迎しようと思っている。住民は、アメルさんを次代の巫女として認識した。彼女自身は乗り気ではなさそうだけど、気が変わるかも。いや、気が変わるようにこちらから働きかけないとね。……あれだけの逸材、ジュエレールの未来を考えると逃がす訳にはいかない」
「ふふ……そうですね」
不敵な笑みを見せるルーベルに、精霊は優しく微笑んだ。ーールーベル様と私、アメル様とアプサラス、このメンバーでジュエレールを支えていく。その様な未来が来れば、これ程幸せなことはないな。
ルーベルは、さて! と言って机の上に並べられている書類に手を掛けた。
「見送りすることは私が選んだ。それでも、公務に支障を出す訳にはいかない。フィデル、飲み物を淹れてきてくれ。残りを今日中に良い所まで持っていく」
「分かりました」
フィデルが執務室を出ていく。ルーベルは書類に眼を通しながら、時にペンを走らせていく。精霊は、ルーベルが把握しやすいように棚の整理をしていく。作業している音だけが響く執務室。ふと、ルーベルが口を開いた。
「アメルさんとアプサラス……彼女達、少し似ていた感じがしないか?」
「そうですね。お似合い、と言ってしまうと失礼になってしまうかもしれませんが……波長が合ったようで良かったです」
「そういえば、アメルさんも私と同じ様に、直感で決めていたんだったか」
「はい、アプサラスも始めこそ自信が無さそうにしていましたが……あの娘も良き主を見つけられて、満足していることと思います」
私もですけれど……と小さな声で恥ずかしそうに告げる姿を見て、ルーベルは優しく言葉を続けた。
「私も、お前が護り手になってくれて良かったよーーーーテティス」
「え」
瞬間、書類を整理していたテティスの手がピタッと止まる。そして、ぎこちなくルーベルの方へ身体を向けた。
「ル、ルーベル様? 今……なんと?」
ルーベルは頭をかいて、バツが悪そうにしていた。
「今まで勘違いをしていてすまなかった。てっきり、それが名前かと。アメルさんに教えて貰ったんだ」
ーー水の間から戻る際の会話……! テティスは自身が何気なく発言した事を、アメルが気にかけてくれていた事に感謝をし、同時に今の状況に酷く困惑していた。
(わ、私はどうしたら良いのだ……!?)
テティスの考えが纏まらない内に、ルーベルが立ち上がり、テティスの元へ向かう。そして、テティスの手を取り、ゆっくりと握った。
「護り手の名前を間違えたままとは、領主の風上にも置けない。本当に、すまなかった」
そう言って、ルーベルは頭を下げる。
「い、いえ! そんな事はありません! 私が訂正すれば済んでいた話なのですから! 顔を上げて下さいルーベル様!!」
ルーベルは顔をゆっくりと上げ、テティスを見据えた。
「こんな……こんな私でも、これからも共に、居てくれるか? テティス」
「……はい……はいっ! 勿論です、ルーベル様!」
ーーこんな私なんて、それこそこちらの台詞だ。秀でた所が何もない、そんな私で良かったと言ってくれるこの方と。これからもジュエレールの為に共に歩いていこう。
姉妹の門出を祝いつつ、そう心に、誓った。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
これで第三部は終わりとなります。続く第四部も鋭意執筆中です。是非よろしくお願いします。
では、またお会いできることを楽しみにしています。ありがとうございました!




