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東の森

 長いです。

 ーー東の森、フォレイトス。ある場所を境に、そこは一帯が森になっており動物や魔物、植物が混在しているところである。何も知らない者が入れば、辺り一面同じ景色に覆われてしまい、元の場所へ戻ることは二度と叶わなくなってしまう。人々から通称、迷いの森と呼ばれている。


 そんな森の中を、屈強な体格をした者が歩いていく。まるで家へ帰るように、同じ景色に見えてしまう森の奥へ迷いなく歩みを進めていった。


 その者が迷うこと無く辿り着いたのは、一軒のこじんまりとした小屋。周囲だけはきちんと整地がされており、その空間は生活感が垣間見えた。人が住んでいると言われても、違和感はない。


 小屋の扉を開けて、中へと入っていく。そこには、一人の老婆がいた。その老婆は、入ってきた者へ話し掛けた。


「早かったね」


「アア。ソコマデ見ツケラレナカッタ」


 そう言って、手にぶら下げていた袋を机の上へ置いた。老婆が袋を開けると、中から出てきたのは、魔石だった。


「……これだけあれば、しばらくは持ちそうだね」


「ソウカ」


「お前もいい加減、ここから離れれば良いものを……私と居ても、何も出来ないよ?」


「俺ガ決メタ事ダ。気ニスルナ」


「……相変わらずだねぇ、お前も」


 そう言って老婆は、魔石を取り出しそして、齧りついた。


 ガリッ、ボリッ、という硬そうな音が辺りに響く。


「相変わらずの不味さだねぇ……よし、展開」


 老婆が言うなり、周囲一帯に言えない膜の様なものが張り巡らされていく。展開を終えた老婆は息を切らし、皮肉めいた苦言を吐く。


「ふぅ、ふぅ……はぁ。願いは叶ったが、こんな身体じゃあ……何一つ出来やしない。全く、不便なものだよ」


 もう立てない、といった様子で力無く椅子へ腰掛け、天井を仰ぐ。その様子を見ながらも、体格のいい者は表情を変えないまま、話題を出していく。


「最近、森ガ騒ガシイ様ダ」


「あぁ。あれは何をやっても私が出てこないものだから、段々と小娘共が調子に乗っているんだろう。放っておけばいい。ここに危害が出るようならイッカク。お前が始末しておくれ」


「分カッタ」


「今の私には何も出来ない。自業自得だが歯がゆいものだ」


 そう言って老婆は、再び袋の中にある魔石を一つ取り、齧りつく。


「エルフとの約束もあるから、簡単にここを離れるわけにもいかない。魔石を食さないと、魔力の捻出も出来ない魔法使いなんて、笑えるだろう?」


「話ハ変ワルガ」


「……私の話、聞いてたかい?」


「最近、中央都市モ騒ガシイト思ッテイタ。原因ガ分カッタ」


 そう言って、イッカクと呼ばれた男は、一枚の紙を老婆に渡す。それを受け取って読んでいく内に、老婆の眼は次第と見開かれていった。


「今日ノ帰リニ、落チテイタ物ヲ拾ッタ」


「……ふむ」


 老婆は、真剣な表情で紙を見つめている。紙には号外と書かれており、その内容はこう記されていた。


 今話題のパーティー! ウィズテーラスがパーティーメンバーを募集!


 ウィズテーラス、リーダー、カイル。職業【従魔士】。テイムしている魔物、スライム、サキュバス。メンバー、アメル。職業【射士】。


 我こそはという冒険者は、ギルド本部まで。詳細をお伝えします。というものだった。老婆は、その文章の一文に強く惹かれていた。


 ーーーーカイル。職業【従魔士】。


「イッカク。お前はこの【従魔士】と面識はあるのかい?」


「無イ。中央都市デハ、オーガキラー。ソウ呼バレテイタ」


「オーガキラー、ね」


 老婆は思案する。ーー○○キラーという様な称号は、本来その魔物を倒すことが出来ないはずの者が成し遂げた、いわば偉業となっていたはず。このカイルという【従魔士】を私は知らない。とすれば、最近出て来たということになる。


 じゃあ、それまでは何をしていた? 従魔はスライムとサキュバス、僅か二体に留まっている。アイツは従魔隷属は使えていたが、従魔契約は使えないと言っていたな。とすれば、もしかすると……。


「ドウシタ? アニエス」


「いや、なに。私も少し希望が持てるかもしれない、そう思ってね」


 恐らく、久し振りに見たであろうアニエスと呼ばれた老婆の笑い顔に、イッカクは少なからず動揺していた。それを表に出すことはしなかったが。


「そうしたら、少し策を講じないといけないね」


 アニエスの声には、先程とは違いどこか気合が入っていた。


「策?」


 あぁ、と言ってアニエスは策の内容を話していく。


「確か、セバンタートからエルフ領へ、専用の通路を敷いてもらった商人が居たはずだ」


 あの人嫌いなエルフとよく交渉出来たな、とアニエスは当時その商人に感心していた。


「アア。一度出逢ッタ事ガアル。慌テテソコカラ離レタガ、魔石ヲ幾ツカ落トシテシマッタ」


「何をやっているんだ、お前は……」


「近道、ダッタカラ……」


 呆れた様にイッカクへ告げるアニエスに、どこか母に叱られた子の様に、申し訳無さそうにイッカクは呟く。


「百鬼夜行の時も言っただろう? お前は普通のオーガとは違うんだ。だが、元を辿ればお前もオーガだと」


「……ウム」


「なるべく、人目にはつくな。今のお前なら冒険者に負けることは滅多にないだろうが、私はそんな事をしたい訳じゃない」


「……気ヲツケル。スマナイ」


「話を戻すよ、いいかい? その商人が使っている通路、それをせき止める」


「周リノ木ヲ倒シテクレバ良イカ?」


「早合点するな。そこまで今展開している結界を広げる。そうすれば商人は、通れないとギルドへ相談に行くだろう。我が弟子じゃなければ、ギルドの連中に結界が突破されることは先ず無い。そうなれば、話題になってるらしいこの【従魔士】がいるパーティーにも話がいくだろう。調査に行ってほしいとね」


「ダガ、アニエスノ弟子デナケレバ、コノ結界ハ発見出来ナイノダロウ? コイツハ、オーガヲ倒セル様ダガ、ソレデハ見ツケラレナイト思ウガ」


「結界にいくつか条件を設ければ良い。その中に【従魔士】だけを通せる様にとすれば、問題はないよ」


 さらりととんでもない事を告げるアニエスに、イッカクは特に驚くでもなく話を進めた。


「エルフヘ、ドウ説明スル? 何カ言ワレハシナイカ?」


「説明なぞ不要。あやつらは、今まで私におんぶにだっこだったんだ。たまには、こちらのわがままも聞いてもらわないとね。一応、この森から出ることはないだろうが、自由に通れるようにしておこうかね」


 老婆は不敵な笑みを見せる。


「ダガ、アニエス。ソノ方法ハ、オ前ノ身体ニ負担ガ掛カリ過ギル。危険ダ」


 アニエスは自身の掌を見つめ、呟く。


「この身体になって、もう数年は経ったか。その期間を丸々棒に振ったようなものだ。その空虚な時間に比べればーー」


 そう言ってアニエスは、展開した結界へ更に魔力を込めていく。結界はその範囲をどんどんと拡張していきーーーーやがて、結界は東の森を殆ど覆い尽くすほどに大きくなった。


 アニエスは息切れを起こしながらも、机の魔石を齧り、楽しそうに告げた。


「はは……この程度のこ、こと、位……些事に過ぎないよ」


「息ガ切レテイルガ?」


「……お前、辛辣だね」


「冗談ダ」


 イッカクは口角を少し上げ、外へと向かって歩き出した。


「どこ行くんだい? 帰ってきたばかりだろう」


「ソノ結界ヲ展開シ続ケルニハ、魔石ガ足リナイ。ソウダロウ?」


 アニエスは、肯定も否定もしなかった。イッカクはその様子を見て、扉へ手を掛ける。


「ソノ倍ノ魔石ヲ取ッテクル」


 そう言って、イッカクは外へと出ていった。それを見たアニエスは微笑みを見せた。


「あやつめ……余計な世話を」


 だがアニエスは同時に感心もしていた。結界を展開して、その状態を継続する。期間は最低でも一週間以上。それを考えると、今ある魔石では到底足りない。


 イッカクがその事を正しく見積もれていたことに、アニエスは感心した。


 ーーこの魔石は、イッカクが中央都市のダンジョンで採ってきたものだ。イッカクはオーガでありながら、肌色は赤や青といったものではなく、限りなく人肌に近い。一本角が額から生えており、そこも二本を基準としているオーガとは違う点だ。


 中でも一番違う所は、イッカクにはしっかりとした知性があるということ。オーガは元々、ランク的にはもっと上に格付けされてもいい強さがある。なのに、C級パーティーでも頑張れば倒せるという風潮が、世間に流れている。何故か? オーガの知性が低い事に他ならない。


 知性の低さ故、パーティーの作戦にはまんまとハマるし、状態異常にも掛かりやすい。C級でも策を練れば、オーガならパーティー単位で倒せるという結論だった。


 では、仮に知性のあるオーガをC級パーティーで倒すことは出来るか? 答えは否。イッカクは知性のあるオーガ、変異種だ。百鬼夜行と呼ばれるオーガが中央都市へ迫る事件よりも前、森の中でイッカクを見つけた。


 その時のイッカクは、私にとって興味を惹かれていたが……今は、そのオーガの腕力を遺憾無く発揮し、同種族であるオーガを倒してくれている。拮抗するかと思う両者の戦いは、イッカクの圧勝で結論が付いている。


 私は、魔石を食べないと魔力を捻出出来ない。いわば出来損ないの魔法使いだ。ダンジョンから生成される魔石を食らうことで、魔力を捻出出来るのも最近知り得たこと。ダンジョンの奥へと潜るにつれ、魔石の純度、ひいては美味しさに差が出ることも知った。私の知らないことはまだまだあると改めて感心したものだ。


 上層のゴブリンから出た魔石。あれは……食えたものではなかったが。かといって、イッカクを下層に行かせるのは死んでこいと言ってるようなもの。それを踏まえ、イッカクにはダンジョンへ潜るなら中層で戦え、と厳命していた。今のところ、忠実に守ってくれている。


 オーガの魔石は、なんとか食べてもいいと思える代物だった。


 アニエスは一つ、また一つと魔石を貪っていく。袋へ入っていた魔石は、どんどん数を減らしていく。だが、魔力の放出は一時も緩めること無く結界を維持していった。額に汗をかきながら、それでも老婆は笑みを見せていた。


 ーー私自身も驚いている。自分がまだこんなにやる気が出るのだと。老婆になってしまっても、自身の思想がぶれていなかったと再確認出来た。


 アニエスの思想はーー全ての魔法を知り得たいという、魔法使いが望む集大成の様なもの。その道中で、アニエスは魔力の捻出が出来ない老婆になってしまっていた。だが、アニエスはそれを悔やんではいない。代償に匹敵するスキルを手に入れていたから。だが、老婆の姿になり魔力の捻出が出来なくなっていたのは、アニエスにも想定外だった様で。そこはしばらく落ち込んでいた様子を見せていた。


 ーーあぁ、そうだとも。私は目的の為に手段は選ばない。一週間と言わず、一月、半年、一年。イッカクが魔石を持ってくるのを止めない限り、いくらでも結界を維持し続けるさ。


 私に希望を持たせたイッカク。今となってはここに居座る限り、気合を入れて働いてもらう。号外を見せたのは他でもない、お前だからね。その責任はとってもらわないと。


 そして、【従魔士】カイル。この子が頭角を現したのは、つい最近という。従魔も二体だ。仮にその二体が希少種、変異種であったとしても……初代に比べれば、与し易いはず。まぁ、比べる事自体が馬鹿げているか。あやつは最早、人間と呼べる種族ではなかったからね。


 本人に会って、人となりを見てみなければ何とも言えないが、状況次第では……やることだけやってもらう方向で、手を打とうかね。


 ーーそこから一週間。イッカクが、パーティーや時には単独で入ってきた者を見掛けた、とアニエスに告げる。それらはしかし、アニエスの元へ辿り着くことはなかった。求めていた【従魔士】は現れていないが、策の通り事が進んでいることを把握できたアニエス。


 そこからも、休むこと無く結界を展開し続けていった。イッカクが外から戻ってきて、手に持っている袋を机に置く。机が重そうに受け止める音が響き、袋はこれでもかというほどに膨れ、中には大小様々な魔石が入っていた。


 それを見たアニエスは、ジト目でイッカクを睨みつける。


「中層ノオーガ、極端ニ見ナクナッタ。数ガ減ッテイルノハ間違イナイガ、奴ラモ気付イタ様ダ」


 イッカクが言うには、知性の低いオーガでも危険を感じるほど自分達に害を成す何かが連日来ていると気付き、身を潜めたという事だった。アニエスは小さな魔石を取り出し、それは嫌そうな表情を見せる。


「だからといってイッカク……お前、私にまたコレを食べろというのかい?」


 それは上層に出る魔物、ゴブリンやキラーバットから出る小さな魔石だった。


「量ヲ食ベレバ、魔力ノ吸収量ハ同ジナンダロウ?」


「そうは言うがお前……この味は形容し難い程のものなんだよ?」


「フム……アニエス。ソノ程度ノ事デ、今回ノ件ヲ諦メルノカ?」


 どこか煽るように告げるイッカクを、アニエスは再び睨みつけた。


「……言うようになったね、イッカク。お前、私が元に戻ったら覚悟しておくんだね」


「……アア、楽シミニシテイル」


 脅しの様に告げるアニエスに、何故かイッカクは嬉しそうに返事をする。アニエスもそれ以上は何も言わず、眼を閉じて小さな魔石を口に放りこむ。なるべく噛まないよう、そして喉に詰まらせない様少しだけ歯で形を崩し、すぐ飲み込んだ。


 アニエスが言う、形容し難い味を感じ、魔力捻出とは違った別の汗をかいていく。それでも吐き出すことなく、口を手で押さえ飲み込んでいく。それを見たイッカクが、話を切り出した。


「……俺ガ下層ヘ行クノハ、本当ニ駄目ナノカ? アニエス。俺ノ力ハ、ソンナニ信用出来ナイカ?」


 それを聞いたアニエスは、イッカクを見据えたまま飲み物を一気に飲み干した。ふぅ、と一息つき涙目のまま返事をする。


「そうじゃない。お前の力は下層でも十分通用するよ」


「ナラバ、下層へ行ッタ方ガ、ヨリ良イ魔石ガ手ニ入ルノデハナイノカ?」


「イッカク。下層はーー次元が違う。力だけ強くても、何の意味も無い。お前が行った所で、犬死にするだけだ」


「……」


「お前に、今死なれる訳にはいかなくなったんだ。原因はお前自身だ、分かるね?」


「……アア」


 アニエスは話は終わりという風に、再び小さな魔石を嫌そうに口に放りこむ。形容し難い味に、腹に入れたものが全て戻りそうになるが吐き気を気合で抑え込んでいく。


「うぐっ……はぁ、はぁ……ふぅ。【従魔士】カイル。中々に焦らしてくれる。さぁ、早く来ておくれ。でないと私は……死んでしまうかもしれない」


 色んな意味で、と付け加える涙目のアニエスを眺め、まだまだ余裕があるなとイッカクは外へ出た。


 ーー俺ガモット強ケレバ……。


 イッカクは一度立ち止まるが、それでも魔石が不足することがないように、再びダンジョンへ向かってゆっくりと、だが確実に歩みを進めていった。

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