従魔契約.3
「そこまでアメルさんの事を……自分の意思をちゃんと伝えられるじゃないか。安心したよ」
ルーベルさんは優しく微笑んでいた。
「では、アプサラス。アメルさんと共に行くことを許可しよう。霧散したとして存在が消える訳ではないしね」
「あ、ありがとうございます! ルーベル様! ではアメル様、最期までお供致します!」
「ア、アプサラス……」
アプサラスは満足げな表情をしているが、アメルは不安なまま。そりゃそうだ。身体が霧散してしまうのは確定しているんだから。
俺は割り込んでいいものか考えたが、今にもさぁ! 行きましょうアメル様! なんてアプサラスが言っているもんだから、慌ててルーベルさんへ話し掛けた。
「ルーベルさん、俺からもお話があります」
「ん、なんだい?」
ルーベルさんに従魔契約の事を説明し、契約時に恩恵があること。そして今、アプサラスの頭上に契約可能の文字が現れた事を伝えた。それを聞いたルーベルさんは、難しい表情を見せる。
「……すまない、にわかには信じられないな。カイル君が契約? 出来るのは希少種、それか変異種という話だよね?」
「はい」
「アプサラスがそれに該当するのか、私には分からない。それに、元来彼女は精霊であって魔物ではない」
「そう、ですね」
「それも、今のタイミングで都合よく従魔契約可能の文字が出た、と言われてもね……信用していない訳ではないんだけど、私達にその文字は見えないしね」
ルーベルさんの言うとおり。簡単に信用されるとは思ってない。端から見れば、状況に付け込んで従魔を増やそうとしているのでは? そう思われてもしょうがない事を言っている自覚はある。
でも、アプサラスが霧散してしまう事が確定しているのを。少しでも、その可能性を無くす事が出来るなら。今この瞬間に文字が現れたのも、何か意味があるはず。そう思って申告してみた。
俺とアプサラスは、そこまで信頼関係が築けている訳じゃない。だけど、アメル。アメルとの信頼関係なら、それはもう沢山見せられている。
「とは言ってみたけど……私がとやかく言うのも野暮か……当事者に任せよう」
ルーベルさんはそう言って、アプサラスへ話し掛けた。
「アプサラス、お前が決めるんだ。カイル君の話を丸々信用するならば、やってみる価値はあると思う」
ルーベルさんは半信半疑だった、それでも、俺の話を肯定してくれていた。
アプサラスは、先程の覚悟が決まった表情はどこへやら。いつもと変わらない、ちょっと不安気な様子で俺に尋ねてきた。
「カ、カイル様」
「うん」
「カイル様の従魔、というものになったとして……私は、アメル様の護り手をさせて、頂けるのでしょうか?」
「俺から望むことは一つだけ。これからもアメルを護ってあげてほしい。それだけだよ」
それを聞いたアプサラスは、決意を固めた様子で言い放った。
「ならば……他には何もありません! お願いします!」
そう言って眼を閉じるアプサラス。アメルへ視線を向けると涙を拭い、力強く頷いてくれた。期待に、応えなくちゃな。
「じゃあ、いくぞーーーー従魔契約!」
アプサラスの身体が眩く光る。周囲にいた人達も、ざわつきながらその光景を見守っていく。やがて光は収まっていきーーアプサラスの頭上には『従魔契約成立。従魔ネレイス』の文字が現れ、次第にゆっくりと消えていった。
静寂に包まれた場で、ルーベルさんが最初に声を上げた。
「お、終わったのかい?」
「はい。従魔になってくれたライムとリリは、この段階で新しいスキルを発現していた様なんですけど……アプサラス、新しく習得したスキルって何かないかな?」
ち、ちょっとお待ちください! とアプサラスは慌てていた。数分その様子を見ていると、あ! これでしょうか? という声が。
「アプサラス、新しいスキルがあったのか?」
「はい、ルーベル様。私のスキルは元々、水操作だけだったと思われますが、三つ。変化と顕現、それと……これは、テティス姉様も持たれている精霊憑依というものが」
「精霊憑依だって!? 本契約した精霊しか扱えないと言われているスキルを!? そうか……カイル君、少しでも疑ってすまなかった。君が言っていたことは本当だった様だ」
「は、はい?」
「恐らく、精霊憑依を使用すれば、アメルさんとアプサラスは同一状態となる。そうすれば、身体を霧散させる事はなくなるだろう」
「そ、それじゃあ!! やったね、アプサラス!」
「はい! アメル様!」
二人は喜んでいたが、それでもとルーベルさんは続けた。
「ずっとその状態でいては、魔力もいずれ尽きてしまうだろう。そうなっては今と変わらない、不便な事も多いからね」
そんなぁ、とそれを聞くなり二人は落ち込んでしまう。息ぴったりだな。
「アプサラス、変化というスキルは私も知らない。使ってみてくれないか?」
「わ、分かりました」
そう言ってスキルを使用したであろうアプサラスは、姿を変えていく。人型から、これは……鳥? 小さくもなく、大きすぎるでもない、中間くらいの大きさな水色の鳥へと変容を遂げた。
「これは……」
とルーベルさんも驚く。アプサラスも、自身の羽である部分を動かしては驚きを見せていた。
「……この容姿になると、体内の水が抜けていく感覚が、ありません」
「そ、それはどういうこと? アプサラス」
「普段だと、絶えず水が抜けていく感覚がありまして、それを広大な水から補充する形で身体を保っていました。それを必要としなくなったみたいです。要するに、この身体であればーーどこへでもお供できる事になります!」
それを聞いたアメルは破顔し、アプサラスへ飛びつき抱きついた。
「わっ! ア、アメル様?」
「……良かった、本当に良かったよぉ!」
アプサラスがアメルの頭を、綺麗な羽で優しく撫でる。アメルが落ち着くまで、皆でその様子を見つめていた。
「お、お恥ずかしい所を……」
「アンタ、何でもかんでも泣き過ぎよ。子供なの?」
「こ、子供だもんっ!」
「リリさん、アメル様を泣かせてしまったのは私です。どうかその位に」
皆いつもの感じに戻ったみたいだな。ルーベルさんも、その様子を見て表情を和らげていた。
その後の話し合いで、アプサラスは基本的に鳥の姿になりアメルの肩へ。丁度俺とライムみたいな感じでいくようだ。有事の際には顕現というスキルを用いて本来の姿に。聞けば、従魔契約した今なら短期間なら水のない所でも活動出来るみたいだ。魔力の霧散がゆっくりとしている、アプサラスがそう言っていた。
アプサラスに改めてお礼を言われたが、俺は出来ることをしただけだから気にしないでと告げた。やはり、アメル様の理想の旦那様ですね! と言っていて、アメルは顔を真っ赤にしていた。
「色々あったが……ありがとう。一週間位か、君達のおかげで、例年にない程楽しませてもらったよ」
「俺達も色々ありましたけど、ここへ来れてよかったです」
「はい」
「海は悪くなかったわよ?」
「ふふ、そう言ってくれると領主としても鼻が高い。お礼は改めてセバンタートまで書状を送ろうと思う。ここには何時でも来て欲しい、領地をあげて歓迎するよ」
「はい、ありがとうございます」
「アプサラス。私達の眼が届かない間、アメルさんの事を頼んだよ」
「はい、アメル様の側には必ずや、私が!」
翼を広げ声高々に宣言するアプサラス。鳥の姿で言われると、中々シュールに感じるな。
「よし、しんみりするのは好きじゃないしこの辺で。ではまた会おう!」
手を上げたルーベルさんへ、何故かアメルが駆け寄っていった。耳元で何か囁いているようだ。ルーベルさんは眼を見開き、アメルへ何度も本当に? 間違いないかい? と聞いていた。アメルは改めてお辞儀をしこちらへ来る。
ルーベルさんは少し放心状態だったが、やがて我に返り手を振ってくれた。俺達も振り返し、ジュエレールを後にする。
月狼の姿へ擬態したライムに俺とアメル。今回だけ! と言い、アプサラスは渋々リリと荷馬車へ。リリは最後まで渋っていたが、最終的にまぁ、今回アンタにしては頑張った方だしねと呟き、のそのそと荷馬車へ向かっていった。
俺? 危ないから、と何度か言ったんだけど笑顔で分かりました、でも乗っても良いですよね? それしか言わないもんだから、これ以上はどうにもならないと思って諦めた。俺が気をつければいいしね。
月狼になったライムは、二人乗っていてもスピードが落ちること無く、軽快な走りを見せていた。
「わぁ! 気持ちいいですね!」
アメルがはしゃぎながら言う。アプサラスの件も解決。ジュエレールの問題も、ほぼ全て解決。あれ、今回アメルってもの凄いことしてないか?
この功績を、ルーベルさんがどう捉えるかだけど報酬、ちょっと楽しみだな。
「もっとはやくできるよー!」
と言うのはライム。俺はお前のおかげで九死に一生を得ている、マジでありがとう。けど、これ以上のスピードは改めて死んじゃうから止めて。
「これ以上速度出すと落ちちゃうから! このまんまでいいぞ!」
「えー!」
不服そうに言いながら、それでも障害物を避けつつ快適に走ってくれるライム。
「そういえばアメルさ、ルーベルさんと何喋ってたの? 二人だけしか聞こえないように話してたけど」
「ごめんなさい、今は内緒です!」
アメルはニコニコしながら言った。内緒なのか、ますます気になるな。そう思いつつ、俺達は後続の荷馬車より一足先に、中央都市セバンタートを眼前に捉えていた。
来る1月9日(金)で、第三部完結予定です。
最後までお楽しみください。




