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見送り

 力無く帰っていくモーブさんを見送った翌日。


 ジュエレールになんだかんだ長居しちゃった俺達は、段々帰ろうかという話になっていた。


 領主宅へ挨拶に来たが、水の祭典後は公務で忙しい様で、ここを発つのは昼迄待って欲しい。ルーベル様から伝言を預かっている、と本人には会えずフィデルさんから告げられた。


 アプサラスは、あと半年はゆっくりなさっても良いのではないでしょうか? と不安気に言っていたけど、流石に半年は長過ぎる。俺達は助かる部分も多いけど、宿の人達が大変そうだ。


 アメルも流石に半年はねと言っていて、左様ですか……とアプサラスも諦めた様子を見せていた。


 昼。伝言を受けた時に、ここまで見送りに行くから待っていて欲しいと言われ、ジュエレールの入口で領主であるルーベルさんを待つ。


「色々、あったなぁ……」


「さかなおいしかったー!」


「なんだか、あっという間……そんな感じもしますね」


「まぁ、ぼちぼちだったわね」


「や、やはりまだ、ゆっくりとなさっても良いのでは……?」


 そんな事を話しながら待っていると、一台の荷馬車が。あれ、馬を引いてるのって護衛した商人さんじゃないか。周りには何頭か馬もいて、そこにはルーベルさん。そしてフィデルさんが跨がっていた。


「やぁ、アメルさん。そしてカイル君達。待たせてしまったね、すまない」


 馬から軽々と地面へ降り立ち、こちらへと歩いてくるルーベルさん。


「忙しい中で、見送りに来てくださってありがとうございます」


 アメルがお辞儀をした。


「なに。見送りに比べれば公務など。とはいえ、重要なものもあるから、この時間まで掛かってしまってね」


 実は書き物は苦手でね、と苦笑するルーベルさん。


「ルーベルさん、見送りありがとうございます。商人さんと一緒に来られたのは? 何か理由が?」


 商人さんはハッハッハと豪快に笑っている。


「いやね、私達の縁を繋いでくれるのに一役買ってくれた様だったからね。元々は、彼の依頼でここへ来てくれたんだろう?」


「はい。遠出したいなと思っていた所に、丁度の依頼だったので」


「いらないお世話かもしれないが、帰りの乗り物としてお願いをしたんだ。商人の方も、中央に出向く所だった様でね」


「丁度鮮度の高い魚を、中央の方へ仕入れようと思いましてな!」


 俺は、魚をセバンタートで見掛けたことはない。もしかするとオルトルとか、そういった高級店に卸しているのかもな。


「勿論、商人へ護衛は付けるから、道中君達が警戒する必要は無いよ」


「次代の巫女様を、行き帰り乗せたとあれば話の種は益々尽きませんな!」


 商人さんも気前よく言ってくれているから、お言葉に甘えようかな。


「そしたら、そこにアメルとリリ、それとアプサラスが乗れるね」


「カイルさんは?」


「俺? ライムに乗るよ」


「はしるー!」


「……いいなぁ」


 アメルはそう言うが、背に乗るのは結構危険だったりする。乗るにしても、また今度かな。


「飛んで監視するの結構疲れたわよ。帰りはのんびりさせてよね」


「いえ、あの……アメル様……」


 リリは荷馬車で良いみたいだが、アプサラスだけ、何故か口ごもっていた。なんだろう?


「? アプサラス?」


 アメルも、不思議そうにアプサラスを見つめる。ルーベルさんはその様子を見て、俺達へと告げた。


「言い難かったんだろう……私から言うね。ーーアプサラスは君達と一緒には、帰れない。ジュエレールに残ることになるよ」


 そう言われて、一番驚いていたのはアメルだった。



「な、何故ですか!?」


「アメル様……」


 アメルの声が少し震えていた。


「すまない。これは私の意地悪でも何でも無く、水の精霊、その性質が問題となっているんだ」


「性、質?」


「うん。基本的に、護り手は巫女の行く所へどこでも付いていくことが出来る。水の間で本契約を行うことでね」


 ルーベルさんは、説明を続けてくれた。


「私とネレイスは、本契約を終わらせている。契約した水の精霊は、水の無い場所でも巫女を依代として、動けるようになる様なんだ。細かいことは分からないけれどね。ネレイスが今この場に居ないのは、領主宅で雑事をこなしてくれているんだ。皆へよろしくと言っていたよ」


「アメル、アプサラスと契約は?」


「……していません」


「あくまで仮、という事だったからね。勿論、本契約することは可能だし、こちらとしては歓迎だよ。でもその場合、アメルさんはここから簡単には動けない立場になってしまうから」


 アプサラスと本契約をして、本当の水の巫女へなってしまう。そうすると、確かによその領地へ簡単に赴くのは難しい話か。それこそ、ウィズテーラスとして活動を続けるのも厳しい様に聞こえる。


 アメルもそれは、という事で断っていた様だった。


「アプサラスは、ジュエレール内であれば動くことは可能だけれど、この領地を出て水がない領域に入ってしまったら、数分と持たずに身体は霧散してしまうだろう。ネレイスに聞いたんだが、霧散してしまった場合は、水の間で身体を再構築することになるみたいなんだ。死んでしまうような話では無いし、そこは安心して欲しい」


 それでも、とルーベルさんは続ける。


「護り手としての役目は、果たせない。水がない所ではすぐ霧散してしまう様ではね」


「そんな……折角……」


 アメルが眼に涙を溜めて、消え入る声で呟く。


「なに。アプサラスはジュエレール内では自由に動ける様になった。アメルさんがまた来てくれた時は、護り手としてアプサラスを付ける。約束しよう」


 それまではネレイスと一緒に動いてもらって、護り手としての知識を蓄えてもらうさ。ルーベルさんは優しくそう、告げた。


「……一緒に、行きたいよぉ」


 堪えきれなくなったアメルは、涙を流しながら身体を震わせる。


「アメル様……」


 アプサラスは知ってたみたいだな。でも、アメルへ直接は言い辛かったんだろう。だから、ここへ引き留めようとしてたのか。


 あれだけ豪快に笑っていた商人さんも、気の毒そうにこの光景を見つめている。ルーベルさんは、そんなアメルを抱きしめ、優しく頭を撫でた。


「ごめんよ……私では、力及ばずで」


「そ……そんな、こと……」


 それまで、寂しそうな表情を見せていたアプサラスだったがーー覚悟を決めた様に凛とした声でルーベルさんに近づいていく。


「ルーベル様、お願いがあります」


「なんだい、アプサラス」


「私もアメル様と一緒に行くことを、お許し願いたいのです」


「……アプサラス?」


 はぁ、と一つ息を吐くルーベルさん。


「聞いていただろう? それに私よりもお前の方が詳しいはずだ。ジュエレールから出たらアプサラス、お前は数分と持たずに霧散してしまって水の間に戻されてしまうと」


「はい」


「じゃあ何故? そもそも、本契約をしていないお前が水の間に戻れば、またジュエレールへ出て来れるかも怪しいんだよ? 今回が、そもそも前例の無い案件なんだ」


 アメルが、驚きの表情でルーベルさんを見つめる。アプサラスは、ルーベルさんからの忠告なんかお構いなしに言い放った。


「構いません。私はアメル様の護り手、アプサラス。最期までお仕えするのが務めです!!」


 アプサラスが今まで見せたことのない覚悟を示した時ーーーーアプサラスの頭上に『従魔契約可能』の文字が現れた。

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