表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/37

ジュエレール収容所

 ーージュエレール収容所。


 ギルド本部は領地中央に位置しているが、収容所はそこから少し海の方へ歩いていく。建物の中は下へ続く階段があり、洞窟の空洞をそのまま活用した造りになっている。


 そこへ柵を立てて、囚人を収容する形だ。


「ったく、こんなお祭りの時に誰が来たかと思ったら……キララ、お前かよ。頭悪そうな喋り方してんなと思ってたが、首狩りもお前がしてたんだってな。よっぽどじゃねぇか」


「大きなお世話ですぅ!」


 キララは、べーっと舌を出し嫌悪感をあらわにした。男はそれを見て舌打ちをする。


「チッ。お前、自分の立場ってのが分かってんのか? お前は捕まってる身で、ここには交代まで誰も来ない。そもそも、磯臭いここに進んで来たがる奴は、そう居ねぇだろ」


 ジュエレールの民と思えない台詞を吐く男。その後、男はキララを舐め回すかの様に視線を向ける。


「なんですかぁ? 気持ち悪いんですけど」


「……お前、馬鹿だけど顔と身体は悪くねぇんだよな」


 そう言って柵へ近付く男。


「大人しくしてりゃ悪くしねぇから、な? 交代までまだ時間はある、ゆっくり楽しもうや」


「ニスイさんも居るんですけど」


「そこのヤク中の事か? そんなんほっとけ。まぁ、俺は見られてる方が興奮するんだがよ」


 ニスイはうわ言のように何かを呟いているが、男の台詞を聞いても反応を見せることはなかった。


 キララは、汚物を見つめるかのような眼を男へ向ける。男は逆に卑しい笑みを浮かべ、柵に付いている錠前の鍵を取り出す。


 と、上の方で建物が開く音がした。音はそのまま階段を降りてくる様で、こちらへ近づいてくる。


「誰だぁ? これからって時に……なんだ、お前かよ。どうした、交代までまだ時間あるじゃねぇか」


 降りてきたのは、次の交代時に来る予定のギルド職員だった。降りてきたその男は、笑いながら話した。


「ハハ、すまんすまん! お楽しみ中だったか?」


「これからだよ、ったく。なにかあったのか?」


「この書類なんだが、お前の名前が要るそうなんだ。急ぎらしくてな、サッと書いてくれるか」


 書くものは持ってきたと男は言い、紙を渡す。受け取った男はその紙を見て、怪訝な表情を浮かべ質問した。


「おい、何が急ぎだ? これ、そもそも白紙じゃ……がっ!?」


 紙を受け取った男は、身体に急な激痛が走ったことで、身体をくの字に曲げた。痛みの中心である腹部へ、眼を向けるとーーナイフが根元近くまで刺さっていた。男が手慣れた手つきでナイフを抜き取ると、腹部と口から溢れんばかりの血を出した。刺された男は、苦しそうに地面へ倒れ込む。


「な……何の! 真似だ……!?」


「ソーリー。まだ彼女達は使い道があるのでね。返してもらいますよ」


 先程までの口調ではない、品のある言葉使いをする男。地面へ倒れた男の周りは、次第に血溜まりになっていき、そのまま動かなくなってしまった。キララは、その様子を驚くでもなく男へ尋ねた。


「? どうして殺したんですかぁ? 同じ職員ですよね」


「あぁ、すみません。このままだと分かりませんよね」


 男はそう言うと、本来の姿を現す。黒の礼服に身を包んだ姿。ギルド職員から初老の男性へと変容した。


「わぁ! ロドさんだった! 相変わらず変装が上手ですねぇ」


 現れたのは、ロドフォノス。キララは上機嫌に拍手をし、ロドフォノスを褒めた。


「変装……まぁ、いいでしょう。手を打つなら早いほうが良いと思いまして。僭越ながら助けに参りました。もしかして、お邪魔でしたかな?」


 いえ、とキララは立ち上がり、服に付いた汚れを払う。そのまま柵に手を掛けーーゆっくりと柵の間隔を広げていく。そこから、外側へと躍り出た。


「ワオ! そちらこそ、改めて凄い力ですね。素晴らしい! ……とはいえ、証拠を残さず出たかったのですが」


「あ……ごめんなさぁい」


 そう言って、キララは押し広げた柵を元通りにしようとする。しかし完全には元に戻らず、少し歪な形の柵が出来上がった。


「なんかぁ……色々と、どうでも良くなっていたんですけど……ロドさん見たら元気が出てきちゃいました!」


 そう言って、キララはその場で跳ねる。


「ふふ。柵のことはなんとでもなりますので、気にしないで下さい。そうしたら、ここまでの状況を簡潔に教えていただけますか?」


 はぁい、とキララが事の経緯をロドフォノスに話す。その話を、指を顎に当てながら聞き入っていた。


「……なるほど。護り手である水の精霊が巫女へ付いていたから、【従魔士】は既にスライムと融合済み。奇襲は成功したが、殺せなかったと」


「そうなんですぅ。斬ったはずのカイルさんが起き上がったのを見た時は、びっくりしたんですから。それにしてもニスイさんって、ロドさんの知り合いだったんですね。私、てっきり功績を上げて自分の罪を軽くしようと思って、近づいて来たんだと思いましたよぉ」


「この男は私のことを何も?」


「そうですねぇ。話があるとしか」


 ーーそれでよく生きていたな、とロドフォノスは感心を見せる。


 キララとロドフォノスは、偶然森で出会った。本来ロドフォノスは、たまに出会う人間は気にも止めないはずだったが、彼女の力。彼女はその圧倒的な力で、魔物をほぼ一撃で仕留めていた。


 魔物の亡骸には何の興味も持たない彼女に、ロドフォノスは逆に興味をそそられた。


 警戒されないよう、好意的に接してくるおじ、という立場を確立し、ロドフォノスはキララと親交を重ねた。


 キララはロドフォノスに対して、段々と好意的になり、自身の事を何でも話す様になった。ロドフォノスは話を聞きながら、驚愕していた。


(この力、スキルで発現したものでないだと!? 発現したら、一体どれほどの……)


 それから、キララの要望に応えつつ、ロドフォノスの希望も通していく。ジュエレールギルドへ潜入し、カイルが現れたら隙を見てニスイと協力し襲撃をかける。その後、逃走の手引きをする予定であった。


 キララ自身の悪癖が出て、首狩りの噂が広まってしまったことは、仕方ないと割り切るしかない。カイルさえ殺してしまえば、後はどうとでもなる。それを踏まえても、彼女の力だけは信用に値する。そうロドフォノスは考えていた。


 ーー私の名前を伏せて、話していたのが仇となったか。それでも、彼女から生き残ったのは流石の執念というべき、か。事実、二人で奇襲を仕掛け、人間であれば殺せているはずの事を、キララは成し遂げている。【従魔士】の力がおかしいだけ。流石は世界のーーーー


「ロドさん?」


 キララが、不思議そうにロドフォノスを見ていることに気づき、すみませんと思考を切り替えた。


「キララさん。貴女は私がお願いしたことを、しっかりとこなしてくれました。ありがとうございます。まだ、私と一緒に動いてくれますか? この世界の、為に」


「うーん……世界とか、難しいことは私には分かんないです。でも良いですよ? 私、ロドさん好きなんで」


 ニッコリと笑顔を見せるキララ。ーー本当に、いい拾い物をした。そうロドフォノスは内心ほくそ笑む。


「あ、ロドさん。ニスイさんもロドさんの知り合いなんですよね? どうしますか? なんか、力も入らないみたいだし、うわ言をずっと言っているんですよぉ」


「うわ言?」


 ロドフォノスは血溜まりになっている所から、柵へ付いている錠前の鍵を取り出した。その鍵を使い、扉を開く。ニスイのいる所へ近付くが、人が入って来たことに見向きもせず、壁に向かって何か呟いていた。


(これは……サキュバスに当てられたか。これでは、使い物になるかどうか……)


 ロドフォノスはそのまま捨て置こうと思ったが、ニスイのうわ言が耳に入った様で、その思いを考え直した。


 ニスイはリリから魅了、そして洗脳を受けてしまい、身体は力が入らず思考も満足に出来ない状態である。それなのに、はっきりと呟いていた。


「……殺す……スライム……カイル……」


(つくづく……コレも大したものだ。これなら、まだ使えるか)


「ロドさん、どうします?」


「連れていきましょう。彼もまだ、自身の念願を果たせていないようだ」


 お願いできますか? とロドフォノスがお願いすると、キララは返事をしニスイを軽く持ち上げ、そして肩へと乗せる。


「一旦、我々のアジトまで戻りましょう。今の賑わいに乗れば、出ることは容易い」


「あ、ロドさんから貰った私の武器……巫女様に壊されちゃいましたぁ。あれ、お気に入りだったのにぃ……」


「また、貴女に似合う良いものを見繕いますよ。少し我慢して下さいね」


「本当ですかぁ! ロドさんありがとぉ!」


 キララは嬉しそうに、はしゃぐ。血に塗れた職員を残し、ロドフォノス達はあっさりと脱走した。



 いつまでも、定時報告に来ない職員を不審に思った本部が、人員を派遣し、収容所で。そして、警備を担当している者の自宅で、遺体を発見したのは、カイル達がジュエレールを去ってから、数日が経過してからの事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ