ジュエレール収容所
ーージュエレール収容所。
ギルド本部は領地中央に位置しているが、収容所はそこから少し海の方へ歩いていく。建物の中は下へ続く階段があり、洞窟の空洞をそのまま活用した造りになっている。
そこへ柵を立てて、囚人を収容する形だ。
「ったく、こんなお祭りの時に誰が来たかと思ったら……キララ、お前かよ。頭悪そうな喋り方してんなと思ってたが、首狩りもお前がしてたんだってな。よっぽどじゃねぇか」
「大きなお世話ですぅ!」
キララは、べーっと舌を出し嫌悪感をあらわにした。男はそれを見て舌打ちをする。
「チッ。お前、自分の立場ってのが分かってんのか? お前は捕まってる身で、ここには交代まで誰も来ない。そもそも、磯臭いここに進んで来たがる奴は、そう居ねぇだろ」
ジュエレールの民と思えない台詞を吐く男。その後、男はキララを舐め回すかの様に視線を向ける。
「なんですかぁ? 気持ち悪いんですけど」
「……お前、馬鹿だけど顔と身体は悪くねぇんだよな」
そう言って柵へ近付く男。
「大人しくしてりゃ悪くしねぇから、な? 交代までまだ時間はある、ゆっくり楽しもうや」
「ニスイさんも居るんですけど」
「そこのヤク中の事か? そんなんほっとけ。まぁ、俺は見られてる方が興奮するんだがよ」
ニスイはうわ言のように何かを呟いているが、男の台詞を聞いても反応を見せることはなかった。
キララは、汚物を見つめるかのような眼を男へ向ける。男は逆に卑しい笑みを浮かべ、柵に付いている錠前の鍵を取り出す。
と、上の方で建物が開く音がした。音はそのまま階段を降りてくる様で、こちらへ近づいてくる。
「誰だぁ? これからって時に……なんだ、お前かよ。どうした、交代までまだ時間あるじゃねぇか」
降りてきたのは、次の交代時に来る予定のギルド職員だった。降りてきたその男は、笑いながら話した。
「ハハ、すまんすまん! お楽しみ中だったか?」
「これからだよ、ったく。なにかあったのか?」
「この書類なんだが、お前の名前が要るそうなんだ。急ぎらしくてな、サッと書いてくれるか」
書くものは持ってきたと男は言い、紙を渡す。受け取った男はその紙を見て、怪訝な表情を浮かべ質問した。
「おい、何が急ぎだ? これ、そもそも白紙じゃ……がっ!?」
紙を受け取った男は、身体に急な激痛が走ったことで、身体をくの字に曲げた。痛みの中心である腹部へ、眼を向けるとーーナイフが根元近くまで刺さっていた。男が手慣れた手つきでナイフを抜き取ると、腹部と口から溢れんばかりの血を出した。刺された男は、苦しそうに地面へ倒れ込む。
「な……何の! 真似だ……!?」
「ソーリー。まだ彼女達は使い道があるのでね。返してもらいますよ」
先程までの口調ではない、品のある言葉使いをする男。地面へ倒れた男の周りは、次第に血溜まりになっていき、そのまま動かなくなってしまった。キララは、その様子を驚くでもなく男へ尋ねた。
「? どうして殺したんですかぁ? 同じ職員ですよね」
「あぁ、すみません。このままだと分かりませんよね」
男はそう言うと、本来の姿を現す。黒の礼服に身を包んだ姿。ギルド職員から初老の男性へと変容した。
「わぁ! ロドさんだった! 相変わらず変装が上手ですねぇ」
現れたのは、ロドフォノス。キララは上機嫌に拍手をし、ロドフォノスを褒めた。
「変装……まぁ、いいでしょう。手を打つなら早いほうが良いと思いまして。僭越ながら助けに参りました。もしかして、お邪魔でしたかな?」
いえ、とキララは立ち上がり、服に付いた汚れを払う。そのまま柵に手を掛けーーゆっくりと柵の間隔を広げていく。そこから、外側へと躍り出た。
「ワオ! そちらこそ、改めて凄い力ですね。素晴らしい! ……とはいえ、証拠を残さず出たかったのですが」
「あ……ごめんなさぁい」
そう言って、キララは押し広げた柵を元通りにしようとする。しかし完全には元に戻らず、少し歪な形の柵が出来上がった。
「なんかぁ……色々と、どうでも良くなっていたんですけど……ロドさん見たら元気が出てきちゃいました!」
そう言って、キララはその場で跳ねる。
「ふふ。柵のことはなんとでもなりますので、気にしないで下さい。そうしたら、ここまでの状況を簡潔に教えていただけますか?」
はぁい、とキララが事の経緯をロドフォノスに話す。その話を、指を顎に当てながら聞き入っていた。
「……なるほど。護り手である水の精霊が巫女へ付いていたから、【従魔士】は既にスライムと融合済み。奇襲は成功したが、殺せなかったと」
「そうなんですぅ。斬ったはずのカイルさんが起き上がったのを見た時は、びっくりしたんですから。それにしてもニスイさんって、ロドさんの知り合いだったんですね。私、てっきり功績を上げて自分の罪を軽くしようと思って、近づいて来たんだと思いましたよぉ」
「この男は私のことを何も?」
「そうですねぇ。話があるとしか」
ーーそれでよく生きていたな、とロドフォノスは感心を見せる。
キララとロドフォノスは、偶然森で出会った。本来ロドフォノスは、たまに出会う人間は気にも止めないはずだったが、彼女の力。彼女はその圧倒的な力で、魔物をほぼ一撃で仕留めていた。
魔物の亡骸には何の興味も持たない彼女に、ロドフォノスは逆に興味をそそられた。
警戒されないよう、好意的に接してくるおじ、という立場を確立し、ロドフォノスはキララと親交を重ねた。
キララはロドフォノスに対して、段々と好意的になり、自身の事を何でも話す様になった。ロドフォノスは話を聞きながら、驚愕していた。
(この力、スキルで発現したものでないだと!? 発現したら、一体どれほどの……)
それから、キララの要望に応えつつ、ロドフォノスの希望も通していく。ジュエレールギルドへ潜入し、カイルが現れたら隙を見てニスイと協力し襲撃をかける。その後、逃走の手引きをする予定であった。
キララ自身の悪癖が出て、首狩りの噂が広まってしまったことは、仕方ないと割り切るしかない。カイルさえ殺してしまえば、後はどうとでもなる。それを踏まえても、彼女の力だけは信用に値する。そうロドフォノスは考えていた。
ーー私の名前を伏せて、話していたのが仇となったか。それでも、彼女から生き残ったのは流石の執念というべき、か。事実、二人で奇襲を仕掛け、人間であれば殺せているはずの事を、キララは成し遂げている。【従魔士】の力がおかしいだけ。流石は世界のーーーー
「ロドさん?」
キララが、不思議そうにロドフォノスを見ていることに気づき、すみませんと思考を切り替えた。
「キララさん。貴女は私がお願いしたことを、しっかりとこなしてくれました。ありがとうございます。まだ、私と一緒に動いてくれますか? この世界の、為に」
「うーん……世界とか、難しいことは私には分かんないです。でも良いですよ? 私、ロドさん好きなんで」
ニッコリと笑顔を見せるキララ。ーー本当に、いい拾い物をした。そうロドフォノスは内心ほくそ笑む。
「あ、ロドさん。ニスイさんもロドさんの知り合いなんですよね? どうしますか? なんか、力も入らないみたいだし、うわ言をずっと言っているんですよぉ」
「うわ言?」
ロドフォノスは血溜まりになっている所から、柵へ付いている錠前の鍵を取り出した。その鍵を使い、扉を開く。ニスイのいる所へ近付くが、人が入って来たことに見向きもせず、壁に向かって何か呟いていた。
(これは……サキュバスに当てられたか。これでは、使い物になるかどうか……)
ロドフォノスはそのまま捨て置こうと思ったが、ニスイのうわ言が耳に入った様で、その思いを考え直した。
ニスイはリリから魅了、そして洗脳を受けてしまい、身体は力が入らず思考も満足に出来ない状態である。それなのに、はっきりと呟いていた。
「……殺す……スライム……カイル……」
(つくづく……コレも大したものだ。これなら、まだ使えるか)
「ロドさん、どうします?」
「連れていきましょう。彼もまだ、自身の念願を果たせていないようだ」
お願いできますか? とロドフォノスがお願いすると、キララは返事をしニスイを軽く持ち上げ、そして肩へと乗せる。
「一旦、我々のアジトまで戻りましょう。今の賑わいに乗れば、出ることは容易い」
「あ、ロドさんから貰った私の武器……巫女様に壊されちゃいましたぁ。あれ、お気に入りだったのにぃ……」
「また、貴女に似合う良いものを見繕いますよ。少し我慢して下さいね」
「本当ですかぁ! ロドさんありがとぉ!」
キララは嬉しそうに、はしゃぐ。血に塗れた職員を残し、ロドフォノス達はあっさりと脱走した。
いつまでも、定時報告に来ない職員を不審に思った本部が、人員を派遣し、収容所で。そして、警備を担当している者の自宅で、遺体を発見したのは、カイル達がジュエレールを去ってから、数日が経過してからの事だった。




