アメルの武器.2
「何これ、うるさっ」
リリが険しい顔をするが、慣れてくると心地よくなってくるんだよなぁ。そんな事を思いながら店前に到着する。と、同時に叩く音が止み、奥の工房から汗だくの主が店外まで出てきた。
「なんだ、来てたのか」
「今来たところです。それこそ、ティアジャールさんが呼んでくれたんじゃないですか」
「入れ」
そう言って、中へ戻っていった。
「何アレ、態度悪くない?」
「ああいう人なんだよ」
「ふーん?」
リリは気にしていたが、俺達はもう慣れたものだ。店内へ入ると、相変わらず精巧な武器達に眼を惹かれる。
「待ってろ」
そう言って、奥の工房へ入っていくティアジャールさん。大事な物は工房に置いてあると言っていたから、大切に保管してくれている様だ。
戻ってきたティアジャールさんは、手に一つの獲物を持っていた。
「嬢ちゃん持ってみろ。弾倉は抜いてある。そこまで危なくないが、引き金は引くな」
「は、はい」
アメルが受け取ったのはーーーー赤い銃。光沢のある赤みを帯びた銃身は、格好良いと思った。
「鬼銃セロシキ。その銃の名前だ。気に食わんなら好きに呼んでいい」
「セロシキ……」
アメルが噛み締める様に呟く。ティアジャールさんは鬼銃、セロシキの説明をしてくれた。
「本来は鉱石だけで造ろうと思ったが、珍しい物が手に入った。それを存分に使った」
鬼銃って言ってるから……もしかしなくてもこれ、ドロップしたオーガの角がベースになってるな。ぜ、全部使っちゃったの……?
「そのせいだと思うが、試し撃ちをしたら反動が無かった。クロスボウと同じ感覚で使えるはずだ。嬢ちゃん、重さは?」
「問題、無いと思います」
「それに弾が入るから、それより少し重くなることを加味しておけ。それと音」
「音?」
「発射音だ。クロスボウはほぼ無音だったが、コイツは逆に通常の銃よりデカい音が鳴る。そういう物だと思え」
「は、はい」
「今試すか?」
そう言って、ティアジャールさんは弾倉を掲げる。
「あの、これを先に見てもらいたくて」
そう言って、アメルは背に装備した長銃を見せる。ティアジャールさんは眉間に皺を寄せて見せろ、と一言。アメルは長銃をティアジャールさんへ渡した。
「その銃、弾倉や装填する場所が見当たらないんです。模造品かどうか伺いたくて」
「……どこで手に入れた?」
ティアジャールさんの顔が厳しい。ただでさえおっかないんだから、怖い顔しちゃ駄目だって。アメルも不安そうになってるし、慌てて割って入る。
「盗賊団捕縛の報酬です。盗難品の中で、それだけ貴族のものじゃなかったんです。ティアジャールさんに見せて模造品だったら、そのまま渡そうと思って受け取りました」
ティアジャールさんはそうか、と一言。その後、いつも通りの表情へと戻る。何だったんだ一体。
一息吐いてから、ティアジャールさんが話し始めた。
「細かいことは分からんが、これは加工済みだ。一旦ランクスの所へ行け、その後戻ってこい」
ん、と銃をアメルに返すティアジャールさん。あの、加工済みってと聞くアメルに、行ってこいとだけ告げ、水分を摂り始めるティアジャールさん。
俺達はとりあえず、言われた通りランクスの所へ向かうことにした。
「次はどこ行くのよ、あのデカいのランクスって言ってたけど」
「ティアジャールさんな。それでここがボカティオパレス。ランクスのいる所、スキルで鑑定を持ってるんだ」
ボカティオパレスに着いた俺達は、衛兵に説明し中へ通してもらう。
「お? おーおー、これは大世帯でまぁ賑やかな事で。アメル以外帰れ」
俺達を見るなり手を振った館の主、ランクス。客はいなかったが、仕事着である神官の格好をしており、専用の眼鏡も掛けていた。
「ねぇ、あのチビ何なの? ムカつくんだけど」
「誰がチビだ! ……って、何でサキュバスがここに居るんだよ」
「俺の新しい従魔だよ」
「……スライムにサキュバスって。カイルお前、変なのしかテイムしないのな」
変なのとはなんだ。呆れたように首を振るランクス。相変わらず俺への当たりが強い。
「カイル、やっぱコイツムカつくわ。チビのくせに粋がっちゃって。何様よ」
「あぁ? サキュバスが吹いてんじゃねぇよ。ここの主はウチ。ウチがルールなの、分かる?」
「知らないわよ、このチビ助が」
「なっ!? 変なあだ名つけるな!」
「あら、お似合いじゃない?」
そこから二人の言い争いが始まる。俺は呆れながらチラリと奥を見ると、フルーラさんが苦笑していたが、楽しそうにその光景を眺めていた。た、助けて……。
「ふ、二人共止めて! ここに喧嘩しに来たわけじゃないの!」
たまらずアメルが、二人の間に割って入る。
「……アメルに免じて、今回は勘弁してやる」
「フンッ」
二人共そっぽを向いたが、一旦落ち着いた様だ。
「それで? 多分ウィズテーラスでここに来たって話でいいよね、用件は?」
「ティアジャールさんがランクスに視てもらえって。この銃なんだけど……」
「ちょっと見せて。ちなみに、これはどこで手に入れたの?」
「盗賊団の一件で、その時の報酬なの」
「あー、なるほどね」
ランクスが渡された長銃を注視していく。鑑定してくれてる様だ。
「これ、加工済みだとか、あのオッサン言ってなかった?」
「あ、言ってたよ」
「だろうね。大体オッサンからウチの順で来るのはこの類だ」
「何か分かったの?」
「誰だと思ってるの? ウチだよ?」
えっへんとポーズを取る。アメルと話しているランクスは楽しそうだ。俺とも、あの位で話してくれると良いんだけど。ランクスは話を進めた。
「これは元々狙撃銃だった、専門で売られている様なね。それを誰かが加工した形になってるよ」
「弾倉とか無いのはそのせいか?」
「割って入ってくるな。ウチはアメルと話してるの」
ランクスに睨みつけられて、一旦口を閉じる。
「カイルが言う通り、これは加工の途中で要らないと判断されて、無くなってるっぽいね」
「ご、ごめんランクス。私には何がなんだか……」
「あぁ、ごめん。結果を先に言うべきだったね。この銃は、魔法銃。形状からして、狙撃銃の性能を残したまま加工されてる感じだね」
「ま、魔法銃?」
「そ」
ーー魔法銃。それは魔法剣と並ぶ高価な武器。剣より使い手が少ないことで、滅多にお目にかかることが出来ない代物だ。俺も見るのは初めて、そんな銃が眼の前に、ある。
「魔法銃に加工する、こんな芸当が出来る奴なんてギルドではいないはずだしな。ウチには細かい仕様は分かんないけど、フルーラ」
「はい」
「こっち来て。ちょっと魔力流してみ。引き金は引くなよ」
俺達に失礼しますと言って、フルーラさんが長銃を持つ。すると、純白だったはずの銃が、次第に光沢を帯びていき、金色へ変化していく。
「フルーラ、どう?」
「これは……恐らくですが、所持者の得意とする属性を色濃く反映する様ですね」
「そうなると、持ってる人で威力は変わる?」
「そうなるかと」
「やっぱそうだよね……」
すごい話をしているのに、ランクスの顔はどこか浮かない表情をしていた。
ありがとうございました、とランクスに戻された銃はそれ以上輝きを発することはなく、純白の銃身へと戻っていった。
表情に違和感を覚えたのか、アメルがランクスへ話し掛けた。
「ランクス? どうかしたの?」
「え? いや、なんでもないよ。この銃、売るとかなり高値でいけると思うけど、どうするの?」
「売らないよ? 勿論、カイルさんの意向に沿うけど」
「カ、カイル。どうするんだ?」
困ったように俺を見てくるランクス。
「どうした? 持ち主はアメルだし、使うって言うならそれこそ無理矢理取り上げたりしないって。今はお金に困ってる程じゃなくなったしな」
「そ、そうだよな……」
「……ランクス。何かあるなら、言って」
アメルは、真剣な表情でランクスに問う。ランクスはおどおどしながらも、ゆっくりと口を開いた。
「じ、じゃあ先に約束して。ウチが何を言っても、お、怒らないって約束してくれる?」
「? 怒るも何も、ランクスは鑑定してくれただけじゃない。怒ったりなんかしないよ?」
アメルが優しく微笑むと、ランクスはほ、ほんとに? ほんとに怒らないでね? と釘を刺した後、一度深呼吸をしてこう、告げた。
「前に一度アメルを視た時、魔力量が極端に少ないなって思ったの。頑張って魔力を鍛えたとしてもーーーーこの銃、アメルには使えないよ」
アメルは言葉を失ってしまい、ランクスも申し訳なさそうに身体を丸まらせていた。




