万視
この匂い。リリが魅了を使ったみたいで、端目に捉えるニスイさんはぐったりとしていた。あっちはもう大丈夫そう、後はーー
「……何ですかぁ? この臭い。酷く臭いますねぇ」
鼻を押さえ、緊張感の無い声で前にいる女性は言った。
ぶち殺すわよっ!! とリリが怒声を放つと、わぁ! おっかない! とケラケラと笑う彼女は、心底楽しそうにしていた。
ーーこの状況で、どうして。そんなに楽しそうなの?
この女性は、異常だ。私はリリのおかげで、大分冷静さを取り戻せていた。
女性の容姿。金色の髪を二つ結びにしている珍しい髪型。しかもこの格好、どこかで……。
「貴女は……ギルド職員のキララ、さん?」
「え、巫女様覚えててくれたんです? 嬉しいなぁ!」
本当に嬉しそうにしている、キララさん。端から見れば、微笑ましい光景に見えるかもしれないけど、リリも私も、そんな気分にはとてもじゃないけど、なれる訳ない。
「首狩り、というのも……貴女がしていたんですね」
「その名前、可愛くないんであんまり好きじゃないんですよぉ」
「そんな事知らないっ!! ギルド職員である貴女が何故、こんな事をしているんですか!?」
「わ、巫女様おっかなぁい。何故って言われても……夜間、外にいてもギルド職員なら、見回りだろうなって怪しまれませんし?」
何を当たり前の事を訊いているの? とキララさんは不思議そうに首を傾げていた。
ーーこの人は、私達と何かが決定的に違う。そう判断した私は、対話を諦めた。拘束し、ダンジョン入口の衛兵さんへ引き渡そう。そう決めて、思考を切り替える。銃を構えたまま、キララさんへ告げた。
「動かないで! 武器を捨てなさいっ!!」
「……これのことですかぁ?」
キララさんが、担いだ大剣を見てのんびりと告げたーーーー次の瞬間、唐突に眼の前全体が赤くなった。これは何っ!? 訳が分からないまま、それでも異常だと思った私は、慌ててその場から離れた。
直後、私がいた場所を、凄まじい速さで大剣が飛んでいく。それはそのまま、ダンジョンの柱へ突き刺さり轟音を鳴らしていた。
(なに……? 今のは……)
あらら? 外れちゃった、とキララさんは何の気無しに言った。
キララさんが、大剣を、投げた。どれだけの力があれば、柱に刺さる程の威力が出せるのか。そして、それを平然と私相手にしたという事実。
眼の前が赤くなったから、急いでその場を離れた。そうじゃなければ今頃、貫かれていたのは私だった……だとしたら、これは。
「やっぱり投げたとしても、手に実感は残りませんし、達成感もありません。自分で振らないと駄目ですねぇ」
と、呑気な事を言いながら、私の事なんかお構い無しに、キララさんは大剣を取りに歩いていく。
「動かないでって言ってるの!」
私はセロシキをキララさんに向け、構えをとる。が、キララさんの動きは変わらない。こちらを見ないまま、こう告げてきた。
「巫女様ぁ。貴女、人を殺したことないでしょう?」
「な、何をっ、当たり前でしょ!!」
「撃つ気がまるで感じられませんよ。撃ちたいならどうぞぉ?」
的はここでぇす! と楽しそうにクルクルと回りだすキララさん。く、狂ってる……。
楽しそうにしているキララさんの身体に、突然海の壁から出て来た水が、意思を持っているかのように絡みついていく。網目状に身体を縛られたキララさんは、その場から動けなくなっていた。
「な、なんですかぁ? これ」
「……先程から黙って聞いていれば。アメル様を愚弄する発言の数々。そして、あまつさえアメル様に危害を加えるなどと。ジュエレールの民とはいえ、私にも我慢の限度があるぞ!」
アプサラスだった。普段の雰囲気と違う……これは、怒ってるみたい。アプサラスは私を見ると、普段と変わらない優しい口調で話し掛けてくれた。
「アメル様。本来、得意気に語る事ではないのですが……水がある場所ならば、私にも出来ることはあります。どうか、手伝わせて下さい」
「……ありがとう。そのまま拘束を続けることは、出来る?」
「ジュエレール内ならば、どこまでも」
心強い言葉に、それじゃあと続けようとした時、バチッ! という音と共に、アプサラスの綺麗な顔が、苦悶の表情になる。
「アプサラスっ!?」
「……どーせ全部ばれちゃったんですもん。これではい終わり、じゃあ、面白くないですよねぇ? もっと遊びましょうよ、巫女様ぁ!」
見ると、キララさんの身体が光を帯びていた。それは時折バチッ! という、さっきも聞こえた弾ける様な音が聞こえてくる。
キララさんの身体を拘束していた水は身体から離れ、地面へ滴り落ちていく。
「付与魔法……!」
アプサラスが、悔しそうに呟いた。




