海の神殿
昼食を軽く頂いて、海沿いを歩きダンジョンへ向かう道中。そこで、船を出してくれたお兄さんと遭遇した。
「おっ! 来たか兄ちゃん達、それに巫女様も! お前達のおかげだだ、これ見てくれよ!」
「うわっ! めちゃくちゃいますね!」
「開催後に例の場所へ行ったら、そりゃあ大漁でな。兄ちゃん達に食わせてやりてぇなと思って、別に取っておいたんだ」
そこで捌いてくれるぜ。今から行くか? と以前食べた店に誘ってくれた。
その店も、この間の閑散ぶりはどこへやら。大繁盛の様子で、遠目から見ても行列が出来ている。
「凄い並んでますね……」
「なぁに。次代の巫女様と、その立役者の兄ちゃん達が来たと声を掛けりゃ、皆喜んで場所を空けてくれるだろうぜ」
「お気持ちは嬉しいんですけど、今から出現したダンジョンへ向かおうと思ってて。ルーベルさんから、許可書の様な手紙も預かっているんですよ」
「……領主様にも気に入られたってのか。兄ちゃん、すげぇな」
お兄さんは感心しているが、今回のはアメルが居たからこそな気がする。夜まで取っておけるから、何時でも声を掛けてくれ! と言われ、お兄さんと別れた。
「あ、あれがダンジョン、かな?」
海がその周囲だけ綺麗に引いており、そこから建物が現れていた。丁寧に、底まで向かう階段もある。ちょっと滑りそう。
「左様です。皆様はダンジョンと呼ばれていますが、実際には神殿となっております」
アプサラスがそう訂正してきた。
「神殿?」
「はい。開かれていない間は、海の神がよく来られている場所でもありますよ」
私達もたまにお邪魔しています、とアプサラスは告げた。水の精霊が言うと、一気に信憑性が高くなる。
「今の状態は、所謂、民へ向けて入ってもいいよという形になっています。その間は、別の場所におり不在ですが」
それでも、そういった話を聞くと気が引き締まる思いだな。俺達は、神殿前で警備をしているであろう衛兵に声を掛けられた。
「これは次代の巫女様。それと、巫女様とパーティーの者達だね」
「どうも。これをルーベルさんから預かっています」
手紙を衛兵に渡す。確認するよと言い、読み始めた。
「……そうか。公開までまだ時間があると思っていたんだ。初陣の権利を貰ったんだね」
巫女様も居るし当然か。ともかくおめでとう、と祝福された。
「ありがとうございます。そ、その、やっぱり、宝とか……」
「気になるよね……あった時は物凄いぞ?」
そうか、物凄いか。俺達は小さな声で、ニヤけながら話し合う。男って何でこう子供っぽいのかしらね? と後ろでリリが言っていた。
そんな事言ったって、宝探しは男のロマンだろう?
「つい、話し込んでしまった。よし、確かに受け取ったよ。帰りの時間があまりに遅かった場合、報告を入れてギルド職員が向かうことになっている。それだけ把握しておいてくれ。我々は、ここから動けないものだから」
特に初陣が終わるまではね、と苦笑していた。
行ってきます! と告げて、俺達は階段を転ばないよう下り神殿へ入っていく。
神殿の中は、めちゃくちゃ広かった。神殿へ下る階段がそもそも多かったから、天井までの高さが見上げなきゃいけない程。巨人が中に入っても、問題なく暮らせそうな程だ。中にはしっかりと、外からの光が入るようで光源が無くても明るかった。
壁は殆ど無いといっていいレベルで、壁面は、海の断面が。何故かこちらには浸水せず垂直に落下している。触れると水圧で怪我をしますので、ご注意を。そうアプサラスに言われ、慌てて出していた指を引っ込めた。
「今年は……手を抜いたのか、広々としています」
アプサラスが、そんな事を呟いた。
「え、どういうこと? アプサラス」
「毎年、内装は変わっているのです。アメル様達、人間でいうと家具の配置替えと似たものだと思って頂ければ。この前、最後に開かれた際には、神殿の中はまるで迷路の様に複雑で、行方不明者も出たと言われていたみたいです」
と、おっかない話をしていた。
じゃあ、それに比べたら今回は探索しやすそうだ。俺達は広々とした空間を、ゆっくり探索した。
「何も、無いな」
「何も、ありませんね……」
「なにこれ? だだっ広いだけじゃない」
「宝箱一つもないなんて、本当に手抜きではないですか……!」
アプサラスは怒っている様子だった。多分だけど、海の神は今年も水の祭典が開かれるなんて思ってなかったんだろうな。それが急に開催するってなったもんだから、慌てて掃除だけはして、みたいな。
俺達に急な来客があった時みたいな対応に、思わず苦笑してしまった。
「アメル様、そしてカイル様。申し訳ありません……本来ならば、宝箱の一つや二つは配置されていて当然なのですが」
「いや、アプサラスが謝る事じゃないよ。それに、現時点で貴重な体験をさせてもらってるんだ。ありがとね」
「いえ。やはりと言ってはなんですが、これは……アメル様が好意を持たれてしまうのも、分かります」
「ち、ちょっと!? アプサラス!」
アメルが慌てて会話に入ってきた。顔を真っ赤にしている。
「カイル様は優しく、そして器の大きい方です。良いではないですかアメル様! 貴女様はお綺麗ですし、可愛いのです! お似合いです!」
も、もう! そういう話は後で! 後でね! となんか楽しそうだった。
「ライム、どうだ? 何かいそうか?」
(うーん、わかんない)
今回、アメルの護衛はリリだけじゃなく、アプサラスも付いてくれている。アメルの安全度はかなり高い。俺達にとっては未踏の地。何があるか分からない。
そう思った俺は、もしもに備えてライムと従魔融合をしていた。
そのもしもは無さそうだけど。
ライムと融合して、なんとなくだけど俺自身のスキル、ブーストを使わなければ息切れすることもなく、ずっと融合はしていられる気がしていた。
オーガとの戦闘後、眼を覚ますまでずっと融合をしたままだったし、その時身体に異常はなかった。あの時は、ライムが動けないままだと嫌かなと思って、融合は解除したけど。そのままでもいけそうな気はしてた。
融合した俺には、痛みが伴う……なんで痛いのか分からないけど打撃、そして斬撃無効がスキルとして備わる。これをしない手は無い。
「どうする? 何も無さそうだし解除するか?」
(もどってからでいいよー)
とライムは言ってくれた。リリも言っていたが、居心地は悪くないらしい。
未踏の地へ行く時は、このスタイルが良いのかもな。でも、アプサラスが護衛でいるのはジュエレール限定なんだろうし。まぁ、折角だし今はこのままでいくか。
俺達は見ていない場所が無いか、改めて探索をし直した。
見落としが無いように探したつもりだけど……やっぱり何も無かった、うーん。神殿へ入ってから、体感で一時間は経ってる気がする。一度、海の壁から魚の顔が見えたがすぐに引っ込んでしまった。あれは魚だったのか、果たして……。
「何も、無さそうだな。段々戻ろうか」
「そうですね」
「ご期待にそえず、なんと申しあげたらいいか……」
アプサラスが申し訳なさそうにしている。宝は……見つけたかったけど。気にしないでと告げて、神殿の入口へ向かおうとした時ーー不意に、身体が硬直したかのように動かなくなった。
この感覚には覚えがある。これはーーーー
「こんにちはぁ、カイルさん」
この声もどこかで聞いた事がある。失礼しまぁす、とのんびりした声で告げられた直後、俺の視界は回転を始める。カイルさん!? とアメルの声が聞こえたのを最後に、眼の前が真っ黒になり、意識が遠のいていくのを感じた。




