探索準備の裏で
長いです。
「それじゃあ昼までには戻ってくるよ」
「せいぜい迷わないようにね。あ、お土産よろしくー」
「本当は二人きりで……」
そう言ってカイル達は宿から出ていった。
アメルの奴が、アルクとかいう【錬金術士】の所へ行きたいって言い始めたせいよ。私? 絶対、嫌。
なんかアイツ、魅了とか洗脳をしたとしても、何も変わらない気がする。そんなこと無いはずなんだけど、私の本能が告げている。だから、行かない。
もし二人だけだったら、渋々でも付いていって邪魔してやろうと思ったけど、水の精霊が一緒に行くことになってアメルはがっかりしてた。思わず笑っちゃったわ。
とりあえず、あの精霊が付いているならそんな空気にはならないでしょ。そう思って、私は快く三人を見送った。
「ねーリリー、なにするー?」
「……なんでアンタも残らされたのかしらね」
わかんなーい、とちょっと退屈そうに言うのはライム。これ、私が何かしでかさない様に置いていった気がするのよね。未だに信用してないの? ムカつくわ。
「ライム、アンタとちゃんと話すのは初めてかもね。折角だし、色々聞きたいことがあんのよ」
「なにー?」
「そもそもアンタ、どうやってカイルと知り合った訳?」
ライムから説明を聞いたけど、言ったことは殆ど分かんなかった。なによ、ガシャーンしてビヨーンしたって。けど、なんかカイルが泣いている所に声を掛けたみたいで、そこから仲良くなって従魔になったみたいなのは分かった。
ーー私がその立場だったらカイルの奴、今頃私の虜じゃないの! と歯痒く思ったが、出会いは時の運。ライムの方が、たまたま先だった。その後、仲間になったのがアメルというだけ。
それでも、私の好感度は上がりっぱなしでしょうし、カイルの奴が落ちるのも時間の問題よね。
「リリー、なにわらってるのー?」
「アンタには関係ないことよ。あ、そうだ。ライム、犬っころに変化してたわよね? デカ男とダンジョンに行った時、騎士団のとこでもなってたし。こっちに来るまでカイル乗せてたし。あれどうやってんの?」
今度はちゃんと分かった。ライムは擬態というスキルを持っていて、その魔物になりきれるらしい。変化出来るのは、鬼と犬っころ。それと、よく一緒に居る人にもなれると。よく分かんないけど、兎は自分より弱いからなりたくないって言った。兎って何よ?
「じゃあ何? 今のパーティーなら、誰でも真似出来るって事?」
「できるよー!」
ほんとかしら? じゃあやってみなさいよ、と試しに擬態をさせてみた。ライムはポーズを取りへんっしん! と言い身体から光を放つ。これ、ポーズ取る必要ある?
光が収まっていくと現れたのはーーーー私。
「へぇ……良く出来てるじゃない」
「すごいでしょー!」
流石私、可愛いわね。眼だけ薄緑だけど、他は私となんら変わらない。声も私と一緒になるのね、おもしろ。
「それで? スキルの方は使えるの?」
「せんのーはよくわからないけど、みりょーならできるよー!」
聞くと、ライムがこうだ! と把握できたスキルなら使えるらしい。
「じゃ、私に魅了使ってみなさいよ」
「おっけー!」
そう言って、ライムはスキルを発動していく。効かないことは分かってるけど。私自身、本当に臭うのか少し気になっていた。
いや、カイルはいい匂いって言ってくれてるから良いけど! 女共がうるさくてしょうがない。
どんなもんかと確認してやろうと思ったがーーーーえ、あれ、なにこれ? 別に臭くないし、普通にいい匂いじゃない。なんだかフラフラしてきたし、ライムが擬態した私が余計に可愛く見えてきて……。
「……って、ライム! 魅了の出力下げなさい!」
「なんでー?」
「いいから! 早く!!」
はーい、とライムは魅了の出力を下げていく。香りはゆっくりと霧散していった。
……え、ヤバくない? なんで同性である私にも、魅了が効いちゃってんの? 間違いない。もう少しで魅了にあてられるところだった……どういう事? 当のライムは不思議そうに首を傾げている。私の姿で、そんなあざとい動きするんじゃないわよ。
「ライム、アンタ今私になってるんだし、女じゃないの?」
「わかんなーい」
「……私に擬態するの、余程じゃない限り、禁止ね」
「えー」
「えーじゃないの!」
こんな、何も分からない子供みたいな奴なのにーー男女どちらも魅了の対象に出来るですって? 冗談キツイわ。訳分かんなすぎるでしょ。
カイルは多分大丈夫なんでしょうけど、男女問わずに群がってくる、なんてそんな光景見たくもないわ。
私は、念入りにライムへ言いつけた。最終的にライムも少しふてくされた様に、わかったーと言ってくれた。これで一先ず安心ね。
「リリのけちー」
ライムにしては珍しく、ふてくされているのが続いていた。スライムの姿に戻り、身体を上下に動かしている。なに? 反抗してるつもり? ……ちょっと可愛いじゃない。
カイル相手だと、すぐに収まってるみたいだったけど、その辺は従魔になってるのが関係してるのかしら? とはいえ、仮にコイツが暴れたら……私じゃあ、勝てないでしょうね。
性別があるかも怪しいから、私のスキルは効かないと思ったほうがいいだろうし、さっきの馬鹿げたスキルもそうだけど、確か二体になるスキルも持ってたのよね。どれだけ強いか分かったもんじゃないわ。
私は一つ息をつき、話を切り出した。
「その……悪かったわよ。そうヘソ曲げないで。ライムがなんかしたい事ないの? 一緒にやったげるから、機嫌直しなさい」
え、いいのー!? とライムが跳ね始める。この辺は子供と一緒、マジでチョロいわね。
すると、ライムは一緒に外へ行きたいと言ってきた。
「私と出かけるって、何かあるの?」
「んーん! そとであそびたいー!」
今から昼まで宿に居るのも、確かに退屈、ね。私はライムの提案を受け入れた。
「別に良いわよ? ただし」
「ただし? だれー?」
「人の名前じゃないわよ。あのねーー」
そう言って私は、ある条件を出した。ライムはあっさりと了承してくれて、私達は外へ出ることになった。
「みせのひと、おどろいてたね!」
「ね。面白かったでしょ?」
「うん!」
そう楽しそうに言うライムは今、カイルの姿になっている。先に出ていったのを見てたんでしょうね。私とライムが宿を出る時に、眼をまんまるにして二度見してきた時は笑っちゃったわ。
私が出した条件は、外へ出てる間はカイルの姿になること。ライムはなんでー? と初めこそ不思議そうだったが、店員もびっくりするわよ? と告げると、すぐ楽しそうに変身した。
隣で、いつもより楽しそうに歩くカイル。いや、ライムなんだけど。楽しそうにしている瓜二つの姿に、私も釣られて楽しくなっていた。
実質デートみたいなもんよね! これ!
宿は利便も良く、少し歩けばすぐに中央に来れる。中央は、祭典が終わったのに未だに賑わいが衰えていなかった。カイルが言っていたけど、元々がこんな感じだったのかもね。
そう考えているとカイルが、いやライムが手を握ってきて、そのまま私を引っ張っていく。私は急な事に顔が熱くなっていくのが分かる。う、瓜二つ過ぎるのよ!
「リリー! あそこなにかあるー!」
「わ、分かったからカイル! じゃなかった、ライム! 引っ張らないで!」
はーい、そう言ったライムは、ゆっくりと見つけた店らしき場所へと歩き始めたが、手は離してくれなかった。
ーー心臓の音が、うるさい。繋がっている手も、震えている。
こ、これじゃあ、アメルの奴と殆ど変わらないじゃないっ! わ、私、手に汗かいてないわよねっ!?
これが、本物だったら……と思ったら、少し落ち着いた。そもそもアイツ、手を握ってすらこないじゃない。魔獣化した手はあんなに触ってきたのに。ヘタレめ。
ライムに連れて来られたのは、今まで見なかった、魚。それを主流に扱っている店だった。
「へいらっしゃい! お? アンタ達、巫女様んとこの連れだな! 安くしとくぜ!」
様々な種類の魚が並べられており、中にはコレ、食べれるの? と思うような、凶悪な見た目の魚もいた。
「リリー! これたべたーい!」
「ぐっ……!」
無邪気な笑顔で聞いてくる、カイル姿のライム。自分でやらせといてなんだけどコレ……とんでもない破壊力ね。
とはいえ、この姿のまま生魚を多分、丸呑みにするんでしょうけど。それは、人間から見ていかがなものなの? ちなみに私は、嫌。
「ねぇ、加工してあるものはないの?」
「あぁ、今は鮮度が高いから弄ってないな。刺身か? 焼くか? 裏でちょっとやってこれるぜ、どうする?」
刺身は多分、アレね。魚を均等に切ったやつ。私は手持ちを確認する。
魅了を使えばタダでいけるでしょうけど、後でカイルに何言われるか。怒られるのはゴメンよ。
「じゃあちょっとでいいわ。刺身にして頂戴。お金はこんなもんでいい?」
あいよっ! と気前よく返事をして、店主はコイツを刺身にすると美味ぇんだ! そう言って、魚と一緒に奥へ入っていった。
「リリー、ぼくぜんぶがいいー」
「私はお金ないの。私も甘いの食べたいから、食べたら動くわよ」
「はーい」
残念そうにしているライム。……こんなことなら、もう少しカイルから貰っておけば良かったわ。
「おう、持ってきたぜ!」
店主が持ちやすそうな皿へ、綺麗に切った魚の身を盛り付けてきた。私はそれを受け取り、箸を持ってライムへ。
「ほら、あーん」
「なにー?」
「口開けるの、ほら」
「あー、んっ! おいしいー!」
「お、口に合ったか! それなら良かったぜ!」
眼を輝かせるライムに、店主も気を良くしている。私もこれ、クセになりそう……。あの時は、なんか難しい顔してるカイルの口に放り込んだだけだもの。本人も分かってなかったみたいだし、完全にノーカンよね。
今は、私の方を見て楽しそうに……いや、ライムなんだけどっ! 私があげる刺身を口を開けて待ってるのは、なんだかゾクゾクする。
あっという間にペロリと平らげたライムは、幸せそうにしていた。私もそれを見て、嬉しい気持ちになった。
なんか、本当にカイルとデートしてる感覚になるわねこれ……良いわ……。
その後私達は移動して、前回昼を食べた所で甘味を食べていた。
ライムは対面に座っており、ニコニコとしている。良いわぁ……。
お待たせしましたと店員が持ってきたのは、細長い器に入ったデザート。
私がとりあえず食べよう、そう思ってスプーンを手に取ろうとした時、何故かライムにスプーンを取られた。
「ちょっとライム? これは私のよ、アンタさっき食べたじゃない。返して」
私が言ってることはお構い無しに、ライムはスプーンでクリームを掬う。っとに! この食いしん坊が! 若干苛ついた私にーークリームを掬ったスプーンが向けられていた。
「……え」
「さっきのおかえし! リリ、あーん!」
途端に耳まで熱くなった。ね、狙ってやってんじゃないでしょうねコイツ! そう思いながらも、口元まで来たスプーンにゆっくりと口を開ける。
「あ、あーん……」
「おいしい?」
「お、美味しいわ。も、もう良いでしょ。スプーンか、返しなさい!」
スプーンを半ば強引に取り上げ、顔の火照りを冷まそうと急いで食べていく。
ライムは、おおぐいだー! とそれを見て笑ってた。誰のせいよ、ったく。残り僅かになってきたところで、口も顔も少し冷えてきた。私は一度スプーンを置き、飲み物を口へ運ぶ。一呼吸おいて、改めてカイルに扮したライムを見た。
「……やっぱ、惚れた女の弱みってやつなのかしら」
「なにー?」
「ん、なんでもない」
ーー案外、髪サラサラなのよねコイツ。黒髪の黒眼、今は薄緑のソレは、全体的に見ると整った顔立ちに思う。服装は、本人が機能重視にしていそうだから格好良いことはない、はずなんだけど。それすら、私は格好良いと思ってしまっている。冒険者として、金も安定して稼げるようになった今は、放っておくと言い寄ってくる女共が多いったらないわ。私とアメルでどれ程牽制してるか。本人は気付いてないでしょうけど。
はぁ、と溜息を吐く。ま。私がその辺の女に負けるわけないし? 今はソレで良いことにしといてやるわ。
「リリー」
「ん、なによ?」
ふと、ライムに意識を戻すと、こちらへ手を伸ばしていた。冷えた顔がまた熱くなるのを感じる。
「あまいのついてるよー」
私の、口元近くにあったクリームを指ですくわれて、ライムはそれを舌を出して舐めた。ね、狙ってやってんじゃないでしょうね!?
「おいしー!」
嬉しそうに言うライムに、怒る気にもなれなかった。
「身が持たないわ……」
私は残りをサッと食べ、そそくさと外へ出た。
一度宿に集合してからだったわよね、昼を食べてから行くのかしら。そんな事を思いながら宿へと歩いていた時、遠くの方からひったくりだー! という声がした。
「盗み? 昼間からよくやるわね」
「リリー、どうかしたの?」
「なんでもないわ、さっさと戻りましょ」
そう告げた私は、視界に二人の男を捉えた。
一人は、ジャラジャラと袋を鳴らし笑いながら走っている。もう一人は待てー! と言いながら袋を持った男を追いかけている。だけど、その距離は開いていく一方だ。
袋を持った男は私達の前ーーーーをあっさりと通り過ぎていった。なんだか警戒していた様だけど、私の知ったこっちゃないわ。ライムも不思議そうに交互に二人を見ている。
もう一人は、私達の前で息を切らし膝に手をついていた。
「ア、アンタ達は! ……巫女様のとこの!? お、お願いだ、アイツを捕まえてくれ! このままじゃ一文無しになってしまう!」
勿論報酬は払う、この通りだ! と顔の前で手を合わせてきた。リリー、どうするー? と聞いてくるのはライム。別にどうでもいいのよね。
断るのは簡単だし、捕まえるのはもっと簡単。ライムでも、勿論私でもね。それこそ男だったし。どちらを選んだ方が得か。私は少し考えて、一つの結論を出した。
ーー良いことをすれば、カイルが褒めてくれるかも。だとしたら、やらない理由がない。することは単純明快。
「行きなさいライム! あのジャラジャラしてた奴を捕まえるのよ!」
「おにごっこ?」
「そう、アンタが鬼よ!」
おにー! と言った次の瞬間、ライムは私達の眼の前から、消えた。息を切らしていた男も、いきなりの事に唖然とする。
「さ、そこの。行くわよ」
「ど、どこへ行くんです?」
「そんなの、あの袋を持った男のところよ」
私達は、のんびりと見えなくなったライムを追う。付いてきた男は終始オドオドしていたが、迷路の様な入り組んだ住宅街。その入口で、倒れた男と楽しそうに馬乗りになっているライムを見つけ、安堵の表情へ変わった。
「あ、リリー! つかまえたよー! つぎのおには、コイツ?」
「鬼ごっこは終わり。ね? そこの」
えー、とライムは言っているが、男は私を見ると酷く怯えた。こんな可愛い女の子を見て、何怯えてんの? 意味わかんない。
その後、被害にあった男へ引き渡す。
「礼は別にいいわ。それより、悪者を私達が捕まえたこと、大々的に周りへ言いなさい」
そう言って、別れた。男は見えなくなるまで、私達に感謝を告げていた。
気分良いわぁ。どうこれ、完璧じゃない? 時刻も丁度昼前だし、言うことないわね。
「たのしかったねー!」
「そうね、悪くなかったわ。さ、戻るわよ」
「うん!」
私達は宿へ向けて、来た道を戻った。二人で動く時は、また擬態させよう。そう思いながら。




