水の祭典
翌日。宿から出た俺達は、本来のジュエレールを目の当たりにした。
住民が皆、楽しそうに騒いでいた。祭典開始は昼前のはず。今はまだ陽の光が暖かくなってきた頃合いで、開催まで時間は随分とある。住民達は、水の祭典の開催を待ち切れないと言った様子で、どこか浮ついている様にも見える。
「ジュエレールの人って、こんなに居たんだな」
「静かなのより余程いいわよ。ほら、行きましょ。アメルが失敗したら盛大に笑ってやるんだから」
おま、そんな事したらどれだけ非難がくるか分かったもんじゃないぞ。その時は、リリを命懸けで止めようと誓った。
アメルは、朝も食べずに宿を出ようとしていた。流石に食べないのはマズいと思って、調理の人に飯を握ってもらい、それを渡した。
緊張も楽しさもある。そんな感じの表情をしていたな。俺達は活気溢れる中央を抜けて、早めに開催場所へと向かった。
海の飯屋近くまで来た俺達。それ以上前に進めないほど、既に住民達が押し寄せている。俺、時間間違えてないよな?
アメルが踊るであろう開催場所は、高台になっていてここからでも見えないことはない。
「ねぇ、コイツらどかす?」
リリが、そんな事を言ってきたから慌てて止めた。
「皆楽しみにしてるんだろうし止めとこうよ。ここからでも見えそうだしね」
「そうは言っても、こう、わちゃわちゃしてると……あぁもう!」
リリは、周囲の人へ少し離れなさい! と言っていた。
次第に、俺達の周りだけ不自然に空間が広がっていく。
「リリ、お前なぁ……」
「なによ。あ、ほら! あれアメルじゃない?」
あれあれ! と指差すリリ。はぐらかしたな? まぁ、迷惑という程の行為じゃないから、今回は多目にみてもらおう。
皆はこちらに眼もくれず、高台へ来た人物に向けて歓声を送っていた。高台で準備を始めたのは、領主のルーベルさん。水の精霊ネレイスさん。アメルも見つけた……側にもう一体、ネレイスさんとは別に水の精霊がいる? 見た感じ、アメルと行動を共にしてるみたいだ。
定刻まではまだ時間がある。ルーベルさんは歓声に笑顔で手を挙げて応えていた。その間も着実に準備が進められていく。
昼前。おおよそ定刻近くになった開催場所は、俺達のいる場所以外、移動するのも困難な程に住民が集まっていた。住民の視線は全て高台へ向けられている。
領主のルーベルさんが、住民達へ向けて真剣な表情で手を挙げた。それまで住民達は思い思いに話していたが、統率が取れた兵士の如く一瞬で静まり返る。
「皆! 長い間待たせてしまってすまなかった! 開催が出来なかったのは、全て私のせいだ。不注意による足の怪我に他ならない!」
本当にすまない! と力強く頭を下げるルーベルさん。顔を上げて、だが! と話を続けていく。
「満足に踊れず、領主として本当に悔しい日々を送った……だが! 私の足を、これ以上回復出来る見込みが無いと告げられたこの足を! 治してくれた恩人がいる! 紹介しよう……次代の巫女候補、アメルだ!!」
静まり返ったその場が、嘘だったように歓声に包まれる。
歓声を一斉に浴びたアメルは、顔を赤くしながらも、お辞儀を返していた。
「では! 挨拶はこの位にして、本題へいこう! ーーーー水の祭典、開催を今ここに宣言する!!」
ルーベルさんの宣言と同時に、音楽が鳴り響く。その音楽に合わせて、ルーベルさんが踊り始めた。
ルーベルさん、そしてアメルも、透き通った水色のドレスを身に纏っている。肌の露出が多い気がするが、華やかに舞う姿は、どこか神秘的だった。
アメルも、ルーベルさんの後ろで併せて踊っていく。
ルーベルさんが踊りの中で、ネレイスさんに合図を送った。
合図を受けたネレイスさんは、何か言葉を発した様で、眩い光が発せられた。住民達もおぉ! と声をあげる。
収まった光から現れた……これは、ルーベルさんとネレイスさんが、融合した?
従魔融合から連想して、そんな感想が出た。ルーベルさんの周囲には水が漂っており、ルーベルさんを追従している様だった。
肌もどことなく、透き通っている気がする。まるで、水の精霊。そのものになったみたいだ。
ルーベルさんは、その漂っている水を自身の一部の様に扱っていた。ルーベルさんが手をかざすと、漂う水はそれに合わせて時には鋭角に、時には弧を描く様に動いていた。
その様子を見た周囲の住民達も、巫女様ー! と歓声を上げている。
ルーベルさんが、今度はアメルへ合図を送る。アメルは頷き、近くにいた水の精霊へと声を掛けたようだ。
水の精霊が手をゆっくりと上へと掲げる。するとーー海が形をゆっくりと変えていく。
俺達、そして住民達も驚く中、海上でアーチ状の輪が何重にも出て来たと思ったら、音楽に合わせて魚の形をした水が、生き生きとした様子でその輪をくぐっていく。
住民達の歓声は、開催の踊りが終わってもしばらく止むことはなかった。




