ジュエレールの現状
翌朝、宿の食堂で朝食を取る俺達。色々な料理が並ぶ中で、今日の予定を話し合う。
「アメルは今日も踊りの練習?」
「はい。実際の所で、少し踊ってみるとの事でした」
「そうなんだね。それって場所はどこになるの?」
「私達が昨日、お昼を食べた近くの海岸でやるみたいです」
あの辺りか。砂浜もあったし、そこに場所を設けてって感じだな。
「あ、あの。二人は今日の予定って……?」
「ふふん。どうしようかしら、ねぇ?」
俺の方を向きながら、アメルの言葉にリリが煽るように反応する。なんで挑発してるんだ。アメルは、こちらを睨むように見つめていた。あ、圧がすごいって……。
「た、頼まれたものも終わったし、今日は特に無いよ。少し商店を覗いたり、海を見たりする位かな」
「そ、そうですか……今日こそ昨日のと含めて、お話聞かせてもらいますから!」
「ん? 昨日はリリと話してないの?」
「それが、部屋に入ってきたと思ったら、そのままベッドに倒れ込んで寝ちゃったのよ。話をする暇もないわ」
そ、そんなにキツかったの?
「アメル……大丈夫? 今日はライム付けようか?」
「い、いえ。その辺は大丈夫だと思います。皆さんいい人ですし。じゃあ、私は先に出ますね。ルーベルさんが朝から心待ちにしているよ、と帰り際に言われたので……待たせてしまうのは、なんだか申し訳ないですし」
「あぁ、気を付けてね」
アメルは笑顔で行ってきます! と言い小走りに宿を出ていった。
「……ちょっとは元気になったみたいね」
「心配、してくれてたんだな」
「うるさいわね。ここの料理タダなんでしょ、私デザート食べたいんだけど?」
「はいはい」
俺は苦笑しつつ、料理の人に声を掛けてデザートをお願いする。
こちらが声を掛けたり、顔を見せると過剰に反応されるので少し対応に困っていた。手紙を渡す前はこんな感じじゃなかったのに……どんな内容だったのか気になって仕方ない。
ライムの食事も、無理しない程度でお願いしてみたがこの量……大分頑張ってくれてる気しかしない。ライムも嬉しそうに食べている。
今も声を掛けた従業員は、ただいま! と慌てて料理場へ引っ込んでいった。ここまでくると、なんだか申し訳ないな……。
でも、これだけある料理の中で、海の食材を使ったものは、やはり無かった。
いつの間にか、持ってきてくれたデザートを頬張るリリを見ながら、今日どう動くかの方針を考えていく。
「セバンタートとあんまり変わらないわね」
「だから比較をするなっての」
商店に来た俺達は、何か良いものがあれば買おうという話になり、店を練り歩いて物色していた。
が、リリの言う通りといってはなんだけど、品揃えはセバンタートと遜色ない。
釣具、という魚を捕らえる専門の道具屋があったのが、珍しい位か。
「この感じなら、アルクの所で商品一つ一つ見せてもらった方が良いかもしれないな」
「えっ!? 私あそこには行かないわよ! 迷うし、アイツ苦手だし!」
リリが露骨に嫌がる。そんな嫌がらなくても……。
ー昨日、再開した時にアルクから、君が飛んで先導したら良いんじゃない? と苦笑され、リリは口を開けていた。俺もその時思った。そうだリリ、飛べるじゃん。
その後、折角また来てくれたんだ。これあげるよ。そう言って渡してくれたのが、一枚の羽。導きの羽という道具らしい。
これを持って外に出たら、中央へ向けて羽が勝手に向きを変えていく。それに沿って歩いていくと……マジで中央に出た。なにこれ、不思議。
これ、昏睡の麻袋もそうだけど、使い方次第では相当な道具のはずだ。こんなレベルの品を創れる【錬金術士】という職業。
ガサガサ漁りながら見つけていたから、他にどんな凄いのが転がってるか分かったものじゃない。
まぁ、リリが嫌がってるから無理には行けないな。単独の時にでもお邪魔しようか。
俺達は、昨日行った海の店近くまで向かう。
「お? 次代の巫女様と一緒にいた兄ちゃんじゃねぇか!」
そう言って明るく声を掛けてきてくれたのは、アルクの店まで案内してくれたお兄さんだった。
「どうもです。昨日は助かりました、ありがとうございます」
「良いってことよ。あそこは、初めて来た人にとっちゃ迷路が過ぎるしな。それより聞いたぜ? 水の祭典、兄ちゃん達のおかげで開催できるらしいじゃねぇか!」
例年は前日には中止の宣告があるんだが、今年はねぇんだ! ありがとな! と手を上げてくれる。どうやら、ルーベルさんの足をアメルが治したんじゃないか。そう言った噂が、ゆっくりと広まっている様だ。そう言われると気分が良いな。
「すいません、それで今日はお願いがあって」
「おう、どうしたよ?」
「海をちょっと見てみたいなと思ってて。どなたか船、でしたっけ? それに、乗せてくれる方を知りませんか?」
「あぁ、実際に沖まで行ってみたい感じか。でも今は駄目だ。最近じゃ珍しい位、天気はいいが海が荒れててな。もうちょっと落ち着く、そうだな……夕方位になるかもな。その頃来てくれるか」
そしたら連れてってやるよ! とお兄さんは気前よく言ってくれた。
見ると、遠くの海がほんのり白く見える。白波が立ってると。領地の人が言う事はちゃんと聞かないとな。
じゃあその頃に、とお願いして、俺達はジュエレールの行っていない場所を観光した。
夕方。日が落ち始めた頃。俺達は船という、セバンタートでは殆どお目にかかれない乗り物に乗って、沖へと出ていた。大きな船で、手漕ぎではなく何かの動力で動いているようだ、駆動音がする。
「ゆ、揺れるわね……」
「そ、そうだな……」
「慣れてないとちょっとしんどいかもな! それでも、昼より断然マシだ」
俺達は、なんとか体勢を保つことで精一杯だけど、お兄さんは笑いながら、平気な顔で操縦を続けている。う、海の漢だ……。
この辺りでいいか、と船が停止する。駆動音が聞こえているから、一時停止をしているみたいだ。揺れも大分収まった。
「この辺は魚がよく穫れた場所だったんだ。今の所さっぱりだけどな。祭典後の豊漁に向けて、忘れないようにちょくちょく来てる」
ここまで長かったぜぇ……とお兄さんは語る。水の祭典、皆期待してるみたいだ。
透き通る海。覗き込むと、どの位深いか見当もつかないが、底まで見えているはずなのに、魚の姿は見当たらない。
「海も夕日も、綺麗ね」
んー! と背伸びをしながら、リリが上機嫌に告げる。
「そうだね。でも私の方がって言うかと思ったよ」
俺が笑うと、アンタも言うようになったわね? とリリは笑いながら言った。
「綺麗なものは、綺麗。ーー認めた上で、私の方が優位に立てばいいだけよ」
それに、私は綺麗だけじゃなくて可愛いのよ。そう言って、船上を歩く。
確かに、魅了を使っていなくても歩く姿は綺麗だし、顔も可愛いと思う。本人には言えないけど、喋ると……なぁ。
お兄さんもリリに見惚れているみたいだ。夕日に照らされたリリは、どこか神秘的な美しさだった。
優雅に歩いていたリリは、次の瞬間ーーーーウッ、と急に姿勢が崩れ、顔が青褪めていく。
見惚れていたお兄さんも、思わず吹き出していた。
「はっはっはっ! 酔ったか姉ちゃん! じゃあ暗くなってきたし、そろそろ戻るか?」
そう言ってジュエレールへと向けて、舵を切った船。
陸へ戻り切る頃にはすっかり日も暮れ、ついでに俺も酔っていた。




