水の間.2
ちょっと長いです。
「う、わぁ……!」
思わず変な声が出ちゃった。扉へ入ったその先は、全方向、水だった。でも、しっかり足を付けて歩けている。私達が進んでいる所だけ、空間が開いているようで呼吸に問題はない。
「私達は見慣れてしまっていますが、アメル様達からすれば不思議なのでしょうね」
「とっても、綺麗です」
ありがとうございます、とネレイスさんは言ってくれた。そのまま直進していくと、先程と同じく扉があった。その先は見えない。水の中に扉があるのも面白いなと思ってしまった。
ふと、ネレイスさんが私の方へ片膝をつき、頭を下げる。いきなりの行動に、私は訳が分からず慌ててしまった。
「ネ、ネレイスさん!? ど、どうかされました? ぐ、具合でも?」
「ここであれば、会話は私とアメル様しか聞き取れません。先程は、フィデル殿があの様に泣き崩れていましたが……私も同じ心持ちなのです、アメル様」
「は、はい」
「ルーベル様を治して下さり、真にありがとうございます! ……私程度では力になることも出来ず、歯がゆい思いをしておりました」
話を聞いていると、自分ではない他の精霊なら、あの傷は早期に治せていたとのこと。精霊によって得手不得手があることを教えてもらった。
「顔を上げて下さい……さっきもですけど、私に出来ることならしたいなって思っていますし」
「……本当に、ありがとうございます」
すみません私事を、とネレイスさんは立ち上がった。
ルーベルさん、ここまで慕われているんだ……なんだか、良いな。私も、出会った精霊さんと、こういう関係になれたら嬉しいな。
ネレイスさんが少しお待ちをと言い、扉の前へ向かい中へいるであろう精霊達に声を掛ける。
「皆、次代の巫女が接見へと来られた! 今より入る故、不敬をしない様に!」
その後扉を開き、さぁアメル様どうぞ、と私を招いてくれた。……き、緊張してきた。
「「お待ちしておりました、巫女様!!」」
そう言って出迎えてくれたのは、何人いるんだろう? 全部、水の精霊、なんだ。彼女達は、私に向かって深々と頭を下げてくれた。
「え、あ、あの」
「アメル様。貴女は堂々としてくれていれば良いのです。さて、皆。次代の巫女、名をアメル様という。アメル様へ挨拶を。その場で簡単な自己紹介もだ。くれぐれも不敬をしない様に!」
アメル様どうぞここへ、とネレイスさんが今創ってくれた? 水の椅子を用意してくれた。座るのに、少し勇気が必要だったけど。勢いで座ってみたら、服が濡れる事はなく柔らかいし、ひんやりして気持ち良かった。ライムちゃんみたいだ。
「アメル様。レゲイア、と申します。お見知りおきを」
そこへ、片膝をついて挨拶をしてくれた方がいた。レゲイアさん。ネレイスさんの時も思ったけど、皆綺麗だなぁと思う。
「あ、アメルと言います。ご丁寧にありがとうございます」
「……アメル様は、水の巫女にふさわしい容姿と性格をされていますね。次代は安泰です」
「……レゲイア」
ニッコリと笑顔を見せてくれたレゲイアさん。ほ、褒めてくれたんだよね? 私は、ありがとうございますとお辞儀した。ネレイスさんは何か言いかけていたけど、それ以上は言わず、次の者とだけ告げた。
そこから数十人、十を超えた辺りから数えるのを止めた私は、終わりまで、お辞儀をするだけの人と化していた。
「ーーアメル様、貴重なお時間をありがとうございました。以後、お見知りおき下さい」
「は、はい。ありがとうございます」
「アメル様、お疲れ様でした。今の者で最後となります」
お、終わった? 良かった、ようやく一息つけそう。そう思った矢先、ネレイスさんから更に進言があった。
「それではアメル様。お疲れと思いますが、この者達の中から護り手を選んで欲しいのです」
「え、い、今すぐですか?」
「休む時間、もとい考える時間が欲しいのは当然の事です。ただ、滅多なことでは水の間に人間が入ることは……たとえ、現領主であるルーベル様でも許されていないのです。決め難いとは思いますが、この空間より出る前にご決断を」
ネレイスさんから念を押されてしまった。数十といる水の精霊達から、私がその一人を選ぶの? 選ばれなかった精霊達はどうなるの? そんなの、とても怖くて聞けなかった。
精霊達は、アメル様、是非とも私を! いいえ、私に! 御慈悲を! なんて声が上がっていた。この雰囲気では、益々決めにくくなってしまっている。
ふと、精霊達の中で、一瞬だけ眼が合ったけど、すぐに俯かれてしまった方が居た。確か、彼女はーーーー
「ア、アプサラスと申します! アメル様、本日はお日柄も良く……い、いえ! なんでもありません、ありがとうございました! では!」
そう言って、私が何か言う前にそそくさと去っていった方だった。周りの精霊達は、クスクスと笑ってたみたいだったけど……そう。アプサラスさんだ。
なんだろう、あの方には失礼かもしれないけど、どこか親近感が湧いた。……そうか。カイルさんと出会う前の私に、そっくりな気がするんだ。
他の方も色々と言ってくれていたけど……正直、あまり覚えていない。
「ネレイスさん」
「む? 私ですね。なんでしょう、アメル様」
「本当に、私が決めてしまっても、良いんですか?」
「良いも何も。これは、アメル様へ仕える私達の儀に他なりません。主張はすれど、それ以上の事は。皆も、アメル様との接見は終わっていますし、後はアメル様次第です」
ネレイスさんは、そう言って頷いてくれた。私は一度深呼吸をして告げた。
「決めました」
そう言うと、精霊達が一斉にざわつきをみせる。
「皆静まれ! 次代の巫女であるアメル様の言葉を遮るな! ……アメル様、失礼しました。それで、どの者にしたのでしょうか?」
私は、彼女がいる方向へ手を差し伸べて言った。
「あの方が、良いです」
「……アプサラス、ですか? アメル様」
「はい」
選べる立場、なんておこがましいことは言えないけど。私は、彼女が良いと思った。どことなく、かつての私と似ている気がする、彼女が。
「お待ち下さい、アメル様!」
そう言ってきたのは、ええと、レゲイアさんだったかな? 最初に挨拶をしてくれた方だった。
「他の者ならまだしも、何故! よりにもよってアプサラスなのですか!?」
そう言われてもなぁ。自分と似てる気がするってどう説明したら良いのかな……そう思っていると、ネレイスさんが割って入ってくれた。
「レゲイア、アメル様を困らせるな」
「テティス! アンタ何か吹き込んだでしょ! そうでもなきゃ、あの娘がーー」
「不敬をするなと言っている! アメル様が見ているのだぞ!」
その言葉にレゲイアさんはビクッとし、ネレイスさんを睨みつけながらも口を結んだ。
「レゲイア。お前は私なんぞより、余程格上と思っている。だが、性格の一点、そこにおいては……私に分があったのかもしれないな」
そう言いながら、扉を開けるネレイスさん。二人の間で何かあったのかな?
「アプサラス、お前も何を呆けている。アメル様からの指名だ、早く来ないか!」
「え、あ、はい……はいっ!」
ここまでの様子を、人形の様に動かないまま眺めていたアプサラスさん。眼が覚めた様に、慌ててこちらへ駆けてくる。
「では、接見の儀を終了とする! 皆、ご苦労だった!」
そう言ってネレイスさんは、水の間へ続く扉を閉めた。
ジュエレールと水の間を繋ぐ中間地点。そこには私達だけ。
「アメル様、お疲れ様でした。短い中で決断を迫ってしまい、申し訳ありません」
「それは、大丈夫です」
正直気疲れはした気がするけど……そういう儀式と聞いたからには、そうも言ってられなかった。
「アプサラス。お前も改めて、アメル様へ挨拶と礼をしないか」
「はい。ア、アメル様……」
アプサラスさんは、何故か困った表情で私を見つめてきた。
「? なんですか?」
「指名して下さり、本当にありがとうございます……で、ですが数十といる姉様達の中から何故、私だったのですか? 私なんかより、例えば、レゲイア姉様とか、優れた方は居たはずですし……」
うーん……説明に困っちゃうな、どうしよう?
「えぇと、アプサラスさんを含めて、皆さん私が選んで良いのかって思っちゃう位、素晴らしい方達ばかりでした。何故選んだかって、言葉で説明するのは難しいんですけど……強いて言うなら直感、だと思います」
これで、なんとなくでも伝わるといいな。私がそう言うとーー何故か二人共、驚いていた。ち、直感で決めちゃうって、駄目だったのかな? でも、私が決めていいって言ってくれたから、だ、大丈夫なはず!
「直感……そうか、直感ですか! な? アプサラス」
「はい……! テティス姉様の言った通りでした……!」
な、なんか置いてきぼりにされてる気がする。
「あれ、そういえばテティスさん、というのはどなたですか? レゲイアさんも言われていましたが」
あぁ、とネレイスさんが説明してくれた。表情が少し曇った気がした。
「実のところ、ネレイスというのは、我々水の精霊の名称なのです。私の真名はテティスと言います」
「そうだったんですね。じゃあ、ルーベルさんには伝えたんじゃ?」
「……実は、あの方には伝え損ねてしまって。そこから何年もズルズルと。もう、ネレイスとして住民には定着しているので、そのままで良いかと思っております」
テティスさんは、苦笑しながらそう言った。
「では、戻りましょう。時間軸が変わることはありませんが、一時間以上は経ったはずですし、ルーベル様も結果を心待ちにしていると思います」
「分かりました」
少しだけ、モヤッとした気持ちを抱いたまま、開けられた扉を進む。
「ーーフィデル! だから何度も言っているだろう? 人に迷惑を掛けるなと。目的に一途なのは買うがそれでも……っと、アメルさん。それにネレイス、おかえり。儀は滞りなく終わったようだね」
そこには、ニッコリとこちらを向いて笑顔を見せるルーベルさんと、平伏しているフィデルさんがいた。
「ふむ、アプサラスと言うんだね。これは言っておかないとだが、アメルさんはあくまで仮。仮の巫女候補となる。それを忘れてはいけないよ?」
「は、はい」
「ではアメルさん」
「はい」
「改めて接見の儀、お疲れ様。早速、建物内にある広場で練習をしよう!」
「え……えぇ!? す、少しだけ休憩をさせてもらっても、いいですか?」
「休憩は、そうだな……踊りの合間にしよう。正直、足が治ったから、早く身体を動かしたい自分がいるんだ」
貴女が治してくれたんだからね? と不敵な笑みを向けられて、私はそのまま広場へと連れて行かれてしまった。
ルーベルさんは、本当に怪我をしてたのかと思う程楽しそうに踊っており、まだまだいこう! そう言って、夕暮れ時まで私を休ませてくれることは、なかった。




