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領主との謁見.3

「えっ!? わ、私がですか? そ、そんな事急に言われても……」


「あぁ、良い方が悪かったね。正確には、踊ってくれると有り難いだ」


 無理にとは言わないよ、とルーベルさんは笑顔で訂正する。俺は、気になった事を聞いてみることにした。


「ギルドの人からなんですけど、ルーベルさんの不調で何年か水の祭典が開催されてないことは聞きました。……失礼になったらごめんなさい、お元気そうに見えますが」


 ルーベルさんは、あぁと今まで上半身だけを起こしていたが、ベッドから足を降ろしこちらに見せてくれた。


 大きな傷跡があり、随分前のものだろうけど痛々しく見える。


「私自身は元気そのものだよ。不快なものを見せてすまない。私の不注意でこうなってしまったんだが、満足に踊ることが出来なくなってしまった。半端な踊りを住民、ひいては海の神へ見せるわけにはいかないからね」


「いえ……ありがとうございます」


「それでアメルさん。どうだろう? 振り付けは簡単なものだし、サポートはネレイス達がしてくれるから心配は要らない」


 そう言って、ルーベルさんは先程から気になっていた、人の形を成している所へ視線を向けた。


「初めましてアメル様、そしてそのパーティーの皆様。水の精霊……ネレイス、と申します。お見知りおきを」


 ーーやっぱり精霊だったか。いや、俺も見るのは初めてなんだけど。そもそも、お目にかかること自体が稀。その中でも格が高い精霊は、人型へと姿を変えることが出来るらしい。文献に書いてあったからな。アメルも驚いている。


「わ、私に協力出来る事ならしたいとは思います。で、ですけど、私に出来るでしょうか?」


 その言葉を聞いたネレイスさんは、微笑みを見せてくれた。


「アメル様。我々も全力で支援しますので……どうか、安心して欲しいです」


 ネレイスさんの言葉で、アメルは決心したようだ。そして、口を開きかけた時、違う所から声が上がった。


「--その前に、アメルさんにお願いがあります」


 声の主は、フィデルさんだった。ルーベルさんは不意の発言に怪訝な表情を浮かべる。


「フィデル?」


「な、なんでしょう?」


「私が貴女を呼んだのは他でもない。貴女のスキルで、ルーベル様のお怪我を治して頂きたいのです」


「なっ……フィデル! 戯言を抜かすな! 足の件はもう終わっている。アメルさんに今、ただでさえ無茶なお願いをしているんだぞ!?」


「住民が言っていたのです! 次代の巫女は癒しの力を持っていると! 怪我をした子供を瞬く間に治したと! 彼女なら、ルーベル様のお怪我もーー」


「黙れっ!!」


「……は、も、申し訳ありません。ですが、試すだけでも……!」


「黙れ、と言っている……いや、すまない。身内のゴタゴタをお見せして」


 ルーベルさんは苦笑しその後、自虐するように怪我の話をしてくれた。


「この傷はなんてことはない、公務で外出をしていた時にやられたものでね。薬を使ったり、回復が出来る者に診せたりした結果が、これだ。その当時は歩くこともままならなかったから、文句も言えないけれどね。歩くのにそう支障はないが、踊るとなると中々ね」


 ルーベルさんは笑顔で話しているが、ネレイスさんの表情が曇った様に見えた。


「と、いうことは……外傷の類ですか? 状態異常等でも、先天的なものでもなく?」


「うん。見えないかもしれないが、数年前は巫女として開催時の踊りを務めていたんだよ? 住民にも好評だったんだ」


 アメルがこちらを向く。俺は頷いた。アメルも頷き失礼します、と告げてルーベルさんの側へ。アメルの急な行動に、ルーベルさんは戸惑いをみせる。


「ア、アメルさん?」


「癒しの羽衣」


 本日二回目の使用。何回使えるとか、制限があるんだろうか。そういえば聞いてなかったな、と俺はぼんやり違うことを考えていた。


 だって以前にアメルが言っていた。外傷なら問題はない、と。じゃあ今回も間違いはないはずだ。


 透き通った水色の羽織りは、ゆっくりとルーベルさんに膝掛けの様に被さる。ルーベルさん達は眼を見開いていた。


 眩い光を発し、羽織りが消える。ルーベルさんが我へ返った様で、口を開いた。


「アメルさん、今のは……?」


「私のスキルです。ルーベルさんが言って下さった通りなら、大丈夫だと思うんですけど……足の方、いかがですか?」


 ルーベルさんは、傷跡があったであろう箇所を見て驚き、手で触って更に驚く。


「ま、まさか……!? こんな事が!?」


「ル、ルーベル様!?」


 フィデルさんが慌てて声を掛ける。ルーベルさんは手で制止した後、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「ま、待てフィデル。わ、私も驚いているんだ。見ろ」


「お、おぉ! あれほどの傷跡が、跡形もなく消えている……!」


「今まで、足を動かす度感じていた慢性的な痛みも、消えている。にわかには信じ難いが……治った様だ」


 それを聞いたフィデルさんは、その場に泣き崩れた。そのままアメルへ向かって、終わらない感謝と謝罪が始まる。


「アメルさん! いや、アメル様! 半信半疑でしたが、住民達の言う通りでした! 本当に、本っ当にありがとうございます!! 今まで散々な無礼を、貴女様とそのパーティーへ働いてしまい、なんとお詫びをすればいいか……ありがとうごめんなさい本当に嬉しく申し訳なく思っていてーー」


「い、いえ。気にしないでください。あ、あの?」


「……この者は、一度こうなるとしばらくこのままだから、放っておいてくれていい。アメルさん」


「は、はい」


「改めて、ありがとう。ジュエレール領主として、また一人の人間として。貴女に感謝、そして敬意を。返しきれない恩を受けてしまったな」


「いえ、私に出来る事はしたいなって思っていますし、お役に立てたなら幸いです」


 アメルがそう言うと、ルーベルさんは不敵な笑みを見せて、こう言った。


「アメルさん。私は貴女が気に入った。次代の巫女になってくれ、とまでは言えないが……今年の祭典は、嫌でも一緒に踊って頂くよ?」


 そう言われたアメルは、苦笑しながらもしっかりと承諾の頷きを見せた。



 その後、こちらの予定と擦り合わせていく。宿泊先はルーベルさんの好意で、ジュエレールの中でもかなり良い所に。滞在中は無料という破格なものだった。


 アメルは祭典に向けて、ここでルーベルさん達と練習し、夜に宿で合流する形となった。


「こんなに良くしてもらっていいんですか?」


「何を言う。私の方が、今はこの程度しか出来ず申し訳ない位だよ。水の祭典が終わった暁には、不況も回復を見せるはず。そうしたら、改めてお礼をさせて頂くよ」


 ルーベルさんはそう言って、一つ手紙をしたためてくれた。


「これを行き先の宿泊所へ渡してくれ。融通が利くようになる」


「分かりました、ありがとうございます」


「では、アメルさんをお借りするよ。貴方達はまだ来たばかりだろうから、今のジュエレールを少しでも観光、堪能して欲しい」


「はい。アメルも無理しすぎない様にね」


「ありがとうございます、頑張ります」


「いいのよ? ずっと貸したげる。さ、行きましょ。カイル」


 そう言って、リリが俺に腕を絡めて引っ張っていく。


 後ろからは、夜には必ず戻ります! お話、聞かせてもらいますから! といつもより大きいアメルの声がする。


 なんか怒ってる気がした、夜が怖い。

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