西の都ジュエレール.3
盛り上がりは収まらない。
皆、口を揃えて巫女様ー! と言っている。巫女ってなんだ? アメルと何か関係があるのか?
俺達が困惑していると、どうしたんですか!? と男女二人組がこちらに駆け寄ってきた。格好は住民と違う、どことなく騎士団を思わせる様な風貌ではあるが、こちらに対しそこまでかしこまる事なく接してきたくれた。
「どうしました?」
茶髪の男性がこちらへ訊いてきた。どう答えようか少考していると、男性はあぁ、と言って自己紹介をしてくれた。
「私はモーブと言います。ジュエレールギルドの職員です。こちらはキララ」
「はじめましてぇ」
紹介された女性は、ニコニコしながら一礼してくれた。金色の髪を二つに結んでいる珍しい髪型をしている。慌てて俺達も言葉を返した。
「っと、俺はカイルと言います。【従魔士】です。彼女はパーティーのアメル」
アメルがモーブさんに一礼し、モーブさんも返礼する。
「それで? どうされました?」
モーブさんに尋ねられて、こちらの状況を説明する。周囲からの視線、少年の怪我を治した経緯。そして、アメルが巫女と呼ばれている事。真剣に話を聞いていたモーブさんはなるほど、と納得した様子だった。
「お話は分かりました。ジュエレールの住民を治療して下さり感謝します。えぇと、どこから話そうかな……」
「せんぱぁい、事件からが良いんじゃないですかぁ?」
「あぁ、そうしようか。……ここ最近なんですが、首狩り事件が発生していまして、住民の士気が下がっているんです」
おいおい……物騒な名前が出てきたぞ。
「首狩り?」
「はい。あぁ、こちらには来られたばかりでしたものね」
そう言ってモーブさんは詳細を教えてくれた。
「首を胴体から真っ二つに。それはもう綺麗な断面で首を斬られている事件が……あぁ、すみません生々しい話を。対象は主に家畜。人的被害はありませんので」
それでも、とモーブさんは話を続ける。
「今まで無いだけで、保証はありません。滞在中は留意して下さい」
「はい、ありがとうございます」
「ジュエレールでの家畜は、特に価値が高いんです。それをやられてしまっては、住民の士気は益々下がる一方で。水の祭典がここ数年開催されてない事で、海も不況続きの様ですし」
「そのせいで、夫も漁師から出稼ぎに出る羽目に」
そう言うのは少年の親御さん。
「なので、ここももっと賑わっていたんですが……久々に皆が声を上げているから、何事かと思いまして」
「あ、あの。巫女というのは?」
少年の頭を撫でながら、モーブさんに伺うのはアメル。
「あぁ、こちらでは水の巫女と呼ばれています。今はジュエレールの領主が、水の巫女をされていますよ」
歴代で領主と兼任されている様です、とモーブさんが教えてくれる。ん? ということは、なんでアメルが次代の巫女なんて呼ばれているんだ?
「今は怪我をされて療養なさっているそうです。そのせいで水の祭典が行えず、海も不況になっていると。次代の巫女を探しているという話は、こちらでも聞いています」
「わ、私が巫女と呼ばれているのは何故なんでしょうか?」
「細かいことは私には。ただ、アメルさんと言いましたね。領主もアメルさんと同じく、青い髪と眼をしているそうです。そこが何か関係しているのかも」
「せんぱぁい、そろそろ」
「あぁ。では事件性は無いようなので、私達はこれで。何かありましたらギルドまで」
では、と言って二人は去っていった。周りでは、変わらず歓声が上がっている。
「と、とりあえず動こうか」
「そ、そうですね」
少年を親御さんの元へ。別れを告げ、親御さんには多大に感謝されながら、その場を後にした。
後ろからは、さよならみこさまー! と言う少年の元気な声が聞こえた。
移動をしても、状況はそんなに変わらなかった。青い地上、海がすぐ側にある場所まで移動した俺達。噂はあっという間に広まっていた様で、歓声、とまではいかないにしても、アメルに近づいてくる人達は各々声を掛けてきた。
「嬢ちゃんが次代の巫女だって? そうだな、よく見りゃ領主様にそっくりだ!」
「今年の祭典、開催するんだよな! な!?」
「え、あ、あの……」
「ちょっと男共。私達はお腹が空いてるの、どこか食べれる所に案内しなさい」
リリが睨みつけると、アメルへ声を掛けていた人達は、そいつはいかん! 次代の巫女様に不敬は出来ねぇ! そう言って、俺達を海の近くにある飯屋まで案内してくれた。
ここがこの辺じゃ一番美味いんだ! と言ってくれていたが、客は殆ど入っておらず閑散としていた。
「お、来たな! 噂通りか。この辺に今いるって話を聞いてな、そこの席へ座ってくれ!」
調理をしていた店主らしき人が、声を掛けてくれた。俺達はカウンターへ促され腰を掛ける。
「味は悪くないはずなんだが、そもそも調理に使う食材が採れなくてな。今家から持ってきて慌てて作ってんだ」
ちょっと待っててくれ! と言われ、店主は調理に集中する。俺達はその間に状況を整理した。
「今のうちに状況を纏めておこう。アメルが次代の巫女と呼ばれてて、今の領主も巫女をしている。水の巫女って名称で、アメルと一緒の青い髪と眼をしているって言ってたね」
「はい」
「水の祭典が出来ないから不況、みたいなの言ってなかった?」
ギルドの職員、モーブさんが言ってたな。俺は店主へ確認する。
「あの、すいません」
「おう! なんだい?」
「水の祭典が出来てなくて、海が不況というのを聞いて。どういう事なんですか?」
「あぁ、兄ちゃん達外から来たんだもんな。水の祭典ってのは、海の恵みを願う祈りの儀式でもあるって誰かが言っていたぜ。年に一回、海の神へ願うんだってよ。確かな効果があってな、祭典が開かれた年は大漁でそりゃあもう、捌けないくらい魚や海藻が採れたもんだ! それが開かれなくなってからはパッタリよ。まぁ、今の巫女様を悪く言う訳にはいかないしな。っと、出来たぜ。お待ち!」
ジュエレールの事情を教えてくれながらも、しっかりとした手捌きで調理をしてくれていた。領主は怪我をしているとも言ってたもんな、そのせいか。
「うわっ! ……なにコレ?」
リリが怪訝な表情をする。店主はそれを笑いながら説明してくれた。
「あぁ、姉ちゃん刺し身とか食べたことないクチか。この調味料を付けて食うと美味いんだぜ? こっちのは焼いてあるし、生が嫌ならこれ食べてみな」
「無理」
簡潔な言葉に、店主は気を悪くするでもなく豪快に笑い出した。
「ハッハッハ! 面白い姉ちゃんだ、ジュエレールにはいないタイプだな。ささ、兄ちゃん達。食ってみてくれ!」
大丈夫、家から持ってきてるし鮮度は確かだ! 店主はそう言ってくれたけど、これは……勇気がいるぞ。生で何かを食べる。野菜や果物はあっても、魚は、今までにない。焼いてあるって言ってくれたやつも、体からなんか触手生えてるし、独特な形状をしてる。串が刺さってるけどこれ、串焼きの一種なのか?
「……っ!」
先に食べたのはアメルだった。
「お! 次代の巫女様はいい食べっぷりだ! どうだ?」
「……美味しい!」
だろ? と店主がドヤ顔で告げる。俺も負けじと刺し身を一口頂く。魚特有の脂がクチの中で溶け、旨味が広がっていった。
「美味い!」
そうだろう、そうだろう! と店主は腕を組み、どこか誇らしげだった。




