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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
2章 ちょっとだけ前。
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9話 過去のセレーナ3 父娘。


 ガチャリとドアノブを鳴らす音が鳴り、店の裏口にある扉が開いた。裏口はカウンターの客席側、その最奥にある。扉が開けは、内外の気圧差によって風が吹く。こちらは引扉だったようで、扉は風に吹かれて開いたままだ。

「ただいま、父ちゃん。可愛い娘が、帰ってきたぞー。ん? なんだ? 閑古鳥が鳴きすぎて、とうとうイカれたか?」

 ダイダロの笑い声は、途切れることなく続いている。ポンポンと威勢の良い声を上げて、風などものともせずに、片手で扉を閉めて尋ねたのは、露出の多い赤髪長身褐色グラマラスな美女であった。帰宅の挨拶を済ませた彼女は、身も蓋もない事を言っていた。

「おかえり。ミリアム」

 ダイダロの娘、ミリアムであった。

「聞いてくれ。ミリアム。我等がセレーナの初めてのお客様が、そちらのアンナお嬢様だ」

「え?」

「え?」

 異口同音が重なる。アンナとミリアムのものだ。当然、ダイダロのあんまりな台詞に対してのものであるが、両者の間の認識は、天地の差よりも隔たりがあった。おかしみに涙を滲ませていたアンナの瞳は、ダイダロのあんまりな一言に、焦点を失った。


 一度見たら忘れられないような特徴を全身に詰め込んだ美女。ミリアムは、父親を見る。グフグフと笑う姿は、下品で野蛮な賊の親玉か、下劣な無頼者にしか見えない。獲物の前で舌舐めずりとは、鬼畜め。死ね。と、彼女は思った。見た目だけはそれなりに綺麗に取り繕っているのが、余計に腹立たしい。店に立っているのだから、当然の事なのだが。

 続けてミリアムは、客と呼ばれた、椅子に座らされた幼い少女を見る。目元に涙の痕を滲ませ、茫然と瞳を見張る姿は、上品で育ちの良いご令嬢か、深窓の姫君にしか見えない。その純潔を汚させるわけにはいかない。御使ね。可愛い。と、彼女は思った。恐怖に屈する事なく、毅然として背を立てている姿勢が、余計に傷ましい。姿勢良く座らされているのは、椅子の構造上、当たり前の話なのだが。

 彼女は激怒した。この邪智暴虐な男の振る舞いを、許してはおけぬと。あと、むさいおっさんが、綺麗な幼女の近くに存在し、あまつさえ、同じ空気を吸ってんじゃねぇよと。


 カツン、カツン、カツン。高いヒールの踵を鳴らして、赤髪長身褐色グラマラスな美女、ミリアムが、アンナの元へ寄ってくる。身長はサルバトーレ程ではないが、成人男性の平均を大きく超える。高いヒールを履いているので、腰の位置が高い。目算でアンナの頭は、ミリアムの股下にあった。

 アンナは驚き竦む。何せミリアムの迫力が凄い。張りのある双丘が、バルン、バルンと揺れていた。マリアのも凄いが、ミリアムのも凄い。やがて足を止めた彼女は、身を竦ませるアンナに対し目線を合わせるようにして屈み込み、一気に捲し立てる。

「アンナちゃんとか言ったね!? この変態に、なんかおかしな事とか、されてない!? 心配しなくても、直ぐにそこのスカタンを叩きのめして、お家に帰してあげるからね!」

「ふぇぇ……」

「あぁ、あぁ。こんなに怯えちまって……。大丈夫だよアンナちゃん。ほら、抱っこだよ〜。怖くないからね〜。お姉ちゃんが、すぐにソコの腐れ外道をぶちコロがしてあげるから、良い子で待ってるんだよ!」

「ふぐ、むぐ」

 アンナがミリアムに抱きすくめられると、豊満な胸に、顔が埋まる。ミリアムの力が強い。息が出来ない。当然、言葉だって喋れない。アンナには、イヤイヤとでもするように、首を左右に振るわす事しか、出来なかった。

「おう、おう。こんなに怯えちまって。まだまだお母ちゃんが恋しい年頃だもんね。安心おし! お姉ちゃんが、絶対お母ちゃんの所に帰してあげるからさ! オイ。そこへ直れ糞親父。今日こそ、テメェを野放しにしてきた事、後悔した事はないぜ。血の繋がった娘としてのせめてもの情けだ。テメェが悔い改め、このまま官憲へ出頭するなら、許してやる。もし、そうでないのなら……」

 解ってんだろうな。と、ダイダロへ向き直ったミリアムが、窒息からの気絶という危地にあるアンナを解放すると、幼女はなんとか、昏倒の可能性から逃れた。不足していた酸素を取り込む。酸欠状態で動いた為、大変息が荒かった。ひ弱で繊細な喉が声を出すには、暫くの猶予が必要だった。

「待ってくれ。ミリアム。一体何の話だ?」

「はんっ! まさか、この後に及んでしらばっくれようって言うのかい? とっくにネタが上がってるんだよ。テメェの悪行はよ! この、幼女性愛者が!」

「待て、待て。それこそ一体、何の話だ!?」

 ダイダロからは悲鳴があがる。幼女性愛者とは、大変不名誉な綽名であり、性癖であり、一種の病名でもあった。

 その症状は、年端もいかぬ少女から、罵声や虐待を受けた時に、性的快楽を得るという、身も蓋もないものだ。雑ぁ魚。と、呼ばれれば絶頂するし、頭を足で踏まれようものなら、枯れ果てる者さえいるという。

 必ずしも性的接触の必要はないのだが、中には『わからせ』という行為を好む者達もいた。彼等は幼女を訳も分からぬまま快楽堕ちさせる事を好んだし、その性的接触に、まるで忌避感を持たぬ危険人物達であった。なお、『わからせ』は明確な犯罪である。発覚すれば例外なく、極刑に処された。

 産めよ、増やせよ。地に満ちよ。これは、唯一神教の推奨する、主との約束である。それを満たさぬから、愛があろうとも、ビタロサでは十二に満たぬ子供との性的接触は違法であるし、他の国でも、そう違いがある訳でもない。

「アンタには、近頃この辺りで噂になっている、不審者の話しをしたハズだ」

「ああ。確かに聞いた。子供達に甘味を与えて、何かしら話した後、わかりましたね。と言い残して去っていくという、不審者の事だな。身形の良い、巨体の中年男性だったか。幸いにも、それ以外の危害はなかったという話だが。確か、『わかりましたねおじさん』などと、お前達は呼んでいたのだったか。……ん? どうした? ミリアム」

「その不審者ってのが、テメェの事だよ! ど阿呆! 察せよ! うすらトンカチ! ここいらに居る巨人族なんざ、アタシら以外にいねーだろーがよ! 脳味噌にまで筋肉が詰まってんのか! この、大馬鹿親父が!」

「な!? 待て、私はそんな気色の悪い行為など、断じてしていない! それに、巨体であって、巨人族とは、言っていなかったぞ!」

「はんっ! よく言うよ。アンタ、いい歳して、そこらの子供に氷菓子を振る舞って、代わりにその禿頭を、優しく撫でて貰ってたんだって? さぞ、気持ち良かったんだろうねぇ。口にすると、すっげぇ気持ち悪ぃな。コレ」

「な!? それは、ある女の子が、お礼に頭撫で撫でしてあげるね。と言うから跪いたまでだ。それからは、子供達が氷菓子のお礼にと、撫でようとするからで、私には断じて、邪な気持ちなどない!」

 どう聞いても、有罪である。違法行為でこそないが、ミリアムの言う通り、大変に気持ち悪い。しかも、声量も図体も大きな二人の怒鳴り合いである。店内は地震の如く震え続けている。蚊帳の外なアンナには、耳に手を当て音を塞ぎ、口を開けている事しか出来ない。鼓膜を破られない為だ。はしたないなどとは、とても言ってはいられなかった。

「自覚がないようだから、解るように教えてやるよ。思い出してみな。アンタは子供達と別れる時、何て言って、送り出していた?」

「氷菓子をあげるから、溶ける前にお家に帰りなさい。多めに渡しておくので、家族で仲良く分け合って食べるのですよ。わかりましたね」

 ミリアムの要求に、ダイダロは氷菓子を渡した子供達へ告げていた挨拶を口に出した。瞳孔から光が消える。噂の元は己だったのかと、悄然としながら。

「私が、『わからせおじさん』だったのだな……」

「ちょっと違って、『わかりましたねおじさん』だがな。そっちじゃ死刑だ。その前にアタシが、引導を渡してやるがな」

 出頭しよう。と、肩を落とすダイダロの背中を、ミリアムが励ますように叩く。様子を見るに、一触即発の危機に、決着がついたようだった。喧嘩にならなくて本当に良かったと安堵したアンナは、それには及びませんよ。と、宣った。この時点になってようやく、場を治める為に動き出せたのだった。

「お初にお目にかかります。ミリアム様。私、カターニアの冒険者、アンナと申します。誤解があるようなので、先に申し上げさせて頂きますと、先程ご紹介に預かったように、ここパーラー・セレーナには、客としてお訪ねしました」

 椅子から降り立ち、淑女の礼。目算通りにアンナの頭は股下にあった。ミリアムが履いているのは大胆に足を出すホットパンツである。位置関係が、非常に判りやすい。

「こりゃ、ご丁寧にどうも。アタシは、フルングニルの騎士、ダイダロ=フルングニルが娘、ミリアム・セレーナ=フルングニル。今は騎士になる為に勉強中の、ただのしがない学生さ。で、客?」

「はい」

「うちのお父ちゃんに誘拐されたとか、襲われて仕方なくでなく?」

「はい。素敵なお店の佇まいと、表のメニューに誘われて。思った通り、大変素晴らしい一時を過ごさせて頂いております」

「出迎えたのは、この父ちゃんでしょ? 怖くはなかったの?」

「いいえ。ダイダロ様は、とても紳士的で心配りの行き届いた、とても優秀な騎士様でした」

「お父ちゃん、洗脳とかしてない?」

 ダイダロが首を横に振る。併せてアンナも、首を振った。

「ミリアム様。先程は、ありがとうございます。誤解とはいえ、私の為に、怒って頂いて。貴女の正義と誇り、優しさに感謝を。そうあれかし」

「う。でも、誤解だったんだろ? 騒いじゃって申し訳ないね。ごめんね。恥ずかしい所、見せちゃったよ。まぁ、お礼は受け取っておくよ。あんがとね。そうあれかし」

「ふふふ。頂きました。でも、ミリアム様、謝罪は私にではなく——」

 そう言って、アンナはダイダロの方へと目配せする。ミリアムが恥ずかしそうに、解っているよと呟いた。

「ごめんなさい。お父ちゃん。アタシ、誤解して、お父ちゃんに非道い事言った。ごめんなさい……」

「少し考えが浅いのは困りものだが、自分の正義に従ってのことだろう。褒めこそすれ、咎めることではないな。その気概を忘れずに、冷静に相手から情報を引き出す術を身に付けてくれると、父は嬉しい」

「うう……。頑張るよ、お父ちゃん。本当に、ごめんよ」

 しおらしく謝るミリアムの姿に、ダイダロの笑い皺が深まるのをアンナは見た。良い父娘なのだろうと思う。喧嘩の心配は、もうないようだった。

「さて。父娘水入らずに水を差すようで、申し訳ありませんが、お二方には、少々お伺いしたい事が出来ました。店主様、ダージリンをホットで一杯、願いします」

「承知いたしました」

「あ。じゃぁ、アタシも着替えて来るね。お父ちゃん、モヒートお願い」

 バルン、バルンと胸を揺らし、ミリアムがカウンターより更に奥へと向かう。そちらが住居になっているのであろう。店舗内の面積は、外から見た印象よりも控え目だった。


 ダイダロが慎重な手付きで、ダージリンティをカップへ注ぐ。二本の箸を操って。箸は彼の身体のサイズに見合ったものだが、先端はアンナの指の太さまで細くなる。この巨体で、器用なものだ。立ち昇る香りは華やかで甘い。香りを一通り愉しんだアンナは、静かにカップへ唇をつける。引き締まった渋みやコクは、甘味の締めとして、申し分のない味わいだった。

「それで、アンナちゃん。アタシ達に聞きたい事って、なぁに?」

 ふんだんに使われたミントの葉とライムが特徴的な、蒸留酒のカクテル、モヒートを一息に呷ったミリアムはご機嫌だ。なにせ客である。初めての客である。しかも、可愛くて、育ちが良さそうな、小ちゃな女の子のお客さんだ。注文は一通り終わってしまったのが残念だが、お客様が帰るまで、誠心誠意接客するのだと、侍女の正装を纏った彼女は誓っていた。

「はい。先程店主様の仰っていた、私が初めての客だというのは、真実なのでしょうか?」

「本当よ。開店してから営業日にして四十日は経つけど、ご覧の通り、閑古鳥が鳴いているわ。お父ちゃんしかいない時間帯に、何組かのお客様が扉を開けてくれたらしいけど、間違えましたって言って、すぐに帰っちゃうんだって」

「成程。お店の宣伝などは、なされているのでしょうか?」

「一応はね。お店建てた時、ちょっとお金使い過ぎちゃって、伝手もないし、ささやかなモノだけだけどね」

「お店を建てた時の職人さんや、店舗の商人などは、いらっしゃらないのですか? 他に、食材を仕入れる取引先などとか」

「いないわねー。って、その手があったか……。失敗したかも……」

 嘆くように眉間を揉みしだいたミリアムから、ダイダロへと視線を向ける。

「おりませんね。ここを建てたのは、私達二人だけですので」

「はい?」

「市への建築許可から始まり、設計、施工、仕上げ、設備や調度品の搬入据付まで、二人で行いました。資材はカターニアに来るまでに用意した物と市で買い付けた物で賄えましたね。食材は、直接エンナで買い付けるか、エトナ火山で採取しております。他に必要な物は、主に市場より仕入れておりますよ」

「え」

 ぐるりと店内を見回す。立派なものだ。アンナは特に建築に造詣が深い訳ではないが、これだけの飲食店を建てるなら、多くの職人が必要な事くらいは想像出来た。数は力だ。多くの専門的な知識や技術がなければ、これ程の施設を構築する事は難しい。

「アタシ達、半歳くらい前にカターニアにやって来てね。ここだと義務教育とかあるっしょ。アタシも学園とか行かなくちゃだったから、あんま作業も進まなくてねー。結局、完成したのが、この二月前くらい。そうだよね。業者に頼めばよかったんだ」

「うむ。しかし、あの時はこの街に、なんの伝手もなかったからな。言っては何だが、市民の私を見る目には、明らかな怯えがあった。この体だしな。業者への依頼が上手くいったかは、疑問であるな」

「まー。その図体じゃねー。それにお父ちゃん、街見てすぐに、ここしかないって言って、役所に行ったし。勢いで始めたから、盲点だったわ」

 顎に手を当てるダイダロに、ケラケラと笑うミリアム。セレーナが、経済活動の破壊者二人による、工期四月弱の建築物という事は、気になるが、一旦置いておこう。問題は、二人が予想以上にカターニアの街へ溶け込めていない事だ。この街への定住を決めた経緯なども気になるが、こちらも一応は置いておく事が出来る。アンナは思考を加速させながら、情報を引き出す為に口を開いた。

「ミリアム様のお友達などは、お誘いにならないのですか?」

「あ、それ無理」

 即答だった。こうもあっさり言い切るという事は、もしや……。と、アンナの表情が曇る。

「あー。ちゃうちゃう。別にアタシがぼっちって事じゃなくてねー。時間帯が無理なの。ウチはまだ酒類の提供許可が降りてないから、もう少ししたら、店を閉めなくちゃいけないしね」

「成程。でしたら、安心しました。それでは、安息日などは?」

 安息日は七日間に一度ある、定められた休日だ。例外はあるが、多くの公共機関や学園なども休みとなる。その日に、友人を誘ってみれば良いのではないかと、アンナは提案した。

「如何でしょう。店主様」

「あ。それアリかも。……お父ちゃん、今度の安息日、友達誘ってみてもいい?」

「……友達だと? ……それは、男か?」

「は? んな訳ねーし。全員女に決まってるし。ウチは女学園って言ったよな? あんま巫山戯た事言ってると、頭カチ割りますわよ?」

「すまん」

 少女二人に問い掛けられた男は、質問を質問で返すも、即座に叩き切られ、謝罪をする事になった。好奇心は猫をも殺す。余計な詮索は、身を危うくするものなのだと、アンナはしたり顔で頷いていた。

「……お前が接客してくれるのなら構わんが。私は、厨房から出ないぞ」

「いや、別に構わんし。アタシの友達にも、態々、むさいおっさんと逢いたいって物好きはいないし」

 苦渋、とでもいうようにダイダロが宣言するが、軽い調子のミリアムには、あえなく吹き飛ばされてしまう。店主としては、歓迎しようと言う以外、答えようがなかった。

「そうとなると、仕入れをどうするのかが、少々問題となるな。時間を、どう作ったものだか」

 聴けば、安息日を使ってダイダロはエンナへ買い付けに行ったり、エトナ火山で採取したりしているらしい。彼は、市も立たず、道も混まない事から都合が良いのだと言うが、アンナには、それが悪手であると思えた。

「差し出がましいでしょうが、営業時間が日中に限られる現状。安息日に営業しないのは悪手であると思われます。安息日ならば、総出で外食を楽しむご家庭もありますし、仕入れの問題は、専門の業者を頼るという方法もあります」

 それを言葉で伝えれば、ふむふむと頷く、父娘二人。事業を続けるには、人との繋がりが重要なのだとアンナは説く。例え一人でもこなせる事でも、あえて人に頼り、知恵を借りなさい。それが縁となり、やがて力となるでしょう。というのが、マリアの教えだ。

「程度や頻度をわきまえてさえいれば、他人に頼るのは、決して悪い事ではありません。社会は、そうして回っているのですからね。これもお母さんからの受け売りですが」

 感心したように、頷く二人。ミリアムの理解は早い。業者の出入りを尋ねた時には、既に思い当たった風であった。そして、ダイダロは理解していてなお、目を背けていたのであろう。

 ミリアムが、扉を開けたお客が帰っちゃったんだってと笑った時と、ダイダロ本人が、自分を見る目に怯えがあったと語った時、彼は、アンナが現在の巨人族への偏見について尋ねた時と似た反応を見せた。己を律し、怒りだけは堪えたのだろう。だが、とても苦々しげで、寂しさと悲しみの入り混ざった、あの複雑な表情だけは、隠せていなかった。そんな彼から、アンナへ目配せが送られる。アンナは黙したまま、小さく頷いた。そしてダイダロは、引き出しの中から何通かの手紙を抜き出すと、娘へ渡した。

「ミリアム。悪いが、それらの手紙を郵便局に出して来てくれないか」

「これは? 今?」

「食材卸業者への手紙だ。今後、彼等を仕入れに使うつもりだ。こういう事は、早い方が良い。今、頼めるか」

「用意がいいもんだねぇ。ちょっとひとっ走りしてくるよ。アンナちゃん、お姉ちゃんちょっと外すけど、その間に帰っちゃったらダメよ」

「はい。いってらっしゃいませ。ミリアム様」

「いってきまーす」

 胸を揺らし、スカートの裾をたくし上げながら駆け出すミリアム。踝丈のそれは、少し走りにくそうだった。扉を閉め、ミリアムの姿が見えなくなると、アンナはふぅと息を吐き、ダイダロを見上げた。


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