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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
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68話 奇跡の裏側。


 ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネの中で、調伏者ペトラだけは凄惨なアプリーレの姿にも怯まなかった。

 緊急時の経験に差が有り、対処し得る力量もあったからだ。

 しかし、彼女もまた一瞬であるが竦んだ。

 宝石位階の冒険者ミス・アクアマリンの二つ名を持つ調伏者ペトラにまで衝撃を齎したのは、ミリアムが妹だと呼ぶ幼い少女、アンナの魂を視てしまったからだった。

 あまりにも己を省みない行いに思わず驚いて、次に怒りが沸いた。


 調伏者であるペトラは超越者タラスクの権能の一部が己のものとなっている。

 その一つに魂への鑑定眼があった。

 彼女は超越者達と同じ様に、魂そのものの形質を視る事が出来る。

 それは通常、無界において心が深く触れ合って、初めて可能となるものだ。

 この権能を使い熟す事により、代々の調伏者達は強い求心力を得ていた。

 魂は自我や感情、個々の培ってきた諸々に依って形質を変化させる。

 それを認識する事が可能であれば、感情の機微や望み事などを推測するのは困難でこそあれ、不可能ではなかった。

 超越種とはいえ精神の幼いタラスクでは漠然とした性質を視る事しか出来ない。

 しかし、ペトラや代々の調伏者達の様に様々な経験を積み、教養を身に付けた人類種ならば、魂の性質から識れる事は重要な情報となった。

 当然、視えるだけでは複雑なそれを解き明かすまではいかない。

 それでも、指向性の伴った強い情動ならば読み取れた。


 そのペトラの瞳が捉え、アンナの魂から読み取ったものは二つだけ。救う。生きて。たったそれだけだ。


 複雑な思考をしない子供特有の、単純ながらも強い想い。それだけならば良い。想いは力となり、その強さは術式上の理論を超える。

 秘蹟や超越者の加護により行使される契約術式などは、これさえあれば成立する事もあった。

 だが、ペトラはそうでない事を知っている。

 アンナは複雑な思考を必要とする理術使いである。

 理術は思考により世界へ働きかけ、自らが保有するものを対価として、現実を改変する術式だ。

 その対価が現代においては術力と呼ばれるものだった。


 かつても今も。様々な名でよばれ、現代では術力と定義される存在を人類種は解明出来ていない。


 出来ていないながらも古来利用されていて、仮説があった。その一つが、術力は三つの要素により成り立つというものだ。

 魂、物資、理念。異なる存在でありながら不可分な、三位一体でもあるそれらが調和したものこそが術力だと今でも広く信じられている。


 無界にある魂という無垢なる存在を素粒子からなる物質界を構成する万物と反応させて産まれるのが純粋なる力。

 それらに意味や方向性を齎すのが理、想いとされていた。根源にある魂を対価として、強い理により現実を侵食する事で改変するのが術式だった。

 この魂を削り、産み出される純粋な力の事を人類種は術力と定義している。


 そして理術を始めとする様々な技術は、弱く儚き者である人類種が自らの魂を保ちながらも強く頑なな現実を改変し、生き残る為に発展したものとされている。

 人類種の歴史の中で研磨され、効率性を追求された技でもあった。

 術式は使用者の魂や肉体への影響を抑える為に、様々な安全装置が施されている。


 理解、納得、説得の行程を踏み、その過程で計算し尽くされるのが理術を始めとする術式。

 必要とされるのは理論、教養、信仰、願いなどの多岐に渡る複雑に構成された理念とされた。

 だが、それらは正確には術式に必要不可欠なものではない。それら全ては本来、自己保存の為にこそある。

 理論があって、結果があるのではない。

 結果があって、それを再現する為に理論があった。

 理術と呼ばれる技術の骨子は、無垢なる魂を護る為の鎧であった。



 

 宝石位階のペトラから見ても、アンナはなかなかに筋が良い。

 出力こそ年相応のものだが、舞台上でも必要箇所に必要強度の強化を淀みなく施していた。

 さっきまでは一緒に舞台を楽しみながら、お勉強熱心なのね。とても頑張り屋さんだわ。などとも感心していた程である。

 だからこそ、倒れ掛けるアプリーレへ突っ込んだアンナを視て、一瞬だが脳が理解を拒んだ。

 たった二つだけの思考で魂を染めて、高等術式である見診や治癒を展開維持している事を受け入れられなかった。

 これらの理術は単純な想いの力だけでは展開しないように出来ている。

 人体理解は元より、詳細な状況把握からの綿密な計算が必要とされた。

 人類種の脳機能ではたった二つに思考を割いて、発現し得るものではない。それは矛盾であるが、解消する術はあった。


 即座にその危険性、そして原因に思い至ったペトラはタラスクの権能により自身の魂を根源である無界へと繋げている。

 そこで、信じられないものを視た。


 集合的無意識下、根源たる混沌の渦、無界において立ち、煌めくアンナの魂。その姿だ。

 その姿は非常に判り易かった。彼女の姿そのものの像をしているからである。

 無垢なる魂に、救う。生きて。という想いだけを乗せていた。

 覚悟を決めたような顔。その表情から、自分の行いを正しく認識してのものだと伝わった。判っていて、それでも望むと。

 腕の中には、消えそうな程に儚い魂の瞬き。

 その周りにも、四つの魂を示す光。その輝き。


 ペトラには、それが信じられなかった。

 無界においてでさえ、魂ははっきりとした像を持たない。持てないものなのだ。

 現に、無界におけるペトラ自身の魂も光の像を取っている。

 無垢なる魂は脆弱だ。様々なモノによって守護されていなければ、他の魂によって侵食される。そして穢され、染められ、喰らわれる。

 煌めく弱い魂に、醜悪なモノ達がわらわらと寄ってくる。

 それは欲望や悪意といった、誰もが無意識にも、意識的にも持つもの。

 煌めきに焦がれて、欲しい。自分のものとしたいという単純な情動が。攻性となった魂の群れが。

 集合的無意識下にある、人類種、否。全ての存在に宿る業が這い寄って来ている。


 ——駄目っ! 間に合ってっ!


 ペトラは必死に叫んで駆けた。だが——。

 煌めくものが、粘性で醜悪な歪に輝くモノに覆われていく。穢し、染め、食らおうと。

 あまりにも夥しい数の欲望が、無垢なるモノを呑み込もうとしている。

 ペトラはタラスクの権能を解放し、それらを祓おうとした。まだ、間に合う筈だと。そして——。


 アンナの魂を覆った筈のそれらは、キラキラと輝くものに変生してゆく。

 醜悪な輝きが、透き通るような純粋なものに変わっていった。

 魂が、術力に変換された煌めき。

 ペトラには再びアンナの魂が視えた。変わらぬ煌めき。五つの魂の輝きを胸に抱き締めて、蹲る小さな女の子。

 元々小さなそれだが、もうほんの少しだけ小さくなっている。そして僅かずつながら、それは確実に小さくなってゆき——。


 ペトラは我を忘れてアンナの魂へと抱きついた。それで、全てを識った。

 この煌めきもアプリーレの状態も、アンナがやろうとしている事や、ミリアム達がやろうとしていて、十全には出来ていない事まで。

 ペトラの魂は憤怒に染まる。理不尽に。無茶をする子供に。無謀な少女達に。そして何より、何も知らずに気付かずに、ここまで来てしまった自分自身に。

 ——嗚呼、嗚呼。私は傲っていたのか。調伏者として認められ、偶像として愛されて。

 理不尽に抗う力があるのだと、誰かを救う事が出来るのだと。慢心していたのか。こんな小さな子供に無茶をさせる迄に。

 それは己自身さえも焦がす炎。

 ペトラの怒りによる灼熱の熱量が、アンナの魂を優しく鎧ってゆく。

 非情な現実や汚泥のような穢れから、護らんと。


「ペトラおねーちゃん?」


 可愛らしい、頑張り屋の女の子。アンナちゃん。


「駄目ですよ〜。危ない事をしていては」


 ——嗚呼。この子は愚かな私を、お姉ちゃんと呼んでくれるのか。それが嬉しくて、悔しい。

 今も押し寄せる欲望の波を弾いてゆく。

 それこそがペトラへ与えられた力の一つ。波形を操るタラスクの権能。

 それがどの様な存在であれ、運動するモノならば意のままに操れる。


「お医者様に、任せましょう? きっと、大丈夫だから。こんな場所にいないで、帰りましょう。ね?」


 ——子供を諭す為の言葉。安心させる為だけの嘘。


「ヤです」

「我儘言わないの。アンナちゃんが、危険な真似をする必要はないわ。一先ず私が代わるから、戻りましょうね。お母さんも心配するわ」


 ——これは本当の事。

 今日、初めて会ったばかりのアンナちゃんが、アプリーレちゃんの為に存在を賭す必要などない。

 それを為さねばならぬのは、私。

 知る機会など幾らでもあって、それでもこれまで何も気付けなかった、私自身。


「代わりは無理です。それに、一刻を争います」


 淡々として断るアンナに、ペトラは言葉を繋ぐ事が出来ない。

 判っている。少なからず繋がっているのだ。タラスクの権能に頼らなくとも理解出来てしまっていた。

 アンナがしている事を。

 それがどうやってなのかは解らない。

 ただ、判る事があった。アンナが本能とも呼べる生存欲求すら持たず、たった二つの願い。救う。生きて。という想いだけで幾つも術式を行使していて、その為に魂を煌めかせているという狂気。

 そんな事、調伏者であるペトラにさえ不可能だ。

 人類種に備わる本能が、無意識のうちに術式へ制限をかけるものなのだから。


「お願い。やめて……」


 ペトラによる懇願をアンナは無視する。

 純粋な力そのもの術力に、意志の力で意味を持たせる為に。己が魂を削り、煌めかさせて。


 魂の煌めきは魂が術力に変換される際に起こる現象だ。通常は認識される事はない。

 だが、魂への鑑定眼というタラスク達超越種の権能を持つペトラには、その行程までもが視えていた。

 アンナは己が魂を燃料として、膨大な術力を産み出している。

 術式は魂を無駄に浪費しないで済むように設計された技術であった。

 術式の効能を飛躍的に高める触媒としての肉体の一部などは、あくまでも魂の代替品に過ぎない。

 では、触媒として魂を利用すればどうなるか。

 消耗は激しいが、強力な術式行使が可能となった。

 それも、術理さえも超越する程に。


 それに、先程の事象。重なった穢れた魂。無意識下における人々の欲望迄をも、純粋な術力に変換している。

 それは単なる現象に過ぎないが、アンナはそれさえも利用して、アプリーレを生かす為だけに術式を構築していた。

 恐ろしい程に強い意志。途轍もない望みの強さ。それはとても【人】が扱える様なものではなく、まるで——。


 この子を、連れて行かせてはならない。そう願い、祈った。主よ。誰か、誰でも良い。どうか、お願いします。この子を繋ぎ止めてくださいと。


「ありがとう。ペトラおねーちゃん」


 一瞬、恐ろしい考えが脳裏に過ったペトラへ、実に嬉し気に微笑み、お礼をするアンナであった。伝わる想い。繋がる願い。そして——。


「漸く馴染んできたよ。お待たせ。アンナちゃん」


 力強い声。ロストールに居た幼い頃より成長し、可愛いだけの一生懸命な女の子から、彼女自身が望んだように、誰かの助けとなれる素敵な淑女となったミリアムちゃんの声。


「心配なんていらないよ。ペトラおねーちゃん。アンナちゃんは、アタシ達の妹だよ。おねーちゃんが妹の為に頑張るのは、当然の事だよね。だから。どこにも、連れてかせやしないさ」


 『今』の姿となった彼女の魂が、はにかんで言葉を繋ぐ。まだまだ未熟な癖に、強がって。暴威の様に荒れ狂う力そのものを制御する。


「ペトラさんってば、優しいよね。でも、後で怒ってあげて欲しいかもー」


 蕩けるように甘い、レベッカの声。自然と力が沸いてくる、優しい激励。


「アンナちゃんってば、絶対これからも無茶しそうだしー。せっかくさ。可愛い妹が出来たんだよ。何でもしてあげたいし、何でもしたいもん。だからさ。今日のところは、『めでたし。めでたし』で終わらせてあげたくない?」


 甘い言葉。危機感などない、楽観的な表情。

 だが、確りと『先』を見ている。

 慈しみ、育む事を理想とする心の有り様。『今』の子供のあるがままの姿を受け入れて、その『先』へと希望を繋げるレベッカの魂もまた、肉体と同じ姿を晒していた。


「ミリアムもレベッカも、アンナには甘いわよねぇ。ねぇ。アンナ。ウチ等はアンタに託して任せたんだから、確りとやんなさいよ」


 呆れたようなリーナがアンナの頭を優しい手付きで撫でる。アンナはハイと良いお返事をして。


「リーナお姉様の大切なアプリーレおねーちゃんを、何処にも連れてかせはしませんよ」


 そう宣った。生意気ねっ! と、叫ぶリーナがアンナの耳元に囁く。


「アンタも、勝手に何処にでも行くんじゃないわよ」


 アンナは嬉し気に魂を益々煌めかす。魂を削ってだけではない。受け取った想いを力と変えて。


「ま。私は出来る事をやるだけだがな。しっかし、面倒なものだな。——おい。お前等。幼女がそんなに好きなのか?」


 大好きだー! などと、沸く攻性の魂達。

 それを受けるノエミの魂は彼女らしく不遜に笑い、なんだ。それじゃ、私とは遊んでくれないのか。と憂いた。


 ——萌え萌えキュン!


 反応は劇的で、謎の雄叫びを残し術力化する魂達。

 それを眇めながら、アンナ達へと向けてドヤ顔を晒すノエミであった。

 ペトラはアンナ達と同じくして溜息を吐いて。


「ノエミ「ちゃん」「お姉さん」は、もうちょっと慎ましく!」


 まったく同じ苦言を呈した五人。そして、目を合わせる最年長者と最年少者の二人。

 つい先程、己を削って悲壮な顔をしていた幼女の姿はもういない。

 大好きな人達が、同じ想い、同じ願いを抱いてくれる事が嬉しくて、大好きだよ。愛しているよ。と、世界の全てに伝えようとする、素直な可愛い少女の姿があった。


 ならば。より良い未来を望む調伏者は、同じく世界を愛し、愛していたいと願う、ペトラという女性はどうするのか。そんな事は決まっている。


「ねぇ。アンナちゃん?」


 大丈夫です。幸せな結末なんて、なんて事など、ないのですよ。そう得意気に微笑むアンナに声を掛け。


「私も、一緒に遊びたいわ」


 為せる事を成す。この子達と一緒に『めでたし。めでたし』を掴むと決めた。


「歓迎いたしますわ。ペトラお姉様」

「ちょっと! リーナお姉様! それ、私が言うヤツじゃないですかー!」

「早い者勝ちよ」


 リーナによって歓迎されて、アンナは涙目で憤慨する。意地悪なお姉様の高笑いが響いた。どうにも締まらない少女達である。


「うふふ。一緒に遊びたいのは、私だけじゃないわ」


 想いを繋ぐ事こそが、調伏者の使命。

 一人では為せない事も、人々が望み、願い、祈るならば成る。

 それは歴代の調伏者達が目覚めさせてきた海神の仔、聖龍タラスクも有する超越者の権能の一つ。


 ネーヴェ、マイア、リィン。同じ想いを抱き、同じ願いを持った、|ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネ《新世代》を冠する仲間達。

 心が繋がり状況が伝われば、彼女達がどうするかなど、言うまでもなかった。





「成程。大体判りました。こうですね」

「なかなかやるじゃない。流石は紫薔薇姫様といったところかしら」

「恐縮にございます」


 ネーヴェが魂を重ね、また術式を重ねる。


「気合い入れて行くよー。なんたって、仲間達の為だかんね」

「マイアパイセン気合い入ってるぅー」

「とーぜんじゃん!」


 マイアもまた、同じく術式を重ねていった。二人に迷いはないようだった。

 だが、同じ想い、同じ願いを持っていてなお、踏み出せていない者がいる。それがリィンであった。

 彼女の魂は様々な感情という名の重荷を背負っていた。驚愕、悲しみ、怒り、などなど。そして罪悪感。

 無理もないと、ペトラは思う。

 大切な事に気付けなかったのは私達三人もなのだが、リィンだけは年季が違う。産まれた頃から共にいて、同じ夢を見ている。




 心臓に、先天性の疾患がある事など知らずにいた。

 ずっと一緒にいた筈なのに、親友なのに。

 終わりの恐怖に怯えながらも、輝きを届けたいと笑う幼馴染の事を何一つも知ってはいなかった。

 その偽りの笑顔の裏側を、何一つとして察せていなかった。

 悔恨。悲しみ。怒り。自己嫌悪。そういったものが為に、リィンは踏み出せていなった。


「リィンちゃん……」


 気遣わしげなペトラの声が聴こえる。だが、誰も、彼女に何も言えないでいた。それでも。


「ねぇ。アンナ。アンタが、アプリーレのバカを救ってくれるの?」


 リィンはギリリと奥歯を噛み締めて、いつも通りの怜悧な態度で軽口を叩き、一歩を踏み出そうとする。


「それは、思い違いです。私じゃ、ありません」


 返って来たのはそんな言葉。つい、リィンの足は止まってしまう。


「リィンおねーちゃんと、ペトラおねーちゃん。マイアお姉ちゃんに、ネーヴェお姉様。|ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネ《新世代》の仲間達」


 一人一人の名を呼ぶアンナ。

「ミリアムおねーちゃんと、レベッカお姉ちゃん。ノエミお姉さんに、リーナお姉様。同じ想いのお姉様。私達シスターズ(姉妹達)で、リィンおねーちゃんと、私達皆で、笑顔の素敵な最高のアイドル。アプリーレおねーちゃんと一緒に最高の笑顔で謳うのです」

「ガキんちょが、生意気言うよね」


 呆れて笑ってしまい、重荷を抱えたままに、リィンは一歩を踏み出した。その背中にも声が掛かる。


「ちょっとー。アタシ達は除け者かい? そんなの水臭くはないかい?」


 そうだそうだと姦しく騒めく、十五名のトップアイドル達による魂の声だった。

 彼女達も、同じ想い、同じ願いを胸に抱いているのだと主張する。それぞれに重荷を抱えて、それでも。と。リィンの頬が、喜びに持ち上がる。


「私は、アンタ達にも負ける気はないよ。私達は五人一緒に、どこまでも登ってやるって決めたんだから」


 ライバルにして、同じ夢を見る同志達を引き連れて、リィンは軽やかに親友の元へと駆け寄った。




 ペトラはミリアムと共に確信を持って心を繋ぎ、術式を重ねてゆく。一歩を踏み出したリィンによって、舞台上の皆の想いまで繋げられていた。

 アプリーレの両親に、プロデューサー。スタッフの皆様。来てくれた救急救命士達とも。噂に聴く、あの『婦長』。フロレンス様まで来ていて、施術を続けなさい。と命じられたならば、希望を持たずにはいられない。

 一度は駄目かもしれないと思ってしまった。それはアンナによって、アプリーレの本当の気持ちを、願いを引き出された直後である。

 あの瞬間、彼女の魂が消えたのを感じた。魂の枯渇、寿命。そして死。そう呼ばれる終わり。

 その時、力持たない者としての自分自身を知った。

 だからこそ、ペトラは絶望し、全てを止めてしまった。何故なら、叶わなかったから。


「まだですっ! 眠っただけです! だからまだ、諦めちゃダメですっ!」


 そう叫んだアンナのした事を、ペトラは忘れられない。魂を取り込む秘術、《魂を重ねての強制進化》と同質でありながら、まったく逆の効果を齎すものを、八歳の女の子が見せたのだ。


「私一人じゃ、無理なんです。だから、諦めないで、力を貸して、おねーちゃん達!」


 言葉にすれば単純で、アンナは自分の魂を強制的にアプリーレへ重ねさせた。

 自らの魂を捧げる事によって、その生命を繋いでいた。代償はアンナ自身の魂。

 身を投げ出して、僅かな希望に縋る。思い出になんかはしないと、一緒に楽しく笑いあえる時間を、造ってみせるのだと。

 愚かな思考だ。理術としては落第でしかない。

 だって、もう。アンナの魂は消えそうな程に小さくなってしまっている。それも万物に宿る重力にさえ、繋ぎ止められない程に。

 だが、その魂は儚くとも、弱くとも、まだアプリーレの魂を繋いでいた。

 自分の身に降りかかる事など、何でもないのです。そう顔を上げ、願い祈る幼女。自分自身を投げ出してまで、叶えたいと望む【幸せな結末】。


 そこに、この子がいない。それは、許容出来るものではない。理や、超越した物にさえ、奪われる事を良しとしないモノ。

 主にさえも、渡したくないという想い。それはただの我欲でしかない。だが、それでも世界の理を体現する筈の調伏者ペトラは望んだ。


「悪い子は、教育してあげないといけません」


 だからこそ。どうにかして、この子を繋ぎ止めていたかった。逝かぬように、手放さぬように。だって、そんな子に、願われてしまったのだ。助けて。と、言われてしまったのだから。


「タラスクも、望んでくれるのですね」


 胸の間より顕現したタラスクの頭を撫でる。


「後で、笑いましょうね。めでたし。めでたしと」


 可愛い妹、ミリアムの力を借りて繋げる。世界そのものに。

 既知と未知に溢れたもの。都合の良い、夢物語だとは判っていても、望まずにはいられない。

 誰もが望んで選ぶ、その結末を。

 でも、未熟なあの子の力だけでは足りない。

 ならば、この星の大凡七割を占めるといわれる海の。その息子として存在する聖龍タラスクの権能を、調伏者として振るわねばならない。


「うふふ。可愛い妹達の為なら、頑張らないとね〜」


 だからこそ。言葉よりも、強い想いで。ペトラは信じる全てに、愛する全てに繋いだ。




 世界のどこかで、福音を示す荘厳な音楽が鳴り響いている。

 五つの御使、五つの理。それらが示すのは契約。

 それは、主と呼ばれる超越者と結ばれるべき何か。

 その結果はまだ誰も知らない。だが、一つだけ確かな事がある。

 運命は一つだけだが覆った。未来が一つ残された。

 少女達が願い、そうあれかしと祈ったが故に、世界そのものが望んだが故に。


 それは小さな、真夏の奇跡。


 

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