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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
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67話 真夏の奇跡。


 無我夢中のうち、術式を行使し続けるアンナだ。

 既に速度と精度は頭打ちとなっている。

 少しずつだが心臓の腫瘍も健常化していくが、意識が持っていかれそうにもなっていた。


 アンナの術式は精密な理論によって構築され、世界へ訴える事で顕現させる理術であった。

 思考が重要な要素となる。

 気を失ってしまえば術式は止まる。もう一刻の猶予もなかった。

 既に悪性腫瘍は特性としての『転移』を獲得している。その活動は散発的で、対応は可能であった。

 とはいえ、一斉に転移をしないのは運が良いだけである。だから、一刻も早く。

 その想いから限界など超えたまま、無我夢中となっていた。


 触れ合う二十三人ものお姉ちゃん達とフロレンス様も。

 傍に立つアプリーレお姉ちゃんのご両親や、主治医様も。

 舞台上にいるプロデューサーさんやスタッフの皆様に、駆けつけてくれた救急救命隊の皆様も。

 会場に満ちる、観客の皆様だって。世界のどこかで見ている筈の、大勢の視聴者達だって。

 望み、祈っている。その想いが、抜け落ちてゆこうとするアンナの意識を埋めていた。

 そして何より、アプリーレお姉ちゃんが望んでいるのは『未来』だ。

 その願いを、想いを叶えたくて、何よりアンナ自身がそうあれかし。と望んだ。




 だが劇的に治療が進む訳ではない。

 遅々としたその現状に、救いたい。癒したい。願いを叶えたい。という無垢なる想いに、僅かながらも邪なものが入り込む。

 また私は救えないのか、届かないのかという、黒々とした想いであった。

 それは業火の様な憤怒であり、凍てつくような恐怖でもあった。それは覚えのあるもの。現状において、致命的なもの。

 発作であった。

 しかしアンナは過去に触れようとする記憶を捻じ曲げて、無理矢理に意識を全て、今に割く。


 ——邪魔をするな。『過去』。『今』の私は、強い人達、優しい人達に支えられて立っている。ならば、『未来』を紡ぎ、為すべき事を成す。


 それは誓いの言葉。アンナの心の奥底に眠るもの。

 負の感情すら力と変えて、限界上を綱渡る。

 術式を緩める暇などない。『今』以外に意識を割く余裕もなかった。

 そしてアンナはまた一つの殻を破り、限界を超えていた。

 施術速度が上がる。

 アプリーレの両親達と主治医、彼女達のプロデューサー。舞台上に待機する全ての人達が、繋がっていた。

 彼等全ての想いや祈りが重なっている。それはリィンがアプリーレの両親の手を取った事から始まった。

 夫妻が主治医の手を取って、主治医がプロデューサーの手を取った。

 彼女はスタッフの一人の手を取って、その彼もまた仲間の手を取る。そして次々と手を取りあって、舞台上に存在する全ての人達が繋がった。

 人の離れてしまった放送用の術具は固定されていた。定点中継となっている。


「上手く繋がり、重なっておりますが、予断は許されません。幸いにして、この場は稀有な術師が二人もいます。一つの賭けとなりますが、試してみますか?」

「えっ!?」


 フロレンスによる謎掛けのような言葉だが、意図は伝わった。

 既に心が繋がっている。認識能力も思考能力も飛躍的に向上していた。

 彼女が言うのは原理は判らぬものの、繋がる程にアンナの術式は冴えていくのだから、いっそ会場の観客達とも繋がってみないかという試みだ。

 表情には顕れていないが、フロレンスの感情の中に焦りと恐れが見えた。

 焦りは、このままでは間に合わないという恐怖。恐れは、このままでは限界を超えたアンナの身体が保たないという焦燥。

 どちらも、医学的知見によって予測されたものだ。

 それでもフロレンスは鋼の如き意思で、涼しいお顔を見せている。ならば、選ぶのは一つ。


「だめっ! タラスク。今は大人しくしていて!」


 そこで、らしくもなく慌てたペトラの声。

 彼女の大きな胸元からは大きな猫さんの貌が覗いている。獅子の鬣に亀の甲。美しき蒼きドナウを守護する超越種、聖龍タラスク様であった。

 無垢なる金色の瞳がアンナを見つめている。

 優しい、子供みたいな瞳である。それだけで、望まれているのだと、伝わった。


「ミリアムおねーちゃんとペトラおねーちゃんにお願いがあります。私と、みんなを繋げてください」


 それにアンナが声を上げたのは、何もフロレンスに選択を迫られたからではない。

 鋭敏な感覚から、秘蹟である予知(フォーサイト)を超える、正確な未来予測が演算されていた。

 それは遠くない未来の出来事。悪性腫瘍が一斉に『転移』を行使するという出鱈目。

 厄介な事に、悪性腫瘍はアンナがアプリーレへと注ぐ菩薩活性や治癒から術力を吸い上げて活性化している。

 生命力を注がねば、枯渇する。しかし生命力を注げば進化した。一つ一つの細胞が、まるで『息吹』のような鼓動を刻む。

 言葉を持たない細胞が紡ぐのは無詠唱術式。

 既に術式の展開準備を始まっている。もう一刻の猶予も許されてはいなかった。


「早くっ! お願いっ!」


 叫ぶ。巨人族の乙女であるミリアム。調伏者であるペトラ。

 二人は今では交信と呼ばれている術式により、心を繋ぐ事を特性としても得意とする術師だ。

 その技術をもってすれば、物理的な距離など関係ない。心の構造の複雑さだって問題なかった。

 更には既に、多くの想いと術式が重なっている。

 認識能力も思考能力も、そして同調能力も飛躍的に向上していた。

 お互いに全てを預け、委ね合ってもいる。


 そんな二人である。状況も、アンナの意思も伝わっている筈で、それでも即座に反応してくれなかったのは、アンナの心身を心配しての事だと理解していた。


 アンナが幾重もの術式を重ねられているこの技術。

 交信などによるものではなかった。実際は、技術とは呼べないものである。

 それは、集合的無意識下、無界において魂を曝け出すという愚かな行為。

 術式の触媒として己の魂を差し出すという禁忌。

 魂を無防備とするという、誰にでも可能でありながら、誰もが行なってはならないとされている暴挙。


 本質的に魂自体は脆弱な存在である。そして如何様にも性質を変えられた。

 通常、魂は、心は。幾重ものモノによって方向付けられ、護られている。

 それは感情であったり、思想や信仰といった理念などによる性質の変容であった。

 そういった拠り所があるからこそ、魂は自己を確立させられる。

 だからこそ、人類種は個として存在を保っていられるのだともされていた。

 魂は万物の根源とされる無界においてさえ、無垢なままでは存在し得ないものである。

 一例を挙げれば秘術とされる【魂を重ねての強制進化】は、強い欲望により攻性存在となった魂がそれよりも弱い魂を取り込む事により【力】を効率的に奪う術式であった。

 それは悪性腫瘍とも似た性質で。

 無界は本能的欲求の吹き溜まりでもあって、強い欲望は攻性へと変質を促すものでもあった。

 無界において無垢なる魂を曝け出したままであれば、弱肉強食の理によって簡単に穢され、染められ、喰らわれる。

 人類種の生きる世界の理は優しいものではなく、寧ろ悪意に満ちている。


 そうならないように、お姉ちゃん達は護ってくれている。同じ気持ちでいてくれる。

 だけど、それだけでは足りない。だから、もう一度。アンナは自身の願いを叫ぶ。


「みんなをっ! 私をっ! 信じてっ! 助けて!」

「アンタ達っ! アンナちゃんっ! 頼んだよっ!」

「うふふ。可愛い妹達の為なら、頑張らないとね〜」


 そして十万を超える祈りと想いを受け取った。




 おねーちゃん達の舞台を一ファンとして楽しんでいるミリアムは、子供らしくはしゃぐアンナがそうしていながらも、不安を抱えている事を察していた。

 だからこそ、ご満悦のお耳なノエミの膝上に乗せられているアンナの手を握っている。

 曲にあわせ歓声を上げるレベッカもまた反対の手を握っていて、ニマニマと笑顔を浮かべるリーナなどワシャワシャと頭を撫でていた。

 まだ、何かがある。そして必ずアンナは動く。

 漠然とした予感に過ぎないが、きっと。

 親友達も同じ気持ちであるのだろうと思われた。


 果たして、アプリーレが歌おうと息を吸い、紅い物が散ったその瞬間、アンナはやはり駆け出した。

 反射的にミリアムも続く。他の三人も同様だった。

 そしてペトラおねーちゃん達四人も。

 アプリーレを支え、横たわらせたアンナが優しい術式、安息(レスト)の詠唱を紡いだその瞬間。


 ミリアムは、否、ミリアム達は状況を正しく認識していた。これはアンナと一層触れ合う事により、その魂と繋がった事によるものだった。

 晒した肌とは比較にならぬ程に大きく魂を曝け出し、小さな子供。可愛い『妹』は『願って』いた。

 視えたアンナの心は無垢ではない。ただ二つだけの想いで鎧われている。それは、救う。生きて。という願い。祈り。


 心と身体が、そして術式が。その願いを叶える為に自然と働く。同じ祈りで。最善の結果を求めて。

 まだ、たった一月ばかりの付き合いで、お互いに知らない事など山程あった。

 それでも、知っている事も沢山あるのだ。誰かの為に一生懸命になれる強い子で、少しでも世の中から理不尽や悲しみを減らしたいと願える優しい子だ。そして何より。

 私が大好きで、愛している世界の全てを、私の大好きな、愛しているおねーちゃん達にはもっと。知って欲しい。好きになって、愛して欲しい。そう控えめに笑う、可愛い子だった。


 そんな子に、願われた。助けて。と、頼まれた。

 ミリアムはそんな女の子を、そんな小さな女の子だからこそ。放ってなど置けない。だってアタシは、『おねーちゃん』なのだからと。


 本能に根差した未知への恐怖心を捩じ伏せる。

 肩を寄せ合う場所に、四人と、もう五人もの姉妹がいる。それに十五人の姉妹達もいて、数多くの仲間達が舞台上で戦っている。

 十万を超える観客だって、世界のどこかで見ている沢山の人達だって。

 同じ想い。願いで祈っている筈だ。ならば、力を尽くすだけ。

 世界は優しいものに満ちていると信じ、委ねるだけだ。

 最善の結果へと辿り着けるように心を繋ぎ、想いを重ねる。きっと、上手くいく。その確信を得ていた。


 だって、巨人族の乙女が、その姉妹達へと、世界の全てへと、想いを託すのだから。




 心の中に激流の様に想いが、祈りが流れ込む。

 知らない感覚、知らない感情。

 胸の奥底。魂の中で暴れ回るそれを束ねるのは、意思の力だけでしかない。

 あまりの激しさに、自我が削られる。

 怖い。けれど、そこまで難しい事ではなかった。世の理には、もっと怖い事がある。

 そうならないように誰もが同じ夢を見て、目的を一つとしている。


 それが嬉しいから。そうあれかしと望み、その気持ちに魂を委ねた。


 


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