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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
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66話 アプリーレという|アイドル《偶像》。


 

 アンナによる施術の間、情報を次々と引き出されてゆくアプリーレの両親と主治医。

 彼等の話は放送としても乗っていて、大陸中に流されている。


 曰く。

 アプリーレの心臓の悪性腫瘍は産まれる前からのものであり、幼少期には身体的成長により増殖が激化して、重態に陥った。

 その時には洗礼を授かる事で一命を取り留めているが、予想していた事だが、やはり心臓に巣食う悪性腫瘍だけは残された。


 ありとあらゆる病魔や怪我をも癒す洗礼の秘蹟であるが、先天性のものだけは癒さない。

 それを持つ事こそが、自然な状態、最適な状態とされるからである。

 主の御心は広大無辺。そう産まれ落ちた事にも意味があり、差異を理由として差別をしてはならないという教えがあった。


 アンナのよく知るシスター・カンナが音を知らずに産まれ生きてきた事や、今日出会った紳士達の一人、ムンライの盲目のような生来の障害は不便でこそあれ乗り越えるべき困難とされてもいた。

 実際に、彼等は不利益を克服して今を生きている。

 だが、現実は強くあれる者など、そういない。

 身体的障害に対し区別と称する差別は存在するし、先天性の障害持ちの中にも諦める者がいる。

 多くの者が信仰に縋りながらも、心の弱さには負けていた。




 アプリーレも、その両親も主治医も、強い人達だった。目に見えて判る障害でなかった事や、医療による対処療法の可能性という僅かな希望もあって、彼女達は負けてなるものかと手を尽くしていた。

 心臓は、全身に血液などと共に生命力を巡らせるための臓器である。

 外科手術による患部の摘出は生命に関わるものだった。アンナが現在用いている施術など現実的ではないし、現状が示すように治療法として確立されたものではなかった。

 対処療法として、アプリーレの場合は投薬により悪性腫瘍の増殖を抑えていた。医学の進歩と成長に期待し、治療法が見つかる希望を諦めずに。

 そして、なんとか丈夫とも言えず、発育も決して良好ではなかったとしても十二の歳までアプリーレは無事生きた。

 そしてアイドルに憧れる、笑顔の素敵な可愛らしい女の子に成長してくれたのだと、三人は、はらはらと涙を流しながら語った。


 十二歳。ある意味ではその後の運命の分岐点。

 この年齢を以って、国家や教会からの手厚い保障は打ち切られる。

 悪性腫瘍の治療には、非常に高額な医療費がかかった。特に抑制薬は希少かつ特異な性質の原料を高い技術で精製するので高額だった。

 アプリーレの父はここシラクザに住むごく普通の勤め人で、母も元々は専業主婦である。

 ごく一般的な家庭。娘はアイドルが好きなだけの、ごく普通だが身体の丈夫でない女の子。


 彼等にとって高額医療費の負担は重かった。

 父は必死に働いていたし、母も副業や内職に励んでいる。計画的に貯蓄をしてこそいた。

 主治医も様々な人達へ援助を求めたり、治験などの試薬として経費抑制を試みたが、それでも生活には無理が出た。

 そして父親が長年に渡る無理により過労で倒れた後に、アプリーレは自ら投薬による治療を打ち切ったらしかった。

 アイドルを目指したいから、身体に負担が掛かり、歌えなく、踊れなくなるような薬など使いたくないのだと、あのとびっきりの笑顔で。




 アプリーレはリーナが海の巫女となった最初の年から、本気でアイドルを目指している。

 実は彼女、あのリーナが玩具の船を海へ放流しようとして始まった、トンチキな騒ぎの場に居合わせていた。

 海の巫女。その選考会を見る為だった。

 リィンは一緒ではない。この時期の彼女は忙しい。

 父親は伝統工芸品の職人で、母親は花屋を営んでいた。夏祭りの準備に大いに関わっている。

 彼女は幼い頃からその手伝いをしていて、アプリーレは一人で来ていた。

 そして触発された彼女は勇気を振り絞り、飛び入りで選考会に参加した。

 そこで、強制参加させられていたリーナ達三人娘と共に海の巫女の一人として舞台に立つ栄誉を掴んでいる。

 リーナ達とはそれからの交友だ。レベッカは社交性に問題はないし、ノエミも可愛い女の子は好物である。同じ舞台に立つ仲間としてたちまちのうち打ち解けた。

 なかでも笑顔の下手くそなリーナは面倒を良く見て貰っていて、アプリーレも事あるごとに世話を焼き、仲良くしていた。

 あのリーナが可愛らしく、アプリーレおねーちゃん。などと呼んで、慕っていたそうである。


 だが実際には、その年の舞台に立った巫女達の中にアプリーレはいなかった。

 レベッカの抜けたその翌年も、またノエミが脱退したその翌年も、彼女は海の巫女として選ばれていながらも、舞台に立つ事は出来ていない。

 表向きの理由はいずれも発熱だった。

 生命維持をする為の、最低限の投薬の副作用によるものだ。

 そして一度も舞台に立つ事なく十二となって、海の巫女からは引退している。


 ノエミ脱退の舞台の少し後。

 一人になってしまい、寂しそうにするリーナにアプリーレは一つの約束をしていた。

 来年、リーナの引退予定となる舞台にはアイドルとして、祭典に呼ばれてみせると。

 この頃、投薬を止める事にしたアプリーレは本来の素養を発揮し始めている。

 舞台こそ未経験であったがその素質を見抜かれて、ロウムにある芸能事務所からリィンと共にアイドルとしてのデビューを持ちかけられていた。

 このあたりの裏話とも言える下りを語っていたのはヌオヴァ・ジェネラッツィオーネのプロデューサーで、彼女とも深い信頼関係にあったのだろうと思われた。


 シラクザの夏祭りはリーナの初参加の時より加速度的に大事業化し続けている。

 何せ、久しぶりにク・ルッフが触手を置いて海へと還っていた。

 奉納舞は子供達によるもので、放送には乗らない。

 だが昔からの名物という事もあり、鑑賞者は少なくなかった。

 三人娘は目を引く美幼女である。そんな彼女達が完璧な偶像として振る舞うのだ。

 瞬く間に口コミが拡がった。是非、見てみたいものだと。

 そこにはレーナが頼もしい同志という名の変態紳士達と共に噛んでいる。

 シラクザの有力者達へ夏祭りを祭典として、町興しに利用してはどうでしょうと持ち掛けた。


 この頃のレーナは修了見込みとはいえ、まだ一介の学府生で、冒険者登録も行ったばかりであった。

 そんな彼女であるが、ある筋では名の売れた存在である。

 シュペー社令嬢としてだけでなく、仮成人前にして幾つもの特許を得ている才媛。

 ヴァルキリーから始まるアニメーション製作委員長。そして不詳の筈である出版会の特異点、バニアン物語の原作者として。


 どれにしても特に隠す事でもないので、大人達が本気で追えばレーナに行き着く事は難しくはない。

 彼女は己の価値を欲望のまま、存分に利用した。

 何せ、マイエンジェルである妹リーナが可愛らしく舞い歌うのだ。その友達の抜群の美幼女達もが一緒にである。何度だって見たいものなのだ。


 都合が良い事に、シラクザには数年前に建てられた国際展示場という建築物があった。

 今では負債でしかないそれを、町興しの為に利用しようとリーナ達紳士淑女は考えた。

 冬、春、夏、労働者層でも長期休暇の取りやすい時期に創作物の即売会場として利用する。

 そこでの催しには海の巫女達は当然として、アイドル達なども呼んでおき、盛り上げていこうと訴えて実行された。それがまた、話題となった。

 こうして海沿いの田舎町の催しである夏祭りは創作物の即売会や文化振興事業などとも併さって、多くの人々や巨額の金銭が動く、夏の祭典と呼ばれる規模とまでなっている。


 主催者側は共に舞台を盛り上げる為に、十二歳以上でも人気アイドル達を呼び寄せて参加させた。

 観光地としてはそれなりに認知されたシラクザだが長年の不漁、不作により青息吐息でもあった。

 商売上手達の口車に乗せられて、とても注力することとなった。

 これらはシラクザ行政に経済的余裕を齎しただけでなく、レーナやその同志達を大いに満足させた。

 それにシュペー社やマルテ社、エルポラレなどという協賛企業も儲かって、新たな商機を見出した。

 ク・ルッフも大喜びだ。

 大人達それぞれの思惑や都合の結果以上のものではないが、概ね良い方向で回っている。

 

 そのような大人達の思惑など無関係に、アプリーレはリーナとの約束を叶える為にリィンと共にアイドルとして始動した。

 そして事務所はヌオヴァ・ジェネラッツィオーネを結成。デビュー曲である『READY』の大ヒットにより、彼女達はトップアイドルへの道を登り始める。かと思われた。

 しかし、春先に所属事務所の社長が亡くなると、風向きが変わった。

 その後は熾烈な権利争いが始まった。それ程までに『READY』は凄まじいまでの人気であった。

 それを紡ぐヌオヴァ・ジェネラッツィオーネは金の卵となっていて、彼女達の想いとは裏腹に、欲望を剥き出しにした大人達が相争った。


 その争いは反社会勢力までをも巻き込んで、やがて少なくない死者や逮捕者までが出た。

 彼女達は、責任を取るという形で活動を自粛している。

 本来ならば、その必要などなかった。

 しかし、社会への影響を省みれば禊は必要な事だった。

 最年長のペトラでさえ十九歳。ネーヴェでもやっと仮成人だ。他のメンバーは仮成人も迎えていない。

 それでも、そうする必要がある程の大事となっていた。

 この時期が、約束の夏だった。

 夏の祭典の時期である。アプリーレはリーナとの約束を果たせなかった。




 アプリーレの活躍を密かに追っていたリーナは、それはもう荒れに荒れていて、それが伝説の引退舞台へと繋がった。

 拳闘に打ち込みたかったし、放送越しの泣き虫なアプリーレおねーちゃんは皆に向けてごめんね。とまたもや泣いていた。

 熱を出してしまい、一緒に舞台に立てなかった時と同じように。

 僅かな心残りはあるものの、大人達の浅ましい欲望に振り回されるなど御免であった。

 リーナはまったくもってアイドルに未練など残さず、拳闘に傾倒していった。

 殊勝にも、アプリーレ達と共にした時間を思い出として。




 その暫く後に自粛が解けた。方々を駆け巡り、資金と縁故を得た彼女達のプロデューサーが独立を果たして芸能事務所を立ち上げた為である。

 所属アイドルはヌオヴァ・ジェネラッツィオーネの五名のみ。

 必要な設備や曲の権利などを確固としたものとする為に、多額の借金を抱えたのはプロデューサー改め兼社長。

 彼女は禊は済んだと高らかに宣言する。

 そして再び歩み出したアプリーレ達五人は次々に新曲を発表し、精力的に活動してゆく。

 歌だけではなく、放送番組や広告、舞台演劇などの様々な分野にまで。

 彼女達は想いを力に変えて、たちまちの内にトップアイドルへと上り詰めていった。

 アプリーレ一人だけが、笑顔の下に病魔を隠して。

 



 やがてアプリーレは十五歳、仮成人を迎える。この間、投薬を止めた彼女には少し遅れた成長期が訪れていた。

 放送の画面越しに見るアプリーレの膨らんだお胸を詰め物だと思っていたリーナであるが、真実は天然物である。残酷な事実であった。

 そして、残酷な現実はまだあった。

 思うよりも体調が良さそうで、両親達はもしかしたらと希望を持ったが、正しく現状を理解する主治医は反対に絶望している。

 想定よりも遥かに遅いものの確実に、根深く悪性腫瘍は増殖していて、既に転移までしていた。

 この時に再びの投薬治療を打診したものの、アプリーレは歌えなくなるし、踊れなくなるから。と、またもや断った。

 今から投薬をすれば、数年の延命が望めると言うのだが頷かない。

 主治医の尽力は嬉しくて、ありがたい事だけど、せめて両親には苦労を掛けた分、遺したいものがあるのだとも言っていたそうである。


 もう、夢は叶っちゃったんだよ。だから今は、夢の続き。せめて、最期まで見守って欲しいな。


 そう、アプリーレはとびっきりの笑顔を浮かべるのだ。

 そうなれば、主治医には掛けられる言葉などなかった。


 そして、この場、この時に起こっているその奇跡。

 医師として、力を尽くしてきたからこそ判るのだ。

 この施術が成功すれば、悪性腫瘍は不治の病ではなくなると。

 理論は単純だが、技術的には困難だ。

 それでも世に規格外達は数多いる。

 どこかの誰かが為す事ならば、他の者が出来ないという道理はない。

 そしてそれが、やがて誰にでも扱えるようになる事も。

 そうやって、医療は、技術は発展し続けている。

 医師に今、出来る事など多くない。求められるままにアプリーレの病状などを正確に判り易く伝えるだけだ。

 故に、後は祈るだけ。

 どうか主よ。素敵な笑顔の可愛い女の子をお救いください。父と子と、精霊の御名において。そうあれかしと。




 アプリーレの両親は医師ほどに正確に現状を把握出来ている訳ではなかった。

 投薬を止め、アイドルとなった愛娘はキラキラと眩しくて、精一杯に生きているようにも見えた。

 それは親として、娘に与えられなかったものである。

 愛する娘を生かす為、身体に負担を強いていた。

 別れの恐怖に怯えていて、娘の夢を邪魔してしまっていた。

 その後悔もあって、毎回のように娘に席を用意して貰っているのに、二人は舞台から遠ざかっていた。


 二人がアプリーレの舞台に来たのはこの時が初めてだった。

 海辺の町、シラクザの夏祭り。

 聞き分けの良い娘が、初めて立ちたいと我儘を言って、資格を手にした夢の舞台。

 一度も立つ事のなかった、地元の夏祭り。

 そこに輝きと共に戻って来たのだ。せめて見守りたいと願うのが、親心であった。


 そこで娘は輝いていた。

 幼馴染のリィンや、同い年のマイアなどのアイドル達ともじゃれあって。

 ペトラやネーヴェなどの、共に立つお姉さん達にも甘えながらも、歳下の五人の娘さん達を慈しんで。

 少しだけ、アプリーレの両親は彼女の妹や弟を諦めた事を悔いた。


 その娘が血を吐いた。

 反射的に舞台に飛び込んだが障壁に阻まれる。

 そして倒れ掛けた娘を支える少女達。

 救われると思った。娘に未来を残してくれると、希望してしまった。

 後に冷静になって考えてみれば、身勝手な願いであった。

 だが、自分達に、周りの全てに心配させぬために偽りの笑顔を浮かべる娘に、心よりのものを浮かべさせて欲しいと、望んでしまう。


 だからこそ祈りを捧げる。どうか、娘に未来を。心よりの笑顔をと。父と子と、精霊の御名において。そうあれかしと。




 その想いは伝わって、満ちてゆく。少しずつだが人々の心に、会場内に。世界中へと溢れていった。


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