表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
2章 ちょっとだけ前。
7/74

7話 過去のセレーナ1 発見。

連続で8話更新します。お付き合い頂けたら幸いです。


 それは、去年の、ある暑い初夏の日。一人で依頼を終えた帰り道。この頃はまだ、冒険者登録後に設けられる実習期間の最中であった。

 新米冒険者は、見習いと呼ばれ、規定回数の依頼達成がされるまでの間、街内外で、危険のない労働を請け負う。それ以外に、受託可能な依頼は存在しない。これによって、見習い達は各所に顔を繋ぎ、請負仕事という物の仕組みを知るようになる。組合には、この期間を使って、人物調査をし、働きなどから冒険者としての信頼性、将来性を測るという任務があるというが、その噂は定かではない。

 噂といえば、この時期。不審者の目撃情報が組合だけに留まらず、役所などにまで届けられていた。だがアンナには、特に関係のない話であった。不審者の探索などという危険な依頼が見習い冒険者に振られないのは当然だ。新米冒険者は、安全が第一なのだ。

 ともかく、そんな労働依頼のうちの一つ、仕立て屋の引越し手伝いを片付けたアンナだが、その後、紆余曲折があって、郊外にある病院から帰る所だった。なんとか治療費の精算を済ませ、依頼の達成報告を。と、冒険者組合へ向かっていた。


 初夏とはいえ、後に酷暑と呼ばれた歳の、まだ日の高い内である。都市の中心部にある組合と、郊外にある病院との距離は遠い。ようやく繁華街へ辿り着いた頃、彼女は疲れ果てていた。どこかで休憩を、と探した先で見つけたのが、パーラー・セレーナだった。

 まず外観からして、当たりの予感がした。高さは三階建てくらいのものだが、恐らく吹き抜けになっているのだろう。採光の為の、大きく広い、いくつかの窓硝子が高い位置に置かれている。建物こそ真新しいが、落ち着いた装いで、趣味が良かった。大抵の食事処は看板やノボリ等を使っていて自己主張が激しいのだが、ここにはそれがない。黒曜石を削り出した表札に、『パーラー・セレーナ』と達筆に刻まれている。筆で書かれているのではない。刻まれているのだ。この一事でも、店主の拘りが見えよう。拘りある所に、手抜きはないのだ。これは期待が持てるのでは、と、アンナは心躍らせた。

 

 そして、店の入り口近くに置かれたテーブルには、メニューが載せられている。そこには、色とりどりの果実をまるごと使った氷菓子。

 その写真であった。この気遣いの素晴らしさは、なんという事であろう。それぞれの写真には、可愛らしい文字の筆で、商品名と代金の額が添えられている。これならば、客としても気兼ねなく注文しやすい。

 それを可能とするのは、やはり写真だ。実の所、この写真という物品は、極めて珍しい。

 写真は念写(コピー)という術式の産物だ。念写は、使用者の想像したものを現実に描きだす。構造自体は非常に単純な術式であるが、その奥は深い。想像力が細部まで及ばなければ正確な形で描かれる事もないし、出力されるものも、術者本人の技量によるものだからだ。

 文字や単純な図柄、情報伝達用の簡単な絵などという、単純かつ具体的な代物であれば、問題ない。それなりの教養さえあれば、必要最低限の想像力でも、出力される。というよりも、認識する側が、そうだとして認識してくれる。

 戦乱の時代には、伝令方法の一つとして、大変重宝されたらしい。大道芸では、商品の値段を告げると同時に値段を空中に念写するという技がある。タイミングはシビアだが、上手く操れれば印象に残しやすい。

 では、有用な術式なのかと問われれば、違うとしか言いようがない。

 例えば念写を使って、写生に挑んだとしよう。現物を見ながら描くのだ。それなりには想像力が働き、出力も可能だ。あくまでも、認識し、細部まで想像出来るまでの範囲だが。しかし、出力された想像の再現度や完成度は、術者の描画の技量によって表現される。つまりは、術者の絵師としての力量が出力に現れるのだった。そして発動までに掛かる時間も、実際に手などで描いたものと同じだけのものだ。

 非常に使い勝手が悪い術式だが、利点もある。この術式には、実際の物質を必要としない。紙と筆がなくとも、文や絵画が描けるとすれば、貧しい詩人や画家などには良い練習になるし、道具を切らしていた場合でも、メモやデッサン替りにはなる。

 尤も、前者は上達を目指すなら実際に描いた方が練習になるし、後者の場合も術式を維持し続けなくてはならない為、急場凌ぎにしかならない。他に、口の聞けない者の意思伝達には便利だが、製紙技術などが発達した現代では必要不可欠な術式ではない。概ね、余興や遊びに用いるのならば、そう悪いものでも無い。という程度の評価であった。

 写真の希少性は、この念写の難しさにあると言ってよい。これを創れる者には、ある種才能といえる、いくつかの技能が必要であった。

 まず前提として、完全記憶能力。これは見たモノを完全な象形として、寸分違わず記憶出来、またいつでも記憶再生が可能な者達だ。彼等は一種の異能とされており、統計に依れば、ビタロサではここ十年の内、一万人分の一人程の割合で確認されている。

 次に必要とされるのは、直感像投影。これは完全記憶能力保持者の内、その記憶を、正しく認識し、出力する技術だ。出力は正確かつ即座にされる。これには、心象具現化の術式を修めねばならない。これを習得した者もまた、その内の千人に一人程度しか記録されていない。その中で、念写と転写(トランスファー)複写(デュープ)などを高精度で扱えるものなど、十人に一人もいなかった。

 大凡の確率でいえば、一億分の一。人口ニ億を超え、三億に迫るビタロサ王国でも、現在、三名しか写真を作成可能な術者は登録されていない。ここ数十年で見ても、確認されたのはたったの十一名だ。統計としては物足りないが、人口の増減を加味すれば、ほぼ確率へ収束すると言ってよかった。

 ただし、研究により、現代の学者や技術者には、光の反射の働きによって、網膜を通し、脳が映像として認識するものが視覚情報であるとの知見があった。

 現在においては瞬時に光の動きを捉える技術やその働きを保存、再現する為の基盤も確立されている。ただし、それを実像として出力する方法だけが機工としては完成していない。

 試作されたこの写真機と名付けられた術具、昔からとてつもなく巨大な上、消費術力も多い。そのくせ、撮影にも非常に時間が必要となった。

 写真の第一需要は肖像にある。しかし、写真機によるものでは、時間の必要性からの拘束時間と、現像された物の解像度の低さにより、実用性は低かった。

 しかし彼等は、いずれ写真を、写真機を誰にでも創れる道具にしてみせる。との野心があった。

 何故なら、場面を切り取り、目に見える象形として遺したいという願いは、とても普遍的で、とても魅力的な、美しい希望なのだから。

 ともあれ、現在の写真の希少性を知るが故に、アンナの妄想は膨らむ。メニューに載せるなどという理由で写真を使える者など、そうはいない。余程の大物が目を掛けているお店に違いなく、好みこそあれ、その質は保証されたようなものであった。彼女は自分の立場を棚に上げて、大物=裕福+贅沢=美味しいもの、いっぱい食べている。の方程式を組み上げていた。

 情けなく疲れなど見せぬよう、凛と表情を引き締める。しゃんと背筋を伸ばして衣服の乱れも改めた。そして、スゥと息を吸うとアンナは、自分の頭よりもほんの少しだけ高い位置にある、大きな取っ手を両手に取って、パーラー・セレーナの扉を、押し開いた。

 ——チリン。チリーン。鈴の音が響く。扉の開閉を示す為のもので、扉の内側に飾られている。涼しい風が、アンナへ向けて、さっと吹いた。外は酷いくらいに暑く、店内は涼しい。その気温差が、風を呼んだようだった。

「いらっしゃいませ。お嬢様」

 風によって乱暴に閉じられぬよう、両手を添えて静かに扉を閉めると、遥か頭上から、そんな歓迎の挨拶が降ってきた。朗々とした、バリトンだった。

 人の動く気配と、大きな影が射したことから、店員がやってきたのだろうと察している。はしたなくならない様、ゆっくりと振り返り、一名。空いておりますか? と尋ねるつもりであったのだが、そこで見えたものに、思わず言葉を失った。

「へぅぇ?」

 そこにあったのは、膝だった。膝小僧であった。剥き出しではないが、形状から、膝だと判る。黒い良い生地の布越しに、突き出された膝小僧とアンナは今、対面していた。

 膝小僧が、アンナの頭より大きい。左膝に繋がる太腿に、そっと添えられているのは手である。そこに備わる指の一本ずつでさえ、アンナの手足よりも太そうだった。

 アンナは恐る恐る、頭と視線を上げてゆく。引き締まった腹や、逞しく幅の広い胸板は、純白のシャツに覆われている。装飾は簡素だが、これもかなり良い生地である。そして、恭しく下げられた頭。禿頭だった。毛が無く、傷だらけの頭であった。人体の急所であるはずの頭頂を、惜しげもなく曝け出した頭が、そこにある。肌は全て褐色に焼け、黒光りしている。

「騎士礼……」

 大きさ故に実感が湧き難いが、左膝を立て、右膝を折り、右拳を、地に立てるように置きながら首を差し出すように頭を垂れるのは、騎士が主人へと捧げる上級礼であった。

「……巨人族?」

 思わず呟いてしまうアンナだが、ハッとする。これは大変失礼な行為だ。名乗りもせぬ相手の身分や氏族を語るのは、非礼にあたる。これは唯一神教を国教と定めたビタロサ王国では、一般的なマナーである。主は偏見を嫌うという教えが、その礼法の由来となっている。

「これは大変、失礼いたしました。スィニョーレ。私、ここカターニアの街に住まう冒険者、アンナと申します。度重なる非礼、心より謝罪申し上げます」

 ここで一つ、淑女の礼。

 便利なものだ。込める感情によって、挨拶にも、感謝にも、謝罪にも、同じ動作で使えるのだから。経験は、研鑽に繋がる。幼い頃から繰り返してきたものだ。彼女の所作は、とても洗練されていた。

 ほうと息を呑んだ男は、既に顔を上げている。謝罪を受けるのに、顔を背ける事もまた、無礼な事だとされていた。

「謝罪を受け取らせて頂きます。アンナお嬢様。ですが、お気になさらずとも結構ですよ。私を見て、驚かぬ者はそうおりません。ましてや、怯えぬご婦人など、稀でございますれば。申し遅れましたが、私、当パーラー・セレーナの店主、ダイダロと申します。どうぞ、お見知りおきを」

 ダイダロの顔は体躯に相応しく、大きなものだ。首の太さはアンナの胴三つ程もあるし、頭と同じく顔にもまた、幾筋もの傷痕が残されている。眉はなく、髭もない。そして、彫りが深い。まず強面と呼んでも差し支えない容貌だ。しかし、瞳は優しく崩れており、僅かに浮かぶ笑い皺には愛嬌がある。その表情は沈毅にして理知的で、とても優しげなものだと、アンナは感じていた。

「とっても失礼なご婦人も、いらしたのですね。ダイダロ様は、こんなにも優しげで、素敵な紳士ですのに」

 言葉遊びではなく、素直な感想だ。このような雄大な体躯を持つ相手は初見であるが、礼節を知り、慈しみを持つ者ならば、尊敬に値するというのが、アンナの人物観だ。これは多分に、サルバトーレに影響されたものだが。

「様付けは結構でごさいますよ。お嬢様。ダイダロ、若しくは店主と、お呼び捨てください。フルングニル氏族の騎士、ダイダロ=フルングニル。憩いの一時の間、お客様へ仕える騎士となることこそ、我が宣誓でありますれば。パーラー・セレーナへ、ようこそ。いらっしゃいませ。アンナお嬢様」

 立ち上がり、向かうべき席を指し示すダイダロ。大きい。太い。高い。厚い。正直な所、アンナの頭の中へ浮かんだのは、そんな単純な感想だけでしかなかった。

 だがしかし、嬉しい誤算もあった。最初は、膝と身長の高さが同じくらいかこだと思ったが、そんな事はなかった。背筋を伸ばして立てば、爪先立ちさえしていれば、太腿の中程……まではいかないが、膝下よりも高いそれなりの場所へと視線が当たる。膝小僧は、ハイヒールなんかを履くことを前提とすれば、アンナの鼻くらいに、上部があった。

 あの時は扉を静かに閉める為に、腰を引いて、膝を落としていましたからね。私と並び立とうなどと、随分と生意気な膝小僧ですね! 負けませんよ! などと、誰にともなく心中で挑むのだが、聴く者はいない。彼女の身長は低く、二つ三つ齢を幼く見積もられるのが、ざらだった。それを密かに気にしていたのだ。なお、アンナにはハイヒールを履く習慣はない。

 とはいえ、男性としても長身なサルバトーレ相手でも、アンナの背丈は、腰近くくらいまではある。これは彼の足が長い為で、変わらぬ身長の者と並んだら、腹くらいまでの高さはある筈だ。ダイダロの身長は、目算にすればアンナなら四人分を遥かに超え五人分に近く、トトでも二人分の身長を優に超えてはいそうであった。

 そして、各部位が、大きく、太く、そして厚い。足や腕の太さなど、アンナの腰四つ分はありそうだ。ずんぐりむっくりで、ビタロサの基準でいえば、スタイルが良いとは言えない。しかし、巨体を活かす為に最適な筋肉のつき方は、騎士にこそ相応しい。それは、戦士の機能美だ。その威容は、まさしく山脈のように重厚で、雄大だった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ