64話 奉納舞。
結構目立ってはいるものの、アンナ自身の紹介を行う予定はない。
それは年少者保護制度からのものであり、子供への配慮であった。
レベッカとノエミも、海の巫女として参加していた年頃では紹介がなかった。
リーナでさえ、名前を公表したのは引退ステージの時である。
実際には、一緒の舞台に立つ姉達やアイドル達には名前自体を呼ばれているので、観客や視聴者、関係者などには名前などを確りと認識されている。
だが、主と国家との間の愛し子の名を呼ぶ事を赦されるのは関係近しき者だけだとされていた。
この頃の子供達に不特定多数へ名乗らせないのは教えと法、そして社会習慣上でのものである。
それが転じて、十二歳未満の子供に名乗りをさせないという行為自体が、『この子に、触れるべからず』という、明確な意思表示となっている。
「女神様の素晴らしき歌声っ! このムンライ、見えぬ事を今日ほど悔いた事、ありませぬぞっ!」
「いいぞぉーっ! 我等が女神様っ!」
『海ぴょい伝説』を唄うアンナへ具体的な声援を叫ぶのは二人の男達。
三面犬のムンライとメタボのマルコであった。
『魔法少女ガブちゃん』ブースにいた変態紳士達である。
ムンライには視力がないので、学園指定低学年向け旧式水着などという大量破壊兵器の影響を受けない。
落ち着きのある声援だ。
彼は衣擦れの音だけでも絶頂出来る達人だが、崇拝する女神の歌声に聞き惚れているので醜態を晒さずに済んでいる。
マルコは単純な男である。崇拝する女神様が応援を喜ぶので、致命傷を受けてなお頑張って耐えていた。
それは強靭な精神力と、篤い信仰心によってのものだった。
流石は苦難の時代を切り開くという、むっちり蒟蒻流の拳士であった。
ライトニングやフルゥ達、他の紳士達も顔を上げて雄叫びをあげながら応援してくれていた。
会場内の三割程は鼻血を噴出しながらも熱狂している。
それでも興奮によるものか、紳士達も具体的な言語による声援を送れていない。
それが出来ているのは、たった二人だけであった。
会場の多くは耐える事しか出来ていないのだから、それでも大したものである。
彼等が今、他の観客達とは違い耐えられていて、熱狂に支配されていないのは遠くて見えていないか、耐性を得ていたからだ。
既に、紳士達は下着姿という最終破壊兵器の暴威に晒されている。
水着姿は扇状的であるが、先程の下着に比べたら露出度が低く、直接的な破壊力は抑えられていた。
それに今は放送技術の匠達の手により、至近距離で直視まではしていない。
気を抜けばやられる。
とはいえ、妄想と煩悩を抑え込めれば、なんとか耐えられた。
だからこそ、言語は明瞭ならずとも、気持ちは表せた。
想い、想われる事。その幸せや喜びが、アンナにはとても嬉しい。
なので、その気持ちを返したくなる。
そして、この歌には想いを伝えるにはびったりな振り付けがあった。故に、決断した。
狂化込みとはいえ、アンナには踊りながら唄うというような高度な能力は身に付いていない。
曲に合わせて身体を揺すりながら唄うだけでも精一杯である。
だが曲の最後を締め括る、投げキッスの仕草くらいならば、なんとか合わせられる。
喜んで貰えると嬉しいな。そう想いながら。
密やかなる幼女の決意に気付いた者はいなかった。
アンナは唄うリーナとアプリーレに挟まれて、最後の一フレーズを元気よく歌い上げながら舞台上の皆と同じように、観客席へ向けて投げキッスを放った。
そして、会場内は爆発した。
比喩である。
一瞬でアンナは舞台上の皆から揉みくちゃにされながら舞台袖へ引き上げさせられたし、スタッフ達も雄叫びをあげて大騒ぎだ。
演奏者達は出鱈目に楽器をかき鳴らすし、観客席はもっと酷い。
怒号と悲鳴に彩られて荒れ狂う。
鼻血を噴出するどころか、卒倒する者たちまでいた。それは、あの七割の耐え忍んでいた観客達だ。
彼等は、自分には幼女趣味などないのだと耐えていたのである。
だがその様な危険なモノを見せられて、我慢出来る筈もなかった。
彼等は目覚め、思いっきり開き直った。
残り三割を占める先駆者達は、自分達と同じ領域に昇ってきた仲間達を歓迎している。
我等は、同志なのだと。
優しいかもしれない世界が、ここにはあった。
そして流石はトップアイドル達と経験あるスタッフ達である。
戻ってくれば即座に状況のヤバさに気付き、衝動を押さえ込んでアンナを着替えさせている。
併せて放送法や興業における倫理規定なども伝え、幸いリーナの機転により救われたのだと説明した。
これらは、一同の中では比較的冷静さを保っていたリィンによって行われた。
彼女はアンナを自分の膝の上に乗せ、視線を合わせながら懇々と説いている。
これはリィンの実家で飼っているワンコへの躾でのやり方なのだが、当然アンナに知る由もない。
だが、その内容は理解出来た。
そしてアンナは大層落ち込んだ。
自らの浅はかさで、一つ間違えていれば、皆の夢の続きを台無しにしてしまうところだったのだ。
少し感傷的になり、目の前のリィンとアイドルのお姉様達へ涙目で謝罪を繰り返す。
その姿に、既にデレデレになっていたお姉様達はゾクゾクしていた。
彼女達は、もう色々と手遅れであった。
「ふん。泣き言なんて、らしくないわね。アンナ。淑女はね。危険な時程、笑うのよ。それに失敗は取り返すものだわ。残妹は奉納舞が終わるまで勝手にメソメソしてなさい。行くわよ。ノエミ、レベッカ、ミリアム」
「……リーナお姉様?」
「ミリアム。フォローはしてやる。やれるな?」
「任せなよ」
「じゃ、ちょっと行ってくんね」
「どこへ……?」
呆然として問い掛けるアンナ。
十五名のアイドル達はリーナ達四人へ向けて、思いっきり、行ってこい。のハンドサインを送っている。
「ウチの舞台に決まってるじゃない。奉納舞ね。ついでだけど、姉は妹の不始末を片付けるのが役目でもあるわ。戻って来てもまだメソメソしているようなら、ぶっとばすわよ」
「え……」
ポカンとするアンナであった。
「ちょっとー。抜け駆けは狡くない? 私達だって、アンナちゃんのお姉ちゃんなんだからね」
「ガキんちょに持ってかれたままじゃ、ちょっと面白くないかな」
「リィンちゃんは素直じゃないわね〜」
「ツンデレだかんねー」
「本来は、妾共めの舞台です。ならば、責任を取るのもまた、妾達自身。同行しましょう」
「勝手になさい」
「じゃ、みんなも準備しておいてねー」
最後にアプリーレがそう結んで、リーナ達だけでなくヌオヴァ・ジェネラッツィオーネのお姉ちゃん達も再び舞台へ向かう。
十五名のアイドル達は、任せておけというハンドサインを送った。
「このっ! ロリコン共がっ!」
そして会場内に踊り出たリーナによる絶対零度の罵声が響き渡った。
大概な呼び掛けであるが、儀式として定められた祝詞である。
これで、表現は一昔前よりは大分緩和されている。
ヴァルキリー発表以前は巫女による聴衆への呼び名は、幼女性愛者という直接的に差別的な放送禁止用語であったのだから。
一喝に、会場内が静まり返る。
一部からは、踏んでくれ! や、もっと蔑んでくれ! やら、ぶひぃぃぃ! などという奇声が上がっているものの、多くの者がドン引きして落ち着きを取り戻した。
目覚めてしまったばかりのひよっこ共にとって、界隈の信奉者達からは至高のメスガキとも称されるリーナによる躾は大変刺激が強いものだった。
「アンタ達。紳士、淑女とも呼ばれる良い大人の癖に、ちっちゃな女の子に発情なんかしちゃって、恥ずかしくないのかしら?」
観客達の異常な反応から彼等が新たな扉を開いてしまったであろう事を確信している。
巫女活動をしていた頃に、嫌になる程何度も出会した反応なので、間違いようがなかった。
「思わないのでしょうね。ちょっと好意を寄せられただけで、すぐに負けちゃう、雑ぁ魚ですもの」
可愛がっている妹分という贔屓目もあるが、アンナは可愛い。
素直で、好意を全身で表現するし、大好き。という感情を真っ直ぐにぶつけてくる。
そんな感情を突きつけられて、平気でいられる者などあまりない。
ロリコンでなくとも気は迷うし、血迷ってしまうのも無理はないという理解があった。
なのに、本人に自覚がなく、とても無防備だ。故の牽制であった。
「アンタ達も大人ですもの。あの子の名乗りが無かった意味くらい、判らない訳がないわよね? だけど、可哀想な弱々お頭かもしれないから念のため言っとくわね。『触れるべからず』よ」
それは、唯一神教会、冒険者組合、国家あるいは国家連合という三大組織により、子供達に保証された権利である。
侵害するのならば、タダでは済まない。改めて突きつけられた律は、観衆に冷や水を浴びせた。
「そう。よろしくてよ。お解りになられたようでございますね。くれぐれも、ご自愛なさる事をお薦めいたしますわ」
リーナは優雅に淑女の礼。
改めて楔は打たれた。脅しそのものであるが、だからこそ有効な手であった。
大抵の者ならば、保身の為に理性を働かす。悠々と睥睨するリーナだが——。
「ぶひぃぃぃぃぃ!」
「メッスガキ! メッスガキ!」
「わっからせっ! わっからせっ!」
この様に、一部ではあるが、逆に火が着いてしまう者もある。
『わからせ』は極刑ともなる犯罪だ。
真面な精神状態ならば意図して口にする事すら憚られるものである。
舞台は一般向けの会場に設営されているが、それを視聴する観客の大凡半数が成人指定会場より来ていた。
その一部は極限の興奮状態にある。
成人指定ではメスガキものがここ数年で隆盛を誇り、今や一大ジャンルであった。
箍の外れた者達が、『メスガキわからせ』とノリで叫んでしまう程には言葉だけが一人歩きしていた。
「まぁ、いいわ。子豚達。耳を澄まして、ウチらの唄声を聴きなさい」
そして海を寿ぐ旋律が紡がれた。
熱を冷ますような穏やかな調べ。淑やかに歌い出すリーナの、透き通るような声。
穏やかな揺れる波にも似た抑揚で、静かに唄うセレナーデ。
「〜〜〜〜 」
静かに重ねられるのはノエミやレベッカ、そして偶像達の唄声だ。合唱でなく、演奏の一つとして。
それぞれの奏でる旋律が、リーナの歌声に絶えず形を変え続ける波のような色彩の変化与えていく。
それに声も無く聴き入る観衆。
そしてやがて、静寂にも似た海の巫女による独唱が結ばれた。
リーナは淑女の礼を一つする。海上ではク・ルッフが触手をまた一本落としていた。
「ご清聴。ありがとうございます。——落ち着いた? 子豚ちゃん達。ちゃんと良い子でいられるのなら、好きにしていても構わないわよ」
パチパチと、拍手がされる。少しずつのそれは、やがて会場全体に伝わった。
「あら。可愛いわね。お行儀の良い子豚ちゃんは好きよ。でも、言ったわよね? お好きになさいって」
リーナの言葉に拍手が鳴り止んだ。会場を掌握しているのは間違い無く彼女であった。
「奉納舞は残り八曲もあるわね。悪いけど、ブランクのあるウチじゃ厳しいわ。でも丁度、舞台上に今、八人も巫女がいるわね。だから。——ね? 紳士淑女の皆様方。どうか、お好きになさって」
とある一曲の前奏が始まると同時に、歓声が爆発した。それはヌオヴァ・ジェネラッツィオーネの大人気曲。
彼女達のデビュー曲にして、当時の売り上げ記録を塗り替えた偶像史。音楽史に建てられた金字塔。
「私達、ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネのデビュー作。今日は、海の巫女。ううん。姉妹達【シスターズ】と一緒に歌っちゃうよ! 皆も、準備はいいかな? いくよっ! 『READY』、ごーっ!」
飛び出したアプリーレが口上を述べて歌い出す。
同時に舞台袖から十五名の姉妹達も躍り出る。
大歓声が広がった。
アプリーレはとびっきりの笑顔だ。彼女の熱い掌は、リーナの手を握りしめていた。
そしていつしかアプリーレの唄声にリーナの歌が重なって、僅かな間にリーナの独唱。
その途中から声を重ねたリィンがノエミの手を取って、二つが併さる。
一パートずつ歌い手を変え、ペアを変え。一人が謳い出せば、時に二つ、時に三つから八つまで。そして時には二十三の声を重ねながら、『始まりの唄』は唄い継がれてゆく。
『READY』は、ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネのデビュー曲で、最高の偶像を世に出そうとした芸能事務所が文字通りに全てを賭けて制作した曲である。
前向きで希望溢れる歌詞や耳に残り易く何度聴いても飽きのこない曲だけでなく、各自の振り付けや歌い手のパート変更に合唱パートの選択も綿密に計算され尽くしたものだった。
僅かでも変更があれば崩れる。
だからこそ、五人が揃った時にだけ歌われて、どのようなゲストを招いた時であろうとも、五人以外は謳わない。それが、お約束だった。だが——。
「朝を待つ私。素直になれない私。こんな顔だけは見せられない。だって、胸がドキドキしちゃっているもの 」
リィンに背中から抱きすくめられて、彼女のパートの一部を淑やかに唄いあげるノエミや。
「メイクは万全。準備はおっけー。今日も無敵のアタシが今踏み出す 」
マイアと二人、腕を組み、くるくると周り手を振りながら、マイアの担当を伸びやかに唄うレベッカも。
「届けたい。この想い。贈りたい。幸せな気持ち。この場所に、アナタが居るからワタシがいれて、私が在るから貴方は立つの 」
肩を寄せ合い慎ましく、けど朗らかな歌声を響かせて、穏やかに二人声を併せるペトラとミリアムに。
「そんな私は無敵の偶像。共に並ぶは最高の仲間。さぁ、始めよう。挑むのは、世界の全て。さぁ、みんな。覚悟は良いね? いくよー 」
手を握り合い、頬を寄せ合いながら、最高の笑顔を浮かべて、観客達へ挑むような視線を向けながら歌うアプリーレとリーナだって。
お約束など関係ないとばかりに、高らかに謳う。始めの唄を。進むべき一歩目を。
「『READY』〜 」
九つの声が重ねられ、会場内に一拍分だけ音が消えた。そしてーー。
「「「「「「「「「ごーっ!」」」」」」」」」
九つの偶像達の声に、十万を超える声が重ねられる。地が揺れ、天を裂くほどの轟音が広い会場内に響き渡った。
その後の奉納舞は恙なく進行してゆく。
残る七つの歌を、組み合わせを変えながら。
時に集い、時に別れながらも舞い踊り、謳う水着姿のアイドル達。
そして最後にリーナがしめやかに祝詞を唱え上げる。
「海よ。仲間達よ。同朋よ。この想いが、繰り返す昼夜のように、海にさざめく波のように。決して途切れる事なく、連綿と続きますように。そうあれかし」
そう結ばれて、奉納舞は大盛況で終了した。
「久しぶりの海の巫女の奉納舞! もう最っ高っ!」
スポットライトが当たったアプリーレが叫んだ。観客席も沸く。
その歓声の中で、彼女は、でもね、でもねー。と呟く。自然と耳目が集まった。この隙に、他のアイドル達は舞台袖に引き上げて行く。
「奉納舞は終わったけど、私達ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネの舞台。いいえ。私達と姉妹達による、この夏の奇跡の祭典は、まだまだ続くよっ! なんてったって私達も、新曲を用意して来たんだぜー!」
更に沸く会場。
なんか凄い事になっていて、観客達も忘れていたがこの舞台。元々は彼女達単独のものだ。
付加価値は高いが会場までやってきて、生視聴を望む観客の殆どの目当ては、偶像達の頂点【トップアイドル】である彼女達だった。
「てなわけで、ちょっと休憩行ってくるねー。ん? 何? 皆も休憩行きたいの? んー? どうかなー? 後悔するかもよ? ん? そっかぁ。じゃぁ、一曲終わったらちょっとだけ、全体で休憩いれよっか」
そう言いながら手を振って、舞台袖に引き上げて行こうとする素振りを見せたアプリーレが立ち止まる。
「その曲は、誰か一人のモノじゃない。皆の歌。遥か昔より、唄い継がれてきた祝福のお歌。だから皆も、一緒にどうぞ。そだそだ。忘れちゃだめだよ。『触れるべからず』だからね。——おいで、アンナちゃん。皆と一緒に唄いましょっ!」
そしてアプリーレが両手を拡げれば、そこに飛び込むのは小柄な影。
優しくも清らかな癒しの御使、ガブリエラを模した可愛らしい衣装を纏ったあの幼女。
つい先程会場内に混沌をもたらした新人と思しき偶像。つまりはアンナであった。
「着替えて来るよ。一曲だけ、皆をお願いね」
郷愁を誘う旋律が流れ出す。
アンナはコクリと頷いて、アプリーレへ一度頬擦りすると離れ、入れ替わるように舞台中央へと立った。
眩いスポットライトが幼女を照らす。
淑女の礼を披露して、顔を上げた。
そして、幼い声色が紡ぐのは郷愁の唄。
帰る事のない故郷。捨て去ったものを偲ぶ、失いゆくものへの哀歌。
同時に、新しき楽園を寿ぐ唄。
受け取ったものの暖かさを胸に抱き、前へと進み、新たな地平へ辿り着こうという祝歌。
数千年以上も昔。救世主時代よりも遥か以前から唄い継がれてきたその唄は多くの者達には馴染みの深い唄だった。
かつては故郷を捨て、新天地を求めた開拓民。
その子孫でもあるシシリア州民には殊の外馴染み深い歌で、編曲、歌詞付けが行われて、今でも州歌として使われている。
他州の者とて変わりはない。
故郷から離れ、新たな世界に踏み出した者などありふれていた。
そうでなくとも別離を経験した者ならば、必ずしや抱く感傷。
他国の者とて変わりはない。
過去に培ったものを抱き締めて、現在を背負い、未来へと向けて歩みを進める。
そうあれかし。と、望む歌だ。聴くだけで、勇気が灯った。
会場の者達は綺麗だが、声量がある訳でなく、技巧に優れる訳でもない、ただ懸命なだけの小さな女の子の唄声に我知らず、そっと自分の歌声を重ねた。
歌声としてきちんと聴こえるのは、優れた術具の効果であった。
研鑽の結果ではない。歌唱としても、子供のお遊戯の域を出ていない。なのに、愛おしい。
女の子は、大好きだよ。愛しているよ。と歌声で、全身で叫んでいる。
枯れかけた喉で、痛くて、苦しくて、辛いのに。
それでも伝えたい。言葉にしたいと吠えるのだ。
それが嬉しくて、同じ想いを抱いていたくて。
こんな事など、なんでもないと声を上げる幼女。
そんな想いを受け取って、ならば、もっと、もっと沢山贈りたいものがあるのだと、誰もが願った。
そして最後の一句を唄い上げ、幼女は綺麗な淑女の礼を披露した。
集ってくれて、今、心を一つとしてくれた皆へと向ける、感謝を込めた最上礼。
声は無い。全ての視線が釘付けだった。万雷の拍手が鳴り響く。
「皆! アンナちゃん! お待たせっ! ありがとう! さぁ、一息いれよっか。その後は、新曲の発表もあるょっ! 宴はまだまだ続くよー! みんなで一緒に、最高の舞台を作っちゃおうぜー!」
飛び出して来たアプリーレがアンナを抱き上げて叫ぶ。
飛び出して来たのは彼女だけではない。四人の姉達も、ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネの四人と十五名の偶像達も一緒であった。
彼女達に揉みくちゃにされながら、アンナはまた舞台袖へと引き上げた。
その後のアンナは脇役として楽しんだ。持ち歌がある訳ではないし、混ざって歌えるような技量もないので当然だ。
この舞台自体が、元来はヌオヴァ・ジェネラッツィオーネのものとして用意されていたものである。
楽しくて、嬉しくて喜んで混ざっているものの、これ以上にアンナへ光が当てられる事はない。
筈だった。
とても楽しい時間が過ぎてゆく。様々な曲が流れ、偶像【アイドル】達が舞い歌う。
十万を超える大勢の人達が、楽しくて、嬉しくて、幸せなのだと笑顔を見せる。
眩く輝く二十四人の姉達の誰もが、凄くて、綺麗で、可愛くて、素敵な、最高の笑顔を見せている。
それだけで、アンナは幸せだ。胸の奥から、大好きだよ。愛してるよ。という想いが、叫び出したいくらいに湧き上がってくる。
幸せな時間が、もっと続いて欲しいと願う程に。
それでも、残り一曲で舞台は終わる。
閉幕の時は近かった。
最後の曲は、ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネのもう一つの新曲だ。
アプリーレの宣言通りに、一つ目の新曲は休憩後に発表されていた。それはドラマ放送での主題歌で、宣伝もされていたものだった。耳にしていた者も多く、世間にも馴染んだものである。
この他に、これまで隠していた曲をこの夏の祭典で発表する予定であるのだと教えられていた。
その曲は、偶像【アイドル】になりたいと願ったごく普通の女の子達の心を歌ったものだ。
夢を願い続け、辿り続けたその現在地。歌詞にある「ありがとう。これからも、よろしくね」という言葉は支えてくれた全てへの感謝と、共に輝きの向こう側に進みたいという希望を強く表していた。
それは、アンナの想う愛の形でもあった。
大層気に入ってしまっていて、休憩中に一度聴かされただけなのに覚えてしまった歌だった。
この曲だけはヌオヴァ・ジェネラッツィオーネの五人だけで謳う。
元々は彼女達の舞台であった。
ノリと勢いでアンナ達も舞台に立ってはいるが、彼女を含めた二十名は初めて耳にした歌である。
舞台の最後を締めるのは、望まれて立つ、偶像達の頂点【トップアイドル】であるべしというのが彼女達の総意となった。何せ、唄えないし、踊れないので。
その紹介という大役を任されて、アンナは浮かれてしまっていた。
彼女達の大切な唄を、彼女達を愛し、また彼女達が愛する人達に伝える為のお手伝い。
お母様と同じ様に、世界の全てを愛したいと願う。
我儘な子供の夢という自覚はあった。
それでも自分が少しでも力となれる事が嬉しくて、ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネのお姉ちゃん達も、本当に嬉しそうだから。
幸せそうに、笑っているから。
殊にアプリーレの笑顔は最高のもので、この笑顔にこそ似合う、最高の舞台が待っているのだと、願ってしまっていた。
故にアンナは、大切な事を忘れてしまっていた。




