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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
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63話 超級危険物質



「さぁ、さぁ、さぁ、さぁ! 皆が待ち望んでいた、若き王者が帰ってきたぞーっ!」


 声だけを響き渡らすのはアプリーレだ。どうやら補給は済んだらしい。

 アンナは中途半端を赦しはしない頑固な子だ。

 目標があれば、それをどんな形でも叶えようとするだろう。そんな子供を放っておけるようなアプリーレではないと、リーナは知っている。


「伝説を残して辞めちゃった、海の巫女。彼女が掴み取ったのは拳闘の誉。その活躍は凄いし、嬉しいよ。でも、私達は忘れられないの。舞台で舞い踊り歌う、至高のメスガキ様の姿がっ! 私が、皆が。待ち望んだあの子がっ! 変わらない姿で、ステージに帰ってきたよーっ!」


 ネーヴェに伴われて舞台上にリーナが立つと、怒号のような歓声で会場が震えた。

 ネーヴェは長い髪と物凄いお胸を揺らして、舞台袖に引き上げていった。

 結果。歓声を一身に受ける事となったリーナは腕を組み、観客席を睥睨している。

 コメカミには青筋が浮かんでいた。すうっと息を吸い込み、慎ましいお胸が膨らんだ。そして——。


「このっ! どヘンタイどもがっ!」


 十万超の怒声に負けぬ、一喝だった。

 一度は静まり返る会場。リーナの姿が画面内に大きく映される。


「本当。どうかしてるんじゃないかしら。淑女にこんな格好をさせて喜ぶなんて、とんだ変態としか言いようが無いわね」


 ブヒィーという、更なる怒号。

 豚の悲鳴のようなそれは、海の巫女へと捧げられる伝統と格式ある祝詞とされている。


 海の巫女には可愛らしく着飾った姿で肌を晒すという伝統がある。それが正装だ。

 海辺の夏で肌を晒す服装。それに最も効率的で相応しいのは水着であった。

 元々濡れる事を想定しているし、機能性上露出も高い。安全上海には入らない巫女達だが、高波などでは濡れるので水着を纏い、可愛らしく着飾った。


「一応言っておくけどね。海の巫女の引退は撤回するつもりはないわよ。ウチももう、十四だもの。とっくにク・ルッフの趣味からは外れているし、地上でやりたい事だってあるもの。早く次の巫女達を見つけてあげてよね」


 リーナが静かに語り出す。

 その声は会場内全てに届いている。舞台用に調整された高性能術具によるものだ。これさえあれば声量などとは関係なく、遍く声を届かせられた。


「知っている人達もいるかもしれないけれど、あの頃、ウチは拳闘に嵌まっていてね。練習に、時間を割きたかったの。学園での勉学も疎かに出来ないから、歌や踊りの練習時間とは二者択一になっちゃってね。で、選んだのが拳闘なのよ。噂されていたように、偶像【アイドル】活動が嫌いになった訳ではないし、求められて都合が付くようなら、今日みたいな参加もやぶさかではないわ。それはノエミとレベッカも同じなの。尤も練習はちゃんとしておきたいから、きちんとスケジュールを組んでだけどね」


 会場はどよめく。

 伝説を残して海の巫女を引退したリーナが、学生拳闘七冠王者となった彼女が、再び舞台に立つ事を厭わないと言っている。

 ノエミとレベッカも同じくともだ。

 その意味は重い。

 偶像として信仰をする事への赦しであり、日々の生活に彩りを与える福音でもあった。喜びの歓声が沸き上がる。


「おっとっとー! なんという事でしょう。やはりというか、当然というか、海上に、ク・ルッフ様が浮かんできたぞー!」

 だが、そこにアプリーレの叫び声。

 画面に海上の様子が写しだされた。海面に顔を出すク・ルッフに海上警備隊が向きあっている。

 夏の風物詩であった。


 古来より伝わるは、海の巫女の奉納舞。

 この夏の祭典自体がそれを元にした催しだ。

 巫女達の舞に満足したク・ルッフが触手を置いて海へと還れば大成功である。

 その後、海を汚したりなどしなければシシリアを囲む海域での一年間の豊漁などが約束された。

 のみならず、海難事故や天候被害のような災難からも護られた。

 それは海、海神、ク・ルッフと、島、巫女、そして人類種との間に結ばれる契約で、それによる福音でもあった。


 リーナが引退した翌夏は結構な人気若手アイドルを呼んだものの、触手を置いてはいかなかった。

 その翌夏もまた、別の大人気アイドル達を呼んだが同じ結果であった。

 少し後の日にク・ルッフが触手を残して海へと還った事件があったが、それは契約とは無関係なものである。正式な奉納による契約でなければ、福音は齎されないものなのだ。


 この契約が結ばれないと、どうなるか。

 経験則でしかないが、海は不漁にして内陸部まで塩害が広がり不作となった。

 嵐や原因不明の海難事故などが頻発して、州経済にも深刻な損害を与える事となる。

 邪推する者はこれらは邪神ク・ルッフ達が齎す災害。などと言うが、世間はあまり取り合わない。

 海辺の人々は台風や高波から身を挺して村落を守護するク・ルッフの姿を見るし、伝承でも幼女好きという以外は残されている逸話は優しいものなので、友好的な超越種であるとされていた。

 両者の関係は概ね良好なので、祭典の主催者達は己の力不足を嘆いた。


 だからこその、三年目。

 名実共に、偶像達の頂点【トップアイドル】である五人の偶像【アイドル】ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネと、彼女達と鎬を削り合うトップアイドル達を呼んでいる。

 これで駄目なら、人類種にはク・ルッフを満足させる術はない。そう思い込んでいる主催者達であった。

 画面越しのク・ルッフを見詰めるリーナが、再び口を開く。


「ク・ルッフ。ごめんなさいね。お嫁さんにはなってあげられないわ。だけど、そうね。今日は久しぶりに、貴方と、貴方の大好きな人達の為に、歌い踊るつもりよ」


 舞台を見る。

 それは懐かしいものだった。海や波を意匠とする煌びやかな飾りは珊瑚で造られたものだ。

 巫女とク・ルッフに捧げる為に、連綿と海辺の職人達によって造られてきた、伝統。歴史そのもの。


 それは、想い、願い。


「天の星々のように数多いる人の子の中から、貴方の、貴方達の大切な推しが見つかる事を祈って、唄います。曲は、『海ぴょい伝説』。最初から、全力でいくわよっ!」


 演奏者達から、軽快かつ、陽気な旋律が奏でられ出す。

 「海大好きっ!」の歌詞から始まるこの歌は、海の巫女レパートリーの中でも大人気の曲であった。

 世界各国で子供の歌として流されているし、知らない者はいない程の有名曲である。

 そして、神事では最初こそ一人の巫女による独唱だが、途中からは他の巫女達も合流し、合唱となる。

 華やかであるし、盛り上がった。

 リーナが最初にこの曲を選んだのは、舞台を盛り上げ続けてくれた皆への感謝の為だ。

 これならば、全員が歌えるし、それぞれに自由にしていても、見せ場となった。


 そしてリーナの独唱に、声が重なった。

 透き通るような高貴な声音。

 紫薔薇の歌姫とも呼ばれる、海の巫女リーナの介添人ネーヴェの歌声だ。

 予定通りの手筈であった。

 奉納舞であるからして、厳密な手順がある。

 始めの巫女の歌声へ、最初に重ねるのは介添人を勤める巫女とされている。この介添人、始めの巫女よりも年長者から選ばれた。


 それは良い。良いのだが、リーナは至近距離から、物凄いモノを見せられている。


 巫女役を勤める以上、水着を纏うのが正装だ。

 他の飾りなどは比較的自由だが、水着は絶対条件である。


「誠、愉しきこと。流石は海の巫女。妾の杞憂など、文字通りに、ぶっとばしてしまわれましたね」


 歌の切れ目に、上機嫌で、嫋やかな囁き。

 それは良い。少々あざといが、少し草臥れた麦わら帽子を被り、男物の大きめのカッターシャツを羽織っているのも、まだ良い。


「くっ!」


 だが、彼女のイメージカラーでもある、薄紫色のビキニタイプの水着は良くない。

 色々と溢れそうで、目に毒であった。

 身長差から、リーナの視線は丁度お胸と向き合う高さにあった。それが、バルン、バルンと揺れている。

 大地震であった。海辺の大地震は津波を伴うので、非常に恐ろしいものだった。

 そして次々と歌声が重なってゆく。

 この段階にきてリーナは己の迂闊さを悔いた。


 『海ぴょい伝説』は合唱だ。

 つまりはこの場合、最大二十五名が舞台へ上がる。

 レベッカ、ノエミ、ミリアムのモノは想定内である。既に散々弄り倒しているので克服済みだ。

 絶対に負けてなるものかと、リーナ自身は決意していた。

 だが、その気概は既に折れかけている。

 曲の途中では四人一組となって身を寄せ合う演出が挟まれる。

 その組み合わせが介添人であるネーヴェに加えて、同じくビキニスタイルのミリアムとペトラであった時には絶望的な戦力差に慄いた。

 その時、リーナは思わず真顔になっている。


 可愛らしい水着姿のレベッカとノエミは似たような水着であるマイアとリィンと組んでいる。

 揃って楽しそうだった。

 他のアイドル達もそれぞれに個性的な水着を纏い、歌い踊る。

 皆、スタイルが良いのでノリノリで揺れていた。

 ほぼ全ての参加者が、富める者達であった。


 きっちりと歌い踊りながらも救いを求めるリーナ。

 彼女が探すのはアンナとアプリーレであった。

 アンナはまだまだ子供なので、貧しい族である事は確定的に明らかだ。

 そして二年ぶりに会った一つ年上のアプリーレも、貧しい族であった筈である。


 そしてようやく見つけたアンナとアプリーレの姿にリーナは愕然とする事となった。




 海に入る予定はなかったが、国際展示場の付近には夜間まで運営されているプールや大浴場などがあって、祭典の期間中は無償で解放されている。

 時間に余裕があるのならば、そういう場所も楽しもうと予定し、初参加であるアンナとミリアムにも水着の用意をさせていた。

 レベッカとノエミは判っている事なので、特に指示する必要はなかった。


 ミリアムのビキニの水着は判っていたものだ。あんな規格外のモノ。入る水着など限られる。

 アンナも鍛錬で温泉を使うので、水着は持っていると言っていた。

 なので、じゃ、お着替えと水着だけは持って来なさいな。他の用意はしておくわ。と、軽く言っておいた。

 アンナの荷物を前以て確認しなかった迂闊を呪う事となるとは、その時リーナは思いもしていなかった。


 何故なら、現れたアンナが纏うのは濃紺の生地にサイドには白いラインの入ったワンピース型のもの。

 股布から腰回りにかけて二重構造の水抜きと呼ばれる形状となっており、スカート型やダブルフロントなどとも呼ばれる意匠である。

 それは学園低学年向けの指定水着、しかも旧型のものであった。


 そんなアンナが、嬉しそうにして、トテトテとリーナ達の方へ駆け寄って来る。

 遅い。だが、リーナは複雑な心境の為、迷いがあった。それに、同じく見せられたアプリーレの裏切りに激しく動揺もしていた。


 同族だと思っていた彼女の胸部はこの二年の間にそこそこの成長を遂げており、形良く実っていたからだ。

 貧しいなどとは言えない、美しい造詣であった。


 なので、目を逸らした。

 現実を受け入れるのは辛かったからだ。また、希望でもあった。

 一つ歳上の彼女に訪れた成長期が自分にも来るのではないかと僅かな期待をして。

 なお、寛大なリーナであるが、裏切りに赦しを与えた訳ではない。

 後で報いを受けさせるつもりであった。だが今は、それどころではない。


 問題は、アンナの姿であった。

 十二歳未満の、主と国家の子供達の纏う旧式学園水着などは放送法により、危険物指定がされている。

 放送や配信に乗せる事を許されていなかった。

 放送法は穴もあるが、結構厳しいものである。

 意図的に子供達の姿を乗せる事に対して厳しい罰則があった。

 罰金や認可の取り消しだけでなく、悪質な場合には責任者の禁固刑なども適用された。

 これはあくまでも不特定多数に晒される事を良しとしない放送法上のものであり、催し自体にはあまり影響のない事だった。


 海の巫女としての活動が放送されなかったのはリーナ達が十二歳未満であったからだし、十二を迎えた引退ステージは放送に乗っている。

 アンナが前に出ても、舞台には影響がない。

 だが、この舞台は各国に生中継されていた。

 普通の水着や格好で映り込む分には不可抗力としての温情や忖度があるが、こんな超級危険物が放送に映り込んでしまっては大事故であった。

 だから、鋭く叫ぶ。


「その子を映すんじゃないわよっ!」


 ビクリとして、アンナが立ち止まる。

 叫ばれて、驚いた為だった。

 アンナはおずおずとリーナを見上げた。

 これだけで、放送局の職員達には意図が伝わった筈である。

 彼等もまた専門家。敢えて危ない橋を渡るものではない。神事の最中であった。舞台演出などは変えられない。

 ならば、放送局の誠意と技量に期待するしかないのだ。


「大丈夫よ。いらっしゃい」


 リーナがそう微笑めば、アンナは安心したように嬉しそうにして寄って来る。そして一緒に唄い出した。

 一生懸命だ。アンナの歌は声量こそ物足りないものの、声が綺麗で結構上手であった。

 改めてリーナは思うのだ。この幼女、やべーなと。


 なにせ観客席の多くの観衆が言葉を失い身悶えしている。

 十一名の使徒を名乗る、ど変態共と一部の者達だけは元気に大歓声を送っていた。

 ざっと観衆の七割程が表情を恍惚に染め、鼻血を垂らしながらも身悶えし、耐えていた。

 ついでに言えば舞台上の偶像達も切なげに恍惚とした表情を見せている。結構ヤバイ絵面であった。


 その姿は覚えのあるものだ。引退ステージで腹パンを見舞った相手達が見せたものである。

 接触もなく、一瞬で自分の腹パンの七十倍に匹敵する戦果を齎すなど、やべーとしか言いようがなかった。

 ともあれ。『海ぴょい伝説』が終われば、一旦アンナは引き上げる。

 この超級危険物は暫く封印となる筈だ。

 水着は譲りようがないが、大人数の合唱で映える曲は多くない。

 奉納舞が済めば、水着の必要性も無くなるのだ。

 仲間外れになど、する気はない。一緒に遊んであげるのは、それからでも良かった。


 他のアイドル達だって、色々とヤバかった。

 倫理的な意味である。

 選りすぐりの美女、美少女達が霰もない水着で歌い踊るだけでなく、恍惚に染まった顔で震えているのだから仕方がなかった。

 その表情だけで、成人指定をされかねない。どうにかして場を仕切り直さねばならなかった。


 放送上の最大の危機を脱しようとするアイドル達と観客達だが、宴はまだまだ続く。

 リーナを主体とする奉納舞が終わったとして、アイドル達が色々と危ない水着からステージ衣装に着替えても、まだまだク・ルッフも海へと還らないだろう。

 ここからの彼は、一ファンとしての参加となる。

 それは、受け入れられている事だ。

 既に触手を四本落としているのに還っていない。どうやら、まだまだ期待しているらしかった。


 トップアイドル達に挑む、新人アイドルの顔見せの時間はもうすぐ終わる。


 その先は、アイドルとスタッフ、そしてファン達が一体となって、最高のステージを創り上げる時間となる。


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