61話 続く舞台。
「うぇーん! ペトラおねーちゃーん! 逢いたかったよー!」
「ミリアムちゃん。私も、逢いたかったわ〜」
抱きついて、抱え上げ、クルクルと回す。
身長差はすっかり逆転していた。ペトラの綺麗なお顔はミリアムの物凄いお胸に埋もれる。
盛大にリーナが舌打ちした。
感極まって胸に飛び込んでしまい、怪我などさせるような迂闊なミリアムではなかった。そして降ろす。
「あら、あら。まぁ、まぁ。本当に、立派な淑女になっちゃって〜。お姉ちゃん、とっても嬉しいわ〜。でも、お姉ちゃんは、こっちのほうが嬉しいかも〜」
そう言って、ペトラはミリアムを抱き返す。ミリアムの綺麗なお顔も、ペトラの物凄いお胸に埋もれた。
リーナがまた大きな舌打ちをする。
観客達は手を振って、おっぱい! おっばい! と合唱し続ける。
そしてリーナはまた、三度目の大きな舌打ちをするのであった。
ミリアムは既にペトラには忘れ去られたものだと思っていたが、そうではなかった。
ペトラにしても、同じであった。
彼女は社会から大きな支持を得る為に、ミリアム達と別れ、タラスクが聖龍として覚醒した後、誘われていたアイドル活動を始めた。
だが、まさかあの時の小さな子が自分を覚えているとは思っていなかった。
子供は覚える事が多過ぎて、記憶を薄れやすいからだ。ところが、六年も昔の一月に満たない邂逅は、二人には強い想い出となって残されていた。
そんな姿を見せられれば、アンナだってニコニコだ。とても幸せな気分になる。
だが、アンナは結構賢い子であった。現在、五人中四人が知り合いだ。これはまさかとネーヴェの綺麗な紫色の瞳を覗き込む。
すると彼女は頬を赤らめて、うっとりと微笑んだ。
とても綺麗な笑顔であった。
でも、面識はない筈だ。確かめなければならない。
何故なら、未知は怖いのだから。知らなければと思い。そして——。
「あ、あのですね。ネーヴェ様。私達も、もしかして——」
言い切る事なく、アンナの耳元へ唇が寄せられる。花の佳い香りがした。
「ご心配なく。妾めは、御身のお味方でごさいますれば。心置きなく、お楽しみください。オリヴェートリオ・シシリア辺境伯」
「ほへ??」
そして唖然としたアンナの間抜け顔が、大画面にすっぱ抜かれた。
「あら〜。可愛いわね〜。ねぇねぇ、ミリアムちゃんも、アンナちゃんのお姉ちゃんなんでしょう? じゃあ、放っておいちゃ、ダメよね〜」
「えへへ……。まぁね」
クスクスと微笑むペトラに、照れ臭そうに笑うミリアム。
彼女にとって、お姉ちゃんは憧れであり、目標だ。
そんな彼女に手を引かれるならば、否とは言えない。それに、舞台には友達がいて、妹がいる。
もう暫くすれば、自分一人だけ離れる事になるのだ。その前に、仲間外れなんて嫌だった。
ならば、共に歩む時間を少しでも。そう思えばこそ堂々と舞台へあがった。そして、くるりと観客席へと振り返る。
術具は必要ない。身一つあれば、声を、心を届けられる。何故なら彼女は、巨人族の乙女であるからだ。
「悪いねっ! 観客の皆っ! アンタらの知らないアタシが、この舞台に上がらせて貰うよ! なぁに、心配しなさんなっ! 絶対に、後悔なんてさせやしないさっ!」
観客達の歓声が響く。彼等はミリアムを知らないし、ついでにアンナの事も先程までは知らない。
レベッカやノエミを知る者だって、そう多くはなかった。
だが、あまりにも澱みのない劇的な展開に、これは仕込みだと思っている。
人気アイドルの舞台へ、新人や売り出し中のアイドルが登る事は珍しい話ではない。
それを切っ掛けとして、人気を得る手法もあるのだ。彼等はそう判断していた。
「おっとっとーっ! またステージに上がる、新たな挑戦者が現れたぞーっ! しかも、とんでもない美人さんだーっ!」
アプリーレが煽る。その言葉へ素直に頷ける程にミリアムは美人であった。
国際的人気アイドルグループであるヌオヴァ・ジェネラッツィオーネの舞台に立つ新人など、期待しか持ちようがない。
観客達は盛り上がる。それに、露出の高いミリアムは凄いのだ。主に色々な部分が。
「やっばい、ライバルが出ちゃったかー。じゃあみんな、最高のステージを作る為に集まった、最高の参加者達を、改めて紹介するよ!」
手振りで静かにするように。と、全てを制したアプリーレが、最初に一人一人、裏方達の名を呼ぶ。
その度に舞台の側に居る者にはライトが当たり、歓声が沸き上がる。居ない者もまた、大画面に映し出され、やはり歓声があがった。放送技術は、それ程までの進化を遂げている。
「えへへ……。でもね、でもね。悪いんだけど、ありがたいけど、感謝してるけど。私達を支えてくれる皆だけど、ここまでは、みんな脇役。ここからは、今日の主役達を紹介するよー!」
そう言って彼女は、後ろに居並ぶアイドル達の内、一人の女性の手を取って舞台中央に誘う。
彼女は十五名の列では先頭に立っていたアイドルだった。
アプリーレは彼女の名を呼んで、はい。今更だけど、皆に声を掛けてあげてよ。あと、後ろに引っ込んじゃダメだよ。と囁いた。
今回のステージでは主役の座を譲ったものの、彼女もまた、実力派で知られたアイドルだ。名乗りをあげれば会場は沸き立つ。
彼女の、というよりも今回のステージではバックダンサーとなった彼女達にも大勢の熱心なファン達がいて、観客達それぞれに推しがいる。
どちらも最高のステージを創り上げようと、心を一つにしていた。そして次々とステージ中央へ誘われるアイドル達。
アンナはあまり詳しくないが、アイドル業界は完全な実力主義、結果至上主義であろう事くらいの想像がつく。
そのような場所ならば、そのような世界であるからこそ、時と場合によっては自分を磨く事よりも、他人を蹴落とす方が賢い事だってあるだろう。
なのに、今日いる皆は、自分を高め、仲間達を高める事に尽力しているように思えた。
とても優しい世界、そして素敵な世界が創られていくのを感じていた。
そして多種多様、千差万別な遅れて来た今日の主役達の挨拶が終わる。
挨拶を終えた彼女達は、後ろに下がる事なく、ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネ達とアンナ達の隣へ並んでいる。
アプリーレは誰にも、後ろへ下がる事を許さなかった。
「くぅーっ! 私達が最初に自己紹介なんてするんじゃなかったよ! こんなんじゃ、私達の印象が薄れちゃうじゃん! 流石は、今日の主役達、今をときめく、一線級のアイドル達だぁ!」
大袈裟な泣き真似をして、ニヤリと笑うアプリーレ。おどけて言えば、どっと客席からは笑い声が湧き上がる。二十五名で並んだ彼女達は、とても華やかであった。
「まぁさ。当然だけどさ。私達は有名だし? この二十名のトップアイドルは、皆知ってるのが常識だよねー! えっへっへ」
そうだ、そうだ。と答え、トップアイドル達の名を呼ぶ観客達。
そうなのだ。ヌオヴァ・ジェネラッツィオーネと他の十五名のアイドル達は、人気、知名度共に国際的にも非常に高い、謂わばトップアイドル達だ。顔も名も、広く知られている。
「うん、うん。でもさ! でもさ! なんと、そんな私達トップアイドルに、殴り込みを掛けて来た身の程知らずの新人がいる訳よ! そんな子達が、ここにはいるんだよねっ! それが、この五人! なんと、その中には、あの伝説までいるときたーっ!」
アンナ達の事である。
彼女とミリアムはアイドル活動などした事はないし、レベッカとノエミの活動時期は子供の頃の事だ。
彼女達にしても、正式な職業として契約を交わした訳ではないので、一般的な知名度は低い。
それはリーナも似たものであるが、一方で、彼女の引退ステージは伝説となっていた。それも、色々な意味で。
実際に素晴らしいステージではあったのだが、それだけではない。
彼女が引退の意思を告げると、翻意させようと暴徒と化した一部のファン達がステージに乗り込んだからだ。リーナは彼等一人一人に、丁寧に腹へ拳を見舞っていった。
倒れ伏すファン数が四桁を超えた頃、官憲の介入もあり、ようやく騒ぎは収まった。
リーナは倒すべき人数が予測出来なかった為、拳を痛めないように、腹パンだけを狙っていた。
彼女も成長しているのだ。既に、ダガンやク・ルッフに襲われた頃の、幼い少女ではなかった。
なお、意識を刈り取る顎への一撃とは異なり、腹部への打撃による無力化は苦痛の為である。
地獄の苦しみが長時間続いた。それは極まった狂信者達にとって、有難いご褒美でしかなかった。
「みんなも、彼女達の事を知りたいよねー!」
観客達を煽るアプリーレ。観客達は一斉に、知りたい、知りたい。と声をあげる。うんうん。と頷いたアプリーレはミリアムへ掌を差し伸べた。
「じゃぁさ、じゃぁさ! ペトラと一緒に、最後にステージに上がってくれた、もんのすんごいスタイルの、滅茶苦茶綺麗なお姉さん! 自己紹介くらい、出来るよねっ! ……あれ? ちょっと待って。確か年下だったんだっけ? じゃあ、もしかして、もんのすごい美人の、もんのすごいおっぱいのお嬢ちゃん? あれれー?」
どっと笑いが巻き起こる。アプリーレのふざけた口上のせいで、ミリアムもまた、アハハと笑った。
「彼女は一体、誰なんだー!」
誰なんだー! と、併せて歓声があがる。そしてミリアムへライトが当たった。
ペトラが優しく背中を押すと、ミリアムはアプリーレの手を取った。彼女もまた、その熱さに目を見開くが、アプリーレの真剣な眼差しに唇を噤む。アプリーレは満面の笑みを浮かべている。
「貴女の事を、皆に、私達に、教えて欲しいな」
アンナは嬉しげに微笑んでいるし、レベッカ、ノエミ、リーナは当然のような顔をしている。
そして居並ぶアイドル達の表情も、貴女の事を知りたい、教えて欲しいと語っていた。
ミリアムにステージの経験などないが、意気は上がった。
憧れのお姉ちゃん達がいて、信頼する仲間達がいる。加えて可愛い妹までもいた。
大切な人達に囲まれれば、巨人族の女は無敵である。追いかけて、肩を並べて、護りたい時ほど、乙女達は輝くのだ。
ミリアムの羞恥心や遠慮などというものは、とうに吹き飛んでいた。
そして舞台中央に立ったミリアムだ。彼女はスタイルが良いし、演奏に併せて身体を揺らすので、物凄く揺れている。それが大画面に映されて、観客達からは更なる歓声があがった。
「初めまして、みんなっ! アタシはミリアムだよっ! 見ての通りの巨人族の乙女だっ! ペトラおねーちゃんの妹で、アンナちゃんのおねーちゃんだぞっ! 皆には悪いんだけど、先に挨拶しておきたい人達がいるんだよっ!」
そして念写によって、自身の上部にミリアムと大書する。そして客席からは、いいぞ! おっばい! 好きにしろー! からのミリアムコール。彼等を手振りで制し、背中に注がれる視線へと向き直る。
強く、熱い視線だ。とても初対面の者へ注ぐものではない。
共に最高のステージを創ろうとする仲間への、期待と信頼の籠った暖かな視線であった。
こんな熱い想いを受け取って、燃え上がらぬミリアムではなかった。
「初めまして皆さん。ミリアムです。今日は、よろしくお願いします。アタシ、憧れのアイドル達と同じステージに立てて、幸せです。皆とも、姉妹になれると嬉しいなっ!」
可愛らしい笑顔を浮かべて、ペコペコと頭を下げながら挨拶していく。彼女は一人ずつ、念写により居並ぶ彼女達の頭上にその名を大書していった。
生真面目なミリアムらしい振る舞いである。皆、暖かく拍手などをしている。
だが、彼女達は揃ってトップアイドル達だ。ここまでのミリアムの口上だけでは、彼女自身のアピールポイントが足りていない。
それは、視線だけでも伝わるものだ。
「あっは。こうなりゃヤケだ! アタシの特技は写真だよっ! 秋にはロウムに行くんだ! 王都で逢えたら声でも掛けておくれよ。あと、組合ではスカーレット・ウィッチなんても呼ばれているねっ! 観客の皆! アンタ達には、最高に熱いステージを約束してやんよ。骨の髄まで、燃え上がれっ!」
両手を掲げてお胸を揺らせば、更に会場は盛り上がる。もう興奮は、留まる事を知らない。
その影でアプリーレがペトラを見詰めると、クスクスと笑い合って、二人は頷いた。
「は〜い。ミリアムちゃんでした〜。とっても可愛い子なのよ〜。頑張り過ぎちゃうのは心配だけど、皆が応援してくれれば、きっと大丈夫よね〜」
優しく微笑むペトラであった。
彼女はミリアムをいい子いい子しようとするが、背伸びをしてもミリアムの頭までは届かない。
その為ミリアムはしゃがみ込む。
頭を撫でて満足げに下がろうとするペトラであったが、唐突に足を止めた。彼女は黒髪赤目の少女を見ている。
「あら、あら。まぁ、まぁ。こんな所で、夜姫様とお逢い出来るなんて、光栄よね〜。はい。じゃぁ、こちらのちょっと怖いくらいに綺麗な子〜。アイドルらしく、可愛いご挨拶、出来ますか〜?」
のんびりとノエミの手を取るペトラであった。
ノエミはヤレヤレと頷き、綺麗な姿勢で前へ出る。
傍若無人な彼女だが、実はおっとり系なお姉さんにも弱かった。
マリアやレーナや、選考会の時のお姉さんなんかである。ノエミは妹推進派であるが、お姉さんも欲しいのだ。とても強欲な娘であった。
「ノエミだ。見ての通りに、平凡で常識的な女だな。だから、この状況には戸惑っている。……おい。何をしている。耳を映すな! バカっ! 破廉恥っ! 変態っ! おいっ! やめてよっ! お願いだから、恥ずかしいよぉ……」
そして、結構なお間抜けさんでもあった。途中迄はクールに決めていた癖に、真っ赤な耳を大画面に映し出されて、全ては崩壊した。
彼女は羞恥心などの感情を表情に出さない方だが、それは顔に出ないだけである。
許容量を超えれば脆い。白い肌を赧めて、激しく動揺した。語彙まで乏しい。
なお、クールデレは一般性癖である。紳士淑女の嗜みと言っても良い。会場の様子など、語るまでもないだろう。
ノエミが涙目になって女性らしい言葉遣いになり出したところで、耳画面は切られて、彼女の綺麗なお顔に切り替わる。
物凄いお顔であった。クール系美人さんが身悶えしながら、羞恥心に顔を赧めている。
しかも、ちょっと上目遣いに睨みつけての涙目だ。
余談でしかないが、この映像に性癖破壊された者は数多い。特に深刻なのが女性陣であった。
元々覚悟を決めており、様々な属性への耐性を付けていた男衆はともかくとして、何の備えもせずに、ノーガードのところをこんな不意打ちで、破壊力抜群のモノに撃ち抜かれてしまったのだから色々危ない。
新たな扉を開いてしまった覚者が続出した。
だが、ノエミはタフな女である。耳を見られていなければ、何も問題ないとばかりに声音を取り繕う。演技力だって、リィンも認める程なのだ。
「ふ……。諸君には、予め伝えておかなければ、なるまいな。私が、私こそが、アンナちゃんのお姉さんだぞ!」
叫ぶ。とても頓珍漢な主張を叫んだ。多少の演技力なんかでは、ズレた感性まで補うには至らない。ノエミは常識人の知性派を自称しているが、可愛く言えば天然さん、ぶっちゃけるなら変人だった、
それでも何故だか観客達も叫んで盛り上がるのだから、問題はないようだった。
「ふふふ……。先輩方、後輩方、好敵手方。今日の私は最強だぞ。着いてこれるかな?」
そして振り返り、ステージ上の仲間達に向け不遜に笑む。
皆揃って手袋を外し、投げ付ける仕草をした。
その挑戦、受け取った。そういう意味のハンドサインである。そしてノエミは観客達に向き直る。
「特技は裁縫かな。歌も嗜み程度だが、好きだぞ。まぁ、私はどちらかというと奥ゆかしい方だから、表舞台で目立つのはあまり好きではないのだが、今日は特別だ。サービスしてやる。……ちょっと待ってろ」
そう口上を述べると、宙空から裁ち鋏を取り出して、自らの宵闇色のハイウェストロングスカートを切り裂いた。
そして縫う。一瞬で清楚な印象のプリーツスカートは眩しい太腿も露わな、ミニスカートとなった。
更には白いブラウスにまで鋏を入れて縫い直す。瞬く間に臍出し脇出しトップスの完成だ。
そして切って余ってしまった布を更に加工して、リボンやフリルを作り出していた。
それらでブラウスやスカートを飾り付ければ、可愛らしい衣装の完成であった。
更に着けるのは、何故持っているのかも判らない、猫耳カチューシャと尻尾であった。
それらを身に纏うのは、黒髪赤目の美少女である。彼女は片手を上げて、猫の手を造る。そして淡い桃色の唇に指を当てて——。
「にゃん、にゃん、チュッ。ノエミん、今日はみんなと遊べて幸せだにゃん」
投げキッスを一つする。
すると黄色い怒号が響いた。にゃーんという、ミリアムの時にも劣らない怒号だ。
それは弱々ノエミに悶えていた淑女達からのものだった。紳士達の反応は薄い。意識が飛んでしまったのだ。多くの熟練者でさえ致命傷であった。
そして微笑むペトラがリィンの背中を押した。意外な好敵手の痴態に惚けていた彼女だが、キリリと顔を引き締めて、ノエミの隣に立つ。
「ま。こんな感じの変な子だから、追っかけは大変だよ。覚悟は出来てる?」
媚び媚びの振り付けを決めたノエミの隣でリィンが煽る。観客達からは覚悟完了の声援が飛ぶも、ノエミは涼しい顔だ。そしてリィンは跪き、ノエミの右手を手に取った。
「は?」
呆気に取られるノエミ。そうしてその手の甲へ口付けるのはリィン。会場の熱狂は鎮まり、一瞬の静寂が支配する。
「だって私が連れてくからね。夜の姫を誰にも渡す気なんか、ないよ」
そして紡ぐのは魔法の笛の台詞。王子が姫を攫う時に告げる、心からの言葉。
「は?」
またも惚けた声を出すのはノエミであった。その彼女を横抱きにして運ぶリィン。
所謂ところのお姫様抱っこというものだ。そして会場を再び熱狂が支配した。
「なっ! ばっ! おまっ! こらっ! やめっ! ふぇーん……」
リィンの腕の中で無意味な罵声未満を叫ぶノエミだが、耳は隠れている。
だが、そんなモノよりも雄弁に、羞恥心が顔に現れていた。白い肌が、真っ赤であった。
反して涼しい顔でリィンは歩む。そしてレベッカの前で足を止めると、ノエミを降す。その顔には挑発的な笑みが浮かんでいた。
「私はアンタにも負ける気はないよ。レベッカ。でも、遠慮して手抜きするような子じゃつまんないかな。私達の所まで登ってこれる?」
「ふーん。リィン先輩、喧嘩でも売ってるつもりなん?」
降ろされたノエミがニヤリと笑い、レベッカに向けて行ってこいというハンドサインを送る。
「別に。でも、そうだね。それで本気でやってくれるなら、それも悪くないかな。私達の舞台のたった二十五分の一だけど、皆の期待、裏切らないでよね。勿論、私とマイアの期待もね」
「じょーとーじゃん」
ノエミと同じハンドサインをしたリィンに対し、啖呵を切って歩み出す。そして前へ出る。
同時に大画面に花畑の映像が映し出されて、旋律が流れ始めた。そして巻き起こるどよめき。
「あちゃー。この映像って、まさか、あれ?」
「あら、あら。まぁ、まぁ。なんという事でしょう。去年話題になったこの映像、そして、この曲。亜麻色の髪の乙女。その乙女っていうのは、まっさかー?」
尋ねるレベッカには応えず、いつの間にかアプリーレと立ち位置を入れ替わっていたマイアが合いの手を入れて、観客達を煽る。
彼等は口々に、旋律に併せて、とある歌を口遊む。
それは中世の古典曲を、第一次大戦期に編曲し直した曲である。その曲を更に現代風へと調整し、歌詞を付けた唄だった。
去年、放送広告で流されていたそれは、エルポラレの化粧品のものだ。
商品の宣伝などせず、亜麻色の長い髪を揺らす清らかな美少女が唄を口遊むだけという印象的なもので、注目を浴びていた。
歌唱自体も超絶技巧などの必要がなく、誰もが口にしやすい歌である。だが、耳に残りやすい曲調で、流された映像の雰囲気と声が良かった。
謎の美少女と柔らかくも暖かな唄声が話題となって大流行し、歌い手不明のまま、偶像達による数多の発表曲を抑えて、前年を代表する曲となっていた。
「女の子ってさ。『変われる』んだよね。気持ち、表情、見せ方。そんな簡単なもので、『変われる』の。それは、君達の隣の普通の女の子や、恥ずかしがり屋の貴女達自身も例外じゃないよ。それを今から、見せてあげるね。いいよね? レベッカ」
大画面にレベッカが映し出される。客席の反応は二分されていた。先程までと同様にその容姿に歓声をあげる者。あるいは、格好に戸惑いを覚える者達だ。
「ちょっとー。お客さん達、結構困っちゃってない? それと、手伝ってよね。マイア先輩」
「おっけー。でもさ、それを盛り上げるのが、レベッカのお仕事じゃん? 期待してるよ」
あちゃー。と額に手を当てたレベッカは、普段からの派手目の化粧を施している。
服装も色使いが派手であり、はしたなくも着崩したものであった。
こういった最近の若者達のファッションには、賛否両論があった。
清廉で、気品ある可憐なものでも、艶やかで、華のある蠱惑的なものでもない。
長くの間、流行の主流はそのどちらかだったからだ。そして、舞台上の灯りが落ちた。
そして、客席からはどよめきがあがるも、マイアによる「みんなー。ちょっと待っててね」という声に、すぐに落ち着きを取り戻す。そして再びの光。
「みんなは、こういう女の子って苦手?」
そして照らし出されたのが、レベッカが先程迄来ていた服を纏い、派手目の化粧を施した、マイアの姿であった。
主流ではない、可憐でもなく、蠱惑的でもないと思われているファッションだった。しかし、観客達からは、大きな歓声があがった。
人の個性は千差万別だ。どちらの主流をも好まない者はいるし、どちらに寄せて着飾ったとしても、しっくりと来ない者はいた。
そういった若者達のうち、あまり素行こそ良くないが、行動力のある者達が自分達の思うがままに、私達はここにいるんだ。これが、私達なのだ。と、個性を主張して創り上げたのが、この手のファッションだった。
服そのものだけではなく、纏まりのある統一感でもなく、色彩などの組み合わせや、着崩しによって、個性を主張していた。
派手で目新しくはあるが、過去に培ってきた価値観にはそぐわず、権威などの裏打ちもない。
元来が、素行不良少女達が好んだ格好でもあった。言葉は悪いが社会には、頭も尻も軽いだろう。とさえ侮られるのが、レベッカ達が好んで纏うファッションだった。
流行の先端をいく人気偶像【トップアイドル】の舞台にはそぐわない。だからこその、客席での困惑。
だが、そんなものなど物ともしないのがマイアと、そしてレベッカだ。
「それでは、聴いてください。って言っても、この曲、題名はまだないんだっけね。皆の言ってる仮題で良いか。でも、この名前には覚えのある人達もいるんじゃないかな? 偶にだけど、ルッツとかのモデルなんかもやってるからね。歌い手はレベッカ・マーキュリィ=ヴィッティ。謳うのは、仮題、『亜麻色の髪を揺らす乙女』——」
そして再びレベッカの顔が大画面に映し出されると、聴衆達は息を飲む。
そこには派手な化粧を落とし、亜麻色の髪を下ろした清楚可憐な美少女。
彼女は会場全ての視線と言葉を奪った。纏うのは、先程までマイアの着ていたドレスである。
「唄います」
一言に前奏が一度鳴り止んで、同じく客席も静まった。全身を耳にするような気配であった。
画面内と現実でのレベッカは皆に向けて笑顔を見せると、再び唇を開いた、
ア・カペラから始まる、柔らかくも暖かな声質の、清らかな唄声が会場内に響き渡った。




