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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
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60話 外伝 タラスク2。


 夜のタラスクは、ドナウ河の水流の中で一人眠る。

 乙女は一人旅の時もあれば、他の乙女達と共にいる事もあった。

 この頃ともなると、革命の後期である。

 姫騎士アレッシアが勇士リューガと共に起ち、反トールを宣言していた。戦闘は大規模で、激しいものが増えていた。


 そしてある夜のこと。

 タラスクと、また明日ね。と約束し、一人川のほとりで眠っていた乙女は複数の巨人族の男達に襲われて、その身を散らした。


 彼女はタラスクと出会ってからは宿に泊まることをやめ、ドナウ河のほとりで野営をし、寝袋にくるまって過ごしていた。少しでも、彼と同じ景色の下に居たいからと。

 そんな夜に、就寝中に遠距離から銃による狙撃を受けた。

 銃は元々革命軍側の武装であったが、王国側も負けっぱなしではない。時に革命軍を打ち倒していて、その戦利品として得た物の中には、当然ながら兵器である銃もあった。

 元々銃は、戦争用の道具である。

 そして現在の反トール革命軍では、巨人族の男達を斃す為に開発、改良されていた。

 彼等に有効である以上、同程度の身体性能の乙女達にも有効だ。

 とはいえ、この当時の性能では筋肉を貫くまでには至らない。だが、傷を付けられるのならば、やりようはいくらでもあった。


 弾丸に、神経毒、麻痺毒など様々な効果を及ぼす毒物の効果と、血液に溶け込ませる効果を付与させるのだ。

 既に男女問わずに巨人族にも有効な毒物は精製されている。

 即座に致命傷を与える程の効果はないものの、激痛と感覚を狂わせる事によって、術式の展開を阻害し、麻痺毒により身体性能を低下させることならば可能であった。

 しかも、被弾者の体積にもよるが、解毒をしなければ数時間程度で心停止による死に至らせる事が出来るように迄なっている。

 この毒が長く心臓に注がれると、心臓も麻痺をするからだ。


 睡眠中に、この弾丸により狙撃された。

 たったの六発の銃弾だ。

 戦場や、起きていたのならば対処出来ていた筈である。きっちり強化をしていれば怪我をする事なく弾けただろうし、そもそも散発の銃弾程度などならば躱せる。仮に傷を負ったとしても、術式の展開維持さえしていれば、即座に解毒、回復も可能であった。


 戦場において銃が有効なのは、飽和射撃によるものだ。物量で足止めをし、躱す場所もないように当てる。

 人体には皮膚の薄い場所や柔らかい肉もあるのだから、強化をしていても出血などは起こり得る。

 そうなればさしもの巨人族の兵も十人力程の力はなくなるので、数を揃えて訓練し、一斉射撃とする事がこの頃から続く銃を用いた戦術であった。


 ともあれ、乙女はこの銃弾を喰らってしまった。

 不覚であった。

 術式を展開しようにも、上手くはいかない。それに自分に近付く複数の気配を感知していた。数は六。全てが、巨人族の男である。

 まさに絶体絶命の窮地であった。


 乙女が巨人族の男よりも優位なのは、第一に術式の巧みさにある。この大きな差が、数の不利を覆す武器であった。

 術式制限下でも技量と俊敏性で優位が取れるが、これらは一対一の戦闘ならばという条件付きだ。

 麻痺毒により感覚が鈍り、身体も重い。

 彼女の必死の抵抗は、男達を愉しませる為のちょっとした刺激としかならなかった。


 彼女は散々に痛めつけられ嬲られて、やがて朝を迎える前に心停止によりその生命を散らした。

 最期までタラスクに、約束を守れなくてごめんね。と、謝りながら。


 朝を迎えたタラスクは、昨日の続きをしようと乙女の元へと向かった。

 彼女はいつも、河のほとりにいてくれる。

 河のほとりにいて、彼が顔を見せると、おはよう、タラスク。今日も元気に遊びましょう。と、微笑んでくれるのだ。

 彼はそんな彼女が大好きで、彼女と過ごす時間がとても幸せだった。


 そんな彼女も今日は横になっている。

 彼女はたまに寝坊助さんで、タラスクが顔を舐めて起こす事もある。

 そうしたらいつもの挨拶で、微笑んでくれた。

 今日はそんな日なのだろう。タラスクは彼女の頬を優しく舐めた。


 冷たい。それに変な味がする。また舐めても起きて来ず、やはり冷たく、変な味がした。

 不思議に思い彼女の事を良く見てみると、裸であった。ボロ切れになったような衣服が身体に張り付いているものの、殆ど裸であった。それに、綺麗だが、汚い。

 血の跡があるし、全身に汚いものがこびりついている。彼女は綺麗好きだった。汚れたままでは可哀想だ。

 タラスクは術式を用いて、彼女の身体を丁寧に洗っていった。人類種は暖かい水が好きなので、水温調節も怠らない。

 彼女は喜んでくれるだろうか。

 タラスクは今日も頑張ったね。と、褒めてくれるだろうかと期待しながら。

 彼女の身体はすっかり綺麗になったのだが、まだ起きてこない。この時タラスクは彼女の裸を初めて見た。とても美しく、綺麗で、尊いと思った。


 それを早く伝えたくて、柔らかい頬を舐める。もう変な味はしなかった。だけど、冷たいままだ。

 暖かいお湯で拭ったのに、まだ冷たい。

 タラスクは途方に暮れて切なげに、アオーンと鳴いた。


 そこに一人の乙女が現れた。彼女も美しい娘だが、瞳から水を流している。その周りは腫れていた。

 涙だ。人類種は悲しい時や嬉しい時に、涙を流す。

 それをどちらかと判断するのは表情であると教わった。

 タラスクは今は、ぼんやりとした印象ではなく、細かく顔形や表情などを認識出来るようになっている。


 彼女の涙は、悲しいほうであった。だから舐めた。

 こうすると、彼女は微笑んでくれるのだ。

 だから、この人もそうであって欲しいという祈りだ。果たして彼女は微笑んでくれた。無理矢理な笑顔をして。


 ありがとうございます。タラスク様。お姉様を、看取って頂けたのですね。

 そう言って悲しい癖に微笑んで、頭を下げられる。

 だがその言葉の中には、あってはならないものが含まれていた。

 彼は驚いて、まだ起きてこない彼女の側に蹲った。

 舐める。冷たい。舐める。冷たい。舐める。やはり、冷たい。


 気付いていた。この冷たさは知っている。

 だが認めたくなくて、認められなくて、否定していたのだ。

 この冷たさは、夜に奪われた冷たさだ。あの人と同じく、彼女もまた、夜に奪われたのだと。


 やって来た乙女は祈りを捧げると、彼女を抱き上げた。タラスクは見上げる。その時、心が繋がった。


 ママをどうするの? その言葉にちょっと驚いた乙女だが、弔います。と答えた。

 弔いは死者に贈るものだ。ならば、やはりと落胆する。

 すると乙女はまた無理矢理に微笑んで、お姉様は、タラスク様と出会えて幸せでしたよ。と語った。

 タラスクは、よほどしょんぼりしていたのだろうか。

 乙女は彼女とタラスクを繋ぐ様々な話しをしてくれた。彼女達は交信により繋がっている。

 その心は励ましだった。そして乙女は嗚咽交じりに、最期の時まで、お姉様はタラスク様の事を想っておられました。幸せでした。と、語った。


 乙女達に限らず巨人族の女性全てであるが、彼女達の今際の際には、それに至った経緯からの記憶が他の女性達に送られる。

 これは非常に強力な交信であった。

 この技能により彼女達は学習し、対策を練る事も出来た。この技能を所有しないが故に、男の子達に贈られるのがアダマン鋼の冠と胸当てだった。


 乙女は彼女の死への経緯も、その苦痛も無念も知っている。

 だから優しい嘘だった。心繋がるタラスクにはその嘘が伝わったが、優しい人には言えなかった。

 だから、お願いする。ママを、手厚く弔ってあげて下さいと。僕は大丈夫だから。と、嘘をつき。


 そして乙女が彼女を抱いて去ると、タラスクは河へと向かった。

 心は怒りで煮えたぎっている。水流の中で落ち着かないと、悪くない人達にも迷惑をかけてしまう。

 彼は海神の子である。

 人類種よりも遥かに術式の扱いに長けた超越種だ。

 だから、乙女の記憶を覗けてしまった。大好きな彼女の、悲惨な最期を。

 その日、ドナウ河は氾濫した。

 流域には邪竜の咆哮が響き渡り、未曾有の被害が予想された。

 だが、翌朝になってみれば、氾濫により田畑は壊滅的であろうと確かめに来た人々が見たのは、先日までと何一つ変わらない田畑の姿であった。

 この氾濫による犠牲者は六名。

 前日に乙女を仕留めた功により、褒美を受け取った巨人族の兵士達であった。彼等の遺体は無惨なものであったと伝えられている。




 その後は女王エリス、そして数名の調伏者が出たのだが、それらの記録と経験による考察によれば、タラスクは調伏者が死亡して暫く経つと、それまでの記憶を失う。

 調伏者と共にある場合は徐々に記憶を取り戻し、聖龍として相応しい存在であるが、調伏者がいなくなれば、時が経つ毎に邪竜へと戻っていくという。

 この聖龍期間はタラスクと長く過ごし、同時に悔いの少ない死を迎えた場合程長くなる。

 最初の乙女で七日。これは記録上最短である。

 女王エリスで五十年。これは記録上最長であった。


 これらの結果から調伏者が現れた場合、ロストールが国家として、その支援に回る事となっていた。

 だが調伏の条件は曖昧で、ここ百年程は調伏者も出ていなかった。

 既にタラスクは邪竜として暴れ回っており、その経済被害は甚大なものとなっている。

 久しぶりに現れた調伏者はロストールにとっての新たな希望でもあったのだ。


 久しぶりの調伏者、ミス・アクアマリン。

 ことペトラが冒険者としてやってきたのならば、王兄を始めとする貴族達には抗う術はない。

 この調伏者という身分、ロストールに限って言えば求心力は、時として王をも凌ぐ。

 更に公開情報によれば彼女自身の腕が立ち、幾つかの反社会勢力を壊滅、更生させている。

 その殆どが、彼女の美貌と豊満な肉体に目を付けた男達が襲ってきたので返り討ちにしたという、しょうもない理由であった。

 ペトラは困っている人を見過ごす事が出来ず、細かな悪行の抑止に働いていたので、目を付けられ易かった。今回の誘拐騒ぎへの介入にしても、ただの善意に過ぎない。


 だからこそ、王兄達も困った。

 ペトラにお仕置きされるという事は、悪事を働いていたのだと見做される事に他ならない。

 だが、彼等は悪事を働いた気などない。寧ろ、善行を積んだ気であった。ポップコーンは自分達へのご褒美でしかなかった。


 彼等はセレーナの作る菓子が好きで、下手くそな変装をして足繁く店へも通っていた。

 決して、セレーナが美人だったからだけではない。

 彼女の作り出すお菓子は、生活に彩りを与えてくれるものだった。

 だから、ついでに求めただけだ。食欲という、ごく自然な欲求であった。


 彼等には菓子作りの知識があるわけではないので、難しい物の材料は判らない。

 飴や綿飴も簡単そうだが、それらは砂糖の塊なので健康を考えて、やめておこうという分別はあった。

 乾燥トウモロコシを炒めるだけのポップコーンは簡単そうな上、酒のつまみにもなりそうなので、これに決めただけである。


 子供も食べるなら、甘いヤツが良いだろうとキャラメルポップコーンを作らせたのだって、彼等なりの気遣いであった。

 まったく自分達で作るという発想がないあたり、ダメな大人達である。

 とはいえ、ダメな大人達なりに良識があって、城ではダイダロとミリアムを国が接収すると決まったと知り、そんな横暴は許せん。と、まずは娘を保護しようとしたのが、今回の事件の真相である。

 善意とはいえ、とても傍迷惑な大人達であった。


 納得したペトラが、それではこの子は私が保護しましょうと提案すれば、彼等は二つ返事で頷いた。

 調伏者は信頼出来る。深く考える事のない彼等には名案としか思えなかった。

 ならば、なんとかなるだろう。めでたいな。乾杯だ。と、その役目を譲りたくなかったのか、王兄は高らかに乾杯を宣言し、なんとなく流れで宴が始まった。

 それぞれに紹介しあい、やがてミリアムはペトラにべったりとなる。

 母を亡くしたばかりで寂しかった事もある。

 それにペトラは素敵な女性だ。巨人族の乙女の習性としては懐くことが当然なのだ。

 そしてペトラも保母を志す女性であった。小さくて可愛い女の子に懐かれて、嬉しい事は間違いなかった。


 打ち解けた雰囲気の中で、ペトラは男達に疑問を投げかける必要がある事を思い出した。

 銃の扱いについてだ。

 ロストール男子も他国と同様にして、若い頃に兵役が課されるので、彼等も軍事訓練は受けている筈だ。

 が、とても訓練を受けたような扱いではなかった。

 その辺りを尋ねてみれば、彼等からは揃って、仮病でサボったなど、影が薄いと特だわ。などと、碌でもない答えが返ってきた。

 ようするに、兵役逃れであった。彼等が銃を握っていたのは王兄の資産の中にあったから貸し出されただけである。

 ペトラは大惨事にならなくて良かったと思いながらも、彼等を叱りつける事にする。

 一歩間違えば、重大な被害を齎す程に危険であったのだから当然だ。

 叱られた彼等は心を入れ替え、ちょっと兵役してくるわ。と、王兄に中座する事を願い出たが、これには彼も苦笑い。

 いきなりそんな事を言っても軍部は困るだろう。明日で良い。と彼等を止めた。

 貴族達も素直に頷いて、宴へと戻った。

 実際に、軍部は明日困るだろう。突然役付きの中年貴族達が兵役に志願するなど、想定外である。


 なお、翌日に兵役を志願した彼等は、後にロストールを代表する精兵となるのだが、それはまた別の話であった。


 貴族達は酒とポップコーンを楽しみながら、銃の扱いの勉強をしている。赤くなったり青くなったりだ。

 知る事により、自分達のしでかした事の危険性を認識し、改善しようという意思があるのだから、後は努力次第であった。

 彼等を心中で頑張ってと応援しながら、ペトラは王兄を繁々と眺めた。

 この人は、他の人達とは事情が違うと。


 酒を煽ったり、ポップコーンを口にしながらミリアムとペトラと共に雑談に興じていた王兄であるが、ペトラの意味深な視線に気付くと、気遣わなくとも良い。などと言った。

 王兄は、先天的に子供を作ることが出来ないと診断されている。

 故に、資格なしとして、今の環境に甘んじていた。

 王族には血を繋ぐという仕事がある。それがないのでは、立場がないのと一緒だ。

 それでも幼い頃は、一人の人間、国民として、王である父や、弟達の為に一角の者であろうと努力を重ねていた。

 だが、それは無駄、というよりも有害なものだった。

 彼が能力を示せば両親は悲しむし、弟達は負けられぬと無茶をして身体を壊す。

 彼が有能であればある程、周囲は嘆いた。それで楽しい筈がない。

 いつしか彼は己に失望し、若くして酒に溺れ、怠惰に生きるようになっていた。そんな生活を続け、中年に差し掛かった時に出会ったのがセレーナと、その菓子だった。


 王兄からすれば遠い昔の事だ。平民街で酒に溺れ酔い潰れ、路地裏で眠りこけていた朝に、彼を叩き起こしたのがセレーナであった。

 彼が眠っていたのはゴミ捨て場で、ゴミ出しに来た彼女が邪魔だからと叩き起こしたのだ。

 セレーナは見た目だけは小さくて楚々とした美少女であった。

 だが、その内面は大変威勢がよく口が悪い、下町の少女であった。

 王兄は散々に罵声を浴びせられて、ポカーンとしてしまった。

 これまでの彼には、そんな経験はない。誰もが憐れみ気遣って、腫れ物に触るように扱われていた。

 身分はあるが、資格のない。そんな男には、相応の扱いだった。


 だが、あまりにも罵声が飛ぶので流石の彼も辟易し、言い返す。そうすると更に罵声が返って来て、また彼も言い返す。

 繰り返せば自然と声は高くなり、思いっきり怒鳴っていた。すると段々と気持ちよくなって来て、ついには笑い出してしまった。

 これをイカれたか? と訝しむのがセレーナだった。


 いや、すまん。邪魔をしてしまったな。と、彼はゴミ捨て場から退くと、セレーナはいそいそとゴミ出しを行った。

 彼女は、黙っていれば美少女だ。高揚感による気の迷いというヤツだろう。たったこれだけの事で、王兄は惹かれた。肉欲ではない。また、同じ想いを望んでもいなかった。

 だが、せめて彼女には幸福でいて欲しかった。


 あまりにも見詰めていた為か、セレーナは、なんだ、お兄さん。アタシに惚れたか? と軽口を叩く。

 王兄は、惚れた。と口に出した。

 たちまち顔を真っ赤にしたセレーナから、お説教と罵声を浴びる。内容は、益体もないものだった。

 暫く喚き散らしていた彼女だが、ふと時計を見ると、慌て出す。

 この頃彼女は学園生で、遅刻など以ての外と思っていた。なにせ、無遅刻無欠席を目指している。

 そうすれば、卒業時に記念品として茶器セットが貰えるからだ。動機は不純であるが、結果的に彼女は優等生であった。

 そして彼女は駆け出したのだが、暫くすると戻って来た。

 そして鞄から包みを取り出すと、あげる。お酒ばっかりじゃなくて、食べ物も摂りなよ。これはお菓子だけどね。と言った。

 王兄は酒ばかり飲んでいたので、痩せこけていた。

 それを心配したのだろうか。彼女は口は悪いが、心根の優しい少女であった。

 そして彼女の大切な菓子店を宣伝すると、風のように去っていく。

 包みを開ければ、ふうわりと甘く薫る、キャラメルポップコーン。口に入れれば、甘じょっぱくて、とても美味しかった。


 その後、王兄はだらしのない格好をして、セレーナの菓子店に、足繁く通う事となった。


 何故だか王兄は、このような恥ずかしい過去を話させられていた。ペトラのせいである。彼女は調伏者だ。心を引き出す事が上手い。

 なんてことはなく、単に聞き上手なだけである。

 彼も溜まっているものがあったのだ。ミリアムも、もしかしたら、殿下の初恋だったのかもしれませんね。きゃー。と騒ぐペトラと共に大盛り上がりだ。

 恋など判っていないのだろうが、母親の話が聞けて嬉しそうだった。

 それに、ペトラの言葉には、そうだったのかもしれないな。と思う王兄であった。

 彼は恋を知らない。最初から、その目的がないのだから。

 彼も別に不能ではないので、慰みに女を抱く事もある。だが、それは別に楽しい行為ではなかった。

 ただ悶々として溜まったものを吐き出す為の行為であった。

 恐らくそんな行為も知らないで、この娘達は恋だ愛だと騒いでいるのだろうなと思うと、無性に可笑しかった。


 だが、実際は恋ではなかったのだろう。とも彼は思う。

 いつまでも若々しい男だが、王兄はダイダロの十二は年上だ。セレーナとは十六も離れている。早婚な王族でなくとも、それは殆ど親子の歳の差であった。

 だから、彼は彼女の事を娘のように思っていたし、彼女も父親か、叔父、または兄のように接してくれていた。

 彼女は両親を早くに亡くしており、親戚もいない為、学園へ通いながらも一人菓子店を切り盛りしていたのだ。芯が強く、情の深い女性であった。

 であるからして、王兄にとってはミリアムは孫娘も同然の存在だった。

 産まれた時から、いや、その前から見ている。そんな可愛い孫娘が物や財産のように扱われるなど、我慢がならない。

 巨人族がなんだ。国母アレッシアだって、女王エリスだって、巨人族だ。巨人族には、ダイダロのように素晴らしい男がいるぞ。何が反巨人主義だ。糞食らえ。

 そう叫び出したい衝動に囚われる。彼はダイダロによるセレーナへの結婚申し込みの前に、決闘を挑んでいる。

 ダイダロは当然手加減したのだと判っているが、三本勝負の内、一本は実力でもぎ取った。王兄は、確かに逸材であった。


 このようにそれぞれの事情を引き出してみると、この事件の根は深く、複雑であった。

 表面的にはミリアムを連れ帰れば解決だ。

 貴族による暴行も、それ程問題とはされないだろう。被害者達も、大怪我まではしていない。

 誘拐にしたって、被害者が無事ならば、口裏を合わせればなんとでもなる。

 だが、根本は、ロストールの反巨人主義にあった。

 これは感情と国体の問題なので、容易に解決するものではない。


 ミリアムは、ペトラに唄を教えられたり、踊りを教えて貰ったりしながら構われて、ますますこの女性が好きになっていた。

 いつの間にかペトラさん呼びから、ペトラおねーちゃんに呼び名が変わり、甘えるようになっている。

 そして粗方ポップコーンを食べ終えた彼等は、ミリアムとペトラへ、片付けはしておく。お前らは帰れと命じた。ペトラに、よろしく頼むと拝み込んで。

 彼等は初志を忘れた訳ではない。託したのだ。より相応しい者へと。


 そして母を失った小さなミリアムは、母への愛情は変わらぬままに、ペトラおねーちゃんにより空いてしまった穴を埋められて、健やかに時を過ごすのであった。父ダイダロが帰って来るその日まで。


 月が明け、幾らか日も過ぎた頃、漸くダイダロは帰って来た。突然の妻の死と、それを知らずに邪竜討伐、これはタラスクではなく、巨人の成れの果てである。

 などに明け暮れていた己の不甲斐なさに悲嘆に暮れて。

 何よりも彼が自身を許せなかったのは、ミリアムが最も危険で寂しい時に、一緒に居てやれなかった事だった。

 結果的にはペトラと街の者達や、王兄と愉快な仲間達のおかげで悪いようにはならなかったが、ボタンを掛け違えていれば、酷い運命だってありえたのだ。

 ダイダロは、自分達の身の振り方を考えぬ訳にはいかなくなった。


 そうすれば、彼の判断は迅速だった。

 娘を連れた放浪騎士となると決断した。

 まず、菓子店は纏った金と共に王兄に託す。

 心情として処分し難い物件であるが、いつ帰れるか判らぬ家だ。無為に空けておく訳にはいかない。

 王兄は聡い男である。悪いようにはならないだろう。

 愉快な仲間達の事は放っておいて問題ない。彼等は軍で扱かれている。会う事すら難しい。

 街の人々には謝罪と礼をしなければならない。

 謝罪は巨人族として、街へ溶け込む努力を怠り、彼等を信頼していなかった事。

 そして感謝はそんな自分と娘を愛し、救ってくれた事。

 とても言葉だけでは足りないが、誠心誠意伝えたかった。彼次第の事だ。何も問題はない。


 しかし問題はミリアム本人の意思と、恩人にして、いと尊き調伏者でもあるペトラであった。

 ミリアムはペトラにべったりだ。ペトラも大層可愛がってくれている。

 父親としては嬉しいのだが、ダイダロの決断は二人を引き離す事に繋がった。

 ペトラは調伏者となりまだ三月も経っていない。

 タラスクを聖龍として覚醒させるには、もう暫くの時間が必要だった。その間、ロストールを離れる訳にはいかない。


 そうなれば、ミリアムは寂しがるだろう。だが一人の人類種としてダイダロとミリアム、二人を成り立たせる為には絶対的に今のロストールは出なければならない。

 既に王国による裁定は下っている。今この場の彼等は、国家の保有する資産であった。


 自分一人ならば、どうとでもなる。だが、幼いミリアムを護り、教えながらとなれば、相手は国だ。敵対するのは難しい。故に、脱出は前提だった。

 それを言い出せずに、あらかたの始末を終えた頃、残るは王兄への挨拶と、ミリアムとペトラへの説得となっていた。

 そして王兄の屋敷へ向かう。

 難題は後にしたのだ。この男、亡き妻や娘とは反対に、面倒事を後回しにする癖がある。

 最終的には熟さないとならないのは一緒なので、結果は一緒であった。人これを、慎重派とも優柔不断ともいう。


 朝からミリアムはペトラと共に出掛けていて、不在であった。タラスクと遊んででもいるのだろう。ダイダロに心配はなかった。

 そして王兄の屋敷へ訪を入れて入ると、何故だかそこには大勢の人がいた。

 王兄は元より、愉快な仲間達もだ。彼等は軍の休養日をこの日に当てていたという。

 彼等の顔は冴えない中年男性のままだが、たった一月で、見違える程に逞しくなっている。

 元の彼等を知らないので、見違える事などないのだが、ダイダロはただならぬ力量を察し、思わず警戒体勢を取ってしまう。

 十人力の巨人族の中でも、更に抜きん出た騎士であるダイダロがだ。

 彼等は、この短時間でその域にまで登り詰めていた。本当に、何があった。

 そして他にも、彼等に殴られ蹴られた男達やセレーナの友人の女達、ミリアムの友達の子供達、多くの人々が王兄の屋敷へ集っていた。

 その中には当然のようにペトラも、そしてミリアムも居た。

 ミリアムはペトラに抱かれて笑いあっている。彼女は小型化したタラスクを抱えてお姉さんぶっていた。

 そういう年頃なのだ。事態の把握を出来ずに目を白黒とさせていたダイダロの肩が、ポンと叩かれる。王兄だった。彼は顎をしゃくる。そこには——。


 ダイダロ、ミリアム父娘冒険出発祝い&ロストール巨人差別撤廃委員会発起パーティーなどと、達筆に大書されていた。


 更に目を白黒させるダイダロだ。

 王兄は彼の背中を押すと、貴様の思惑などお見通しよ。会の悲願、絶対に叶えてみせる。ほれ。貴様は娘に、偶には父親らしい所を見せてやらんかい。

 そう言った。ペトラが頭を下げ、ミリアムは手を振っている。

 愉快な仲間達は既にへべれけだ。本当に何しに来たんだこいつら。一同の心は一つになった。


 そして二人の前に立つとダイダロは、自らの決断を伝える。ペトラは、それでは私も頑張らないといけませんね。と、微笑んで、ミリアムは、冒険、楽しみだね。と、笑った。


 そうして夜更けまで一同はどんちゃん騒ぎをし、翌朝早くに父娘二人は旅立った。準備は既に終えている。ダイダロは、酷い二日酔いになっていた。


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