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揺籠の島で揺蕩う少女達。  作者: カズあっと
5章 夏の祭典。
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58話 外伝 ロストールにて。


 ここまで読まれている読者様はあんまりいないかもしれませんね。

 こういう構成も良くないのですかね。四話連続投稿となります。


 二人の出会いは六年近く前になる。

 ミリアムの母セレーナが若くして亡くなり、娘を連れたダイダロがロストール王国から出奔する以前のほんの僅かな間の邂逅だった。


 母親を死により唐突に奪われたミリアムは、ぽっかりと穴の空いたような心持ちで茫然として数日を過ごしていた。

 父ダイダロは基本的に月に一度程度しか帰ってこない。

 ミリアムはこの頃まだ交信を使えていなかったし、母も交信を使う余裕もなく意識を失い、儚くこの世を去った。

 ダイダロは妻の死に目にも会えず、また運悪くそれを知る事すらない。やがて葬儀が終わっても、なかなか帰ってこなかった。

 ミリアムが幼い頃から、巨人族の放浪騎士であるダイダロが家に居る事は珍しい事だった。

 その意図はロストールに潜在している反巨人族感情を刺激しない為の気配りであるが、幼いミリアムには例え両親にそう聞かされていたとしてもとても寂しいものに思えた。

 母は菓子店を開いていて街の人達とも仲良くやっていたし、ミリアムにだって沢山の友達がいた。

 とても父親一人の存在が、そんな環境を変えるものだとは思えなかったからだ。

 だが、非情にも環境は変わる。


 街の人達は変わらず接してくれているのだが城から貴族達がやってきて、ミリアムを攫おうとしたのである。

 その際に彼女を庇おうとした人々は反逆未遂として殴られ、蹴られ、傷付けられた。

 これには流石に彼女も怒り、散々に暴れて抵抗した。

 だが多勢に無勢。更には大人と子供である。

 ミリアムのその頃は現在のアンナよりも幼い。

 術式も肉体も、大変に未熟なものだった。

 抵抗空しく、とうとう貴族達に取り押さえられてしまう。

 しかも彼等は銃を持っていた。それを向けられればミリアムは疎か、力のない平民達など震え上がる事しかできない。

 そしてミリアムは戦利品として貴族達に連れ去られていった。


 何故、このような無法が罷り通ったのか。

 それはロストール貴族と平民との所有、共有する法知識と解釈の差にあった。

 ロストールには明確な身分制が敷かれている。人口の大凡一割を占める貴族とそれ以外の平民だ。

 この頃のロストールの平民といえば、元からのロストール国民である者が半数近い。

 残りは経済発展と治安の良さにより、自然と流れついた移民達やその裔などが占めていた。

 彼等は根っからのロストール国民とは異なり、巨人族への反感は薄く、差別意識なども薄かった。

 特に王都での元々のロストール国民は貴族に集中しており、平民の多くは移民の二世、三世などで占められている。

 そして彼等が入植したのも、巨人族殲滅後の内乱が治った時代であった。

 これが、法と感覚の断裂を産んでいた。

 ロストール国法上、王国では巨人族に基本的人権を許していない。

 未だ国内に少数存在している彼等は国民の財産の一つとして存在を許されているだけだった。


 つまりは現実生活とは異なり、法的には巨人族であるダイダロとミリアム父娘はロストール国民であるセレーナの所有物として存在が許された財産であった。

 所有者不在の財産はどうなるか。

 国家が接収する事となる。

 この差別を知るが故に、巨人族はロストールには寄り付かない。


 元々は豊富な知識を持つダイダロも、そういう一人であった。何故、ロストールに居るのか。

 それは愛故にであった。

 セレーナに惚れ込んだダイダロは父祖伝来の菓子店を閉める事が出来ず、ロストールから離れられない彼女の所有物としてでも、共にある事を選んだのであった。

 仲睦まじく暮らしていれば、自然の成り行きとして子供が産まれる。

 その子こそがミリアムだ。


 夫妻は娘の将来の為に様々な計画を立てたが、結局はセレーナが健在なうちは何とかなると、準備だけはしっかりと。と、結論していた。

 これにより、各地への生活基盤作りや蓄財の為にダイダロは大いに働いた。

 娘に寂しい思いをさせているとは思わず、妻の健康を疑わずに。

 娘はいずれロストールから出さなくてはならないが、それは遠い日の事だと信じて。


 たが唐突にその平穏は終わりを告げた。セレーナの死を以て。

 故に所有者死亡により、その財産であるミリアムを接収する事は違法ではない。

 寧ろそれを行う事は、国家により課せられた公僕の義務でさえある。知識としてはロストール国民の誰もが知る事でもあった。

 しかし、この横暴に納得いかないのが街に住む平民達だ。

 彼等は街の菓子店として、同胞として、ご近所さんとしてセレーナとは仲良くしていたし、巨人族とはいえダイダロは尊敬出来る人物で、慕われていた。

 少しお転婆だが、素直で優しいミリアムの事も大層可愛がっており、街の人々は一家を愛していた。


 そんな仲間の娘が、貴族の横暴により攫われたのだ。

 銃が怖くとも、ただ黙っていられる筈もない。

 そして各国の街には報酬次第で問題解決を請け負う、冒険者組合が置かれている。

 別に彼等は特別に裕福な訳ではない。

 子供達はなけなしの小遣いを掻き集めて持ち寄ったし、大人達も蓄えの一部を持ち寄って、冒険者組合に集った。

 その数があまりにも多かったので街は騒然とする。

 騒ぎを聞きつけて、衛兵達が騒動を治める為にやって来るのだが、彼等も板挟みとなった。


 貴族達は義務を果たしただけだし、平民達の気持ちも判る。

 何より通報により下手人達の家紋を教えられていた衛兵達には、彼等がそんな大それた事を仕出かすような人物とは思えていなかった。

 公僕として騒動鎮圧として緊急逮捕も選択肢にはあるのだが、平民達が特に何かの悪事を働いたわけではない。

 彼等がしているのは依頼をしに、組合に来ただけである。マトモな役人である衛兵達には、事態鎮圧に有効な手を打ちようがなかった。


 そこに偶々居合わせたのが、ミス・アクアマリンこと、ペトラであった。

 彼女は国連職員である両親と共に、この二月程以前からロストール王都に滞在している。

 この時期の国連は内戦により経済的に疲弊した旧連邦国家諸国への人道支援を目的としていた。

 血相を変えて冒険者組合へ押し寄せる人波に、ペトラは、あら、あら。と驚いた。

 まだ短い滞在であるが、印象としてはロストールは治安の行き届いた国で、住む人々も生真面目かつ穏やかな気性であると思っていたからだ。


 騒然とする組合内で状況を確かめてみれば、どうやら子供が攫われたという事だ。

 それも、貴族にだという。

 各国で貴族達は実力と実績により様々な特権を得ているが、それで犯罪行為が許されている訳ではない。

 やはり他国者であるペトラから見れば、善悪など言うまでもない事だった。


 ペトラは最初に駆け込んで来た子供から小銭を受け取って、有無を言わさず依頼を受理した。

 多少の心配はあるものの、場の騒ぎを治める手間さえ惜しく、依頼人から教えられた家紋を頼りに攫われたという子供を助ける為に組合から抜け出した。

 騒動は暫くすれば治ると信じている。

 衛兵達は理性的だし、組合職員も優秀だ。

 程なくしてロストール政府へ問い糺す事になるだろう。そうなれば事態は収束するしかない。

 ペトラが問題とするのは攫われたという子供の、心身の安全である。一刻も早い救出が優先された。



 一方、ミリアムを攫い出した貴族達であるが、彼等もまた戦利品である幼女に手を焼いていた。

 簀巻きにし、目隠しをして猿轡を咬ませたとはいえ散々に暴れ回るからである。

 体重こそ軽いものの、目に見えて運動不足の彼等では動き回られるだけで持ち運びには苦労する。

 強い言葉や拳銃で脅したりはするものの傷付ける気はないようで、直接的な暴力行為に及ぶ気配すらないようだった。


 貴族達は休み休みに交代しながら女の子を運んでいて、その進行速度は悠長なものだ。

 そのおかげでなんとか追い付けたペトラであったのだが、流石に手を出し兼ねていた。

 彼等は拳銃を握っている。それも引き金に指を当てたままで。彼等はどう見ても、ど素人であった。


 近頃の拳銃は引き金を引くと同時に安全装置が外れる設計のものが多く、これは誤射や暴発を防ぐ為の措置だ。

 握らず、引き金に触れなければ弾丸が発射される事はない。だから通常はホルスターに収められていて、有事の際の早抜きが評価されている。

 だが逆に、それは引き金に触れていれば、いつでも銃弾を発射させる事が出来る事を意味していた。

 引き金はとても軽く、子供の力でも容易に引ける。


 この設計は正しく訓練された者の為のものであり、僅かなりとも心得のある者ならば、銃把に射撃時以外は触れる事はない。

 脅しや威嚇で安易に手に取る者は、それだけでも道具の扱い方を知らぬ愚者とも言えた。

 だからこそ、難しい。

 何かの拍子に引き金を引かれれば終わりなのだ。

 小さな女の子では銃弾に耐えられる可能性は限りなく低かった。

 無論、銃口が女の子へ向けられていない時もある。

 だが、ここは住宅街だ。拳銃とはいえ射程はそれなりにあり、家屋に向けて発砲されれば怪我人が出ぬとも限らなかった。


 そうしてペトラが手をこまねいている内に、貴族達はとうとう目的地に辿り着いてしまう。

 彼等は豪奢な屋敷の裏門へ、静かな訪を入れるのであった。

 その門から現れた男にペトラは大層驚く事となる。

 男は現ロストール国王の兄にして、故あって臣籍へと降った公爵であったのだから。

 そのせいで、彼女は茫然としてしまい、結果として貴族達による拉致監禁を許す事となってしまった。


 ペトラは屋敷への潜入を試みて、屋敷の周囲をくまなく見回った。そうすると、この屋敷のおかしさに気付く。

 よくよく観察すれば屋敷の手入れはあまりされておらず、一見取り繕われているものの荒れ果てていた。

 この理由に彼女は直ぐに思い至る。人がいないのだ。本来居る筈の守衛や家人が存在する様子がない。

 考えてみれば、腑に落ちた。


 傭人がいるならば主人が態々門を開く必要はない。

 どころか、拉致の実行犯であるど素人の貴族達に、それをさせる必要さえもなかった。

 捕らえたい者があるならば、それを部下に命じれば良いだけだ。正しい手続きを踏んだのであれば貴族による平民の召集、拘束は認められている。

 これは軍制によるもので、理由を明らかにさえしていれば、大体は認められるものだ。

 無論、その目的は果たさねばならないし、人道に背く行為などは禁止されている。


 この推測から導かれた解は、ペトラに強行突破を決意させた。このような無法を行う理由は多くなく、そのどれもが残酷で、碌でもないものであるからだ。


 一方、拐かされたミリアムであるが、彼女は泣き腫らしながら全身を懸命に揺すっている。

 切ない嗚咽を噛み締める。

 羞恥心と悔しさ、そして初めて味わう痛みを、弱味など見せてなるものかと堪えながら。


 彼女は衣服を脱がされて、下着の上に可愛いらしいエプロンを付けただけのとてもはしたない格好をさせられている。

 その姿で腰を振る。友達や街の人達を傷付けた許し難い男達の目の前で。それを命じたのだと誇らしげに宣う下劣な男に、小さな尻を抑えられながら。

 言われるがままにしているというのに下劣な男、王兄にして公爵と名乗った彼からは泣くんじゃない。もっと嬉しそうにして、愉しませろ。などと、罵声が飛んだ。

 他の男達も、興奮しきって、殿下、我々にも後程お裾分けをどうぞ。

 などと涎を垂らして叫ばれれば、怖くて堪らない。

 両手には無理矢理に、黒々としたモノを握らされている。時には口内に硬いモノを入れられて、熱い液体を含ませられた。

 舌で良く味わうんだ。零さず飲め。などと命じられれば、嫌々ながらにも従うしかなかった。

 吐き出せば、もったいない事しやがって。と怒られる。美味いか。と聞かれ、美味しくないとでも答えれば、更なる罵声が飛ばされた。美味しいと言えるようになるまで、何度でも飲ませてやる。などと怒鳴られれば、恐怖でしかなかった。

 彼女のお腹はもうパンパンで、それでも身体を振らされ続けている。疲労困憊のままに。

 それでも男達は言うのだ。お前はまだ小さいのだから全身を使え。などと。

 だから彼女はもう既に、逆らって、抵抗しようなどという気力は沸かない。

 可哀想な人達という憐れみの気持ちと、腹の底、胸の奥よりジワリジワリと全身を侵し出した快楽によって、そのような気持ちは折られていた。

 そしていつしかミリアムは疲労と快感による半狂乱のうちに全身を揺らしながら、もっと、もっと頂戴。もっといっぱい。などと、はしたなくもおねだりを始めるのであった。


 難なく屋敷内部への潜入を果たしたペトラだが、彼女自身、見ている光景を受け入れる事が出来ないでいた。

 褐色肌に赤い髪をした、小さくとも可憐な幼女が下着の上にエプロンを纏った非常にはしたない姿で涙を零しながら、大きな鍋を振っている。

 それも、三つもだ。

 一つは乾燥トウモロコシで、もう一つは甘く煮詰めたキャラメルだ。時々それらを混ぜ合わせる為に最後の鍋を振るので、休む間など皆無であった。

 しんどいし、怖いのだろう。

 身体が小さく、比べて大きな鍋を揺する女の子は辛そうに、泣きべそをかいている。

 火元までは丈が足りなく、台座の上に立つそんな彼女が転ばぬように、一人の男、王兄である。彼が尻を抑えていた。

 周りには誘拐犯である貴族達。彼等は口々にアドバイスやらダメ出しやら、薫る香ばしさへの歓声を送っている。


 どういう訳だか拉致された女の子は男達によって、大量のキャラメルポップコーンを作る為に鍋を振らされていた。

 ミリアムは命じられるままに鍋を取ったが、いずれの鍋も重かった。一つは既に火に焼べられているものの、少量の油以外には何も入っていない。

 適当に盛られている材料も目分量で計るしかなかった。

 彼女は男達に大量のキャラメルポップコーンを調理することを強いられていた。屈辱であった。

 ミリアムの好みはシンプルな味付けの塩バターである。

 甘いものも嫌いではないが、それらの満足度は高く、少量でもお腹いっぱいになる為に、色々な味を楽しみたい彼女としてはメインに据えるには抵抗があった。主役は素朴なものが良い。


 彼女は母が時たまオヤツとして作ってくれたポップコーンが好きで、母の調理風景からその全てを吸収していた。

 理論的には容易いものであるものの、彼女が実際に調理するのはこの時こそが初めてであった。

 その為、思わぬ鍋の重さに驚いて、腕の筋を痛めてしまう。これも初めての事であり、痛みと鍋の重さで姿勢を崩してしまった。

 姿勢は大切なのだと、母はよく言っていた。それがままならないのが悔しくて、涙が溢れてしまう。

 だが、それを支えてくれたのが王兄であった。


 彼が人を使って友達などを傷付けた卑劣な男である事は間違いない。

 だが、そんな男からのものでもアドバイスは的確であり、やむなくミリアムは鍋を振い続けるしかなかった。

 他の貴族達は涎まで垂らして声援を送ってくれている。なんとしても、彼等を満足させるポップコーンが作りたかった。

 痛いなどと、嘆くわけにはいかない。

 これは矜持の問題なのだと彼女は一生懸命に身体を動かした。

 幾度となくキャラメルの味見をさせられたせいでお腹が一杯であろうとも、美味しいキャラメルポップコーンを作る為、ミリアムは頑張った。


 そうしていれば段々と、気持ちが良くなってくる。そして彼女自身にも欲が沸いてきた。

 ポップコーンは単純な手法で作れるオヤツだ。

 単純であるからこそ奥深く、様々なアレンジによって多彩な風味が楽しめる。

 ところがキッチンに雑に置かれているのは乾燥トウモロコシを除くと、大量の油、砂糖、有塩バターと牛乳くらいのものである。

 これらがあれば確かに分量さえ間違えなければキャラメルポップコーンは作れる。

 塩バターも当然作れた。なお、家主達は計量機の存在を知らなかった。

 一応、どれも混ぜられてこそいないものの、適当な量がお皿やお椀などに盛られている。スプーンと目分量だけが頼りであった。


 ミリアムが他に調味料などはないのかと尋ねれば、ロストール貴族を舐めるなよ。と言いチョコレートや蜂蜜、メープルシロップなどを持ってくる。

 ポップコーンを仕上げる時にこれらと絡めると、甘くてとても美味しい。

 だが、甘味ばかりでは飽きがくる。

 それに鍋も多く必要だ。もっと、もっとないのかと二つの意味でおねだりすれば、新しい鍋を幾つかと胡椒を始めとする、様々な香辛料が用意された。


 珍しい物もあったのだが、彼女はその中から、ごく一般的な家庭にも置かれている黒胡椒と、複数の香味野菜などを煮詰めて粉末状にした所謂風味の素、そして、複数種の香辛料を混ぜ合わせて作られる、辛さと味わいが独特な華麗な粉を選んだ。

 キャラメル、チョコレート、蜂蜜の甘味の暴力に対抗する、香辛料、食欲増進三銃士である。

 塩バターは彼女の中では別格なので、これで七種のアレンジの用意が出来た。

 貴族達はキャラメル信者だが、他も嫌いな筈もない。

 ミリアムに味変を主張されれば、面白いと頷くしかなかった。

 散々に鍋を振らせた為に、彼女の技術は目に見えて洗練されてきていて、必ずや、飽食に飽きた貴族達の舌を満足させるであろうという期待感もあった。

 それはこの場に居る全ての人類種にとって幸せの予感でしかなかった。


 だが、それを壊さんとする侵入者がいた。

 そう、ペトラである。あまりにも恐ろしい光景に、彼女は慄いていた。


 トウモロコシは穀物だ。

 栄養価が高く、地域によっては主食とされている程である。それは体内に蓄えられる熱量が大きいという事でもあった。

 過剰摂取は肥満の元だった。それに加えて、キャラメルやチョコレート、蜂蜜という、大量の糖分だ。

 これらは確かにとても美味しい。

 だが含まれる糖はより直接的に体内熱量に変化し、余剰分は皮下に溜まり易い。

 甘味で飾られたまさに悪魔の誘惑であった。


 それらを食欲増進効果のある香辛料で、味覚を錯覚させ大量摂取をするなど、とんでもない尊厳破壊である。

女の子は幼い為に直ちに影響はないのであろうが、そんな食生活が当然となってしまえば、十年後、更にその先には必ずや苦労する事になる。

 加えて、男達も皆いい歳だ。

 代謝の落ちた怠惰な中年がこのような間食をしていれば、大きな健康被害へと繋がる事は目に見えていた。

 この頃のペトラは業として子供の養育を請け負う保母を志しており、栄養学などの幅広い知識を習得していた。

 その知識が警鐘を鳴らすのだ。このような暴虐、止めなければならないと。


 そして彼女は覚悟を決めて、姿を晒す事にする。

 彼等の思惑など、透けて見えている。

 調理が終われば、つまみを居間へ運び酒宴を開くだろう。

 根拠は、居間に置かれた葡萄酒などの様々な醸造酒や、火酒などの蒸留酒の大量の瓶である。

 悪夢のような光景であった。塩分の高いつまみに合わせて、酒を大量に飲むなど、遠回りな自殺でしかない。しかも、結構度数が高いものも多くある。益々覚悟が固まった。


 そうこうするうちに、王兄を筆頭とする貴族達は洗い物は後だ。宴を開くぞ。などと騒ぎながらミリアムを連れて居間へと向かう。

 貴族達は協力して多彩なポップコーンと調味料、小皿を載せた大きなお盆を運んでいた。

 手ぶらなのは扉を開く役目を負った王兄だけである。ミリアムも荷物を運ばされている。

 調味料の中にあった刻みミントの葉と、ライムジュースに炭酸水だ。

 氷は居間でも用意出来るが子供用の飲み物の用意はなかった。

 それでは寂しかろうと持ち込むように命じられて、選んだのがこれだった。

 ミリアムは甘味はなくとも爽やかな酸味と香りの強い、ライムジュースの炭酸割、刻みミントの葉を添えて。という飲料が好みであった。

 元々は母セレーナの好物で、一緒に飲むうちに好きになった飲み物である。


 そして居間に入ると歳若く美しい、豊満な少女に手伝われてうたげの準備を行った。

 彼女の手際は非常に良く、大助かりであった。

 男達だけの宴では、色々ととっちらかるのである。


 そして蒼い髪色の、美しい少女主導で宴の始まりを告げる乾杯をしようとした段階で、漸く彼等は疑問に思った。この少女は誰だ? と。

 王兄と、貴族達の視線が蒼き少女へ注がれる。

 美しい。そして豊満である。清純と色気の同居する少女は、嫋やかと言っても良い。

 だが若い。ちょっと彼等には若過ぎる。娘よりも遥かに若く、孫くらいの年頃だ。

 本音はともかくとして、如何に美しくとも、彼等の中には年端も行かない少女に色気を出すような不届者はいない。

 歴とした教養ある貴族達だ。

 未来ある若者を眩しく見るものの、邪な感情など抱かないのが建前であった。


 だが、それも時と場合によるだろう。

 彼等にはこのような少女を招いた記憶はない。

 だらしなく酔っ払った後ならば判らないが、今は素面であったし、今までは大事な仕事をしていた。

 招かざる客である。即ち不法侵入者であった。


 何の用だ。と、王兄は尋ねる。

 王兄達には刺客に狙われる理由がない。

 彼は資格無しとして王位は愚か、政治的な役職に就く事さえ許されていない。

 贅沢に過ごせるだけの金子を弟である王より賜っているのだが、その大部分を寄付金に当てており、暮らしは質素であった。

 仲間の貴族達も一応は世襲貴族で、役職は賜っているものの閑職である。

 稼ぎが良い訳ではなく、重要な情報を有する事もない。政治力などもまるでなかった。

 だからこそ、判らない。


 そんな彼等へ向けて艶然と微笑み、冒険者組合より、依頼を受けて参りました。ペトラと申します。

 依頼内容は、誘拐された女の子の救出です。そして、その女の子とは、その娘です。と、彼女は言った。

 二つ名を示す、美しいアクアマリンの首飾りを掲げて。


 冒険者証明は、組合により支給された冒険者証の術具でされる。

 これには組合の技術の粋が込められており、偽造や複製、改竄などが事実上不可能な上、強大な所有権が付与されている。

 初級の間は実績により、紙、木、鉄の三段階、中級へ上がると、これも実績に応じて、銅、銀、金、白金、そして二つ名による宝石という五段階の冒険者証へ更新する事が出来た。


 開示される内容的にはどれも変わる事はないが、更新する毎に信用情報も更新される。

 要するに、金融機関を兼ねる組合によって代理決済される上限額が変化するのだ。

 紙でも二十日分の平均的な労働依頼相当であるし、宝石までいけば無制限となった。

 これは間接的に社会的信用を示すもので、同時にこの上のない身分証明書でもあった。

 俗称として冒険者の等級は、それらを冠して呼ばれる事もある。

 そして男達は騒然とする。

 どんな不届き者が、女の子を誘拐などしたのだ。許せん。え? 俺達なの? 嘘だろ。などと。


 これには、さしものペトラも苦笑い。

 彼女が、貴方達ですよ。と、諭せば、彼等は大いに憤慨した。

 彼等が言う事には、誘拐など、とんでもない。この娘は、単に巨人族の乙女というだけで、ここロストールでは、物や資産のように扱われようとしている。それが人道として許せぬ故に、保護をしたのだと曇りない瞳で宣った。


 これにはミリアムも苦笑い。

 では、どうして暴力など振るったのですか? と尋ねれば、あんなに怖そうな男達が突っかかってきては、恐ろしいではないか。自衛の為だと言った。

 それに、あの顔は悪い奴のものだろう。きっと破落戸だろうと言う。

 確かにミリアムを庇ってくれて、結果として殴られたり蹴られたりした男性達は、厳つかった。

 そして彼等も若い頃はとてもヤンチャであったそうだと母にも聞いている。

 思えば、同じように突っかかる女性や子供達には、彼等は暴力を振るっていない。


 では、何故怪我をさせてまで、ポップコーンなどを作らせたのですか。と、ペトラが尋ねれば、彼等は怪我だとっ! 何処だっ! と再び騒ぎ始める。

 ミリアムが、ちょっと手の筋を痛めてしまってと言えば、馬鹿者、そういう事は、すぐに言わないといかん。と、叱られてしまった。理不尽だと思ったミリアムであるが、同時にちょっと嬉しかった。


 だがしかし、貴族達はいらん事を思い出す。


 口々に、ペトラだと。まさか、あのミス・アクアマリンか。と、またもや騒ぎ出した。それは、ペトラの二つ名への感嘆と警戒だった。


 ミス・アクアマリン。ことペトラが二つ名で呼ばれるようになったのは、ドナウ河に棲まう邪竜、タラスクを調伏せしめた為である。


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